- 子どもたちが働く理由
- 子どもである皆さんは今の自分の暮らしを、かつて子どもだったおとなの皆さんは、自分が13、4歳だった頃のことを思い出してみてください。
家族と一緒に暮らし、学校に通い、家に戻ると友だちと遊んだり宿題をしていたのではないでしょうか。
国が違っても、子どもたちにとって安心できる生活や環境が必要なことには変りありません。
にもかかわらず、1億6千800万人という子どもたちが長時間にわたる労働に従事している事実の裏にはどんな事情があるのでしょう。夫と離別した母親と親戚の元に身を寄せていたバングラデシュのサイフル君の話です。
世間体を気にする親戚に辛く当たられ、さらに母親ともささいなことでケンカをして家を飛びだしました。行き着いたのは首都ダッカのバスターミナル。同じような年の男の子たちと市場の荷物運びや新聞売りなどをして、その日食べるだけの生活費をなんとか稼いで生き延びたそうです。
この話からわかるのは、子どもたちが働きにでるのは貧しさという経済的な理由だけでなく、女性や母子家庭への偏見・差別、教育への過小評価(勉強しても役に立たない)、子どもが働くことが当たり前と考える社会の認識などが複雑に絡み合って、児童労働をうみだしているのです。
- バングラデシュの状況

雇い主の家で洗い物をする家事使用人の少女

南ダッカ市の児童保護委員会が発足
2003年にバングラデシュ政府(※1)が児童労働に関する調査を行いました。それによると子どもの人口の7.5%にあたる約318万人が児童労働に従事しているという結果がでています。子どもたちの多くが、食堂や茶店、車などの修理工場、農作業といった個人経営やそれに近い小規模ビジネスで働いている(※2)ため、正確な数を把握するのが困難という特殊性を考慮すると、実態はこれよりも多い可能性が高いといえるでしょう。
バングラデシュの政府も手をこまねいているわけではなく、世界的な条約(最悪の形態の児童労働を定めたILO第182号条約)を批准し、2006年には労働法で14歳未満の子どもの労働を原則禁止としました。
しかし12歳から14歳未満の「軽労働」は認められているだけでなく、前述した個人もしくは小規模事業で働く子どもが90%を超えるといわれ、実態把握事態が困難な状況にあるのが実情です。
例えばシャプラニールが現在支援している家事使用人として働く少女たちは、個人の家庭に雇われており、外からはその状況を伺い知ることができません。法律の庇護も届かないところで、家族の誰よりも早く起きて朝食の準備を行い、夕食の片づけをして一番遅く就寝する、そんな生活をしている少女たちがダッカだけで30万人を越えると言われています。
※1政府統計局
※2近代的な産業部門には属さず、個人で独立して事業を営んだり、家族経営などの小規模事業家であったり、そこでの就業者であったりする人々のことをインフォーマルセクターと呼びます。労働法の適用外であることなどから、労働環境の把握が難しいという課題があります。
- なぜ女の子を支援するのか
- 話は2000年に遡ります。経済発展とともに多様化する都市の諸問題に取り組もうと考えていた私たちはストリートチルドレンの支援活動を開始します。
出会うのは「子どもたちが働く理由」で紹介したサイフル君のような男の子たちばかりで、女の子たちはごくたまにしかいません。
バングラデシュは伝統的な価値観がとても強く、女性は男性の庇護のもとにあるべきと考える人が多くいます。そんな社会で12、3歳の女の子が路上で一人で生きてきたのには、それなりの理由があるはずです。女の子たちの感情を傷つけないよう配慮しながら、ゆっくりと信頼関係を築いて、路上に出てきた理由を話してもらいました。
そこから分ったのは、自宅を飛び出して直接ストリートに出ることが多い男の子と違い、村にいるよりも良い生活ができるから、結婚に必要な持参金を準備してあげるからという話に誘われた親によって「働きに出され」、そこから路上生活に追いやられるというパターンがあることが分りました。
住み込みのお手伝いさんとして知り合いもいない都会につれて来られ、家事一切を任されます。朝早く起きてお茶をいれ家人を起こします。朝ごはんを作り、合間に雇い主の子どもに身支度をさせて学校へ送ることもあるかもしれません。その後、掃除に洗濯、アイロンがけと仕事はつきません。共働きの雇い主は、少女の身を心配して外から鍵をかけて出かけるため、仕事の合間、ベランダから外を眺めるのが唯一の息抜きです。雇用主やその家族が帰宅すると軽食を出し、夕食の準備を始めます。家人の食事が終わるのは10時過ぎ、そのあとやっとご飯を食べて就寝するという生活が続きます。
休みもなく、ちょっとミスをしただけで怒鳴られたり、叩かれたりする日常が、子どもにとってどれほど過酷な生活でしょう。家庭という「密室」であるため、性的虐待を受けるケースも少なくありません。そして止むにやまれず飛び出して路上に辿りついたというのです。
- シャプラニール児童労働への取り組み

センターで「良いタッチ、悪いタッチ」など性教育を学ぶ様子。

ラジオ放送で児童労働のリアルを伝える啓発活動を開始。
数ある児童労働の中でも、社会から隔離されて見えにくい存在であること、密室であるがゆえに心理的、性的暴力の対象となりやすいことなどから家事使用人として働く少女たちの支援を行うことにしました。
国際的な取り決めである「子どもの権利条約」バングラデシュの「労働法」、2015年にバングラデシュで閣議決定された「家事使用人の保護と福祉促進政策(以下、政策)」をもとに、私たちが行っている活動は以下の通りです。
(1)働く少女たちへの支援
ダッカ市内に3つの「センター」を開設。簡単なベンガル語や英語の読み書き、算数といった基礎教育、保健衛生や性教育など少女たちの生活に必要な知識を提供、カリキュラムを修了した女の子には修了証を発行します。お絵かき、歌などの情操教育や、アイロンなどの家事のやり方も学ぶことができます。将来、よりよい仕事に就くことができるように、本人の興味に合わせて縫製や染色、刺しゅうなどの技術習得も可能です。
(2)保護者、雇い主への働きかけ
少女たちの生活に影響力を持っている保護者や雇い主に、子どもの権利について知ってもらい、少女たちの生活、労働環境の改善をめざします。14歳未満の少女は公教育へ戻ること、14歳以上の少女たちは労働環境の改善と技術訓練を優先として、保護者や雇い主がその役割を果たすよう働きかけを続けています。
(3)地域社会への働きかけ
「センター」を開設している地域の住民組織や地方行政とともに、家事使用人として働く少女たちの権利が守られる仕組みつくりを目指します。
(4)社会を変えるための啓発活動
農村部で人気のあるコミュニティ・ラジオ6局で、家事使用人として働く少女たちが置かれている状況、実態を伝える番組を放送しています。地域の人権活動家、NGO、行政官の討論や、かつて家事使用人として働いていた少女の体験を放送するだけでなく、ドラマ仕立てで啓発活動の一環としてラジオ放送で児童労働のリアルを伝えています。これまでに20万人を越える人が放送を聴取しています。家事使用人に関する問題意識が広まるよう、新聞やテレビへのワークショップなども行います。
(5)政府、行政への働きかけ
少女たちの権利を守るために、「政策」が法案化されることな何よりも重要です。そこで定められた内容、例えば14歳以下は雇用禁止、雇用する場合には契約を結ぶことなどが守られているのかを常に確認し、違反したケースに対応できる体制が作られる必要があります。バングラデシュ政府に対して「政策」の法案化、ダッカ市役所にはモニタリング体制の充実を求め、シンポジウムや対話集会を開催しています。