私が初めてダルバートを食べたのは、確かカトマンズのタメルという、旅行者が集まり、ホテルや土産物屋が並ぶ地区のレストランだったと思う。今、12月は観光シーズン真っ只中でタメルも大変賑っているのだが、私と夫がネパールに着いた7月当初は、観光客が少なく、土産物にもほこりがかぶり、物淋しい雰囲気であった。私たちが入ったレストランも、薄暗い店内には他に客もなく店員が退屈そうに立っている。その時は、ダルバートがどういう物だか知らなかったが、ネパール定番の食事だと聞いていたので注文したのだが、いつまでたってもダルバートはやって来ない。「野菜でも買いにいっているのか?」「いや、今ご飯を炊いているのでは?」と2人話をしながら待つ。実際そうだったのか、30分は軽く過ぎてからお待ちかねのダルバートはやって来た。だが、カレー味の野菜の煮込みは味が染み込んでなく、豆のスープも素っ気無い味で少しがっかりしたのを覚えている。
ダルバートのダルは豆のスープ、バートはご飯、そしてそれに野菜のカレー煮(タルカリ)、ノンベジタリアンには肉のカレー、付け合わせに辛口のネパールの漬物(アチャール)。これが、私が小学生の頃給食で使われていたものより数倍大きい、仕切りのあるアルミのプレートに盛り付けられてくる。仕切りの一番大きな部分にご飯が山のように盛られるので、初めの頃は、こんなに食べきれないと量を減らしていたが、米が日本のものより粘り気がなくパサパサしているので、意外にすんなり入りいつの間にやら出された量を全部たいらげるようになっている。
ネパールの人は、スプーンを使わず右手で食べる。ご飯にダルスープやその他のおかずをかけ、指先で混ぜては口へ運んでゆく。左手はトイレの時使う不浄の手なので、使わない。また、他人が口を触れた食べ物や食器も汚れたものとされ、それを口にしたり使ったりしない。知人宅へ行った時のこと、私のためにミネラルウォーターのボトルを買ってきてくれた。始めはコップに注いで飲んでいたが、そのうち奥さんや子供もラッパ飲みで飲み始めたので、「してはいけない事と聞いていたけど、そんなに厳しくはないんだ」と私もラッパ飲みでボトルに口をつけた瞬間、子供が「あっ!」という顔をして母親と目を合せた。「やはり、いけないことなのか?」と思い返す。奥さんや子供のどこか不自然に思えたラッパ飲みは、口が触れないようにボトルを高く掲げ、口をめがけて注ぎ込んでいたためであったようだ。その後、申し訳ない事に、家の人はそのボトルの水を決して飲まなかった。
話はダルバートに戻るが、私のダルバート初体験はあまり好印象ではなかったのだが、知人宅で家庭の料理を味わったり、地元の人が入る道路沿いの食堂で食べたりしているうちに「おいしいじゃないか」と思い直すようになってきた。安食堂のダルバートはメニューがそれしかないから、たくさん作り置きをしてある。そのため野菜にしっかり味が染み込んでいて、私にはおいしく感じられる。ただ、衛生状態の良くないところもあり、皿にほこりがかぶっていたり、ご飯にジャリっと石が入っていたりする。
ネパールの家庭では、毎日ダルバートを食べている。が、毎日同じものを食べている訳ではない。ダルスープに使う豆にも種類があるし、タルカリに使う野菜もバリエーションがあり、それによって使うスパイスも違い風味も変わるのである。
肉は、鶏肉や山羊肉がよく食べられている。牛肉は宗教上禁じられているので食べないが、水牛の肉は食べられている。ネパールの肉屋には、冷蔵設備の整ったショーウィンドウはなく、台の上に生々しく、足を上にしてひっくり返った格好の鶏や山羊の肉が並べられ、店員が葉っぱで扇ぎながらハエを追い払っている。山羊の頭を使った料理があるようで、山羊の頭皮を剥いだ首が一緒に置かれていたりする。山羊のつぶられた目は、瞑想しているようである。日本では、肉はきれいに切り身になって、店頭に並ぶがネパールはありのまま、隠さずといった光景である。店先につながれた山羊たちを見ていると、昔、音楽の時間に歌ったドナドナの歌を思い出す(あれは、子牛でしたが…)。明日は売られていくんだね…。
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岡山純子(おかやま・じゅんこ)
1969年大阪生まれ。大阪芸術大学工芸科卒業後、青年海外協力隊員としてモロッコ王国にて陶器製作を指導。帰国後、陶器工房勤務などを経て、1999年7月より夫とともにネパールのカトマンズに在住。現在はトリブヴァン大学附属語学キャンパス・ネパール語学科に在籍中。 |
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