人のプライバシーを根ほり葉ほり聞きたがる人々の群れ、体中に穴があくのではないかと思うほどの集団の視線、バングラデシュの風物詩とも言えるこんな光景が、殊にダッカで少なくなっているように感じるのは私だけだろうか。空港や高級ホテルの周りなどの場所は相変わらず独特の緊張感があるが、町中では恐くなるような人々の熱気はあまり感じられなくなった。もちろん、私がダッカでの生活に慣れたせいもあるだろうが、そんなことを差し引いても、人々が以前より落ち着いてきているような印象を受ける。
例えば、私が市場などで一人でいるとする。もちろん皆私が外国人だと認識しているが、誰も私に見向きもしなければ、「姉ちゃんお国はどちら?」とか「結婚してるの?」などと質問もしてこない。これまでのバングラデシュを知っているだけに、「誰か私に質問がある人はいないのか」と逆に聞きたくなるほどである。そうかといって冷たいわけではない。こちらから話しかければ、親切に答えてくれるし、親しくなれば会話の中で自然に個人的な質問も投げかけて来る。そんな時もあけすけな質問をして私を不愉快にしないようにと、気遣ってくれいるのが感じられる。元来ベンガル人は繊細で、人の顔色を充分気にする民族だと思うが、残念ながら、その繊細さはなかなか表に出ず、不躾な行動ばかりが目について、しばしば外国人を困惑させていた。それが、最近では町を歩いていてもベンガル人の紳士さを強く感じるようになった。何故だろうか。
私はその原因の一つに、多くのベンガル人が様々なチャンスを得られるようになってきていることがあると思う。教育を受ける機会、憧れの自転車やバイクまたは車を購入する機会、自由恋愛の機会、文化活動を通じて自分を表現する機会、外国で勉強する機会、等々。
職業の選択肢も男女ともに広がっている。一概にチャンスといってもそれぞれの経済状況により幅はあるが、少し前より自己実現の機会が国民全体で増えているのは確かだと思う。現在、非識字者の多くが自分の子どもを学校に送ることができているのも、親の世代よりも現代の方が良くなっている証拠だと思う。
実は、私と共にダンスを習っているベンガル人の女の子が、インドからの招待でマドラスに留学することになった。インド留学はダンスを習っている女の子たち皆の夢だったが、この国の女性が海外で勉強できる機会など極限られていた。そんな中で、彼女はめったにないチャンスをつかんだ。留学のことを先生に相談していた彼女の表情は、とても嬉しそうで、少し不安げで、誇らしげであった。これまで他の生徒たちと一緒に無邪気に騒いでいた彼女だったが、自分の人生に責任を持って生きようとしている姿を見ることができた。
それを見ていて、人はチャンスを手にし、夢を果たそうとするとき、自然に表情や生きる姿勢も変わるものなのだと思った。バングラデシュにはこれまでそういった機会があまりに少なかったと思う。一人ひとりの生き方の変化が、この国を変えていくことだろう。特に他人に頼るだけでなく自立して生きる女性が増えるのは素晴らしいことだ。
さて、もう一つ最近の気になることは、中流以上のベンガル人で使用人を雇いたがらない主婦が増えていることだ。外出時は美しいサリーに身を包み、自家用車で出かけていく彼女たちが、家の中では普段着で洗濯をし、料理をし、汗だくになって働いている。これは階級制度が強く残るインド社会では考えられなかったことだ。
どうして使用人を置かないの?と使用人を使っていないベンガル人の主婦に聞くと、使用人を置くより自分でやった方が気楽なのだと言う。日本人には非常に理解しやすい答えだが、バングラデシュを知っている人なら信じられないような話だろう。ダッカがかなり便利になったのも一つの理由だろうが、使用人といえども他人が家の中にいるのはうっとうしいと思う気持ちがベンガル人の中にも生まれてきているようだ。良くも悪くも、ベンガル人にはプライバシーなんてないと思ってきたが、彼らの価値観も大きく変化しているようだ。
お互いに頼り合い、出る釘は打たれ、皆でなんとなくわいわい生きる、ベンガル人社会はそんな社会だったように思う。それが、最近では自分の意志で人とは違う生き方を志す人や、他人に頼らず自分でやってみようとする人が増えてきた。また、そういった自由が許される社会になった。もっとも、これらの変化もほんの一部で見られるだけで、農村の貧困層に属する人は相変わらず、人生の選択の自由など全く与えられずに一生を終えているのだろう。それでも、一部分だったとしても、バングラデシュはゆっくりだが確実に変化している。これは独立以降、紆余曲折はあったものの、大きな戦争に巻き込まれず、人々の努力がゆっくりでも積み重ねて来られているお陰と言えるだろう。
5月31日、クリケットワールドカップでバングラデシュが優勝候補のパキスタンに勝利を収めた。この夜は人々の歓声が夜明け近くまで響きわたっていた。この勝利もバングラデシュの多くの人々に希望と誇りを与えたに違いない。ベンガル人が他人をただ羨ましげに見つめる時代は段々と終わっていくだろう。現に町行く人は皆自分の用事に忙しく、他人への興味など示す余裕などなさそうである。この変化は必ずしも良い変化とは言えないかもしれない。他人への無関心はより悪質な犯罪を生み出すかもしれないし、個人主義が強くなれば社会や家庭からも落ちこぼれる人も出てくるだろう。そういった危惧はあるものの、やはり自由をつかみ、夢を実現させることのできる人々が増えていくのは、喜ばしいことだと私は思う。
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石山民子(いしやま・たみこ)
1971年3月生まれ。埼玉県出身。社会福祉学専攻。大学卒業後、1995年7月より10カ月間、ボランティアと語学研修の目的にてバングラデ
シュに滞在。帰国後東京都内にある老人保健施設に相談指導員として働く。夫であるシャプラニールスタッフで元ダッカ事務所長の筒井哲朗とともに1998年3月から2001年夏までダッカで暮らした。現在はアジア砒素ネットワークに勤務する。 |
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