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2007年01月一覧

2007年01月30日

青空バドミントン・その1

オカルドゥンガからの戻りが2日遅れたというのは既に書いた。しかしなぜ遅れたかについてはまだ触れていないので今日はそのことについて。

P1010657.jpg前日夜にルムジャタールに到着した私たち、朝9時過ぎに荷物を持って空港へ向かった。霧のせいでどうせ2,3時間は遅れるだろうと思っていたが、別に気がかりなことがあった。前夜、カトマンズへ電話をしたところ、カトマンズで無期限交通ストが起きているという。

<せっかくチェックインしたのにね>

飛行機が到着しても空港からタクシーがつかまらなければ、歩いて自宅に戻るしかない。それに加えて、マネバンジャンの定期市で買った羊毛の敷物とか、ペクで買ったみかんとか、農業生産グループからもらったカブなど、結構荷物が増えてしまった私たち、どうすっかねぇ…?と話しつつ、ルムジャタールで待つこと数時間、飛行機は到着しないし、待つのも飽きてきた。

周囲の人たちと話をすると、実は悪天候でRA(ネパール航空)のキャンセルが続いて日曜から待っている人がいるということが判った。この日は火曜日、つまり3日経っている。ルムジャタールもかすみがちだが、カトマンズの霧がひどく昼を過ぎても太陽が見えないという。これはまずい、と思っていると案の定「今日はキャンセルだって」という言葉が聞こえてきた。ひえー、明日パートナーとの大切な会議が入っているんだ、どうする?

しかし、飛ばないものは飛ばない。あらゆることが可能なネパールでもこればかりはムリだった。

P1010659.jpg明日は飛行機が来ることを祈りつつ、同じ宿に戻ったのは午後2時過ぎくらい。小さなルムジャタールの村で時間を潰すのは骨が折れる。たまたまこの日は子どもたちのサッカー大会が開かれていたのでそれを応援したり、宿から3分ほど離れた茶屋の店先に座って道行く人を眺めたり、村の端っこまで歩いてみたが、興奮するほど面白くもない。

<かわいそうだニャー>

夜はテレビもなく面白くなくて、カトマンズから出張に来ているような同じ境遇の人と話をして互いに慰めあったりする程度。そんなことをしていたら知り合いも増えたが、長い夜は退屈なまま。停電がちなので本を読むのも難しく、仕方なく夜9時過ぎには寝床についた。

(2日めに続く)

2007年01月27日

ルムジャタールの空港にて

P1010299.jpg今回のオカルドゥンガ出張では往復に飛行機を利用した。双発の飛行機でカトマンズから30分でルムジャタール(オカルドゥンガ)の空港に着く。

この30分というのはあくまでも飛行時間のことで、霧の多い冬の時期は出発時間が大幅に遅れることが多く、空港で2~3時間待ち、ひどい時には欠航ということもある。

行きのフライトは朝8:45発だったものが、霧のために3時間遅れて出発した。左にヒマラヤの山々、2,000m級の山が連なるのを下に見ながら飛ぶこと約20分。ウゥゥゥゥ~ンとプロペラの音が騒がしい飛行機がオカルドゥンガの上空に差し掛かった。周囲とは明らかに異なる赤土色の台地が現れた。どうやらルムジャタール空港はそこにあるらしい。舗装されてない空港に着陸すると、もうもうと土煙があがった。

P1010300.jpg小さな空港に降り立つと、そのまま空港の外に出て荷物の到着を待つ。空き地に沢山の人たちが居るのは、見送りや到着客を出迎えるためらしい。

思い思いの格好で待っている人たちのようすはとてものどかだが、かつてマオイストの襲撃によって多くの死者(治安関係者)を出したというだけあって、空港の周りにはまだ鉄条網が張り巡らされ塹壕もそのまま残っていた。そして今でも軍隊が駐屯している。

P1010663.jpg荷物が出てくるのを待っていると、突然獣(けもの)臭くなった。と、大きなヤギが少し離れたところにいる。実はこのヤギ、この辺りでは有名なヤギなのだ。5、6年前、駐屯する軍隊が東部平野からヘリコプターに乗せて連れてきたのだという。当然、食料としてである。ある日殺そうとしたが、このヤギが涙を流して殺さないでくれと頼んだという。その出来事があって、誰もこのヤギを二度と食べようとしないのだそうだ。

今でも元気に村の中を自由に歩き回っている様子は、確かに普通のヤギではないように見える。十何キロも離れた村や郡庁所在地へも一匹で歩いて行って、また空港に帰ってくるのだとも聞いた。しかも、夜は他の動物に襲われないよう人家に泊まり、夜が明けると再び歩き出すのだという。オカルドゥンガのおとぎ話のようなエピソードだ。

2007年01月26日

コメント投稿について

ここ1,2ヶ月、意味のない英語コメントが無差別に投稿される、いわゆる迷惑コメントが多くなっている。”Cool site!”とか”Nice site, Thanks!”のような、あなた絶対内容読んでないでしょう!とつっこみたくなるようなものばかりで笑ってしまうのだが、放っておくのも気持ち悪いので、最初に投稿されたものは私が一度確認をするというステップを踏むように設定を変更した。

今までコメントくださった方も、今日以降のコメント初回のみ「管理者の承認を待っています」というようなメッセージが出てしまう思われるが、このような事情によるものとどうかご了解下さい。

2007年01月25日

オカルドゥンガから戻りました

P1010395.jpg予定より2日遅れて今日の夕刻、カトマンズに戻ってきた。(詳しくは次回以降のブログで)到着した翌日から6日間、一切乗り物は使えず毎日4-5時間山道を歩いて活動地を巡った。同行したスタッフは、私が山道を歩けるかどうか心配していたようだが、大学時代にバドミントンで鍛えた足腰にはまだ力が残っていたようで、不注意で1回転んだことを除けば特に問題もなく、むしろ楽しく歩けた。

<奥の細道を彷彿させるような山道>

今回の出張は、これまでシャプラニールがネパールNGOのCSDと共に実施してきたプロジェクトの現状を確認するというのが目的だったので、これまで支援をしてきた様々な住民グループとも会い話を聞いた。必ずしもすべてのグループの活動が順調に行っているわけではないが、これまで8年間かけて支援をしてきたことの成果は確実に出来ていると感じた。

P1010613.jpg例えばケトゥケVDC(行政村)のトゥロジュレという村で、ビジョエ貯蓄融資女性グループを訪問したときのこと。99年に結成されたこのグループ、40人だったメンバーは48人に増えた。

CSDから屋根用のトタン板は支援してもらったが、レンガや木材などはすべて自力で調達し、2ヶ月かけて自分たちの手で集会場(写真参照)を建設した。貯蓄融資だけでなく、病気になった人がいればメンバーが交代で家事を手伝いに行ったり、無利子でお金も貸し出しているという。また、最近になって、同じ村で活動する森林組合の協力を得て、メンバーへの識字教室も始めたという。

<ビジョエ貯蓄融資女性グループのメンバーと共に>

次の目標は何?と聞くと「電気を引いてきて製粉所をつくること。朝2時に起きてとうもろこしの粉を引くのはつらいもの」と答えた。それで浮いた時間はどうするの?と尋ねると、編み物などをして有効に使うわ!という元気な言葉が返ってきた。彼女たちはシャプラニールやCSDに支援して欲しいとは言わなかった。これまでに自分たちがやってきたことで自信が生まれた証拠なのだろう。

P1010432.jpg 訪れた村はほぼ例外なく電気、水道、ガスなどはない。かろうじてラジオが入り、場所によっては1本か2本電話があるという程度。外との交通手段は歩きのみというところばかり。

日が落ちれば、夕食を食べてあとは一つの灯りを囲んで家族団らん、夜9時過ぎには村全体が寝静まってしまう。朝5時過ぎにはかまどに火が入り、鶏やヤギの鳴き声とともに夜が明けるという、自然と調和した生活がある。

<水汲み用のカメを抱えて歩く女性>

物質的には豊かとはいえないし、薪を取って煮炊きをし、汲んできた水で食事やその他をまかなうというのは、特に女性たちにとって負担の大きい生活だろう。けれども、自分たちの手や目の届く範囲に生活があるというのは、反対に安心感も与えてくれるという気がした。

10日留守にしただけで、不要なメールを削除するのに1時間以上も費やさなくてはいけない自分の状況との落差に大きなため息が出てしまう。

2007年01月15日

明日から出張

9月の「オカルドゥンガへの道」から3ヶ月半、再びオカルドゥンガへ行くことになった。前回は天候にたたられたが、今回はどうなるだろう。出張の予定がなくてもオカルドゥンガのことは気になるもので、インターネットで気温などをちょくちょく見ていた。カトマンズの気温とあまり変わらないので安心していたら、今日は最高気温(8度)が異様に低い。

フィールド経験豊富な友人からのアドバイスをもらい、寝袋やら手袋やら借りまくって準備をしていたが、これはやぱいかもしれないと考えていた今日の帰り道、ネパール人の友人がやっている店に所用があって寄った。「明日から出張なの」とおしゃべりをしていたら、彼女が「着るものある?」ととても心配してきた。

ババシャツと長袖Tシャツと、クルタを着て、その上にセーターを着て、それから、えっとーと口ごもっていたら、なんと彼女自分がきていた暖かそうな中綿入りジャケット脱いで差し出してくれるではないか。来週戻ってきた時に返してくれたらいいから、と。

私も着ていた短めのコートを脱いで渡したので、物々交換をした格好になったのだが、なんだかこれ「わらしべ長者」っぽいなあと笑ってしまった。こういうネパール人の大らかさと相手を思いやる気持ちが本当に好きだ。

2007年01月12日

ウソ言っちゃった

実は今日(1月12日)NHK・BSの生放送に出演した。「アジア・クロスロード」という1月から始まった新番組で、アジアに暮らす日本人に電話でインタビューをするというもの。事前に告知をするのが照れくさく(失敗すると恥ずかしいし)ブログで紹介できなかった。

テーマは「ネパールの冬」 寒さにまつわるあれこれを、自分が撮った写真と共に紹介した。

冒頭、キャスターの女性から「今気温はどのくらいくらいですか?」と聞かれ、「20度ちょっと下回るくらいだと思います」と答えたところまでは良かったが、その後「今朝はぐっと冷え込んで1,2度だったと思います」と言った。

さっきネパール政府の気象予報局(Meteorological Forecasting Devision)のホームページを見たら、カトマンズの最低気温は4.0度。ええ、違うじゃん。昨日の気温が最低気温が0.7度で、今朝も寒い寒いと家をでたのですっかり0度近くまで下がっているだろうと思ったのに。しまった。

ネパールの新聞の天気予報は「今日の予想最高気温18-20度、最低気温1-3度」とか、とってもアバウトなので、まあそう意味でも当らずも遠からずなんだけどさ。と自分を慰めたりして。

面白かったのが、わずか5、6分の出演でも事前の手間ひまをかけているということ。12月からディレクターの人とメールや電話で打ち合わせをしながらテーマを決めて、いろいろと写真を撮影。1月に入ってからは、それにそって大まかな流れを決めていくというもの。電話回線の調子を確認するために電話を受けたりと、本当に手間がかかる。短いコーナーでもこんなに丁寧に仕事を進めていくのだと知った今では、テレビの見方が変わってしまいそうだ。

いざという時のために携帯電話(放送中これも東京とつながっていた)を耳に当てて控えていたスタッフが「そんな大変な思いをするなら先に収録しておけばいいのに」と言っていた。それも一理あるけれど、カトマンズと今電話がつながっている、そんなライブ感を楽しめるのは生放送ならでは。見ていた人に「ふーん、ネパールって結構寒いんだ」とか「なんだかのんびりしていて楽しそう」とか、興味を持ってもらえたらそれが一番。

と、なんだかんだ言って楽しんでいたのでありました。

2007年01月09日

皮肉で言ったつもりが…

昨日見知らぬネパール人からメールが届いた。自分のセールスポイントと履歴書が添付された、いわゆる売込みメールだった。こういうものは特に珍しくないので、そのままメールを閉じようとしてふと目にとまったのが

Dear Mr. Fujisaki

という書き出し。確かセールスポイントに「ジェンダー関係の研修を受けて云々…」とあったはず。なのに、相手(私)の性別がわからなければ男性だと思い込んでしまうなんて、エセも良いとこ。瞬時にやる気が出て返事をすぐにしたためた。

『○○○様

この度は私どもの組織に興味を持っていただき誠にありがとうございました。

しかしながら残念なことに現在求人は行っておりません。今後空席がでた場合には広告などを通じて人材を募集するつもりでおりますので、その際はいつでもご応募ください。

なお、私はMr.ではなくMs. Fujisakiであることを最後に申し添えておきます。

敬具』

さて、今日彼から「Ms. Fujisaki、早速の返信ありがとうございます! 是非チャンスがあれば応募したいと思います。ではまた」と返信がきた。おやおや、この人は皮肉もわからんのかね、と呆れるやら感心するやら。会ったこともない相手に自分を売り込むメールくらい最新の注意を払うのは常識だろうに。

私も、自分がすべての面で気配りをもった発言が出来ているとは思わない。いやその反対に人を傷つけるようなことをずけずけ言ってばかり。だからこそ、業界が狭いネパールでは振る舞いに気をつけなくてはと戒めているのだ(もっともそれも最近のことだけど)。

まあ、相手が前向きに受け取ってくれたことは実は良かったのかも。さもなければ、見えない相手に、メールでマイナスのエネルギーをぶつけ合うなんてことになりかねなかったものね。

2007年01月07日

冬は日向ぼっこ

昨日今日は霧が薄く朝10時過ぎからしっかりと太陽の光が地上に届いていた。昨日午後から外出したら、室内に比べて断然暖かくてうれしかった。(その代わり、日差しがきついので日焼け止めは必須)

寒い、寒いと言い続けているせいか、ここしばらく日向ぼっこをしている人を見つけては写真を撮っていた。見るだけで暖まれそうな(?)写真をいくつかご紹介。12月に行った出張先や休日などに撮りためたものである。能がないので単純なレイアウトだがご勘弁あれ。

日向ぼっこ1.jpg<きょうだい・チトワン郡にて>

日向ぼっこ2.jpg<2007年1月1日ポカラにて>

日向ぼっこ5.jpg<日向で新聞(大家さんの姪っ子)>

日向ぼっこ4.jpg<ベランダで日向ぼっこ・事務所うら>

日向ぼっこ7.jpg<日向で沐浴・自宅そばにて>

2007年01月03日

新年早々

P1010148.jpg休暇を終え、昨日ポカラから戻ってきた。連日の霧のため飛行機が大幅に遅れて、行きは空港で5時間、帰りも3時間以上待つ破目になってしまった。今朝のカトマンズも深い霧。朝11時過ぎまでガスがかかり、昼前にやっと太陽の光が見えるようになった。寒波も来ているらしく、ここ数日で平野地域では肺炎などで10名以上が亡くなったという。

<今朝のカトマンズ・野菜売りの女性たち>

P1010122.jpgしかしながら、ネパールで仕事をする友人たちとのポカラ旅行は楽しかった。旅行者が集まるレイクサイドでは車両の通行を止め出店や出し物目当てのネパール人および観光客で賑わっていたし、元日は朝陽に染まるヒマラヤの山々を拝んだ。(初日の出は見なかったのだが)私たちが泊まった宿にはテレビも新聞もなく、自然をゆっくりと楽しむ環境があり、日常を離れて存分に休日を楽しむことができた。

<2007年元旦のヒマラヤ>

ただ、困ったことにネパールでは未だに交通封鎖やデモ行進が頻発している。1月1-2日の2日間、ポカラから延びる幹線道路が封鎖され多くの旅行者が予定の変更を余儀なくされた。私たちもホテルの車を降り数百メートル歩き、親切なネパール人のトラクターに同乗、さらにしばらく歩いてタクシーを捕まえ空港へ向わざるを得なかった。空港に到着したときには出発時間ぎりぎりだったが、霧が幸い(?)して飛行機を逃さずにすんだ。

P1010025.jpgそれぞれが自分の権利や要求を主張し各所が混乱が起きている。遅々として進まない新ネパールの国づくり、学生のストも続いているようだし、マオイストと政党や警察との緊張が高まっているというニュースもある。紆余曲折を経ながらも正しい方向へむかって欲しいと真に願う一年の始まりである。

<年末に出張したチトワンで>

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プロファイル

藤崎駐在員藤﨑文子
(ふじさきゆきこ)
ネパールに2006年2月から赴任しました。よろしくお願いします。

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