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20090612special2.jpgバングラデシュには、人口のおよそ9割を占めるベンガル人のほかに30近くの少数民族がいます。そのうち、インド北東部にまたがるマニプール地方に住むのが「モニプリ」の人々で、バングラデシュ国内には5~6万人がいるといわれます。モニプリ語を母語とし、独自の文化や伝統を守りながら暮らしています。

モニプリの女性たちは元々、普段身につける衣装や祭事用の布などを自分たちで織っていました。伝統的な手織の技術が母から娘へと伝えられ、今でも多くの家庭には機(はた)が置かれています。しかし、機械織りの安価な布が出回るようになると、手間隙のかかる手織りの技術は段々と廃れていきました。

モニプリの伝統的な織の技術を守り、そこから得られる収入で生産者の生活向上を図ることを目的として、1978年「シレイコン」は設立されました。創設者で現代表のトーレム・ロビンさんはモルビバザール県のアドンプール出身で、当初は兄のクリシュナさんと村中を歩き回り生産者を募ったそうです。ロビンさんとクリシュナさんの実家の目の前に作られた生産センターには、現在7名の女性が毎日通って織りの仕事をしているほか、およそ50名が自分たちの家で家事の合間を見ながら仕事をしています。

モニプリ手織ノースリーブシャツ

モニプリスカート&パンツセット

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※シレイコンとは、モニプリ語で「創造センター」という意味。

この仕事がなかったら・・・

20090612special3.jpg生産者のひとりブローン・ビビさんは、センター近くの村に住んでいます。およそ10年前にクリシュナさんに声をかけられこの仕事を始めました。ビビさんは幼い頃に両親を亡くし、彼女を含む4人の子どもが残されてしまいましたが、お姉さんが機織の仕事をすることでなんとか生き延びられたといいます。ビビさんは一度結婚したものの、夫が10年前に他の女性と結婚して出て行ってしまい、現在11才と6才の息子、妹の3人と暮らしています。妹の夫は病気で亡くなっており、妹自身も病弱のためビビさんが養っているのだそうです。

月給制で毎月決まった額の給料を受け取っているものの、生活費や息子たちの教育費を賄うのが精一杯。私が同年代と知ると、微笑みながら私の手を握りこう言いました。「神は私に多くの幸運を与えてくれた」と。神様に対する精一杯の皮肉だったのでしょう。お金がないからお昼は食べずに済ませていると聞いて、

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どう返事をしたらよいのかわかりませんでした。

クリシュナさんが声をかけなかったらどうなっていたのだろう、彼女が作るものをもっと売りたいと思いました。この地域で育ったロビンさんやクリシュナさんだからこそ、そこで暮らす一人ひとりの状況をよく知り、必要な人へ仕事を提供することができているのだと思います。


(取材:クラフトリンク商品開発担当 植田貴子)