ダサイン始まる

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先週金曜日(10月12日 )のガタスタパナからネパール最大の祝日ダサインが始まった。

早いところでは12日から休みに入った事務所もあるが、シャプラニールカトマンズ事務所は18日からの休み。つまりあと1日仕事をしなくてはいけなというわけ。それでも金曜日からの3連休は、家の中にあるありとあらゆるものを干し、夏物と冬物を入れ替えし、朝、夕方にヒマラヤを眺めつつ晴天を存分に満喫した。

しかしこんなダサイン気分とは全く相容れないネパールの政治。最近、ラジオを聴くということを覚え、部屋の掃除をしながらラジオをつけていることも多いのだが、なにが論点だかよく判らなくなってきた。 日曜日に話し合いが決裂し、今日と明日改めて協議を行うはずだったのが、今朝の時点で「ダサイン明け(10月29日)まで延期」と決まってしまったらしい。

もしかしたら国が紛争状態に逆戻りするかもしれないという時に、「それでは続きは祝日明けに」と引き上げてしまうところが私には判らない。それだけ妥協点が見つからないということなのかもしれないが、マオイストと国の間の紛争が一番激しいときも、この時期だけは停戦していたというのだから、これはお国柄としか言いようがない。この国にしばし滞在させていただいているだけの私たち外人は、口を挟まずにいるのしかないのだろう。

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2件のコメント

  1. やまちゃん on

    多民族・多言語・多宗教・多数政党でカースト遺制や格差拡大などの矛盾を抱えるこの国の人たちがバンダやダサインで見せる統一的行動に私は驚きとある種の期待感を持ちます。外国の干渉さえなければ半世紀ほどで落ち着くところにたどり着くだろう、内戦10年を自力で乗り越えた国だ、何とかなるさ、と思うのですが。

  2. 確かにやまちゃんの指摘する通りです。それに加えて、最悪の事態を回避しようとする本能的ともいえる動きは、長年の歴史の中で培われたものだろうと思い、私もそこに希望を感じています。ただ、これだけ世界が小さくなって、外国との関係(干渉)なしにはネパールという国が成り立たない現在の状況でそれが通用するのかどうか疑問を感じるのも事実です。

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