3カ月ぶりのシンドゥパルチョーク

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6月12日にカトマンズ事務所長の宮原と事務局長の小松が訪れたシンドゥパルチョーク郡チョウタラのラジオ・シンドゥーを約3カ月ぶりに再訪しました。

ラジオ・シンドゥーの仮局(テント内)から見える、キャンプサイト(普段はサッカー場などの広場)はこの通り。奥の白いゲートを目印に見比べてみてください。

<5月下旬>
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<9月1日>
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写真右側の広場で活動していたノルウェーの赤十字の病院が撤退して、その機能を既存の病院に移したため、土地を元の形状に戻す作業、たとえば用水路として堀った部分を埋めるといったことが行われていました。左側は、以前と同様、国連の他、国際NGOのテント、子どもが過ごせるテントと被災地から逃げてきた人々のテントで埋まっていました。

「来ていた援助団体が徐々に去って行き始めてるわ」と、空きスペースを見ながらラジオ・シンドゥーのスタッフ、ディマルヤさん。

「これまで赤十字が管理してくれていた、キャンプのトイレや水も、このキャンプに暮らす人々とキャンプに活動拠点テントを置く団体(ラジオ・シンドゥー含む)で管理委員会を作ってお金を集めて管理することになったわ。トイレの掃除もね」

キャンプのトイレ
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そのような管理体制になったのが先週からということで、やや不安げなディマルヤさん。このキャンプ内にコミュニティセンターのテントを運営していく予定なのですが、それを知った被災者からまず聞かれたことは「で、そのセンターに行ったら何がもらえるの?」。

ラジオ・シンドゥーのスタッフが以前から心配していた依存心はどう?と聞いてみると、「特にキャンプに暮らす人は何かをもらうことに慣れしてしまっている感じがする」とのこと。「でも、村の中に入っていくと、もともと彼らは誰かに何かをもらうこと、してもらうことに申し訳なさを感じる性質だったから、今回の支援でも支援を受け取らない、もっと困っている人へ渡して、というようなことがあるんです」、「だから、そういったストーリーや、自立しようと頑張っている人のストーリーもラジオで積極的に流すようにしてるんですよ」。

キャンプ内で出会った女性はじゅうたん用の糸巻きをせっせせっせとしていました。カトマンズの業者に卸すためです。

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被災後すぐにここから車で2時間の場所から逃げて来てキャンプ生活を始めましたが、家の中から道具を抜き取ってここでも仕事を続けているとのこと。夫が見当たらないので、「だんなさんはどうしたの?」ともしかしたら、道端にお茶でも楽しみに行っちゃったかなと思いながら聞くと「壊れた家兼ホテル(おそらく道路沿いにあるゲストハウスのようなもの)を直しに行っているわ」との返答。思わず「いい旦那さんじゃなーい!」と言ってしまうと、ケラケラ笑い続けていました。

ネパールに限らず、緊急救援が入った場所では援助慣れが起きることが多々あります。それは、支援を受けた人が特別に怠惰だからではありません。支援を受けないと生きていけない状況、時に争ってでも手を伸ばさないと必要なものが自分の子どものために得られない状況、周りがいろいろなものをもらっている(が、自分はもらわないでいたが何か面白くない気持ちを持ってしまう)状況にいる中で、何かを「受ける」ということに鈍感にならないと、人はその状況に耐えられないのではないでしょうか。

だからこそ、支援する側が支援を受ける人に過剰な依存心が生まれないためにも細心の注意を払って物資の配布などをする必要があるのです。

そのような状況のど真ん中で、援助が始まった当初から「援助慣れ」を心配していたラジオ・シンドゥー。

キャンプの管理委員会の立ち上げで自らも、より自立することを促されつつ、人々の自立に戻っていく様をコミュニティセンターを運営しながら丁寧に追って行ってほしいと思いました。

建設中の新しいラジオ局の前でディマルヤさん(中央)と。sin03.jpg

勝井

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