みんなができること

  • 2014年3月11日

バングラデシュのダッカから、作文が届きました!

バングラデシュに住んでいる大雅くんから、学校で行われたスピーチコンテストの作文が届きました!
大雅くんにはこれからも、バングラデシュのことを日本のみなさんに伝えてほしいと思っています!

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「ダッカに来て気づいたこと」 進藤大雅(小学校4年)
 
 ぼくがダッカ※に初めて来たのは、0才の時です。ぼくは今10才ですが、そのうちの7年間をここで生きてきました。ぼくには、今でも忘れられない出来事が2つあります。

 2才の時のことです。その日は、お母さんと買い物へ行くことになっていました。ぼくたちは家を出てリキシャ※を拾い、買い物に向かっていました。
「あっ!」ぼくの足からサンダルがぬげてしまいました。リキシャは走り続けます。朝方なので会社に行く人で道がこんでいた記おくがあります。
その時、一人の大人の男の人が、ぼくのサンダルを拾うのが見えました。その人はぼくたちを見つけると、走って追いついてきて、リキシャを止めました。そのあとのことはよく覚えていませんが、ぼくのサンダルは無事にもどってきたのでした。


3才の時にはこんなことがありました。大型犬二匹をその頃飼っていました。名前はチャパティとナンです。チャパティが年をとって死んでしまった時、ぼくの家の庭におはかを作りました。ぼくは、ドライバーさん、ベアラーさん、コックさんの三人が、おはかの穴をほるのを見ていました。犬をうめるには、かなり大きな穴をほらなければなりません。それは、3才のぼくの身長よりも深くなりました。

「さあ、チャパティをいれるよ。」ベアラーさんがベンガル語で言っていました。ぼくは穴の中をのぞいてみたくて近づきました。

「わっ!」
あのこわさは今でも覚えています。落ちる、と思ったそのしゅんかん、ぼくは自分の体が反対がわに引っぱられるのを感じました。
お父さん、お母さん、菜々子、コックさん、ベアラーさんはあぜんとしてぼくを見ていました。ぼくのうでをつかんでいたのは、お父さんでもお母さんでもなく、ドライバーさんでした。
 
ぼくはいつも親切にしてくれるダッカの人におん返しがしたいと思っています。今は何をどうすればよいかわかりませんが、たくさん勉強して、おとなになったらダッカで人のためになる仕事をしたいと思っています。

※ダッカ⇒バングラデシュの首都

※リキシャ⇒自転車の後ろにイスがついているバングラデシュの乗り物

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