リレーエッセイ「ネパールという国」
私の好きなネパールとは何だろう?
文化や風景、ネパールの素敵なところはたくさんある。

青年海外協力隊員として2年、シャプラニールの駐在員として3年半の合計約5年半ネパールで暮らして、多くのネパール人と話し、仕事をし、食事をし、出かけた。
思い返してみると楽しいことばかりではなかったのが本当のところ。
食事もおいしい。きれいな山や文化遺産もある。そんな環境で何を言っているんだ、とお叱りを受けるかもしれない。
仕事のなかで目の当たりにしてきた理不尽な要求、事なかれ主義、覆される決定事項。話し合いが難航して悔し涙を流すことがあったのも本当のところで、荷物をまとめて日本に帰ってしまおうか、と思う時がなかったとは言えない。

・・・でも、と思う。

地震後すぐのカブレ郡の村で

地震後すぐのカブレ郡の村で

そんな中でもいつも支えてくれたのはネパール人の女性たちだ。
仕方がないね~と言いながら、難しいこと、理不尽なことに適度な諦めをみせつつも、大事なところは崩れない。芯の強さ。
女性たちが見せる笑顔にいつも支えられてきたように思う。

災害で家が壊れた。
家族が病気になった。ネパールでは様々なことで簡単に生活が脅かされる。そして、簡単に人が死んでしまう社会であることを、ネパールで生活していて実感した。
交通事故で、簡単な手術で、そして地震で。
日本ではまさか、と思うようなことで、死んでいく人がいた。
私が思う途上国は、学校に行けない、食事が足りないということ以上に突き詰めて考えると「死」というものがとても身近にある社会なのではないかと感じている。それでも、ネパールの女性たちは笑う。時に踊って、時に冗談を交えて。笑わないと、人は追いつめられる。
考えすぎちゃだめ。
そんなことをよく言われた。自分を大切にする生き方をネパールの女性たちに教わった。
人として最も大事な根っこの部分をしっかりと持っている。これは一つの豊かさと言えるのではないだろうか。

ネパールの復興は、まだまだ道半ば。
一日も早い復興というわけではないかもしれない。

日々の小さな営みを大切にしながら、少しずつ復興に取り組むネパールの人びと、そして女性たちがいることをぜひ忘れないでもらいたい。

すてきな笑顔(撮影:渋谷敦志)

すてきな笑顔(撮影:渋谷敦志)

ネパールの女性は今何をしているだろう、と考える。
きっと、お茶を片手に、「まったく、しょうがないねー」とにこにこ笑いながら、日当たりの良い場所にゴザを敷いて休憩しているのだろう、と思うとそれだけで、こちらもほっとした気持ちになるから不思議なものだ。

 

 

miyahara<プロフィール>宮原 麻季(みやはら・まき)
民間企業勤務を経て2010年に国際協力機構(JICA)青年海外協力隊にてネパールへ赴任。2012年7月にシャプラニールに入職。
2012年11月よりネパール・カトマンズ事務所長。2016年4月に帰任予定。

この記事の情報は2016年11月25日は時点です。