2020年5月、勢力の強いサイクロン「Amphan(アンファン)」がバングラデシュ南西部を襲いました。
私たちシャプラニールは、被害が大きかったバングラデシュの南西部沿岸のクルナ県コイラ郡にて、緊急支援や支援ニーズの調査を行い、当時の現状を踏まえた復旧・復興支援(2022年2月~2023年2月)を行いました。
この経験から、サイクロンが発生した時に、女性や女児が逃げ遅れやすいことがわかってきました。さらに言うと、シェルター(避難所)へ逃げても、プライバシーや衛生環境が保たれた、安心して寝起きのできる環境が無いこともわかってきました。
なぜ女性や女児が逃げ遅れやすいのか?
サイクロンが起きた際、自ら家に残る女性や、逃げ遅れる女性が多くいました。
大きな理由は2つ。
一つは、避難所への道が、水没するなどして安全でないこと。もう一つは、家畜を守るためでした。
コイラ郡にある事業地は、土地が低く、低気圧で海面が上がると、水没してしまう道が多くあります。

写真1のように、海面と陸地の高低差が小さく、威力の強いサイクロンが来ると、道路が水没することも珍しくありません。強風、豪雨の中、女性や子どもたちが、歩いて避難することに恐怖を感じるのは、納得できます。
また、女性たちと話をしていくと、シェルター(避難所)では、女性と男性で部屋が分かれていなく、備え付けのトイレがそもそも少なかったり、ジェンダーの配慮も無いために、シェルターへの避難を躊躇してしまう人もいました。
家畜については、バングラデシュの文化が背景としてあります。
バングラデシュ社会では女性は、子どもを産み育て、水汲みを含む家事、家畜の世話を担っています。家畜は、食べ物を与えてくれ、仕事を手伝ってくれ、また経済的に困ったら売ることができる、住民にとって大変重要な財産です。
力を貸してくれる男性の家族がいれば良いのですが、最近では男性が都心部へ出稼ぎに行くケースが増えているため、女性が対応するしかないという家庭も多くなってきています。
シャプラニールの取り組み~女性が参加する防災~
バングラデシュでは、男性が家庭の中心的存在且つ社会をリードする存在であり、女性はそこに介入しない(またはできない)ことが文化・伝統的な価値としてあります。
こういった価値観が、防災・減災にも影響し、女性への配慮・視点が欠けてしまった結果、「女性が逃げ遅れやすい」状況が固定化されていました。
シャプラニールでは、2024年5月から、女性が避難できる環境を作り、サイクロンに強い地域を作っていくため、女性・女児自身が主体的に防災に参加をすることにフォーカスした「クルナ県コイラ郡におけるジェンダーに配慮した地域防災能力の強化」事業に取り組んでいます。
<活動内容>
① 家庭レベルでの防災力アップ
サイクロン・アンファン後の調査で、家族全員でシェルターへ避難した世帯が、58%に留まることがわかりました。避難は、一人一人が普段から準備をして、いざとなった時に準備していたことを発揮できないといけません。シャプラニールは、家族ごとの防災計画を作り、この計画に女性が参加することで、女性が避難しやすい環境整備を促進しています。
具体的には、集落ごとに軒先で地域住民への啓発を行い、日頃の防災の取り組みや発災時に女性だけに負担が集中しないよう、避難時の役割分担をするなど、世帯レベルの計画を作りました。
1年経ち、世帯レベルで防災計画をする家庭は、事業開始時の8%強から35%増え、全体の49%弱の家庭で防災計画が作られました。
② サイクロンに強いインフラ整備
これまでは、サイクロンが来ると避難ルートとなる道路の水没に加え、農地、民家のトイレ、井戸が水没してしまっていました。
特に、農地やトイレ、井戸の水没は、女性の生活を一変させることがわかっています。農地の水没は、食料不足を引き起こし、トイレや井戸の水没はコレラや赤痢などの命を奪う恐れのある感染症のリスクを高めます。また、女性は汚染されていない安全な水を探して、遠い水源まで水汲みへいくことになり、食事や水の管理を行う女性への負担が増すのです。
シャプラニールでは、村の女性たちから要望の強かった水衛生環境の改善、農地のかさ上げ工事、そしてシェルターに続く道路のかさ上げ工事に取り組みました。


これにより、各家庭のトイレや地域の井戸が使えない時にも利用できるトイレと井戸ようにしました。また、維持管理方法について女性を交えて利用世帯間でルール決めを行い、ルールに沿って利用をしています。
かさ上げしたトイレには女性たちが自ら雨どいをつけ、貯めた雨水も水源として活用できるように工夫しており、トイレへのわがごと感が感じられます。
さらに、地域の女性たちを雇用し、農地や道路のかさ上げ工事を行いました。

農地や道路をかさ上げしたことで、サイクロンが上陸する前に、家畜をかさ上げした農地へ移動させ、女性たちが安全な道を通ってシェルターへ避難できるようになりました。
③地域の防災関係者への働きかけ
サイクロン常襲国のバングラデシュには、サイクロンシェルター災害管理員会、区、ユニオン(末端行政)、郡、県それぞれで災害管理委員会が存在します。また、1972年に政府主導でつくられた住民ボランティアによるサイクロン警報の伝達プログラムもあります。
しかし、女性がこれらの委員会に入っていても、意思決定をする立場にはなく、女性の声が反映されるようにはなっていませんでした。
事業では、上記災害管理委員会に対し、女性メンバーの増加や女性メンバーの発言を意識して促すよう働きかけています。また、女性特有のニーズを鑑みた計画や実践に繋がるよう、能力強化研修と、避難訓練を実施し、知識が実践に生かせるように工夫しています。

④市民社会、行政へのアドボカシー
地域の市民社会組織やボランティアグループと連携し、アドボカシーイベントを実施し、ジェンダーの視点を取り入れた防災の重要性を、メディアやソーシャルネットワークサービスを通じて地域社会全体に広く訴えています。
また、県や中央政府レベルの政策立案者や関係機関を対象に、政策提言書の作成・発表などを通じて、災害時のジェンダー課題が防災政策へ反映されるよう働きかけています。

これら活動を通して、住民からは、次のような声が聞かれています。
●かさ上げ工事をした道路や農地の地主男性から
「最初は、女性が工事に参加することをあまりよく思っていなかったんだ。でも、女性はとても働きぶりが良くて、男性よりも信頼できると今は思っているよ。」
●工事に参加した女性から
「工事に参加して良かったです。避難訓練の時、かさ上げした道路を村の人が通ってシェルターへ向かっているのを見て、自分が作った道路を人が使っていることに嬉しく思いました。」
「働いて賃金をもらったことで、娘を学校に通わせることができました*。」
*女の子は、男の子よりも教育の優先度が低く、しばしば教育機会を失います。
住民からの声から、女性や女児が「安心のできる」「いきいきと生活を送れる」地域には、女性の意見が聞かれることが大事なのだと、改めて感じさせられます。
引き続き、2025年度も「クルナ県コイラ郡におけるジェンダーに配慮した地域防災能力の強化」事業に取り組んでいきます。
