第3回 友達の国(ダッカ在住 日系企業会社員 髙橋瑞季さん)

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リレーエッセイ「私の好きなバングラデシュ」

すごいところに来ちゃったな。
空港から出た瞬間、思わずこぼれた言葉。

湿気を帯びた熱気と、暗闇に動く無数の視線から逃げるように、急いで車に乗り込む。窓ガラスのないボロボロのバス、道路に溢れるリキシャ、鳴り響くクラクション​、あるはずの車線は誰も気にしていない。物乞いをする人や路上の子どもたちは​、当たり前のように雑踏​に溶​けこんでいる。
大学のボランティア活動でバングラデシュにやって来た私は、飛び込んでくるものすべてに圧倒され、既に来たことを後悔していました。

カメラの前から離れない子どもたち

カメラの前から離れない子どもたち

ところが翌日、身構えた私を待っていたのは、好奇心旺盛なバングラデシュの人々​。​「​ハロー!」「​どこから来たの?​」​「​名前は?」​、気が付けば人だかりの中心になっていて、一緒に写真撮ろう!ご飯食べにきて!と、一​躍有名人。ちょっとだけとお邪魔すれば、家族やご近所さんまで集まって、食べ切れない程のおもてなしが続きます。

日本の印象を聞けば、「日本も日本人も素晴らしい」、「ボンドゥ!(ベンガル語で友達の意味)」など、決まって嬉しい言葉が返ってきました。ナガサキ・ヒロシマを乗り越えてアジア一の先進国になったこと、バングラデシュにたくさんの援助をしていること、独立時に真っ先に国家承認をしたこと。他にも、街を走る多くの車が日本車だったり、国旗が似ていたり、彼らにとって日本は、同じアジアの身近な憧れの国であり、”友達”だったのです。

一方、渡航前​の私は、バングラデシュにネガティブな印象しかなく、​“遠い貧しい国”程度にしか思っていませんでした。確かに根深い貧しさはある​けど、貧しいだけじゃない。​​緑豊かで人が​温かく​、カレーや果物の美味しい”友達の国”だったのでした。2週間の滞在から帰国してからも​、​バングラデシュで過ごした日が懐かしく、​休みの度に足を運び、​大学卒業後は​バングラデシュに関わる仕事を選びました。

訪問した小学校で、子どもたちが黒板に書いた絵

訪問した小学校で、子どもたちが黒板に書いた絵

バングラデシュの何が好きなの?と、​よく聞かれます。全く進まない渋滞、毎日の停電。砂埃が舞うゴミだらけの道。「​元気?」​​、「​なにしてるの?​」、「​どこにいるの?」、「​ご飯たべた?」、時間を問わずかかってくる用件のない電話や、ウイルスかと思うほどの大量のメッセージ。心に余裕がない時は、彼らの純粋さや底なしの好奇心にとても疲れる。日々のトラブルやストレスは数え切れない。嫌なところだってたくさんある。

それなのに、バングラデシュが恋しくなる。彼らの距離の近さは家族のようで、いつも気にかけてくれる人がいる、心強い仲間がたくさんいる、そんな気持ちにさせるのです。​だから、何回も行きたくなる。会いたくなる。元気?何してるの?ご飯食べにきなさい。と言われたくなる。

何度バングラを訪ねても、鬱陶しいほどの人の温かさは変わらない。
それが私の好きなバングラデシュ。昔も今もこれからも。

<プロフィール>
髙橋瑞季(たかはし・みずき)
東京都出身、茨城県、奈良育ち。猫好き。
2008年バングラデシュを初訪問、​2013年よりダッカの日系企業にて勤務。
​現在、ダッカ在住4年目​。

<シャプラニールとの関わり>
​2009年~2011年 ステナイ生活アルバイトスタッフ。​
シャプラニール会員。

 

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