突然の訃報を乗り越えて

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5月の中旬に、突然訃報の連絡が入りました。

ぶらっと健康運動クラブの講師を3年半近く務めて下さっていた先生が突然倒れ、そのままかえらぬ人となってしまったのです。

昨年の春にサークル化し公共施設で行うようになってからも、継続して毎週みなさんと楽しく健康運動をして下さっていた先生。まだ50代と、高齢なメンバーの多いクラブでは一番の”若者”でした。そうしたことからもクラブのみなさんの衝撃と落ち込みは計り知れず、みなさん一様に落胆していました。

あれよあれよと言う間にお通夜を終え、1週お休みしたその次のサークルの日。みなでこれからのことを話し合いました。悲しみは消えたわけではないですが、先生が残してくれたこのサークルはぜひ続けたい、という意見で一致。そこから新しい先生を探すことになりました。すると、これまでとても控えめであった会長のAさんが、先生に心当たりがあるとのこと。なんでもボランティアで通っている仮設住宅の運動教室の先生が力になってくれるのでは、と。それならばAさんにお願いしようということで一旦その日は解散となりました。

そうしてAさんに先生探しに動いていただいている間、先生不在ではあるけれどそれでも毎週集まろう、運動はできなくたってみなで顔を合わせておしゃべりするのが楽しいんだから。ということで毎週集まることも決まりました。

そして迎えた翌週。先生はいないけれど、自分たちで思い出しながら体操をしてみましょうよ、と誰かが言い、それなら丸くなってみなで顔を向かい合わせながらやってみよう!ということになりました。

誰かが前に出てお手本で、とい言うと気おくれしてしまい誰も前にはでなかったのですが、円になって「次は何だっけ?」「順番は何でもいいのよ、思い出した順にやっていきましょう」などとおしゃべりも交えながらリラックスした様子で健康運動を行いました。

本日は先生不在でのクラブ3回目でしたが、なんと92歳のBさんが先生をかって出てくれ、元気よく率先して運動を行ってくれました。最後はお得意の手品の披露まで!

そうこうしているうちに、ようやく新しい先生の候補も見つかり、7月からはまた心機一転、新たな先生を迎えての再スタートがきれそうです。

この健康運動クラブは、当初”健康運動教室”としてスタートし、津波被災・地震被災・原発避難・いわき市民、どなたでも参加可能です、というスタンスでこれまでずっと継続してきました。その趣旨は今でも変わらず、東日本大震災で負ったそれぞれの大変な状況にかかわらず、それぞれの状況を気遣いながら和気あいあいと参加されています。特に借上げ住宅という、仮設住宅とは異なり、一般の家屋を借り上げで避難生活を送っている被災者や原発避難のみなさんは、家にいても周囲に知り合いがおらず孤立しがちでした。ですが、こうして健康運動クラブに来てみなでわいわい交流することが楽しみとあって、貴重な週1回の外出のきっかけとなっています。

今年度から公共施設の予約などもみなさんにお願いするようになり、ますますサークルの自主運営化が進んでいる中での突然のできごとで、一時は大変な状況となりましたが、ようやくみなさんの力で乗り越えようとされています。災い転じて何とやら、ではありませんが、このことがきっかけで、また一つ、メンバーのみなさんの新たな一面が出てきたのではと思いました。

あと少し、過剰過ぎない必要なだけのサポートを行っていければと思っています。

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↑今後どうするかを話し合っている様子

会長のAさん、これまで人前で話すなんてもっての外、という方だったのが、この日は何か決意をされたように堂々とお話されていました。

club2.jpg↑みなで向かい合って健康運動を行っている様子。自然と笑みがこぼれていました。

最後になりましたが、震災以降、ぶらっとの健康運動クラブを支えて下さった新田先生のご冥福をお祈り申し上げます。

(震災タスクフォース いわき駐在委員)

猪瀬 絢子

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