【職員インタビュー】国内活動グループ  髙階悠輔

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こんにちは、国内活動グループインターンの小野です。
前回の菅野さんに引き続き、今回は国内活動グループ、ステナイ生活担当の髙階悠輔さんにインタビューを行いました。

“生まれた場所や環境で差が生まれてはいけない”
という強い信念を持ち、精力的に活動されてこられた高階さんの歩みを詳しくお聞きしました。

NGOとの出会いは東日本大震災

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小野: 国際協力の業界で働くことを志すきっかけや原体験があれば教えてください。

髙階: もともと海外には興味がありました。一番のきっかけは中学2年生の時。住んでいた市が主催した中学生海外派遣でオーストラリアに行ったことです。

生まれてからずっと地元の秋田に住んでいて、周囲には外国につながりのある人はもちろん、海外旅行に行ったことのある人さえほとんどいませんでした。山がない大地(実家は盆地の真ん中でした)、ワンプレートの食事、英語… 初めての海外での体験に「こんなにも違う世界があるんだ」といい意味でショックを受けました。それから漠然と将来は海外に関わる仕事に就きたいと思うようになりました。

小野: 海外への興味から、国際協力という分野への興味に変わるきっかけのような出来事はあったのですか。

髙階: はい。同じ東北地方の大学に進学する直前の春休みに、東日本大震災がありました。大学があった地域は物理的被害は少なかったのですが、入学式が行われる予定の体育館は、隣県から避難してきた方々の避難所に。学生の中にも被災した人がおり、入学式がないまま2か月遅れで大学が始まりました。

大学が始まるまでの間なにもしないまま悶々とするのも嫌だったので、「ボランティア」「国際協力」とインターネットで検索しました。その時に東北のある国際協力NGOと出会ったのがひとつの大きな転機です。当時、国際協力に携わっていた日本のNGOも、その多くが震災支援の活動を行っていました。シャプラニールが福島のいわきで行ってきた活動も同様ですね。その震災支援のボランティアに参加したことが、最初のNGOとの出会いです。活動をする中で、同じ団体に学生主体のユース組織があり、カンボジアで支援活動を行っていることを知りました。その年の夏に、ユースの活動で初めてカンボジアに行き、国際協力という分野に初めて触れました。

確かにそこにあった貧困

髙階: カンボジアに行く前は「地雷」「貧困」というような、ステレオタイプなイメージを持っていました。しかし実際に行ってみると、予想とは少し違っていました。

初めて降り立ったカンボジア。いつか写真やニュースで見たような「今にも飢え死にしそうな人」はどこにも見当たりません。首都のプノンペンは秋田の何十倍も活気があって、ショッピングモールだってある。農村部も風景は綺麗だし、食べ物もおいしい。それなりにモノもあるし、生活できている。これってとくに誰も困ってないんじゃない?NGOの支援って本当に必要なの?と思ったんです。今思えば浅はかでした。

現地で活動する際に、現地の学生がコーディネーターをしてくれていました。その彼が教えてくれたのは、こんなことでした。

「あそこの家、空き家になっているのはどうしてだと思う?両親がマイクロクレジットでお金を借りたけど、返済できなくなって、夜逃げしたんだよ。」

「あの幹線道路沿いにある立派な建物も空き家になっているのはどうしてだと思う?昔日本の団体が来て学校を建てたけど、そのケアをせずに使われなくなってしまって、今は地方政府の役人の家になっているんだよ。」

皆が見てわかるような「お腹を空かせて困っています」みたいな人はいなくても、格差や貧困が確かにそこにはあって、自分は表面上しかみてなかったんだな、とその時強く思いました。カンボジアでの経験を経て、そういう格差を埋めることを仕事にできたらいいなと思うようになりました。

小野: 短期の滞在で表面化していない格差や問題に気づくことができたのはすごい気づきですね。

髙階: 自分が日本のなかでも地方の出身だということもあると思うんです。カンボジアも、農村と都市部とでは全然環境が異なっていて、学校や職業の選択、触れられる文化資本の数が全く違うんですよね。自分としても、生まれたところによって選択肢の差があったり、スタートラインが違ったりするのはおかしいと思って、これは国内外問わず埋めていける手助けをしたいなと思っています。

長期休みの全てをカンボジアで過ごした大学時代

髙階: 大学では、言語学や文学など海外の「文化」について学ぶ学部に入学しました。しかしNGOのユースで活動するうちに、知りたいことと学んでいることの間にずれを感じ、2年生の時に国際関係や政治を学べる学部に転学しました。NGOでの活動は、大学4年間続け、長期休み毎にカンボジアに足を運んでいました。

小野: カンボジアでは実際にどのような活動をされていたのですか。

takashina2髙階: 母体のNGOは農業支援、私たちユースは教育支援を行っていました。教育支援活動では、現地の先生と一緒に話し合いながら算数の補助教材を作成したりしていました。

カンボジアはかつてフランスの植民地だったこともあり、フランスのカリキュラムがそのまま取り入れられているところが多く、カンボジアの生活や文化と合ってない部分がありました。また長年続いた内戦の影響から、教育のハードもソフトもごっそり抜けている部分がたくさんあります。もともとある教材には、練習問題や発展問題がなく、家で子どもたちが自分で反復して練習するというような構成になっていなかったので、基礎学力がつかず、わからなくてドロップアウトしちゃう子が多かったんです。そこで家で楽しみながら練習問題をたくさんできるようなドリルを作って、それを学校で配布し、授業や宿題として使ってもらっていました。

その他にも、学校で先生と一緒にワークショップを開催したり、生活状況の調査を行ったり、現地のJICAやNGOの会議に出席させていただいたり(今思えばすごく場違いでした…)、日本の財団などに助成金を申請することも行っていました。

小野:  そういった経験を経て、国際協力や教育支援の仕事に就くことが考えるようになっていったのですか。

髙階: 教育支援にこだわっていたわけではないですが、国際協力の分野に進みたいとは思っていました。NGOへのこだわりもその時点ではなかったです。

 

留学先で知った”先進国の中の格差”

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髙階:大学3年生の夏から4年生の夏までの1年間、リトアニアに留学をしました。リトアニアは、かつてのソ連の構成国で、独立から30年ほどの国です。かつてのソ連から、EUの構成国として変わっていく、国づくりの過程、その変化に興味がありました。また、いわゆる「東側」だった国がどのような視点で歴史を見てきたのかも気になっていました。

小野: 留学先を選ぶ視点が非常に興味深いです。政治の仕組みや国の体制が日本とは異なる国だからという理由で国を選ぶというのは、なかなか珍しいのではないでしょうか。様々な経験をされたと思いますが、リトアニアでの留学生活で印象に残っていることはありますか。

髙階:途上国=貧しい、先進国=豊か、というイメージを持っている人がみなさんの中にはいるかもしれません。私もはじめはそうでした。しかし、ヨーロッパ・先進国の中にも格差や貧しさがあるということに改めて触れたのは、一番大きかったですね。

リトアニア人のある友人は、「リトアニアは希望がない国だよ」とよく口にしていました。リトアニアは農業が主体の国ですが、ソ連からの独立後、経済はずっと低迷しています。若者はみんなイギリスや北欧などに進学や出稼ぎで出て行ってしまうので、国内の産業もなかなか育たず、将来に希望を見いだせずにいました。その空気感がどこか私の地元と似ているような気がして…国や地域は違っても状況は同じなんだなと感じましたね。みんな富める・稼げる場所に行ってしまう。

もちろんリトアニアにも良いところはたくさんあるんですが、その魅力に気づいたり、楽しんだりするよりも、まずは生活をしていかなきゃ・生きていかなきゃいけない。格差みたいなものがどこも共通なのだと分かったことは、一番留学に行って良かったなと思ったところです。

小野: 私も地方出身なのでその気持ちは痛い程よくわかります。留学から帰ってこられたのが4年の夏という事ですが、その後は就職活動をされたのですか。

髙階: そうですね。4年生の夏に帰ってきた時は、既に周りは就職先が決まっていて、私も就職サイトに登録してみたり、セミナーに参加してみたりしました。でも自分が心から働きたい分野がなかったので、今就職してもうまくいかないだろうと思っていました。

そのタイミングで出会ったのが、開発教育という分野です。開発教育は、開発に関する様々な問題を知り、考え、行動するための教育活動です。例えば、シャプラニールが活動するバングラデシュは縫製業が盛んな国です。私たちが普段買い物をするようなファストファッションブランドでは、多くの服がバングラデシュで作られています。一方で、縫製工場で働く中には過酷な労働条件や劣悪な環境で働いている人々も少なくありません。私たち=先進国の消費行動や社会構造は、途上国で起きている開発問題とダイレクトに繋がってきます。もちろん先進国の中にある格差や貧困も同じ構造が当てはまります。

takashina4開発教育は、先進国・途上国問わずに開発問題の本質を考える教育です。自分が今まで触れてきたことが、ここで全て繋がる気がしました。カンボジアで見たものや感じたこと、秋田と東京の(先進国の中での)格差など、全部を扱うことのできる分野であると思い、開発教育を学ぶために大学院に進学しました。

 

 

途上国・先進国を問わないやり方

小野: 途上国の問題の多くが先進国の人々の生活に繋がっているという事実を伝えるという教育の側面に興味をもっていったのですね。国際協力というと支援のイメージを持たれる方もいるのではないかと思いますが、単に途上国に支援するあり方には違和感を抱いていたのですか。

髙階: 違和感を抱いていたというよりは、外を色々見てみたときに、抱えている問題というのは海外だけでなく、日本にも関係している問題で、外だけでなく両方解決していかないといけないと感じました。開発教育であれば、途上国・先進国問わずすべてを問題として扱えるなと思いました。また開発教育は「ワークショップ型」「参加型」の手法をたくさん使います。私が今まで経験してきた「暗記」「詰め込み」の教育とは異なるアプローチで、面白さと同時に可能性も感じていました。

小野: 大学院で具体的にどのようなことを学びながら、どんな活動をしていたのですか。

takashina5髙階: 大学院では、開発教育やシティズンシップ教育、国際協力などを学んでいました。そのかたわら、開発教育のネットワークNGOでのボランティアやインターンもしていました。講師派遣に同行したり、インタビュー取材や会報の原稿チェックまで、色々なところに連れて行ってもらってお手伝いをさせてもらいましたね。また、青少年団体で国際プログラムのコーディネートをしたり、フェアトレードショップで開発教育のワークショップ講座のファシリテーターをしたりもしていました。

小野: 大学院生時代には開発教育をはじめとして、様々なことに精力的に取り組まれていたのですね。そこからシャプラニールに入職するまでの経緯を教えてください。

髙階: 大学院卒業後は、神奈川の青少年団体で働きました。子どもたちと直接関わる仕事だったのでやりがいもあったのですが、もっと国際協力や市民活動に身近なところで働きたいという思いが日に日に強くなっていきました。ちょうどそんな時にシャプラニールの求人を見つけたんです。大学院の時に、シャプラニールで活動されていた吉田ユリノさんの授業をとっていたことや、「市民の立場」からという姿勢に魅力を感じ、応募しました。

 

全国各地から届く物品寄付に感動

髙階: 現在は国内活動グループで、ステナイ生活を担当しています。ステナイ生活担当は、全国から送られてきた寄付物品を扱います。主にはがきや切手などですね。繁忙期は、衣装ケースくらいの郵便のコンテナが10箱以上ぎゅうぎゅうの状態で送られてきます。それを開封して、仕分けて、換金して、お礼状を出すという作業を行います。

アルバイトスタッフと一緒にお礼状の発送や荷物の管理をお願いしたり、ボランティアのみなさんに開封や仕分けの作業をお願いしたりします。また、企業や生協・労働組合との協働でキャンペーンを開催したり、呼びかけや結果を報告したりすることも仕事のひとつです。外部の方との接点も多いので、営業の側面も大きいですね。たくさんのみなさんからのご寄付のおかげで、ステナイ生活の換金額は年間6,000万円程です。これがバングラデシュやネパールでの活動に活かされると思うと、数字も大きいですし、ステナイ生活担当としては毎日胃が痛くなる思いです(笑)。

小野: 実際にシャプラニールで働かれてみて、入職する前に抱いていた印象と異なっていたことはありますか。

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髙階: ありますね。シャプラニールが“ステナイ生活”をしていることは知っていましたが、正直具体的にどういう業務をするのかきちんとイメージはできていませんでした。
実際にやってみて、とても面白い仕事です。いろんな物品に触れるのもそうですけど、全国各地からこんなにたくさんの物品が届くことにいつも感動しています。1つの団体にこれだけ多くの方が携わってくれていることは、本当にありがたいです。封筒の中にお手紙が入っていることも多くて、「亡くなった父が収集していたものです」「職場で呼びかけました」「生徒会で地域に声をかけて集めたものです」などのメッセージを読むと、この思いを絶対に無駄にしないようにしようと思いますね。

 

小野: そういった全国から届く物品寄付やお手紙が、自身のやりがいに繋がっているのですか。

髙階: そうですね。送ってくださる方と直接お会いすることはなかなかありません。お手紙が入っていると支援者の方の声を間接的にお聞きすることができるので、嬉しかったですね。

 

スタートラインの差をなくす

小野:現在国際協力の携わり方は多様にあると思いますが、本職としてNGOの職員を選択した理由はありますか。

髙階:ボランティアやプロボノとしてよりも、より自分が直接の担い手でやりたいという思いはありました。また、ビジネスとしてよりは同じ市民の立場から1人1人と直接関わる仕事をしたいと思っています。今は国内の支援者の方と携わる機会が多いですが、こうした機会がある仕事はやはりいいなと感じています。

小野:シャプラニールの職員として、もしくは一個人として、今後の夢や目標があれば教えてください。

髙階住んでいる場所や生まれた地域・バックグラウンドによるスタートラインの差がない社会をつくることです。ゆくゆくは地元の秋田や東北に戻って、そういう活動をしたいなとは思っています。そういうことをするためのスキルも知識も今は全然ないので、もっと経験を積まないとなと思っています。

一方で「先進国のライフスタイルや革新的な考えに、そうでない地域の人が追いつく」ということではないと思っています。それぞれの生まれ持ったアイデンティティを大切に生かせる社会にしていきたいですね。

小野:最後にNGOに問わず国際協力の業界でのキャリアを考えている方々に何か一言いただけますしょうか。

髙階いろんな知識を持っておくこと、いろんなことを経験しておくことは大事だなと思っています。やはり国際協力ということを仕事にするとしたら、その先にはやはり現地に暮らす人たちがいるわけです。その人たち・その地域の文化や政治、歴史、バックグラウンドを知らないまま活動をするというのは、すごく失礼だし、それはただの押し付けだと思います。自分たちの関わる人たちやその方々の住む地域や背景についてもしっかり知っておくことが、一方的でない支援や関係性を築くうえで必要だと思います。

どういう形で国際協力に関わるにしても、大学や大学院で学んだ国際協力や国際開発論などの理論を、そのまま仕事で当てはめるのは難しいと思います。どんな分野でもいいので、まずは一度働いてみることが大事だと感じています。色んな知識、経験を幅広く持つこと、それがのちに国際協力の業界で働くことになった時に強みになると思います。自分自身まだまだ足りていないので、日々学びながら働いています。

※このインタビューは2020年12月に実施したものです。


今回は髙階さんにインタビューを行いました。お忙しい中お時間をいただきありがとうございました。
今回のインタビューを通し、私と同じように社会課題解決を仕事にしたいと思っている方や国際協力業界でのキャリアを考えている方に、少しでも現場で働く職員の方のリアルな声を届けることができていたら幸いです。

最後まで読んでくださった皆さまありがとうございました。

国内活動グループインターン 小野

 

 

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