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子連れのダッカ

Home > 現地からの便り > 子連れのダッカ
第3回: 「ボクシーシ」と「ガリ・ダオ」の間

時は師走ですね。もうすぐクリスマス。日本の街ではイルミネーションやクリスマスの飾りがキレイなことでしょう。ダッカの街では…………。そうですね、それほどクリスマスを感じさせる飾りは目にしません。確かに、数年前に比べるとダッカの中でも、ちょっとお金持ちや外国人が住むような地区では、ごく少数のお店で、ショーウインドウの中にクリスマスらしきディスプレイをしているのを見かけます。が、よーく目を凝らしていると発見できる程度です。

ダッカの街がピカピカ、キラキラしていたのは、やはりこの国ならではの、イード(イスラム教のお祭り)のときでした。イード前のラマダン中、そしてイード本番の数日間、それはそれは、あっちでもこっちでも、商店街やお金持ちさんのお家の周りなど、独特の美しい豆電球飾り(いわば、クリスマス・ツリーの電飾のような)が、なんとも華やかで、街じゅうが楽しげにウキウキしていたものです。

今年のラマダン(断食月)は、10月半ばから11月半ばでした。そして、ラマダン明けのイードがすぐに続きます。ラマダンの時期は、いつにも増して「ボクシーシ(バクシーシ)」と、おねだりする人が増えます。

「ボクシーシ」が何か、というのは、異教徒の私にはなかなか上手に説明できませんけど…、ここではほんとによく聞く言葉です。多分、バングラデシュを訪れる人が、まず最初に出会うベンガル語の単語の一つではないかと思います。飛行機を降りて、ダッカ(ジア・インターナショナル)空港あたりで、まず最初に出会うでしょうか…。「ボクシーシ」。その心は、はかりしれないけど、つまりは「お金ちょうだい」とか、「お恵みをください」ということかなぁ、と私は理解しています。

「ボクシーシ」という単語をベンガル語→英語辞書で引いてみたら、報酬(ごほうび)、チップ、とありました。また調べてみると、イスラム教の教えでは、「喜捨」と言うんだそうですね。これは、「富める者が貧しい者に財産を分け与えること」という説明でいいのでしょうか。「喜捨」には、同時に「相互扶助」の面もあるのですね。イスラム教徒にとって、行わなければならない5つのこと、「五行」のひとつだそうです。

せっかく調べたので、受け売りで(!?)簡単に書いておきます。イスラム教の「六信五行」。イスラム教徒にとっての「六信」(イスラム教徒が信じなければならない6つのこと)とは、アラー(唯一全能の神)、天使、経典『コーラン』、預言者、来世、天命、だそうです。また、「五行」とは、信仰告白、礼拝、断食(断食月には日の出から日没まで飲食を断つ)、喜捨、メッカへの巡礼、だそうです。(すみません、いくつか調べてみて書いたのですが、もし間違いがあったら申し訳ありません。しかも出典省略します。正しくは、詳しい人…に聞いて下さい!)

さて。肝心の今日のお話です。

イード間近の11月初旬。とある日のことでした。その日は、ジョージ(ウチの長男、4歳。これはニックネームです。)と私、2人で車に乗って出かけるところでした。「ボクシーシ」には徒歩でも出会うけど、なんと言っても車に乗っているとき。交差点などでひっかかると、まず何人かの人が寄って来ます。

いろんな人がいます。たいていみんなボロボロの服を着て、今は職業としてのお乞食さんが多いみたいですけど、子どももいれば、赤ん坊を抱いた女の人もいます。目の見えない男の人と手を引く子ども、という組み合わせもあります。足を引きずった人も、手が肘までしかない人もいます。中には、自分はこういう病気で医療費が必要だから助けてくれと訴えながら、医者の証明書とやらを見せてくれる人もいます。

その日も、ウチから程近い交差点で信号待ちをしていました。(そうそう、ここの交差点、めずらしく信号があるんです。これもここ最近のダッカの変化のひとつですね。つい最近から、信号に従って車が動くようになりました。信号がないところや、信号がついていても使われていないところでは、おまわりさんが棒持って、交通整理しています。)

最初に寄ってきたのは、いつもこの交差点にいるおじさんでした。手をだして、「マダーム、ボクシーシ」と言ってきます。でも私、軽ーく流してしまいます。車の窓越しに、ジェスチャーで「お金あげない。あっち行ってね。」という感じにします。あ、すみません、読者の方。私ときたら、そのジェスチャーの合間に、「ごめんなさーい」というのが希薄ですね。ほんというと、かなり、めんどくさいなぁという気持ちだったりします。あるいは、こうしてお金を手渡さないとき、私はほとんど何も考えていません。

このおじさんは、この交差点でよく会うので、彼も私の顔を覚えているのでしょう。お互いに顔をみただけで、おじさんはササっと行ってしまいます。

次に来たのは、子どもでした。ジョージと同じ年くらいか…、いや、小柄だけど、もう少し大きな子でしょう。男の子でした。最初は車の私が座っている側に寄って来て、窓をコンコンと叩きました。車の窓の中をのぞきこみます。でも、「ボクシーシ」と言っても私が反応しないので、くるっと車を回って、ジョージが座っている側に行きます。

ジョージの「ボクシーシ」に対する反応は…、この3年の間、だいぶ変わりました。今では、こうして車の窓に寄ってくる子どもが、お金ちょうだいと言っている、ということが、少しだけわかるようになったと思います。

窓の外の男の子は、いかにもアワレな表情で、「ボクシーシ、お金ちょうだい、僕ら貧しいんだよ、助けてくれよぉ」と言います。窓の中では、ジョージが、「お母さん、あの子、なんて言っているの?」と私に聞きます。「お金ちょうだいって。」と私が答えると、ジョージは、「なんで?」と聞きます。「この子は貧しいのよ。お金がないの……」と私が説明し始めたとき。ジョージは、お母さんは何言っているんだろう、よくわからないなあ、という表情のままです。そして、そのとき手に持っていたミニカーで遊びながら、また窓の外を見ました。

窓の外の男の子は、そのとき、ジョージが手に持っているミニカーに気付きました。男の子は、窓に顔をくっつけ、ジョージが持っている小さな車をジッと見ます。そして今度はジョージにむかって、悲しげに「ガリ・ダオー」と言いました(ガリ=車、ダオ=ちょうだい、の意味)。

ジョージはまた、「お母さん、なんて言っているの?」と聞きます。「ん?ジョージの車、ちょうだいって。ジョージが持っている、その車のオモチャが欲しいって言っているのよ」。ジョージはもう一回私に、「なんで?」と聞きます。「その子は、貧しくて、オモチャを持っていないんじゃないの?だから車のオモチャが欲しいんだと思うけど……」と私は言いましたが、ジョージは私の言葉よりも、窓の外が気になる様子です。

車の外の男の子は、相変わらずアワレな表情で、「ガリ・ダオー」と言い続けます。ジョージは、「お金ちょうだい」には反応しませんでしたが、この「車ちょうだい」には、即、反応しました。どんな反応でしょう。その子に「いいよ、あげるー」というのではありません。ジョージは慌てて、車を背中の後ろに隠しました。そして思い切り首を横に振り、「ヤダ。あげない。」という意思表示です。

窓の外の男の子は、どうしたでしょう?最初はあんなに哀れな表情だったのに、急に表情が一変しました。ニヤッとして、「ガリ・ダオ!」と言います。ジョージがますます、首を左右に振りつづけると、今度は。窓の外の子は、「ガリ・ダオ、ガリ・ダオ」と言って、ニコニコ笑い始めました。そして。別の車の窓に張り付いていた他の子を手招きし、今度は2人で笑いながら、「ガリ・ダオ。ガリ・ダオ」と言います。ジョージに向かって、はやしたてている調子でした。

すると。ジョージの方は、どうしたか。もう一回、ミニカーをその子たちに見せました。そして「ヤーダヨー」とばかり、また背中の後ろにかくす。私は「あーら、まあ…」と思いました。が、そのときです。車の中のジョージも、車の外の男の子たちも、ケラケラ笑い始めました。男の子たちは、面白がって、今度はジェスチャーつきです。手を元気いっぱい突き出して、「ガリ・ダオ?」と、大げさに言います。ジョージは、首を左右に振り、英語で「ノー」と言いながら、ミニカーを背中の後ろに隠す。「ガリ・ダオ?」、「ノー」。「ガリ・ダオ?」、「ノー」。あれれ、なんだか、どっちも楽しそう…。

そうして信号がかわり、車は走り出しました。男の子たちは笑いながら、手を振っています。こっちに向かってまだ「ガリー・ダオー!」と言っています。車の中のジョージは、と見ると、しっかりミニカーを握り締めたまま、しかし、後ろを向いて手を振っています。

信号待ちの時間は、その日はめずらしく、ほんの短い時間でした。アッという間の出来事でした。

あのとき、母親の私は「教育的配慮」(?)として、ジョージに、さらに何かを言うべきだったのでしょうか?そして、車の外の男の子には、何と言い、どうすれば良かったのでしょう?…えーっと…、しばらくの間、私は考えました。

車はその場を走り去り、車の中では、ジョージがただミニカーで遊んでいます。彼はもう、何も言いません。結局私も、もう何も言いませんでした。そしてただ、「ボクシーシ」と「ガリ・ダオ」の間について、ひとりで思い巡らし、ちょっとだけフフフ、と笑ったのでした。

(白幡めぐみ:2004年12月15日)

バックナンバー

第1回
第2回 ごぶさた〜!
第3回 「ボクシーシ」と「ガリ・ダオ」の間

97年〜99年滞在時の日記は以下でご覧いただけます。

第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回 私のベンガル語の先生
最終回 『アッという間の2年間でした』

 

白幡めぐみ(しらはた・めぐみ)
1967年千葉県生まれ。大学卒業後、アメリカのNGOでインターンとして1年間ボランティア活動に従事。帰国後の92年9月から97年3月までシャプラニールのスタッフとして東京事務局勤務。97年から99年までバングラデシュの首都、ダッカに在住。2001年8月から2005年12月まで、再度夫の白幡利雄(シャプラニールダッカ事務所長)とともにダッカに滞在。

 

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