ネパールもバングラデシュ同様、文字の読み書きのできない人が多い。私の調査したスラムの成人識字率は男性が53%、女性が20%だった。そんな現状を変えようと、政府は女子の就学や識字のキャンペーンを行なっており、ラジオで「成人識字」という言葉をよく耳にする。スラムの女性たちが洋裁のトレーニングや、貯蓄・貸し付けグループに先立って成人識字学級を開きたいと言い出したのは、自然ななりゆきでもあった。
できれば自分たちの仲間に教えてもらいたいというわけで、住民グループのリーダーの娘とその隣家の娘を識字学級の先生を養成するトレーニングにおくることになった。ネパール全土で大規模に識字学級を支援しているアメリカのNGOに頼んでみたところ、無料で参加させてくれるという。ネパールの学校制度は5・3・2・2制で、このNGOが主催するトレーニングを受けるには8年生まで教育を受けていなくてはならない。しかしこのスラムにはそんなに教育を受けた女性は一人もいない。16才のふたりは、教科書や制服が買えず、家で仕事をしなくてはならなかったので、7年生まで通ったあと学校を中退していた。だが、そのことは内緒にしてトレーニングにのぞんだ。
開催地はカトマンズからバスで半日プラス徒歩で2日の村で、そこで活動する団体が宿泊や食事の面倒をみてくれるという。ふたりは友だちから靴や服を借りたり、めったにない遠出におおはしゃぎ。迎えに行った私は彼女たちの着替えで1時間も待たされた。受け入れ先の人に彼女たちをよろしくと頼み、1週間後二人がどんな成果を得て戻ってくるか楽しみに待った。
帰りついたらすぐに私の家に連絡してねと頼んでおいた。ところが予定の日を過ぎても電話がこない。もしかしたら忘れているのかもしれないと思い、彼女たちの家に行ってみたがまだだった。お母さんは「大丈夫。あんたを信用して娘を行かせたんだ。ちょっと遅くなってるだけだよ」と意外にあっけらかんとしている。「あんたを信用して」という言葉が重くのしかかる。毎年5,000人以上の少女がインドの買春宿に売られるという昨今、どこかでピンプ(少女売買の仲介人)にひっかかっていたらどうしよう…。心配性の私は、住民から「娘をどうしてくれるんだ!」と問い詰められ、頭から水をかけられた夢で翌朝目を覚ました。何かあったときに私は責任をしょいきれない。やっぱり個人で関わるなんてよせばよかったと思った。
その日の夕方ようやく電話があった。ふたりとも村で見聞きしたことを興奮ぎみに話す。「水も川も汲みに行かなきゃならないし、電気もない。村の人は大変そうだけど、みんな勤勉ですごいなと思った」「あんな山奥の村なのにキャンパス(12年生)まで通った女の人がいた」などなど。「それで、私たちはこれからどうしようか」という問いに、ふたりは「識字はもちろんやらなきゃと思うけど……私たち、また学校に行きたいな」と答えた。このあいだまでは仕事が欲しいとしか言わなかったくせに。
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田中雅子(たなか・まさこ)
1967年名古屋生まれ。大学卒業後、会社員を経て留学したイギリスでNGOの活動に出会う。帰国後、シャプラニールスタッフとして勤務した後、1995年よりネパール・カトマンズ在住。現地のNGOとともにスラムの調査を行った。1999年より日本赤十字よりバングラデシュへ赴任。2002年より国際協力事業団の専門家としてガーナに赴任。 |
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