この人に聞きたい

シャプラニールの活動にさまざまな形でつながりのある方、
国際協力、社会貢献などの分野で活躍されている方に、その思いを伺っています。


ビジネスと社会を近づける〜クリエイティブの可能性を信じて〜

株式会社arca 代表取締役/クリエイティブディレクター 辻愛沙子さん

シャプラニールの50周年記念式典で基調講演をしてくださった、株式会社arca代表取締役、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さんに、ビジネスを通じて目指していること、そこに至るきっかけ、最近の取り組みなど、講演の時には聞けなかった深いお話を色々と伺いました。

PROFILE
辻愛沙子(つじ・あさこ)
社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年秋より報道番組 news zeroにて水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している。


小松:女性のエンパワメントなどを目指し、社会課題の解決とビジネスを結びつける活動を行っている辻さんが、なぜそのような取り組みをはじめたのか。そのきっかけや想いなどをお聞かせください。

辻:私は今、クリエイティブ(※)が社会にどのように貢献できるのかということを考える「クリエイティブ・アクティビズム」を掲げて仕事をしています。日本の広告市場って年間約7兆円と言われていて、1本のテレビCMを作るのに多いもので数千万円かかったりするわけです。そんな世界だからこそ、社会的影響力や責任も大きいのがこの業界だと思っています。私のキャリアのスタートが広告業界からだったこともあり、少しでも社会と企業の接点を見つけて、企業が社会に対してコミットできることを考えたり、企業が課題を発信したり、といったことを意識しています。

最初の頃は特に若年の女性向けの商材を扱うことが多くありました。その中で、対象者に対するステレオタイプ的な捉え方が色々あることに気が付きました。スイーツ、ナイトプール等、若い女性たちの間で流行っているというだけで、嘲笑される雰囲気が社会にあります。実際、週刊誌で「タピオカに並ぶ女はバカだ」みたいな記事が出たことがありました。どうしたら、ユーザーが傷つけられずにトレンドや楽しさをつくっていけるだろうかと悩み始めたんです。そのステレオタイプを広告業界がつくり上げてきてしまった事実も見えてきて、そうした偏見をどうひっくり返せるかをより強く考え始めました。すると、ジェンダーだけじゃなく、グローバルヘルスやフードロスなど、いろんな課題があることに気が付くようになりました。

※デザインやコミュニケーション設計などの制作物の言い換え

ワクワクを大切に

小松:arcaとして継続して取り組んでいること、最近始めたことなどを教えてください。

辻:元々ジェンダーという課題からスタートしたのですが、最近新しいメンバーが加わり、気候変動や製品の生産背景の透明化といった自分の専門外の課題にも会社として少しずつすそ野が広がっています。ビジネスの領域からできる社会課題解決へのアプローチにおける総合商社になろう、と中長期的には考えています。クリエイティブの可能性を信じる一方で、それだけで解決するというのは奢りだなと感じるところもあるんです。

もう一つ、課題にずっと向き合っていると、新しい発想が生まれづらいなあというのが最近の悩みなのですが、そこを解決するヒントになりそうだと思っているのが「闇落ちトマト」です。糖度を上げるために水を与えずにトマトを育てると、お尻が黒くなってしまい見た目が悪く廃棄されるものが出てしまう。でも品質に問題はなくとても美味しい。ある農園がそれに「闇落ちトマト」というネーミングと悪魔の顔をしたかわいいトマトのキャラクターを付けて売り出したところ、飛ぶように売れたんです。フードロスの問題解決としても、すごいアイディアです。クリエイティブにできるのはそういうことだと思うんですね。とにかく「ワクワク感」を大事にしていこうと話し合っているところです。

今、新しい自社事業として女性向けのスーツを企画しています。スーツの文化は男性用から始まっていて、女性向けには充分最適化されていない現状があります。例えばポケットの数も女性用に少ない。女性むけの商品は機能性よりシルエットだ、として過度に曲線的なものが多いのも課題です。働く女性に必要な機能を問い直してみようという実験なんです。

国際協力への取り組み

小松:私たちの50周年記念イベントで講演をお引き受けいただいた後も、グローバルフェスタへの登壇やロヒンギャ難民キャンプの訪問など、国際協力分野での活動を継続して行ってらっしゃいますね。

2022年9月に行ったシャプラニール50周年記念式典での基調講演の様子

辻:ど真ん中で国際協力に取り組んでいるとはとても言えないですが、自分に担えるものがあるのであれば役に立ちたいな、と考えています。偉い大学教授の解説も必要な一方で、軽視されがちな市民の声をみんなと同じ側にいる普通の私だから届けられるということもあるのかな、と思っています。途方もない課題が多すぎて自分が無力だー!って感じる時もあれば、無力と微力は違うと思って少しでもできることをやらなければ、という葛藤を繰り返しています。

ロヒンギャ難民キャンプの訪問の様子(中央が辻さん)
トラウマを抱えた子どもたちにアートを教える活動を行うロヒンギャ難民女性のお二人と(右端が辻さん)

若者の政治参加を促す

小松:最近、若者の投票を促すための取り組みも行っていますね。どのような想いで活動されているのかお聞かせください。

辻:GO VOTE JAPANという一般社団法人でやっている活動です。元々、タピオカ屋さんのブランディングを担当していたことがきっかけでした。若者の投票率の低さが問題になっている中、以前行われた参院選である取り組みをしたんです。メディアが漠然と「若者の政治離れ」と言うことにも違和感があって、むしろ若者を政治から遠ざけるような情報不足の状況をつくっているのはメディアなのではないかと。

そこで何十人も若者が並ぶタピオカ屋さんと何かできないかと考えて、投票後の投票済票を持っていくと半額でタピオカが飲めます、という「選挙割」キャンペーンを企画したんですね。それが話題になり、その次の衆院選から選挙割をやる企業が増えました。結局それによって投票率が急激に上がったわけではないのですが、きっかけをつくることが大事で、選挙に行ったことのない人にとっては高すぎる政治のハードルを少しでも下げられればと考えたんです。

ほかにもGO VOTE JAPANでは、タレントやアーティスト、作家などさまざまなインフルエンサーにご協力いただき「#わたしが選挙に行く理由」を話すインタビュー動画を発信したり、「投票宣言」というウェブサイトをつくり好きなイラストと環境や教育など気になるイシューを選んで自分が投票に行ったことをSNS発信できる仕組みをつくったりしました。

街頭にて「選挙に行こう」と投票行動を促す GO VOTE JAPANの活動の様子

それぞれのかかわり方で社会を良くしていく

小松:最後に、読者へ向けたメッセージをお願いします。

辻:シャプラニールが現地で行う活動を見ていると、私たちのブランディング・コミュニケーションが間接的な取り組みであるのと比べて「頭が上がらないな」という感じがします。それをサポートしている人たちの中には、自分たちが直接何かをしているわけではないので力不足と思う人がいるかもしれません。でも全然そんなことはなくて、それぞれが自分たちにできる範囲で、少しずつ社会に参画している、ということだと思っています。

この世界がより良くなっていくことを諦めない人たちが一人でも多くいることこそが救いです。直接、現地で支援活動をする人と間接的な支援をする人の間に優劣はなく、役割分担だと思うんですね。たくさんの人がそれぞれの方法で、社会全体を良くしていくことを諦めずにかかわっていくことに価値がある。自分にできることに気づいていない人がたくさんいる中で、少しでも何かできればと思って行動する人がこれだけたくさんいて、しかもその活動が50年も続いているということ自体に希望を感じます。諦めないで頑張っていきましょう!


会報「南の風」301号掲載(2023年9月発行)