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- 家事使用人として働く少女 ~ケーススタディ
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パイクパラセンター通う少女
名前:タスリマ
年齢:15歳
仕事:家事使用人
家族構成:父(農業)、母(主婦)、兄2人、姉1人
3年前、雇い主の義妹がやってきて、私を連れて行きたいと母に話し、兄はダッカに行ったらいい生活ができるぞ、と私を説得しました。最初、きれいな家具のある家に住めることがうれしかったのですが、一緒にきたおばさんが帰ってしまってから、さみしくて泣いていました。雇い主のおばさんは家族全員に私を紹介し、どう仕事をするのかを教えてくれました。
1年前、フルキのスタッフが家にやってきて雇い主にセンターでの活動について説明し、私がそのセンターに通えば家事仕事や勉強など多くのことを学ぶことができるだろうと雇い主は賛成してくれました。自分と同じように使用人として働く女の子たちに会えたことがうれしく、そこでは読み書きを習い、住所も書けるようになりました。保健衛生のことや刺しゅうや遊びなども習っています。わたしは保健衛生を学ぶ時間と刺しゅうの時間が一番好きです。雇い主も、私が身の回りをきれいにするようになったことに喜んでくれています。私は雇い主の娘の服に刺しゅうをしたところ、そのことを喜んでくれました。
数ヶ月前、自分の村に行きました。私の家族や近所の人たちは、私がセンターでたくさんのこと、特に勉強や刺しゅうを習ったことを知り、喜んでくれました。彼らは、私をまるで賢い都会の女の子になったようだと話していました。
今、私は雇い主の家もセンターもどちらも好きです。今後、ミシン研修などを受けたいと思っています。そして自分の村で結婚し、ミシンを買って仕事をしたいと思っています。
コライルセンターに通う少女
名前:リマ
年齢:10歳
仕事:家事使用人
家族構成:父(日雇い労働、現在職業なし)、母(主婦)、兄2人、姉1人、妹1人
3年前、両親は、私と姉に別々の家で住み込みの仕事をするように言い、両親、兄2人、妹の5人は、私と姉の二人を置いてダッカに仕事を求めて移ってきました。ある日、父は仕事中に事故にあい、仕事ができなくなってしまいました。そのため、家族が暮らしていくためには、母が家政婦として働き、兄が縫製工場で働く以外の道はありませんでした。
私がほんの少しの食事と休む場所のみで1日中使用人として働きはじめたのは、7歳の時です。服を洗ったり、家や庭の掃除をしたりしていました。雇い主はとても厳しい人でした。雇われ先に小さな子どもがいたのですが、その子と遊ぶことは許されず、もし遊んだとしたら私のことを叩きました。彼女はいつも私を殴り、どなりつけていました。4カ月後、その仕事を辞め叔母の家に行きました。そこで母に私をダッカに連れて行ってくれるようお願いし、姉と私の2人もダッカに来ることになりました。最初は、母の働く家に一緒に行って、母の仕事の手伝いをしました。その後私は別の家で働くようになり、毎月500タカ稼いでいます。
2007年の1月、ナシマという同じように使用人として働いている女の子から、フルキのヘルプセンターのことを聞きました。私は姉とヘルプセンターに顔をだし、それから毎日通い、保健衛生のことや刺しゅう、読み書き、絵、歌や踊り、アイロンのかけ方などを習いました。わたしはアイロンのかけ方などのスキルトレーニングの時間が一番好きです。
以前、たまにお皿を割ってしまったりすると、雇い主に叩かれたりしましたが、今は仕事もできるようになり、身の回りもきれいにしているので怒鳴られたり叩かれたりしません。センターでもっとたくさんのことを勉強して、もっと仕事ができるようになりたいですが、家族と一緒に暮らしたいので、住み込みの仕事はしたくありません。
将来、私は先生になって、村に戻って回りの女性たちや女の子たちに保健衛生のことや家事、刺しゅうなどを教えてあげたいです。






















