発災直後シャプラニールは、すぐに現地NGOのSWI(Social Welfare Institute)と共に、カトマンズ郡キルティプール市に食糧と医療品支援を実施しました。先日、その後その地域がどうなっているのか確認するため再び現場を訪れました。

訪れたのは、キルティプール市内の公立ジャナセワ学校。ここの校庭には発災直後から家が損壊した方々のキャンプが作られていました。発災直後ここを訪れたときには、ほとんど支援が入っていないことを確認していましたが、今回の発見としては様々な団体がテント、トタン板の配布、安全な飲料水の供給を行っていることがわかりました。(支援が入っているとはいえ、それが十分かというとそうではないようでした。)

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配布されたトタンで作られた仮設住宅

私たちが配布したのは、お米、豆、油など1世帯(5名を想定)が5日間程度食べられる量の食糧でした。その感想を聞くと、「とにかくここに来てくれるのが早かった」「後になって他の団体が来てくれたが、5月初めのタイミングで食糧支援を受けられたのは本当にありがたかった」と言っていただけました。

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当時の状況を説明してくれたジャナセワ学校
ナンダクマリ・マハラジャン校長(中央、女性)

あの緊急事態において、早く物資を調達し、配布することの大切さを感じました。

私がこのキャンプで気になっていたのは、被災者の若者たちが自分たちで立ち上げた応急処置ボランティアグループの存在でした。グループの名前もない彼らは、看護学生や町の薬屋さん、ヘルスポストのトレーニング受講者など14,5名が発災からキャンプで応急処置を行っていました。シャプラニールは食糧支援と共に、このグループにも医療品の支援を行いました。

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発災3日目のボランティアさんの様子

今回写真の中の2名と再会することができました。まだ引き続きテント生活を続けながら、治療を続けているとのこと。

なぜボランティアを始めようと思ったのか聞いてみると、以下のように話してくれました。
「自分の知識が何かに生かせるなら、なんでもやるべきだと思ったし、自分がボランティアをしているという意識もそんなになかった。ただ目の前のことをやるのに必死だった。地域の中で顔は知っているけど、話したことのなかった人と仲良くなれるきっかけになった」ということを聞かせてくれました。

jn-120316.jpg話を聞かせてくれたサラス・マハラジャンさん(右)、スジャマ・マハラジャンさん(中央)

震災という大きな困難に直面しながらも、目の前のことに取り組む姿に感動しました。

カトマンズ事務所長 宮原麻季