国境で私も考えた

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道路封鎖による車の列.jpg先日、西部タライ(平野部)に行ったときの話。

2日目、移動に使おうとしてた道路(ハイウェイ)で事故があり、道路は村人によって封鎖されバスやジープなどが20台以上が立ち往生していた。実は1週間ほど前にも、同じハイウェイ沿いでバイクが子どもを轢いて死なせるという事故があったそうだ。警察はそのひき逃げ犯を捕まえたものの、裏取引かなにかの結果逃がしてしまったのだという。そういう伏線があったため、今回の道路封鎖は簡単に収まりそうもなかった。

なにしろ、天下のUNICEFの車でさえ通してもらえなかったということで、単なる外国人でしかない私たちに対する特別措置も期待できそうにもない。車の中にいても暑いので、他の車の乗客たちと事態の進展を道端で待っていた。

そこに中年の女性が一人近づいてきた。その彼女が口にしたのはヒンディ語。「暑いね」くらいなら理解できるが、それ以上は難しい。すると、私たちと同行していたジープのオーナー、ペラペラとヒンディ語で返事をしている。当分開く見通しはないよ、とでも言ったのかもしれない。長期戦になると考えてか彼女は私たちから離れ、屋根のあるバス停みたいなところに移動していった。 (以下、マウスのポインタを写真にのせてください、写真の名前が出てきます)

これがネパールインドの国境だ!.jpg 国境を越える牛たち.jpg 3日目、マヘンドラナガルという町から乗合いタクシーで国境に行き「ちょっとそこまで買い物に」という感じの家族連れや、家路を急ぐ牛たちに混じって国境を越えてみた。

4日目、ネパールガンジという町のホテルでも、当然のようにヒンディ語で話しかけているインド人客とそれに当然のように応えるホテルスタッフを見かけ、自分がインドにいるような錯覚に陥った。

ネパールとインドの間はオープンボーダー、人や物の往来は基本的に自由(パスポート不要、ビザももちろん必要なし)だから国境でのチェックは当然なし。一見とても便利で合理的に見えるものの、一方で国力の差によって引き起こされている問題が多くあるような気がする。オープンボーダーであることだけが理由にはならないと思うが、人身売買はその代表的な例ではないかと思う。

  こっちはインド.jpg あっちはネパール.jpg

今回訪れたマヘンドラナガルの国境には、マイティ・ネパールというNGOのオフィスがあった。人身売買に関する様々な活動を行っている団体で、身売りされそうになっている女性や子どもを国境で発見して保護したり、時にはインド・ムンバイ(ボンベイ)の売春街で働かされている女性や少女を救出する活動も行っている。つい先日、マイティ・ネパールのスタッフとある会議で同席したが、全国で700名のスタッフが働いている言っていた。つまりは、それだけスタッフが必要なほど問題が深刻なのだということを改めて実感した次第である。人身売買についてはいずれブログで書いてみたいと思う。

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1件のコメント

  1. 山下 甫 on

    ネパールでの人身売買の話は、私も何度か耳にしました。「インドに行けばいい仕事があるよ」と誘われてムンバイあたりで売春させられ、エイズに感染してネパールに追い返されるケース、やっとの思いで帰国したら、もとの村で排斥され、家族も引き取らないという悲しい物語はまれではないのだそうです。
     日本でも貧しい農村から女性が身売りして、都会の苦界に身を沈める悲劇が、戦後10年ごろまでもありました。問題の根源は経済的貧困と著しい貧富の格差と言えるでしょう。「開発」のマイナス面だけを重視すると解決策は出てこない。しかし、すべてを経済問題にしてしまうのも疑問が残ります。アドンタール村の若きリーダーが「まず教育が第一」と強調、私たちが共感したきっかけの一つが、この人身売買の事実を知ったことにありました。形を変えた人身売買は今も日本が国際的非難を浴びています。せめて、日本人がネパール人を買う側に立たないことを願うばかりです。

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