「使用人」を雇っている、などというと、なんとぜいたくで優雅な暮らしをしているのかと思われがちなので、なるべくならその話はしたくないなあ、と密かに思っている。と言いながら、ここでその話をするのもヘンだが、今月は私の気まぐれで、アイツのことを書いてしまおう。
アイツ、つまりウチの「使用人」の名前はオハブ。男性、25歳。イスラム教徒、既婚。もっとも、年齢は自己申告なので、もしかすると1〜2歳違うかも知れない(この国ではよくあることだ)。3年前に16歳の女性と結婚し、今年の12月には第1子誕生の予定である。
オハブは、シャプラニールの駐在員で夫の前々任者が雇って以来、引継ぎ、引継ぎできて、現在もウチの「使用人」である。以前は住込みで仕事をしていたが、私がこちらに来たときから少し離れたところに引っ越し、現在は通いで仕事を続けている。この国の公休日である金曜日と土曜日が休日で、週5日間勤務。勤務時間は特に決まっていないが、たいてい朝10時半から夕方5時過ぎまでである。
毎日帰る時に明日は何時出勤か、を確認して帰る。もちろん特別何かあれば、早朝、夜、休日でも勤務する。仕事の内容は2つで、ひとつはドライバー(車の運転手)としての仕事。もうひとつは家事、雑用一般である。
ところで、皆さんは「使用人」という言葉を聞くと、どんなイメージをもたれるのだろうか。私自身はこの言葉に、ちょっとイヤな感じを持つものだ。「私が主人だ。あんたは私のために働け。使ってあげよう!」という、えらそうな響きを感じるのだ。私とオハブの関係は、それとはちょっと違う様な気がする。でも、だからといって「お手伝いさん」と言い換えればいいかというと、それも違う。
なんだか甘ったるくてこそばゆい感じがする。「同居人」というのも正しくない。やはり、あくまでもオハブはウチに仕事をしに来ているのだ。…と、こんなことをごちゃごちゃ考えるのは、実はオハブとの関係、彼との距離感をつかむのに、これまでずいぶんと悩んだり迷ったりしたからだ。
バングラデシュでは「使用人」を雇うというのはごく自然な習慣で、中流以上のバングラデシュ人家庭にはたいていいる。それにはいくつか理由が考えられる。それらは多分、<雇う側>@人件費が非常に安い。A中流以上の家庭は家も広く、来客が多いため、家事労働が大変である。<雇われる側>B雇用の機会が少ないのでひとつの就職先と考える。C子どもの場合、いわゆる口減らしのため(住む場所と食べ物が与えられるから)。…といったところだろうか。そして何よりも、雇う方も雇われる方もそれが当然と思っているから、だろうと思う。
バングラデシュはレッキとした階級社会だ。そして、この国に滞在している外国人は、外国人であるというだけで、すでに高い階級に属することになる。日本人も例外ではない。たいていの日本人家庭では門番、ドライバー、料理人、家事一般をする人、という具合に何人もの「使用人」を雇っている。時間での交代要員も含めると、10人くらい雇っていることもある。そんな中ではむしろ、ウチの場合、ドライバー兼家事一般という形で1人しか雇っていないので、不思議がられることすらあるのだ。
いずれにしても、オハブとの付き合いは、かれこれ1年半になる。いいわねえ、とうらやましがられる「使用人」との暮しにも、いい時あり、いやな時あり、である。(その話を、また次回にしよう。)
97年〜99年滞在時の日記は以下でご覧いただけます。
白幡めぐみ(しらはた・めぐみ)
1967年千葉県生まれ。大学卒業後、アメリカのNGOでインターンとして1年間ボランティア活動に従事。帰国後の92年9月から97年3月までシャプラニールのスタッフとして東京事務局勤務。97年から99年までバングラデシュの首都、ダッカに在住。2001年8月から2005年12月まで、再度夫の白幡利雄(シャプラニールダッカ事務所長)とともにダッカに滞在。
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