遠いを近いに シャプラニール=市民による海外協力の会 Tel: 03-3202-7863 [地図]
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取り残された人々を救え!ネパール大地震復興寄付キャンペーン

ーまだまだ支援が必要ですー

期間:2016年9月27日〜2016年12月31日

プレゼント付き寄付キャンペーンは終了しましたが、私たちはネパールで支援活動を継続しています。ぜひ温かいご支援を宜しくお願いいたします。 >詳細・ご寄付はこちら< * * *
ネパール写真パネルを展示しませんか? お店や学校、会社、病院、その他公共施設などで展示のご協力をお願いいたします! >詳細はこちら< * * *
 
目標金額:500万円/現在の達成金額:5,000,000円(12月31日時点)
2015年4月25日11時56分(現地時間)、ネパールでM7.8(推定)の地震が発生し、およそ9,000人が死亡、住宅など90万棟が倒壊しました。 あの日から1年半が経ち、ネパールの人はいま、どのような生活をし、何を感じているのでしょうか。多くの援助機関が撤退する中、20年間ネパールで活動を続けてきたシャプラニールは復興支援を続けています。 ネパールでは、発災から8カ月経った2015年12月にやっと復興庁が発足したものの、十分に機能していません。また新憲法公布に伴い、インドが非公式ながらネパールとの国境を封鎖したことから(2016年2月に解除)、物資が不足・高騰し、復興活動の大きな障害となりました。
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2016年8月現在、未だがれきが山積みにされ、復興が進まないネパール市街地
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「あなたにとって大切なものはなんですか?」「ネパールの自慢はなんですか?」 復興途中のネパールで、ひた向きに生きるネパールの人々のいまを感じてください。

リレーエッセイ「ネパールという国」

ネパールの暮らしや豊かな文化、ネパールに住む人々などについてネパールにゆかりのある方々が、週に1~2回の頻度でお伝えします。
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写真館「ネパールのいま」

ネパールの人、自然、暮らしや風景、そこに息づく暮らしと文化。ネパールのいまを2人の写真家が切り取りました。 ※写真をクリックすると写真共有サイトflickrに移動します。

写真家からのメッセージ

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亀山ののこ(かめやま・ののこ)

東京生まれ。18歳から写真を撮り始め、人物写真を撮ることに夢中になる。ポートレイトを軸に、雑誌や広告などで活動を続ける。2012年、原発のない世界を望む母たちのポートレイト集「100人の母たち」を南方新社より出版。新聞、雑誌、テレビ等、各メディアで取り上げられ、全国的に話題となる。同タイトルにて全国で写真展(約100会場以上)、講演会が開かれている。3児の母。
2016年7月末から8月上旬にかけて、シャプラニールの現地調査に撮影班として同行し、様々な状況の人からお話を聞いた。 まず目に飛び込んで来たのは、カトマンズの街中に残る、今も崩れ落ちそうなまま取り残された家々。そして瓦礫の山。そして、そこに暮らし続ける人の姿や、自ら建物の解体にあたるサンダル履きの青年や女性たち。驚き、心を打たれたのは、ネパールの人のたくましさと優しさだった。家も失い、仕事も激減し、家族も病気だという困難な状況の女性。だけど「自分が元気でいることが大事。そうすれば、家族も元気になるし、周りも良くなる」と話す。 カトマンズから少し離れたカブレ地方では、ラジオ局がコミュニティセンターを開き、人々が集い、悩みを打ち明けられる拠り所ができていた。訪ねてきた若い女性は、ここで元気を取り戻し、村では大工さんとして家の再建に励んでいた。 どんなに辛く困難の状況でも、みんな力強く輝く笑顔を見せてくれる。国や誰かに頼りきるのではなく、自分たちでもやるしかないんだと、奮闘していた。そんな姿に胸を打たれ、シャッターをきりつづけた。 今回、感服したのは、シャプラニールが現地の人々の現実を理解することに本当に尽力していること。心の部分を大切にしていること。そして現地のスタッフとの確かな連携力。自分たちの力で、今の一瞬も頑張り続けているネパールの人々。だけど、外からの支援が本当に必要だと痛感した。 みなさん、どうか、ネパールとシャプラニールを応援してください!
pshibuya

渋谷敦志(しぶや・あつし)

1975年大阪府生まれ。写真家。2002年London College of Printing卒業。世界中の紛争や災害、貧困の問題を写真で伝えている。「回帰するブラジル」「希望のダンス」「ファインダー越しの3.11」の著書がある。
昨日、高田馬場駅から山手線に乗りこむと、シャプラニールの宮原さんとばったり再会した。宮原さんは、ぼくが2013年にネパールに行った時にシャプラニールのカトマンズ事務所所長をしていて、一緒に「シャプラニール流 人生を変える働き方」という本を作った方だ。久しぶりの再会といっても、与えられた時間は高田馬場駅から新宿駅までのわずか二駅区間の間だったが、話は2013年に宮原さんに連れて行ってもらったダルマスタリ村のことになった。無論、大地震後の村の状況はどうかという話だ。「村はけっこう壊滅的で12人が亡くなりました」と宮原さん。「そうですか…。あの人は?」と聞くと、「サシさんは無事でしたけど村は壊滅的でした」。サシさんはネパールの夫をなくした女性たちを支援する活動をしている女性で、宮原さんがかつて青年海外協力隊員として村に来た時に出会って以来の友人だった。2013年に村を案内してもらった時に、宮原さんが「村に行っても何もできなかった」という思いを繰り返し語っていたのを思い出した。そして2015年、大地震がネパールを襲った。震災後、宮原さんは村に行き、大きな被害を受けていたことを知る。「支援するにも限界があるので、行きづらい気持ちがあった」という。1年以上が経過して再びネパールを訪問すると、放置された瓦礫の隙間から草が生えていた、と宮原さんが語ったところでぼくは新宿駅を下車した。 総武線に乗り換えたぼくはネパールのことを思い出していた。 宮原さんと村の女性たちとダルマスタリ村の美しい丘を一緒に歩いた時間と丘に吹いていた穏やかな風のことを。

2016年度にご寄付いただいた企業(順不同)

Yahoo!基金
ハードロックカフェ・ジャパン
リコー社会貢献クラブ・FreeWill
東京福祉保育専門学校

他、Cha Tea 紅茶教室 / 特定非営利活動法人にいがたNGOネットワーク / 普連土学園 / アースデイ中津

このサイトは大阪コミュニティ財団の「野の花友愛基金」の助成を受けて制作しています。