スラムの調査を始めたばかりの頃、住民が強調したのは「このスラムはみんな、仲がいい」ということだった。カトマンズに住むようになってからたくさんのスラムを見て歩いたが、ここは確かにスラム内はもとより、まわりの住民との間にも争いごとがなく、穏やかに暮しているように見えた。だから私も「何かできるかもしれない」という気になったのだ。人数が集まらないと不可能な「参加型調査」ができたのも、彼らがお互いに声をかけ合って集まってくれたおかげだ。私から見ればここの人たちは経済的な格差が少なく、まとまりがあり、共通の問題に取り組める可能性を秘めた住民の集まりだった。
識字学級を始める前後から何度も話題になっては消えたのが、貯金グループの結成だ。識字のテキストにも「貯蓄・貸付けグループ」という単語が出ているくらいだから、みんなの関心は高い。このスラムの女性たちも、他のスラムの貯蓄・貸付けグループの活動を見に行って以来、「毎週5ルピー(約2円)ずつでいいから、みんで貯金を始めない?」と、一緒に行かなかった住民に呼びかけていた。他のスラムの人たちが貯金で集めたお金を順番に借り、それを元手に商売を始めたことで収入を増やしたというサクセス・ストーリーを聞くと、「私たちも」とやる気になるのだが、誰がお金を預かるかという段になると誰も手を挙げない。「じゃあ、誰か推薦できる人は?」と尋ねても、集まった者同士顔を見合わせて沈黙が続く。しばらくして識字学級の先生や年長の女性の名が挙がるが、本人たちは「絶対にイヤ!」と固辞してしまう。そんな状態だから、識字学級に必要なチョークや石油ランプの燃料など消耗品を買う場合も、お金集めとその管理にてこずった。
ある日、私はそのスラムで一番さばけた女性、カルパナの家でお茶をごちそうになっていた。「あんたが最初に来た頃、私たち皆で踊りを見せたことあったよね」と懐かしそうに彼女が言う。「そんなこともあったね。仲のいいコミュニティだなって感心したよ。でも最近、そうでもないのかなと思うようになったんだ」と私は率直に答えた。「そりゃ誰だって最初はいい格好したいじゃない。見栄っていうのか・・・。自分たちがちゃんとしてないと、外の人は助けてくれないんじゃないかと思ってたし。こんな小さなスラムでも、いがみ合ったり、あることないこと噂されたり、結構大変なのよ。ホントはね。」
ネパールのあちこちで、貯金グループは始まっているが、完全に住民だけで運営しているものはほとんどないと言ってよい。「みんなから集めたお金を誰が管理するか」―このことは、親の代から付き合いのある村でも難しい問題だが、10年くらいの歴史しかない、ネパール各地から移住してきた人の寄り合い所帯では、もっと信頼関係が薄い。「私たちって、隣り合って住んでる人からも信用されないんだから、よそからお金を借りるなんて無理な話よね。」というカルパナは力なくつぶやいだ。「貧しい住民同士は共通の課題さえあればお互いに支え合うものだ」というのは私の幻想だったのだろうか。
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田中雅子(たなか・まさこ)
1967年名古屋生まれ。大学卒業後、会社員を経て留学したイギリスでNGOの活動に出会う。帰国後、シャプラニールスタッフとして勤務した後、1995年よりネパール・カトマンズ在住。現地のNGOとともにスラムの調査を行った。1999年より日本赤十字よりバングラデシュへ赴任。2002年より国際協力事業団の専門家としてガーナに赴任。 |
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