この人に聞きたい

シャプラニールの活動にさまざまな形でつながりのある方、
国際協力、社会貢献などの分野で活躍されている方に、その思いを伺っています。


外国人の抱える問題から考える日本社会 〜多文化共生社会の実現に向けて果たすべき日本の役割〜

臨床心理士・鍼師ビゼイ・ゲワリさん

今や当たり前の光景になったインド・ネパール料理店で働くネパール人コックの姿。その背景にはネパールの出稼ぎ問題や日本での生活上の問題もあります。今回は、日本の大学で心理学を学び、現在は祖国ネパールで「心のケア」活動に取り組むビゼイ・ゲワリさんに、著書「厨房で見る夢 在日ネパール人コックと家族の悲哀と希望(ネパール語版:チーズナン)」や日本の多文化共生社会についてお話を伺いました。

PROFILE
ビゼイ・ゲワリ
ネパール西南部のバルディヤ郡生まれ。2007 年に留学生として来日。国際医療福祉大学大 学院博士課程では、紛争後の精神保健やウェ ルビーイングについて研究。自殺防止活動に 取り組み、日本や韓国に住むネパール移民の ための啓発活動を行う。一般社団法人日本 インターナショナル・サポート・プログラムの職 員として、日本、ネパール、バングラデシュでも 活動。2021年にはネパールへ帰国し、メンタ ルヘルスクリニックを開業。


「心のケア」はコミュニティづくり

はじめは留学生としてネパールから来日し、日本の大学で臨床心理学の博士号を取得しました。その後は東京で臨床心理士として働き、2015年のネパール大地震発生をきっかけに、一般社団法人日本インターナショナル・サポート・プログラムに転職し、ネパール、日本(熊本地震、東日本大震災)、バングラデシュ(ロヒンギャ難民キャンプ)で「心のケア」の専門家として活動しました。「心のケア」と言いましたが、それは結果的には「コミュニティづくり」をしていたのだと思います。

岩手県の大船渡で活動した際には、ネパールの高校生を呼んで日本の方々と被災経験や防災知識を共有できる交流スペースをつくりました。同じ地震であっても人によって経験は違い、地域によって被害も違います。お互いに共感すること、それが「心のケア」だと思って活動してきました。また地域内でも交流が少ないことに気がつき、経験交流のほかにも日本やネパールの料理や文化的な踊りなどをコミュニティづくりのツールの一つとして実施しました。

著書「厨房で見る夢」を書いたきっかけ

日本では他言語でのカウンセリングを受けられる機会は限られています。私はネパール語と英語を話すことができたので、ほかの先生から患者さんを紹介されることも多くありました。また必然的にネパール人の患者さんとのかかわりが多く、留学生や出稼ぎに来るネパール人が抱える健康面や精神面の問題も見えてきました。

ある年、年間で7人ものネパール人が日本で自殺してしまうということがありました。私は大きくショックを受け、この問題を何とか改善したく、英字新聞のジャパンタイムズへ手紙を書きました。新聞で記事化されたことにより、日本に住む外国人の心の問題に対する意識が高まったと感じています。しかし、日本人の友達からは「ネパールやインド料理は好き。でもお店で働くコックのことはまだよく知らない」と聞いたため、日本への出稼ぎや留学生の問題の背景や現状を知ってほしいという思いから「厨房で見る夢」を執筆しました。

提供:Sophia Univeristy Press 上智大学出版

相談できる場所を求めて

ある日、他の病院で「不安症」と診断された男性が来院しました。しかし、ネパール語で詳しく話を聞くと「胸が痛い」と訴えており、再検査すると実は結核だったことが分かりました。日本語では自分の症状を上手く伝えられず「不安症」と診断されていたのです。その後の治療で症状は治りましたが、長時間労働ともなるコックの仕事を続けることが難しいほど、心は疲弊していました。

また、とあるネパール人女性が電車の中で私のところに寄ってきて、突然泣き始めたこともありました。私が在住ネパール人について相談できると知っていたのでしょう。話を聞くと「生後1カ月の子どもをネパールに置き、夫に付いて日本に来た。子どもと離れて生活するのが辛い」と悩みを打ち明けられました。彼女のように家族の都合で日本に来た場合、言葉も文化も分からず、問題を抱えていても相談できる相手がいないことがよくあります。行政でも在住外国人向けのサービス(日本語講座、生活相談・支援など)を提供していますが、自分が利用できることすら知らない人も多いのが現状です。


韓国在住ネパール人のための自殺予防研修の様子

日本の地域コミュニティの役割

日本は素晴らしい国だという印象を持って留学した話をよく聞きますが、ネパール人が想像していた日本と、実際に来てみた日本は異なるものだと感じています。最近、私のネパールのクリニックで日本での生活を経験した方々の話を聞くと「仕事が忙しかった」「生活は辛かった」など悲しい話しか出てきません。

日本の生活の中には、例えば、山手線は駅ごとに発車メロディーが違うとか、居酒屋の笹の葉や小皿を使った料理の盛り付けが素晴らしいとか、何に対しても「ありがとう」と感謝するとか、一日のストレスを和らげる「心のケア」ができることがたくさんあります。しかし、職場と自宅の行き来だけになり、こうした小さな楽しみや工夫がされていることも経験できないまま、帰国してしまう。外国人に文化的な経験をしてもらうのも日本コミュニティの役割の一つではないでしょうか。

シャプラニールに期待すること

 シャプラニールのような団体の役割は、個々のコミュニティを繋げる、ギャップを埋めることだと思います。そのギャップがなくなったとき「多文化共生社会」が実現されるのだと思います。一般的に多文化共生の取り組みとして、多言語での対応をしていることが多いですが、私にとっての多文化共生は「多言語で発信することだけ」ではありません。

例えば、「母子手帳」を他の言語に訳して提供するよりは、ありのままの日本語で覚えてもらう方が良いと思っています。多言語化することで内容を理解ができる人は増えますが、言語でのコミュニケーションの機会が失われ、コミュニティは分断されたままになってしまうこともありますよね。伝えるべきは「母子手帳とは何か」「誰が何のために持つのか」「どのような情報が書いてあるか」などで、その背景にある文化や行政サービスを理解してもらうことが大切です。


大阪で実施した自殺予防研修の様子

最後に

ネパールのような途上国への支援はまだまだ必要です。人々のニーズを知ろうと対話を重ねて活動する団体は少ない中で、シャプラニールは長い間ネパールで活動を続けていただき感謝しています。

「厨房で見る夢」に書かれていることはほんの一部です。きっと皆さんの周りにもさまざまな問題抱えている外国人の方々が沢山います。見かけたらぜひ声をかけて会話をしてみてください。外国人も日本コミュニティの一部です。誰もが安心できる、より良いコミュニティをつくるために、あなたの第一歩を進めてください。


会報「南の風」302号掲載(2023年12月発行)