【職員インタビュー】事務局次長 藤﨑文子

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こんにちは。海外活動グループインターンの辻です。

職員インタビュー第2回目は事務局次長 藤﨑さんに話を聞きました。

入職し20年の藤﨑さんですが、その使命感の源泉を聞くことができました。


【これまでの経歴】

学生時代、東南アジア地域が大好きで休みの度に旅行へ。旅先での出会いや経験がその後の人生の軸を決める大きなきっかけに。

辻 :まず、学生時代のことを教えて下さい。

藤﨑:東京外国語大学でマレーシア語を専攻していました。なぜマレーシアなのかというと、高校2年生のときのアメリカ留学が関係しています。アメリカでの生活は楽しかったのですが、外国人どころかアジア系も少ない地域だったということもあってか、本当の人間関係が出来たという実感がなかったんです。

留学後、祖母とシンガポールとマレーシアへ行く機会があって、それが私にとって目から鱗のような経験になりました。当時のシンガポールはアジアのごちゃごちゃした雰囲気が色濃く残る場所で、それがすごく面白くて…。アメリカでは得たことのなかった熱気とか人とコミュニケーションする面白さを感じたんです。それがマレーシア語やその地域を勉強するきっかけになりました。

大学では、お金が貯めては休みの度に旅行して、というのを繰り返した生活でした。ヨーロッパやアメリカにも行きましたが、東南アジアに行った回数が断トツ多いですね。

辻 :大学卒業後の経歴はどうですか??

藤﨑:卒業後、自動車メーカーの海外事業部に配属しました。車にとりわけ興味があったわけではないのですが、モノをつくる仕事に興味があって。マレーシア、フィリピンを担当し、その後ヨーロッパ部門へ異動になったんですが、アジア担当として残ることを強く希望していたので、それをきっかけに辞めてしまいました。

退職後の進路ですが、東南アジアや発展途上国に関わる仕事をしたくてNGOの道を考えていました。学生時代に東南アジアを旅行しているとき、病気になって誰かの家で看病してもらったり、たくさんの人に助けてもらったんです。市井の人々繋がる仕事がしたいなって。

フィリピンの仕事をしていたときに感じたことも影響しています。フィリピンでは現地の工場で組み立てた自動車を販売していたのですが、工場で働く人たちにはどんなに頑張っても新車は買えない高嶺の花。当時、フィリピンの新車市場は、人口のわずか2%を相手にしていると言われていました。上位2%の人たちしか買えないものを売る仕事をして「本当に自分がやりたいことだったのか?」というのがあって。

しかも当時のフィリピンは「世界一」と言われるひどい交通渋滞に悩んでいました。そこへさらに車を売りこんでいく罪悪感…「自分がやっている仕事は本当にこの国の人々のためになっているのか?」という疑問を持つようになっていました。自分は2%以外の人のために何かしたい、学生時代助けてもらった人たちに恩返しがしたいと思いました。

辻 :学生時代の旅行や出会い、経験がきっかけ、ということですね。

藤﨑:そうですね。あともう一つ。今でも思い出すインドでの出来事がありました。デリーの食堂で夕飯を食べていたとき、フォークを落としてしまったので近くで掃除していた小さな男の子に「新しいのを持ってきて」って声かけたんです。でも知らないふりをして、掃除を続けるの。

そのときは何も考えなかったけど、後になって思ったのは、その子は机の上のことをしちゃいけなかったのではないか、カーストの問題があったのかもしれないということ。それに気がついた時にすごく切なくなって。私は当時学生でお金がないとは言え、休みの度に外国へ行って観光もして…一方あの男の子は、言われていることは分かっても、それをやってはいけない事情があったとしたら…この違いは何なんだろう、と。

たまたま私は日本で、この家庭に生まれたからやりたいことが出来ているけど、そうじゃない人も世の中に沢山いるんだと思った時に、すごく不公平だと感じて。少なくとも自分が当然のように与えらてれきた機会がみんなにとっても当たり前のことになるように努力するのは、「当然」側にいる自分がやるべきなんだろうなって思ったんです。

辻 :会社を辞めたタイミングは、バブルが崩壊した後だったのかなと思うのですが、安定した職を離れることに抵抗はなかったですか?

藤﨑:それはなかったです。考えたのは、自分が5年後、10年後同じ仕事を続けている姿を想像できるか?ということ。私が勤めていた会社は大好きで、今でも先輩や同僚との付き合いが続いています。ただ、私は車を売ることに対して情熱を持ち続けられなかった。好き嫌いを超えて。自分が扱う製品を熱意をもって語るというプロ意識が私には足りませんでした。

藤﨑さんが撮影した写真と

藤﨑さんが撮影した写真と

【シャプラニールとの出会い】

偶然だったシャプラニールとの出会い。これまでの経験を通じた想いが原動力になり、理念に共鳴する形に。今では入職して20年。

辻 :最初にシャプラニールに興味を持ったきっかけは何ですか?

藤﨑:全くの偶然でした。会社を辞めてからいくつかNGOの説明会に出たり、海外でボランティアしないかと声をかけてもらったりという時期に、たまたまシャプラニールのフェアトレード部門「クラフトリンク」のスタッフ募集を見かけました。民間での経験重視ということだったので、シャプラニールのことは良く知らないけどとりあえず応募してみよう、と面接を受けました。そこで初めてバングラデシュやネパールで活動していることを知ったくらい、その時はミッションとかも知らなくて(笑)。ただ、シャプラニールの理念である、社会の中で何らかの理由で個性や能力を実現できない現状があるのであれば、その壁を取り除く努力をしましょうという部分が、自分の感じていたことと共鳴し、この仕事を20年続ける原動力になっているんだと思います。

【私生活について】

辻 :お仕事以外の話も伺いたいのですが、趣味や休日の過ごし方について教えてください。

藤﨑:料理は好きです。バングラデシュ駐在の時は、友人を自宅に招いて食事会をよくしました。あと手を動かすのが好きなので、自分で民族衣装のサイズ直しをしたり、布買ってきて新しく作ったり。それ以外には観葉植物を育てるのも楽しく、たくさん持っていました。出張などで家をあける期間が長いと、植物たちが拗ねているのがわかるんです。帰宅したら真っ先に「ただいま」と言いながら水やりしてご機嫌取り(笑)していました。帰国してからは、時間がなくてどれもなかなか出来ていないです。

【今後について】

モットーは「人生に無駄なことはなにひとつない」。ひとつひとつ楽しむ姿勢を大事にしたい。

辻 :今後の目標があれば教えて下さい。

藤﨑:常に仕事を楽しんでいたいと思います。ひとつひとつに楽しみや面白さを見出して仕事したい。一緒に仕事をするみんなにも楽しんでもらいたいと日々思っています。あと、モットーは「人生に無駄なことはなにひとつない」。無駄と思われるような過去の経験は必ずどこかでいきる時があります。

もう一つは、「人生、つじつまが合うようにできてる」ということ。 バングラデシュって生活すること自体しんどいし、想定外の事件もよく起きます。慣れないとそこでものすごくエネルギーを使ってしまうのですが、どうにもならないことも多いし、どんなに頑張っても問題が解決しないのであれば、そこでエネルギーを消耗せず、他で使った方がいい。この考え方は、日本の生活でも応用できますよ。自分を追い詰めず、仕事を楽しみながらみなさんも頑張ってください!

辻 :ありがとうございました。


何事も楽しみながら、身の回りに起こった出来事を自分なりに考え、解決方法を探る、そんな行動力が魅力的に感じました。

次回は海外活動グループ菅原さんへのインタビューを掲載予定です。

お楽しみに^^

海外活動グループインターン 辻

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