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第1回:最初の1ヶ月の話、その1〜
いつものことだが、出発間際まで片付けと荷物の準備に追われ、ドタバタで、どうにかダッカにやってきた。夫と私にとって、2年4ヵ月ぶりのダッカ。今回は1歳8ヵ月の息子も一緒だ。
ダッカ生活のスタートは、ゲストハウス(民宿のようなもの)での仮住まい。「コーランボボン」という、アメリカ人が経営しているキリスト教系のゲストハウスに、1ヵ月強、滞在した。働いているスタッフはバングラデシュ人だけど、いろいろな面が西洋風。
ここで、私が一番助かったのは食事だ。朝昼晩とも予約しておくと用意してくれて、内容もバングラ風のスパイスを使わない、洋食(風)がでてくる。ご飯、パン、マッシュポテトなど、そのときによってメニューはいろいろだが、とにかく何か子どもが食べられるものもあるので、ほんとに助かった。
ゲストハウスに滞在しながら、夫の休日に、これから住むアパートを探してまわった。子どもにとって安全で住みやすく、かつ夫が通勤しやすい場所を探した結果、事務所があるモハマドプール地区の隣の、ラルマティアという地区に、いくつか候補のアパートを見つけた。
なるべく早く契約を済ませ、パパッと引越しをしたいものだ、と思ったのだが、ちょうどこの時期、夫のバングラデシュ国内出張が2度続いた。私ひとりでは子どもと毎日を過ごすのが精一杯。シャプラニール事務所の人が助けてくれたけど、そう簡単にコトが運ばないのがバングラだ〜。
その上、ダッカに来てから2週間、あせもが出来る程度で、よく食べ、よく遊び、よく寝る子だった息子が、急に高熱をだした。しかも、夫が10日間、ダッカを留守にしている間に。どうしてこう、夫が出張にでているときに限って、息子は病気になるのかしら。なんて、言っている場合ではない。半年前の前回のときは、麻疹だったなあ。今回の熱は、なんだろう、と私は大慌て。
結局、JICA専門家のお医者さんに診ていただくことができて、少し安心。3日後には熱も下がり、湿疹がでてきて、これは赤ちゃんがかかる病気「突発性発疹」だったらしい、ということがわかって、もう一安心。
「コーランボボン」のスタッフみんなも、息子が熱を出している間心配してくれた。そして湿疹がでてきてから、こりゃ「ハム」だよ、って。「ハム」というのは、ベンガル語で麻疹のこと。だけど息子は、麻疹は、前にやっているんだけどなあ。これは、「突発」なんだけどなあ。って、でも私がいろいろ説明しても、話が通じない。あとからわかったのだが、バングラデシュの子どもは、「突発」にならないらしい。本当かな?
私にとって「もし、子どもが病気になったらどうしよう」というのが、バングラデシュで生活する上で一番大きな不安だ。それが、今回ダッカに来てからすぐ、まだ右も左もわからないときに、こういう事態になった。そして、…あれから1年が経った。息子は、あのとき以来、幸い、高熱をだすことはない。多くは望まない。これからも、なんとか無事に過ごしたいなあ、というのが本音だ。
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97年〜99年滞在時の日記は以下でご覧いただけます。
白幡めぐみ(しらはた・めぐみ)
1967年千葉県生まれ。大学卒業後、アメリカのNGOでインターンとして1年間ボランティア活動に従事。帰国後の92年9月から97年3月までシャプラニールのスタッフとして東京事務局勤務。97年から99年までバングラデシュの首都、ダッカに在住。2001年8月から2005年12月まで、再度夫の白幡利雄(シャプラニールダッカ事務所長)とともにダッカに滞在。
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