バングラデシュ出張報告!

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国内活動グループでステナイ生活を担当している福間です。

7月1日から8日まで、同じく国内活動を担当している京井さんと2人でバングラデシュへ行ってきました。

私はシャプラニールのスタッフになってまだ10ケ月です。

今回の出張の目的は「とにかくバングラデシュの現場を見てくること」でした。

普段の業務の中では、日本の支援者の皆様と直接お話しする機会も多い私たちです。

私と京井さんは、いわゆる「ファンドレイジング」という、寄付を集めたり、会員になっていただいたりという資金作りの仕事をしています。

国内業務を担当しているものとして、日本の支援者に伝えていく「シャプラニールの今の動き」を自分の目で見てくることが、この出張の大きな目的でした。

初めてバングラデシュ、初めての出張、初めてづくしの1週間の旅となりました。

1週間とは思えないほど、濃い、充実した毎日となりました。

色々な場面があり、色々なことを考えさせられた毎日だったので、少しづつこのブログでご紹介できればいいなと思っています。

今日は一番心に残った出来事を書きます。

農村部でPAPRI(パプリ)というパートナー団体が行っている少女グループの活動を見学していた日のことです。

少女グループでは、衛生的な暮らしとは、エイズについて、早婚についてなど様々なことを勉強したり、話しています。友達やその家族に困っていることがあればその解決策を一緒に模索することなどもしています。

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waninatte.JPG最後に私たちへの質問はありますか?と聞いたところ、

ある少女が「私たちもあなたたちが来たように、日本へ行くことはできますか?」と言いました。

私は答えに困りました。頭の中では、彼女を日本に連れ行けないことは分かっていました。 

でも、じゃあなんと答えたらいいのか迷いました。

とりあえず、私は「日本に行くことができたら何がしたいですか」という質問をしました。

彼女は「自分と同じ年代の子たちが日本でどんな暮らしをしているのか知りたい」と答えました。

その後、「みんなを日本に連れていくのは難しいけど、日本の同じ年代の子たちがここへ来てみんなと交流が持てたらいいなとは考えています」と京井さんが答えました。

最後に彼女は「また来てください。お友達なりたいので、握手をしてください」と言って私たちに握手を求めてくれました。

 
shoujo.jpg私は質問をしてくれた彼女へ真正面から答えることができませんでした。

私の気持ちの中でとっさに「正しい答えは何か」 を探して、それを答えようとしたために答えることができなかったのだと思います。

上手に答えられなかったことを後悔しているのではなく、自分の言葉で答える努力をしなかった自分に後悔しています。

1週間の間、通訳の方を介して色々な場所を見学していた訪問者である私は、あまり自分自身を問われるような場面に立たされませんでした。

でも、この彼女の質問に答えられなかった自分は、大げさかもしれませんが、何の隠れる場所もない一人の人間だったような気がします。

 

国内活動グループ ステナイ生活担当 福間あき子

 

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2件のコメント

  1. 飯野はるの on

    私も3度バングラデシュに行って日本で考えていた以上に本当の格差社会を見せ付けられショックを受けた体験でした。何より、沢山の子供たちが街中で働いている姿、そして、車が止まるたびに車のガラス拭きにくるのは、日本では必ず学校に行っているはずの年齢の小さな子供たちでした。それは生きることに必死でそれでいて、したたかな強さ、それから夢を持っている瞳がきらきら輝いている子供たちでした。この体験は本当に忘れることができません。これこそ本当の格差社会だという現実を見せ付けられた強烈な体験でした。ですから、日本に簡単に対日できる人は実に限られていることも実感した体験でした。貧しい国に生まれるということは本当に選ぶことができないのですね。福間さんの思いとても理解できます。

  2. 福間あき子 on

    飯野さん、コメントをありがとうございました。この文章で私の気持ちが伝わるだろうかと不安に思っていたのでとてもうれしかったです。
    実はこの出来事は、帰りの飛行機の中で思い出したのです。色々な出来事が目まぐるしく起こる中、すっかり自分の中で封印していたことに気が付きそれにもびっくりしました。自分に都合の悪いこと、本当のことは無意識に目をそむけてしまうのだなと反省しました。帰りの飛行機の中で眠そうな京井さんを起こし、このときのことを思い出だしてもらい「どう思った?」と聞きました。京井さんも私が答えに困ったんだろうなということは、そのときに感じたそうです。今までも私は海外へ行くたびに色々な衝撃を受けてきました。頭と心、体が海を越えることで、日本語や慣れ親しんだ文化に囲まれて自分を守ってくれている日本での鎧がなくなるんでしょうね。色々な発見をさせてくれる海外での仕事を選んだのはそのためだったのかもしれません。

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