何日か前に掲載した写真を出張の様子と共に説明します。

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これは出張のために手配した車。外国援助の象徴と揶揄されたこともあるトヨタのランドクルーザーだった。私とシャプラニールスタッフ(ゴパール)、そして案内をしてくれたネパールNGO、ECARDSのテージ氏のあわせて3名にはちょっと大げさな気もしたのだが、村に到着してからさすがランクル!と思わせる働きぶりだった。

カトマンズから約1時間、きれいに舗装された幹線道路から横にはいっていくと少しずつ道が悪くなってきた。出張の2日間は天候に恵まれたのだが、前日まで雨が降っていたせいで所々ひどい泥道になっていた。パリダカラリーも(きっと)真っ青というほど、ものすごい箇所もあってかなり気分が盛り上がる。

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右の写真は村に到着する前、朝食を食べたバネパという町での風景。女性たちが背負っているのは牛乳を入れた容器。何リットル入るのか確認し忘れたが、大きさから言って20~25リットルは入っているのではないかと思われる。

協同組合に卸しているのだという。女性たちが向かう先には、すでにたくさんの容器を載せたトラクターが待っていた。ちなみにこの時、朝の9時過ぎ頃だったと記憶している。

 

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最初に訪問したのは1年前に結成された女性グループ。サルダチョーク・クリショク・サムハ、訳するとサルダチョーク(地名)農民グループという意味になる。

24名のうち、3名を除く全員がダリット(指定カースト、いわゆる不可触民)という。月に10ルピー(約17円)を貯金して、その基金から緊急時にローンを貸し出すなどの活動をしている。ECARDSの発案で豚の肥育も始めたそうだ。ヤギなどの家畜は盗まれる恐れがあるが、穢れているといってカーストの高い人たちが豚を嫌う点を逆に利用しての活動である。子豚を受け取ったのはこれまでに20名、対象となるメンバーのほとんどが豚を肥育しているということだろう。

子豚だったのが自分の子どもを産んで元気に育っている姿はとても微笑ましかった。

メンバーの家を訪問させてもらった。リーダーのバピ・ビカさん。夫は鍛冶の仕事をしている。農作業に欠かせない鎌を作っていた。女2人と男1人の子どもがいる。バピさんも夫も教育を受けたことはないが、子どもたちはそれぞれ長女9年生、長男8年生(末娘の学年は失念してしまった)と学校に通っている。

 

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息子に仕事を継がせる?と質問すると「給料のもらえる仕事に就いてほしい」と夫が答えた。

ダリットの人々について私はまだ詳しく知らないが、鍛冶、洗濯、仕立てなど人々の生活に欠かせない職業であるにも関わらず、いわれのない差別を受けている状況に、なんともやるせない気持ちになった。

(写真左:バピさんと息子、手にしているのは夫が作った鎌。プレゼントしていただきました)

(写真右:バピさんの夫、鍛冶の仕事を再現してみせてくれた)

 

山道1.jpg山道2.jpgその後、腹筋が痛くなるほど傾斜の厳しい山道を車で上ったり、さらに傾斜の厳しい場所は車を置いて歩いたりしながらいつくかグループを訪ねた。

地元の人にとっては歩きなれた道なのだろう。

子どもがサンダル履きで坂を駆け下りたり、飛ぶように上ったりしている中、ひ弱な都会育ちの私たちはあごを出しながら歩いた。

同行していたゴパールに、シャプラニールの農村プロジェクトであるオカルドゥンガの様子を尋ねると「もっとすごい」と言われ、かなりびっくりした。今の私が訪問するのは到底無理そうだ。

夜は村人の家に泊めてもらい、翌日再び3つの女性グループを訪れ話をきいた。ECARDSは農業系のNGOであるため、活動の中心は換金作物(オレンジやオフシーズン野菜)の栽培促進など、社会開発の側面が弱いことが気になったが、それでもグループに集う女性たちは「男たちに頼らないため」「行動の幅を広げるため」に活動をしていると元気に発言していたのが、とても嬉しかった。訪問したカブレという郡はカトマンズに隣接しており人や物の行き来が比較的簡単にできるという点で有利な地域である。女性が活躍する場が広がる可能性を強く感じた。

ジレルの女の子たち.jpg<番外編>

村からの帰り道、幹線道路まであとわずかという場所で人だかりを見つけた。着飾った男女が集まっている。お祭りかと思ったら、ミュージックビデオの撮影中という。私たちが足を止めた場所での撮影は終わってしまったが、記念撮影をお願いしたら快諾してくれたのでパチリ。

ネパール東部丘陵地帯に住むジレル(もしくはジリパ)というエスニックグループの人たちだそうだ。輝く笑顔にこちらまで嬉しくなってカトマンズへ向けて出発した。

2006年7月8日