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色の祭り−街が赤く染まる日
3月17日はヒンドゥ教のお祭り、ホリ祭の日。この時期のうち月が満ちる日が選ばれるのですが、街中の人が塗料の粉末や水をかけ合いその年の豊作を願うところから「色の祭り」とも呼ばれます。一説によると、昔々ビシュヌ神を崇拝していた傲慢な王が、その崇拝に反対していた高潔な息子を殺そうと何度か殺害を試みたが失敗。火に対する免疫を持つ王の妹Holikaが巨大な火の中に王の息子を取り込んだものの息子は無事脱出し、Holikaは燃え尽きてしまう、という伝説からこの祭りの名がついたと言われています。「汚れるのがいやだったら家の中でじっとしていたほうが良い」と言われたのですが、私も家族と一緒に外へ出かけてみることにしました。
すると確かに顔を真っ赤に塗りたくった人々が街の中を練り歩き、水を詰めた風船を投げつけたり水鉄砲で水をかけ合ったりと大変な騒ぎです。通りに人がいなくても家々の屋上からバケツの水が容赦なく降ってくるので油断できません。ただ、一応相手は見ていて、特に外国人に対しては多少気を使うようです。「ちょっとだけ塗ってもいい?」と訊きながら顔に塗料を塗ってくれたり、水かけをためらったり。とはいえ結局私たち家族も体中塗料にまみれ、びしょびしょになって帰ってくることにはなりました。
楽しいといえば楽しかったのですが、中にはわざと汚れた水の入った風船を投げつける者がいたり、男たちが集団で何かわめき散らしながら大通りを練り歩いたり(アルコールやマリファナを摂取している者も多いらしい)と、サッカーで言うフーリガンのごとき行儀の悪さが目に付いたことも確かで、翌日の新聞には「(フーリガンのような)乱暴が祭りを汚している」という見出しの記事も掲載されました。その記事によると、昔は水風船を投げつけるなどの行為はなかったとのこと。ネパール人スタッフにきいてもやはり十年程前にはそんな習慣はなかったそうです。祭りの間に悪質な行為のため数名が逮捕されたという件を読んだとき、日本のある祭りで一部の若者グループが祭りの進行を邪魔して迷惑している、という話を思い出しました。
写真1:顔に塗料を塗ろうとする男性
写真2:顔に塗料をつけた子どもたち
(2003年3月17日)
第一回:ツバメの家(2003/2/18)
第二回:ダルバートはわんこそばだ!(2003/3/8)
第三回:色の祭り−街が赤く染まる日(2003/3/17)
第四回:ネパールのピクニック(2003/4/15)
第五回:巨大な山車(2003/5/18)
第六回:フェアトレードデー(2003/5/18)
第七回:ダサイン Dashain(2003/10/11)
第八回:真夜中の銃撃戦(2003/12/16)
第九回:バンダ(2004/2/4)
第十回:ルンビニ訪問のはずが(2004/2/18)
第十一回:洞窟探検ツアー(2004/2/19)
第十二回:山車が倒れた!(2004/5/11)
第十三回:クマリの本(2004/11/24)
第十四回:ネパールでの復興支援(2005/2/2)
第十五回:ガネシュ(2005/8/26)
小松豊明(こまつとよあき)
シャプラニール・前カトマンズ事務所長。2002年12月〜2006年4月まで赴任。現在はクラフトリンク部門のチーフとして奮闘中。
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