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ダサイン Dashain
毎年9月末から10月にかけて、新月から満月までの15日間、ネパール最大の祭「ダサイン」が行われます。これは、女神バグワティ(別名ドゥルガ)が牛の形をした魔神マヒシャースルとの戦いに勝ち平和をもたらしたのを祝うもので、祭の中心となるのが10日間であることからこのように呼ばれています(ネパール語で「10」はダスという)。日本でいうと正月のような感覚でしょうか。基本的には家で家族や親戚、友人らと過ごすのが普通で、都市部で働いている人たちもダサインに合わせて休暇をとり田舎へ帰省します。
この期間中いくつか行事があるのですが、8日目に当たるマハシュタミには鶏やヤギ、水牛などを生贄にしてドゥルガに捧げます。私も知人が親戚一同で水牛の解体を行うと聞き見学させてもらうことにしました。例年はヤギなのですが、今年は奮発して水牛にしたとのことでみんな気合が入っていたようです。最初に後頭部を斧で叩き失命させ(一発でしとめないと暴れて大変なことになる)、その後毛を全て焼いてから解体していきます。1年に一度のことなので馴れないこともありかなり時間がかかりましたが、頭の肉から内臓まできれいに切り分け、およそ3時間後には全ての作業が終わりました。捨てたのは角と腸の中身くらいで、まさに「捨てるところがない」という形容がぴったりです。最後にその場で調理した水牛料理をいただいたのですが、当初「殺す現場なんか見たら肉なんて食べられなくなるんじゃないか」と心配していた妻も「おいしい!」と言って頬張っていました。
そして10日目のダサミは勝利を祝って各家庭の長が家族や親戚にティカ(紅粉の印を額につけるもの)とジャマラ(ダサインの初日から育てた大麦の芽)を授ける日で、あわせておこずかいも渡すのですが、ちょうど日本のお年玉のようです。私の娘(4歳)はこのティカが大好きで、ダサイン期間中あちこちでティカをつけてもらってご機嫌でした。
この10日目前後は事業所はもちろんほとんどの店が休みになるので、事前に食糧を買い込んでおく必要があると言われていたのですが、実際にはいくつか開けている店もあり、元旦からスーパーが開いている今の日本の状況と重なって見えました。ただ今年はマオイスト(毛沢東主義派、1996年から反政府の武装闘争を続けている)による寄付の強請や強引な勧誘を恐れて帰省しない人も多かったとのことで、そのために私が住んでいる首都のカトマンズの様子も例年と違って人や車も多く、開けている店も割りとたくさんあったようです。このマオイストの問題や雨季に各地で相次いだ土砂崩れや水害などの影響で農作物や家畜の価格が高騰し、ダサイン用にヤギを買いに行ったものの価格が予算の倍もしたため諦めた、という話も聞きました。また武装闘争の結果多数の犠牲者が出ている中で祝賀気分にはなれないという声もあり、ネパールの人々にとって手放しには喜べない今年のダサインだったようです。私もマオイストの反政府活動の影響がこんなところにも出ているということを実感し、一刻も早い解決を祈らずにはいられませんでした。
写真1:凧揚げをする子どもたち。ダサイン期間中、米の収穫を前に豊作を祈願していたる所で凧が揚げられる。
写真2:水牛の毛を焼いているところ
写真3:私たちも知人の家でティカをつけてもらった。
写真4:帰省する人々でバスの発着所も大賑わい。
(2003年10月11日)
第一回:ツバメの家(2003/2/18)
第二回:ダルバートはわんこそばだ!(2003/3/8)
第三回:色の祭り−街が赤く染まる日(2003/3/17)
第四回:ネパールのピクニック(2003/4/15)
第五回:巨大な山車(2003/5/18)
第六回:フェアトレードデー(2003/5/18)
第七回:ダサイン Dashain(2003/10/11)
第八回:真夜中の銃撃戦(2003/12/16)
第九回:バンダ(2004/2/4)
第十回:ルンビニ訪問のはずが(2004/2/18)
第十一回:洞窟探検ツアー(2004/2/19)
第十二回:山車が倒れた!(2004/5/11)
第十三回:クマリの本(2004/11/24)
第十四回:ネパールでの復興支援(2005/2/2)
第十五回:ガネシュ(2005/8/26)
小松豊明(こまつとよあき)
シャプラニール・前カトマンズ事務所長。2002年12月〜2006年4月まで赴任。現在はクラフトリンク部門のチーフとして奮闘中。
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