9月26日、ネパール・ラスワ郡で発生した土石流災害から1カ月が経ちました。犠牲となられた方々に哀悼の意を表すとともに、被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
ネパール事務所長の横田です。シャプラニールはCWINとのラスワ郡ウッタルガヤ村での活動に続き、9月24日に現地NGOのRRNと一緒にヌワコット郡ビドゥール市1区トリシュリバザール地区の住民200世帯を対象に寝具(ベッド、マットレス、枕)を配布しました。*当初は7・9区のトゥプチェ地区で支援を行う計画でしたが、すでに他の支援団体によって必要な物資の配布が行われたとの情報を得て、計画を変更しました。
被災者の生活の拠点は避難所から仮住まいへ
ビドゥール市には13の区がありますが、その中でも1区、3区、7区、9区、10区の被害が甚大です。1区では区役所の建物も土石流によって流されてしまい、行政機能が失われました。区民のうち85名が亡くなったか今もなお行方不明の状態です。

自宅に被害を受けて避難所で生活をしていた人々は少しずつ生活の拠点を仮住まいの借家等に移し始めていますが、新しい家には生活に必要な家財道具がありません。ネパール政府は生活再建のため1世帯あたり (4人まで) 1か月15,000ルピー(約15,000円)、家族が1人増えるごとにさらに2,000ルピーを6か月間支給することを決定しましたが、現在のところビドゥール市1区では現金給付は行われていませんでした。私たちは1区の区長からの要請を受けて、自宅を失った住民に新しい生活に必要な寝具を支援することにしました。1区の区役所はなくなってしまったので、2区の区役所に1区の住民に集まってもらいました。

ベッドを受け取りに来た男性は、自宅もご自身が営む精肉店も流されてしまい、無一文になったけれど、家族はみんな無事で本当に良かったと話してくれました。土石流が橋を飲み込むのを目の当たりにして、一心不乱に高いところに逃げた、あの時は何も考えられなかったと言います。これからの暮らし、仕事、子どもの教育をどうするか、不安で悩んでいると言っていました。
区役所ではこの男性以外にも、野菜を料理していたら地響きのような変な音が聞こえてきて慌てて逃げたという女性や、流されないように木にとっさにつかまって九死に一生を得たという女性、土砂で埋まった自宅から救出されたという男性にもお会いしました。皆、紙一重のところで助かった、あぶなかったと話してくれました。

今も残る土石流の爪痕
区役所での配布を終えた後、トリスリ川(ボテコシ川)の様子を見に行きました。

前日から雨が降っていたこともあって、川の流れは速く茶色く濁っていました。今もまだ流れに飲み込まれそうで、離れた場所から見てもとても怖かったです。また、信じられない高さまで土砂が覆ったことが残された建物から今もありありと分かり、これは現実に起こったことなのだろうかと、私ですら呆然としてしまう景色が広がっていました。

私にとってもこの1カ月はとてもあっという間で、もう1カ月も経ってしまったのかと驚くばかりですが、区役所に集まる方々にお会いして、被災された方一人一人にそれぞれの1か月があって、そしてこの先も生活が続いていくんだなと、当たり前のことに気づかされました。土砂に埋まった学校や水力発電所、1つ1つの家を見て、亡くなった方や行方不明の方の人数はただの数字ではなくてそれぞれにかけがえのない人生があって、大切な人がいたことを思うと、胸がぎゅっと苦しくなりました。

息の長い支援が必要
今回初めて実際に現場を見て、この先どんな風に復興していくのか、何から手を付けたらいいのか、どうしたらいいのだろうという気持ちにもなってしまいましたが、そんな中でも、1区の区長は、自分も被災してはいるが、区長としてご遺体の確認や家族の再会支援、区内の清掃やがれきの撤去、新しい生活や教育のための支援などこれからまだまだやることが山積みだ!どんどん進めていかなければいけない!と話してくれました。また、早く仕事を再開したい、とにかく稼がなくちゃ!と力強く話す住民女性の言葉を聞いて、ネパールの人たちのしなやかな強さを垣間見ることができました。
区長の話す通り、復興にはまだまだ時間がかかりそうです。また、今回お会いできなかった、区役所に来られなかった方々のほうが深刻な問題を抱えている可能性もあります。いろいろな人の声を聴きながら、シャプラニールができることに引き続き取り組んでいきます。
ネパール事務所長 横田 好美
これまでの「ネパール・ラスワ郡で発生した土石流による大規模洪水について」のレポートはこちらをご覧ください。
