ネパール最後の夜

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今年こそはブログの更新頻度を上げようと思っていたのだが、フィールド出張が重なりあっという間に5月になってしまった。

5月1日メーデーからネパール国内は実質マヒ状態にある。マオイストが党員、支持者を動員してネパール全国でバンダ(ゼネラルストライキ)を継続しているからである。私は、明日ネパールの任期を終えて帰国する予定なのだが、日中店が閉まり交通もマヒしている状態なのである。食料品などを売る店は朝8時までと、夕方6時から8時まで空けてよいことになっていて、交通も夕方6時から8時までの限定でバンダ解除となる。

つまり私は空港へ/からの交通手段がないという、日本に住んでいる人には信じられないような状況に陥ってしまったわけである。4年数ヶ月の駐在を終えた最後の日だというのにである。

それで今夜は事務所近くの4つ(5つ?)星ホテルに逗留することにした。というのはこういう場合、観光客が空港で足止めをくらわないよう政府がカトマンズ内の主要ホテルをまわる、いわゆるツーリストバスというのを運行するので、私もそれに乗ってなんとか明日空港へ向かおうと考えているからである。先ほどチェックインした時、レセプションで確認したが何時にバスが来るかわからないので朝7時には出発できるよう準備をしておいたほうが良いと言われた。飛行機の出発時刻は1時過ぎなので、もしかしたら何もない空港で4,5時間待たなくてはいけないかもしれないが、空港にたどりつけず乗り遅れるよりはましと思うしかない。

私の大家さんはもとイギリス傭兵(いわゆるグルカ兵)で、現在フランスで仕事をしている。1ヶ月ほど休暇で帰ってきていた大家さんも今日出発の夕方だった。タクシーが走らないので、自転車で甥に送ってもらおうと考えていたようだが、今日は自転車すら通さないほど厳しいらしいと聞いて、結局知り合いに頼んで救急車を手配し空港にむかった。救急車は病人を病院に運ぶためのもので、これは本体の目的とは外れている。それを承知で救急車を利用せざるを得なかった大家さんを私は責めることはできない。

ネパール駐在最後の夜は、万感迫るものがある。

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