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Home > 現地からの便り > ミルクティーとクリシュノチュラ(第2回)
ミルクティーとクリシュノチュラ
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第2回: バラタナティアムの巻<その一>

私がインド古典舞踊の一つであるバラタナティアムと出会ってちょうど1年になる。 私は小学生から高校生までモダンバレエや新体操を習っていたこともあり踊りが大好きだったが、大人になってからは時間的にも経済的にもなかなか余裕が持てず、気持ちはあっても何もできないでいた。そして今回ダッカで今までより少しゆとりのある暮らしができるようになると決まったときから、是非インド舞踊を習おうと思っていた。

夫にダンスのことを話すと賛成してくれて「それならキャラバンで来られたアニスル・イスラム・ヒロ先生にバラタナティアムを習うといいよ」と勧めてくれた。バラタナティアム?ベンガルダンス位ならなんとか想像もできるが、それは一体どんな踊りなんだろう、と一瞬躊躇したのだが、ヒロ先生のところにちょうど知り合いの日本人が入門していたこともあって、その言いにくい名前の踊りを習うことにした。

「バラタナティアム」とは、ヒンズー教の寺院で巫女さんによって踊り継がれてきた古典舞踊である。今のような形になったのは約200年前というが、起源をたどるとヒンズー教もまだ成立していない紀元前2500年位まで遡れるとも言われている。ヒンズー教の神様は実にユニークなポーズをしておられるが、あのスタイルとバラタナティアムは非常に深い関係にあるそうだ。イギリスの統治下にあった19世紀後半以降、バラタナティアムも他のインド芸術と共にさげすまれ、一時危機的な状況にさらされた。しかし、その後インド舞踊を愛した人たちの努力により、再び脚光をあびるようになった。バラタナティアムは非常に宗教的な意味合いが強く、ただステップの練習を重ねれば良いというものではない。精神の成熟、神への献身を全身で表現するところに真髄がある。

さて、難しい話はこれくらいにして、私が初めてヒロ先生のところに行った時の話に戻ろう。まず膝を外側に広げ中腰、これが基本姿勢である。上へ高くの西洋舞踊と違い、バラタナティアムはできるだけ低い位置で腰を保たせなくてはいけない。実際、腰を低く落とすことのできるダンサーの踊りは美しい。先生からは「このダンスをやるかぎり、ずっと立ち上がってはいけない」と言われるが、決して楽な姿勢ではない。もっともこの苦痛が神へと通じる道なのかもしれない。次に腕だ。腕を左右に広げた時、肘は少し上に上げ、手首は下げて指先は上にと、反らせる。その上薬指だけ第2関節で曲げる、などというおまけも付く。腕は鷲の羽を、足はカエルの足を想像してしまう。これがインドの美なのだろうかと悩んでしまったが、そんな違和感を抱きながらも一方でこの激しい動きの踊りに強く惹かれたのであった。

私は今までアジアの踊りの経験がなかったので、手、足、表情、首、一つ一つの動きが全て新鮮だった。この違いの深さには踊りを見ただけでは気付けなかっただろう。興味深いことに、同じインド舞踊の間でもこのような違いが存在する。インド地方にある数多くのダンスは互いに似通った部分ももちろんあるが、ステップや手の動きなどはそれぞれ特徴があって、複数の踊りをやる人(ダンサーの大半が複数のインド舞踊を勉強している)は、踊りごとに全身の神経を切り替えなくてはならない。これはこちらの人にとっても大変なようで、つい自分の得意なダンスの癖がでて先生に注意されている。

体の動きにも慣れ、バラタナティアムの美しさが理解できるようになるのに約半年かかった。先輩と共に、雨の日も風の日も、先生が来ない日も通い続け、やっとアラリプーという短い曲を日本人学校のクリスマス会で発表するまでになった。この日初めてお化粧をし、衣装とたくさんのアクセサリーを付けて舞台に立った。今後の参考にとメイクアップの段階から写真を撮ってもらったのだが、化粧が濃すぎて恐ろしげなのはともかくとして、踊っているときの表情がよくないと思った。実はこの日の為に鏡の前で夜な夜な笑顔の練習をしていたのだが、インド舞踊の笑顔のイメージがつかめなかったのだ。

発表会の後、笑顔の素敵なベンガル人ダンサーにどうやって笑顔をつくればいいのか質問してみた。すると、「インド古典舞踊はムツキハシャをするのよ」と言う。ムツキは「抑えられた」ハシャは「笑い」という意味で、満面の笑みならぬ半面の笑みとなろうか。心が通じ合って微笑み合うなどの良い意味でも使うが、後ろ指指して人を笑う時などの悪い表現でも使われる為、健康的なニコッという笑いではなさそうである。色気に満ちた不敵な笑い、これがめざすものだろうか。いずれにしても私には程遠い気がする。それなのに、少しでもインド人顔に近づきたいと悪あがきして、一生空けまいと思っていたピアスを空けてしまった単純な私であった。


バックナンバー

バックナンバーは以下でご覧いただけます。

第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
最終回
  「石山民子流バングラデシュの楽しみ方の巻」
バラタナティアムの巻<その一>
ノクシカタの巻
変わり行くバングラデシュの巻
若者文化についてダッカ大学の先生に聞きました
実り多い写真展の巻

石山民子(いしやま・たみこ) 
1971年3月生まれ。埼玉県出身。社会福祉学専攻。大学卒業後、1995年7月より10カ月間、ボランティアと語学研修の目的にてバングラデ シュに滞在。帰国後東京都内にある老人保健施設に相談指導員として働く。夫であるシャプラニールスタッフで元ダッカ事務所長の筒井哲朗とともに1998年3月から2001年夏までダッカで暮らした。現在はアジア砒素ネットワークに勤務する。

 

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