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憧れの旅人〜南インドへ〜
2月の上旬、イスラム教の祝日であるイード休暇を利用してチェンナイに行ってきた。 バングラデシュに来て約2年、それまで小さな病気には何回か罹ったものの、そこそこ元気に過ごしていただけに、新年早々風邪をこじらせて1週間ほど仕事を休み、さらに生まれて初めての入院まで経験し動揺してしまっていた。それに加えて北インドからバングラデシュを襲った十数年ぶりという寒波で、異常なほど寒がりである私は「暖かい所へ行かねば〜」という思いを駆り立てていた。
チェンナイはインド4番目の人口を抱える大都市で、インド南部タミル・ナドゥの州都である。チェンナイより、元「マドラス」の方が日本人には馴染みがあるかもしれない。
使われている言語はタミル語。直線の多いベンガル語を見なれた目には踊るような丸文字が可愛らしく映る。この他にも南インドものを挙げれば切りがない。何の脈絡もなくて申し訳ないが、インド四大古典舞踊の一つであるバラタナティアム、裾などに金糸銀糸で模様が織りこまれ濃い地色で有名な絹サリー、ベジタリアン、ボリウッド(ボンベイ)に次ぐ映画の産地、などなど。
生憎にも出発日は飛行機の乗り継ぎが悪く、ホテルにチェックインしたのは出発してから数えて13時間後。遅めの朝食を終えて到着翌日チェンナイ市内を歩いてみた。南に位置するだけのことはある。ようやく春を迎えようとする2月初旬のバングラデシュとは日差しの強さがまったく違った。私が勝手に晴雨兼用にしている傘では刺すような太陽は防げず、2,30分歩く度に日陰を探して一息つかずにはいられなかった。1.5Lのミネラルウォーターも買い水分を補給せずにはいられないほど本当に暑かった。
バングラデシュにない何かを求めてインドに行った私は、その何かがフランス植民地時代の面影が色濃く残るという街ポンディチェリーへ行けば見つかるような気がして、その日の午後にはバスを探していた。
ターミナルで急行バスに乗りこんだとき、思わず「ラッキー」と口をついて出てくるほど空いていた車内も、チェンナイの街中を何ヶ所も留まるうちに、座れない乗客がでる混雑となってきた。白っぽい化繊のサリーを着て私に寄り添うように座るおばさんや、ちょっと都会まで遊びに来ました風の若者、娘か息子に会いに来て再び村へ帰るのかと思われる老夫婦など、老若男女を乗せてバスは郊外へと走り抜けていった。
乾いた平らな大地をバスが疾走する間、太陽は容赦なく右側から照りつけ、ガラス1枚すらない窓から吹き込む風はこれでもかと結んだ髪を ほつれさせていく。あまりの強風に胸元のオルナ(南アジアでは女性はワンピースのような上着と揃いのパンツ、スカーフの3点セットかサリーを着用することが多い)を仕方なく頭にかけた。私のオルナは黒だった。これじゃまるでバングラデシュの敬虔なイスラム教徒みたいではないか。インドに来てまで一体何をやっているのだろう、と呟く私を乗せてバスは一路「何か」の待つポンディチェリーへと向かっていた。
写真1)
文字は読めないけれどオーダーしたくなるフレッシュジュース屋(ポンディチェリー)
写真2)
幼稚園に娘を迎えに来た女性。バングラデシュでは自らバイクを乗りこなす女性はまずいない。(ポンディチェリー)
写真3)
行き先別郵便ポスト。インド国内だけでも7つに分かれる。(ポンディチェリー)
(2003年2月20日)
第一回:秋がやってきた(2002/10/25)
第二回:憧れの旅人〜南インドへ〜 (2003/02/20)
第三回:これって失敗?(2003/02/23)
第四回:トラブルクッキング…?(2003/7/3)
第五回:食事に気を遣うのは男性!?(2003/8/27)
第六回:バングラデシュこんな事、あんなモノ(2003/9/30)
藤ア文子(ふじさきゆきこ)
ストリートチルドレン支援活動の担当や、現場での活動の様子を日本の支援者の方々へ伝えたり、日本からの訪問客の対応等を行う。 |
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