開発すべきは…?

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ネパールの村人の家はとってもシンプル。写真は南部の平野にほど近い、丘陵地に住む人の家の様子です。木組みに土の壁と藁葺き(わらぶき)屋根という典型的な形で、これが夏に涼しくて冬は暖かいという、とっても合理的な形なんですよね。現金収入が増えていけば、素材もレンガやセメントに変わっていくのでしょうが、そうした変化が人間の生活にとって本当にいいことなのかどうか、今でも考えこんでしまうときがあります。
14年前、バングラデシュで同じようなことを先輩駐在員にもらしたら「実際に藁葺き屋根の下で大雨にうたれた経験もなしにそんな甘っちょろいことをぬかすな」と言われ、奮起して大雨の時をねらい、村人の家に泊まらせてもらったことがあります。シンプルな素材でできた家で生活する心細さや意外なほどの修繕の手間などは、確かに理解できるようになったのですが、やはり根本的な疑問としての違和感は今でも残っています。
いわゆる近代的な価値観を無理矢理おしつけるような援助が依然としてまかり通っている開発の現場で、私たちがすべきことは何なのか。まるで若くて経験も少ない学生のような悩みを、いまだにもち続けています。
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2件のコメント

  1. j、フォキール on

    だと思います!詰まるところ、「私はどう生き、どう死んでいくのか?家族や友人や地域も(身近な地域から地球全体、全ての いのちまでも!」 その方法は、まさしく、ここ数年前からシャプラニールが言っている「共に生きる」ですね!
    何年になりますか? 開発(?!)畑で仕事を始めて。
    対象国のネパールのみならず、地元の「日本」を是非、同時に開発して下さい!
    ところで、赴任早々で忙しくて返コメどころではないでしょうが、ぜひ、友人、知人、関心のある人とのやり取りをお願いします!
    白幡さんんの毎日のブログの中には、とても重要なことが書いてあり、発信していますよね?! この時代、インターネットができるからこそ、その力を十分に活用したいものです!! m(__)m
    7月、バングラに行きます! インド・ネパールにも行きたいな~!!

  2. やまちゃん on

    近代的価値観を無理やり押し付けるのは明らかに誤りですが、相手側がそれを望むのに、「現状維持が良い」とこちらの考えを押し付けるのも正しいとは言えない。『開発』にともなう永遠の悩みでしょうね。現地の人々の価値観を変えるには10年内外の時間が必要ですが、人々に考える時間を十分に与えられない性急な開発支援を構想、しかも短期的な成果(主に経済効果)のみを求めることに、矛盾の根源が有りはしないか? ネパール的スローモーションを尊重するのも一つの形かも知れませんね。効率第一の考えは捨てたいとつくづく思います。

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