ネパールは秋に大型連休がある。ヒンドゥ教の祭典ダサインとティハールだ。ネパール全土の人が祝うわけではないが、この祭りは一年の節目になっている。そんな事情からか、農閑期を迎えた山間部や丘陵地の村ではこの季節に成人識字学級が始まる。政府系機関を通じて行なわれる識字学級はこの時期までに手続きを終えることになっているらしい。だがスラムの住民と私がそのことを知ったのは、すでに受け付けが締め切られた年末のことであった。
日本なら「来年また申し込んで下さい」と言われるのだろうが、ここは良きにつけ悪しきにつけルーズなネパール。「ダメもと」で教科書の無料配布を頼んでみることにした。まず教育文化省の役人に会って事情を説明する。主役は識字学級の指導者トレーニングに参加した16才のシャンティだ。ここで私がしゃしゃり出ると、「日本人なんだからテキスト代くらい自腹を切れ」と言われてしまうに違いない。私の役割は担当者を見つけることくらいに押さえる。面倒な交渉をするくらいなら、1冊50円程度のテキストを自分で買ってしまえば楽だと思ったこともあったが、ここでお金を出したり、私一人で交渉してしまうと次から彼女たちだけでは何も解決できなくなってしまう。我慢のしどころだ。無報酬を覚悟で先生役を買って出たシャンティの熱意にほだされたのか、役人も無料配布を認める書類にサインしてくれた。証明書類をもらうために区役所に足を運んだり、郊外のカリキュラムセンターまで教科書を取りに行ったり・・・・・、私も時々付き合ったが、何とか彼女たちの力で教材一式を無料でもらいうけることができた。最初は「スラムに住んでいる私の話なんて役人は聞いてくれないよ」と出かけるのを渋ったシャンティだったが、「私たちもやってみればできるもんだね」と最後には得意になっていた。
シャンティが自分の家で識字学級の説明会を開いたところ、15名の女性たちが集まった。孫のいる五十代の女性から学校へ行く機会のなかった十代の少女まで、多彩な顔ぶれだ。トレーニング以来すっかり人前で話すのが上手になったシャンティは「毎日2時間、半年続けるんですよ」
「6ヶ月たつころにはバスの行き先が自分で読めるようになります」云々、堂々と話す。
彼女が説明していると、父親が顔をのぞかせた。娘に助け船を出そうとしたのか、彼は娘が言った通りにもう一度説明し始めた。ところが、シャンティは「お父さん、ここは女性の識字学級なんだから、あっちに行って!」と初老の父親を叱りつけるように言った。その厳しい口調に私も唖然としてしまった。末娘にそんなことを言われるとは思いもよらなかったのか、父親は一瞬沈黙した後、恥ずかしそうにおもてに出て行った。それまで女性だけを対象にミーティングをしようとしても、男性が干渉するのは当たり前だったし、男性に退場を求める女性など一人もいなかった。シャンティが再び説明に戻ると、集まった女性たちも「自分たちで新しいことを始めるんだ」という引きしまった表情になった。
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田中雅子(たなか・まさこ)
1967年名古屋生まれ。大学卒業後、会社員を経て留学したイギリスでNGOの活動に出会う。帰国後、シャプラニールスタッフとして勤務した後、1995年よりネパール・カトマンズ在住。現地のNGOとともにスラムの調査を行った。1999年より日本赤十字よりバングラデシュへ赴任。2002年より国際協力事業団の専門家としてガーナに赴任。 |
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