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      <title>小嶋駐在員のブログ</title>
      <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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            <item>
         <title>出稼ぎ経験者とお茶を酌み交わす</title>
         <description>以前このブログでも紹介していますが、PAPRIが活動している
ライプラ・チョール（中洲）へ行って来ました。

昨夜はチョール内の事務所に宿泊したのですが、夕方仕事がひ
と段落すると、事務所にいても電気がない（ここのチョールに
は電気が通っていないため、バッテリーを使用するか、一部お
金持ちは自家発電を使用）ため、夕食までの間。近所の紅茶屋
に紅茶を飲みに行きました。

バングラデシュの紅茶屋（チャドカン）は、日本の居酒屋のよ
うに、男たちがお茶を飲みながら（中にはお茶も頼まずに）何
時間も談笑しているのですが、その中に入っていくと隣に座っ
た30代後半の男性から

「アニョハセヨ！」
と声をかけられました。

話を聞くと、韓国の某電機メーカーの工場（ソウル）に数年前
まで出稼ぎに行っていたとのことで、今も親戚が韓国にいると
のこと。
（わたしを韓国人だと思ったとのこと）

「この地域は韓国への出稼ぎが多いの？」

「いや。韓国は少ないね。多いのはサウジ（アラビア）とマレ
　ーシアかな」

「出稼ぎに行く際には相当お金が要ったでしょう？」

「うん。土地を売ってそれを用意したよ。向こうで稼いだ金で
帰ってきた後にまた土地を買ったけどね」

家族を残しひとり出稼ぎに出ていたと言っていたので、韓国
の生活についてちょっと意地悪な質問をしてみると、なんと
図星だったようで、それを聞いた周りにいた全員が苦笑して
いました。
（どんな質問かはあえてここでは書かないことにします）
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/11/post_23.html</link>
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         <pubDate>Wed, 14 Nov 2007 22:29:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>若者はダッカを目指す</title>
         <description>先週のSTEP日帰り出張の中で、少女グループのメンバーに
質問する機会がありました。

いろいろ質問の中で、「将来結婚したら、どこに住みたいか？」
という質問に対して、そこにいたメンバーのほとんどが

「都市に住んでみたい。ここは働く機会も限られているから」
とのこと。

「都市って、マニクゴンジ（県庁所在地）？それともダッカ？」
という質問には

「マニクゴンジはすぐそこだし、何もないでしょう。やっぱり
ダッカに住みたい」
とメンバーのほとんどが同意見でした。

また、昼食時、STEPのスタッフたちからこんな発言が。

「この辺（ポイラ事務所周辺）はダッカからそんなに遠くない
から、家族をむらに残して、ダッカに出稼ぎに出て、週末に
バスで戻ってくるっていう人、最近多くなっているよね。そ
れと、子どもたちがダッカに出てしまい、老人だけが住んで
いる家族も増えてきているよね」

「マニクゴンジ（県庁所在地）もダッカに近いから、みんなダ
ッカに行ってしまい、幹線道路だけどあそこ（マニクゴンジ）
で立ち寄らないよね。だから食堂やお店がほとんどないんだ。
大きな会社や工場が出来て、そこで働く人が沢山いれば食堂
なんかも出来るのだろうけど」

考えてみれば、ダッカから日帰りで取材をして帰って来られる
地域ですから、彼らが言うことも頷けます。

関東の田舎（東京から電車で約1時間半）出身のわたしとして
は、何だか自分の田舎を見ているようでした。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/11/post_22.html</link>
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         <pubDate>Mon, 05 Nov 2007 23:59:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>はじめて橋を渡り、ミスティを購入</title>
         <description>先週STEPのポイラ事務所に幾つかの取材を兼ねて日帰り出張
してきました。

いつもはギオールまで車で行き、そこから川を船で渡り（乾期
は川底に仮設された道を車で横断）、そこからリキシャに乗る
のですが、川に橋が架かり車でポイラ事務所まで行けるように
なったことに驚き。

といっても、まだ橋と道を結ぶ坂道が工事中で
「これ、ほんとに車で行けるの？」
という感じでしたが、馬車が通っていることを確認した上で渡
り、無事にポイラ事務所に到着。

STEPのスタッフ曰く
「バイクや馬車は通っているけど、車であの橋を渡ってこちら
　に来たのは初めてじゃないかな！？」
とのこと。

「そうか！うちの車が初か。じゃあミスティを買わなきゃ！」
（お祝い事や初めての出来事があるとこちらでは習慣として
ミスティ（甘いお菓子）をみんなに配ります）

ということで、テロスリーのバザールにあるミスティのお店
（ここのは昔から甘過ぎず美味しいと評判）に注文。

STEPのスタッフと昼食後にミスティを食べました。

勿論ダッカ事務所用も購入。次の日ダッカスタッフもお茶の
時間に食べました。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/11/post_21.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 02 Nov 2007 13:37:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>朝の散歩</title>
         <description>9ヶ月になる息子が、こちらに着てから毎朝5時半（早いときには朝
のアザーンの頃）頃に目覚めます。

1時間ぐらいは寝床におもちゃを置いて一人で遊ばせる（親二人は半
分夢の中）のですが、それにも限界があり3ヶ月ぐらい前から7時前
にわたしと息子が朝散歩に出かけ、その間に妻が息子の朝飯（離乳食）
を準備するという日課になっています。

毎日と言いたいところですが、雨の日や前夜雨が降った日は足元が悪
く、抱っこして歩くのにリスクがあるためお休み。またわたしが二日
酔いや前の日のみ過ぎた場合は起きられずに中止。そしてデング熱に
かかってからの2週間はお休みという状況でしたが、それでもこの３
ヶ月間の7割ぐらいは朝の散歩をしています。

わたしのアパートの近くには、ダッカには珍しい綺麗な（夕方になる
とカップルがベンチに座っている）公園があり、その中の大きな池の
周りの歩道を一周して家に戻るのが定番のコース。

公園までの道のりでは、ガートやドライバー、使用人としてそれぞれ
の家で働く人たちがリキシャや自転車あるいは徒歩で通勤している
様子が見られます。公園の中では散歩やマラソンをしているベンガル
人やダッカ在住の外国人。中には週に一度公園で太極拳もどき（先生
らしき人が上半身裸で気合入ってやっているのでちょっと近寄りがた
く何をやっているのか聞けていないのですが）を行っているベンガル
人の集団も横目でちらりと拝見。

気のせいかもしれませんが、イード以降公園を散歩するベンガル人
の数が増えているように感じるのですが、もしかしたらイードで美
味しいものばかり食べ過ぎたから運動しよう！と日本人が正月明け
に思うようなことを彼らも考えたりするのでしょうか？

元来ぎりぎりまで寝ているタイプなので、こうした風景も息子がダッ
カに来なければ見られなかったわけで、家族に感謝しなければならな
いのですが、それにしても毎朝眠いです！
（こういう事を書くと相方から「あなたは夜中の授乳をしていないん
　だから、十分熟睡出来ているでしょ！」と言われそうですが。。。）
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/10/post_20.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 26 Oct 2007 14:46:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>イードとドゥルガプジャ</title>
         <description>今年のバングラデシュは、14日（日）からイスラム教のイード休暇
そして21日（日）がヒンドゥー教のドゥルガプジャがあり、12日
（金）から21日（日）までの一週間とちょっと、お休みモードにな
っています。

イスラム教徒はイード休暇に、ヒンドゥー教徒はドゥルガプジャ休暇
に日本のお盆や年末年始のような自分たちの出身地に帰省していくと
いう光景が見られ、普段渋滞のひどいダッカが閑散とした雰囲気とな
ります。

ところが、最近その帰省についても状況が変わって来ているようなん
です。

「自分たちは高校まで育ったところだから愛着があり、親や親戚も住
　んでいるから、イード（ヒンドゥー教徒はプジャ）に帰省するのが
　楽しみだけど、子どもたちはダッカで生まれ育っているから、あま
　り田舎に行きたがらないし、それに休み明けに子どものテストも控
　えているから、今回は自分だけ行くか、家族と一緒に行くとしたら
　早めに切り上げて戻ってくることになるだろう」

このような発言を同僚やベンガル人の知り合い数名から休暇前に聞き
ました。また「イード休暇の時期はバスのチケットも取りにくいし、
値段も高いから帰らない」と言う人たちも見かけました。

日本のお盆や年末年始のように、ベンガル人のイードの過ごし方も徐
々に変わっているのかもしれません。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/10/post_19.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 19 Oct 2007 12:18:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ダッカの売春産業</title>
         <description>イスラム教徒が9割以上の国で！？と思うかもしれません
が、ここダッカでも売春産業が存在します。

わたしが毎日使う通勤路の縫製工場が立ち並ぶ場所には、
ベンガル語や英語でＨＯＴＥＬと書かれた所謂売春のため
の連れ込み宿がいくつも存在します。

また夜にアパートの近くのレストランで食事をした後、
ひとりリキシャに乗って帰宅しようとすると、リキシャ
をこいでいる男性から
「ボス、女性はいりませんか？いい子知ってますよ」
と声をかけられたりします。

さらに売春する女性自身が夜街角に立っていて、直接声
をかけられたこともありました。
（勿論、無視してリキシャに乗って帰りましたが）

彼女たちが売春をするようになったきっかけはさまざま。

田舎から縫製工場で働くために出てきて、最初は親戚の
家や女工同士が一緒に住むアパートで暮らします。そん
な彼女らに「縫製工場よりももっと稼げる場所があるよ」
と声をかけて来る輩がいて、その誘いに乗って住処を変
えて売春をはじめてしまうパターン。

夫が働かなくなり、あるは借金をつくり、どうしようも
なくなって家族を養うために仕方なく売春をはじめてし
まうパターン。

母親が売春婦で、その娘が10代になった頃には売春を
取仕切る連中に手懐けられ、いつの間にか売春婦にさせ
られてしまうパターン。

彼女たちは一日に何人もの男性と相手をしなければな
らす、そしてそこで稼いだお金も売春を取仕切る連中
にことごとく吸い上げられてしまうという過酷な状況
です。

また彼女たちの子どもがいた場合、親が売春婦だとい
うことでいじめにあったり、さらに娘なら上記のよう
な危険な目に合わされています。

世界最古の職業とも言われ、世界中どこに行っても存在
するといわれる売春。ここバングラデシュでもこの職業
自体が無くなるということはおそらく無理でしょう。

だとしたら欧米の一部が行っているような国がきちんと
産業として認め、そこで働く女性たちに対してヘルスチ
ェックなどきちんと保護する政策をとるほうが現実的な
のかなあと考えたりもするのですが、それもこの国では
限りなく不可能に近いのかなあ～。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/10/post_18.html</link>
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         <pubDate>Wed, 10 Oct 2007 10:39:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>デングにかかってさあ大変</title>
         <description>7月に高熱を出して一瞬デング熱かと思ったのですが、単なる
ウィルスで終わり、駐在員生活も大きな病気をせずに終わるな
あ～と踏んでいたのですが。。。

先週16日（日）に高熱を発し、19日にそれがデング熱である
ことが判明してしまいました。

歴代の駐在員がかかり、最悪バングラ国外の病院への輸送も考え
られる病気でしたが、幸いなことに出血性ではなかったため、一
週間寝ているだけで何とかなり、今週から職場に復帰することが
出来ています。
（と言っても、さすがにまだ本調子ではありませんが）

食欲というのがやられるらしく、さすがに今回は4日ほど何も食
べられなくなり、気づいたら少し痩せました。また肝機能をやら
れたようで、復帰してからも事務所のカレーが妙に辛く感じ昼飯
も思ったほどまだ食えていないという状況。

相方には、痩せてあなたの長い意味での健康にはよかったんじゃ
ない！と言われましたが。。。もう懲り懲りです。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/09/post_17.html</link>
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         <pubDate>Thu, 27 Sep 2007 21:17:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>地域同士の共通点</title>
         <description>先月バングラデシュを訪れたあるツアーのメンバーとPAPRI
を訪問した際、バングラデシュの農村地域の家族について話す
機会がありました。

こちらでは、例えば長女が嫁いだ先で子どもを生んで、その後
その子どもがまだ幼い時期に長女が亡くなってしまった場合、
妻の実家から、長女にとっての「妹」が子どもにとっての「お
ばさん」が同じところへ嫁ぐというのがよくあるんです。

家族同士が既によく知っていることと、全くの他人ではないか
ら子どもを可愛がってくれることが理由なのですが、そのこと
をメンバーに話したところ

「わたしの地元でも、そういう習慣はまだありますね。農家は
　家を守るためにどうするかを考えているから、その発想なん
　でしょうかね」

とのこと。その方は北陸のご出身でしたが、バングラの農村と
自分の田舎が本当に似ていると仰っていました。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/09/post_16.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Sat, 22 Sep 2007 16:45:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>秘かにブログ再開します</title>
         <description>「ブログが全然更新されていない」というご批判をさまざまな
方々から戴いておきながら更新が遅れ、本当に申し訳ございま
せん。

帰任までのあとわずかですが、これからボチボチ更新しますん
で、両事務所長のブログのついででもご覧下さい。
（両事務所長ほどネタはないんですが。。。）

</description>
         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/09/post_15.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Fri, 21 Sep 2007 16:43:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>秘かにブログ再開します</title>
         <description>「ブログが全然更新されていない」というご批判をさまざまな
方々から戴いておきながら更新が遅れ、本当に申し訳ございま
せん。

帰任までのあとわずかですが、これからボチボチ更新しますん
で、両事務所長のブログのついででもご覧下さい。
（両事務所長ほどネタはないんですが。。。）

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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/09/post_14.html</link>
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         <pubDate>Fri, 21 Sep 2007 16:43:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>更新がご無沙汰で申し訳ありません</title>
         <description>2ヵ月半、更新をご無沙汰してしまい申し訳ござません。

本当にいい訳ですが、地方出張＆日本への会議＆子どもとの
対面のための一時帰国、そして妻＆子どものダッカ赴任に向け
た準備等で更新が遅れてしまいました。

今日もこれから三日間、バングラデシュ北西部へ出張なので
すが、昨日からベンガル暦で新年となりましたので、一年の
啓は元旦にありということで、今年からマメに更新できるよう
努力します。

出張後、この2ヶ月の出来事を何回かに分けて掲載しますの
で、よろしければご覧下さい。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/04/post_13.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Sun, 15 Apr 2007 10:50:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>障がい者支援活動</title>
         <description>先週21～22日にかけてPAPRIに行って来ました。

PAPRIの四半期（10～12月）活動についての報告、次年度の活動
について話し合うミーティング、そして寒波救援活動として最も困難
な状況にある人々への毛布の配布活動を視察しました。

寒波救援活動については藤岡さんのブログで報告されると思います
ので、そちらをご覧下さい。

またこの間、PAPRIがここ数年力を入れている障がい者支援活動で
ジボントリと呼ばれる手術室が配備され、医師が乗船している船で
手術を行ったボンナちゃん（２歳）の家を訪れました。

ジボントリは３つの国際河川をはじめ数多くの川が流れているバン
グラデシュの各地域を移動し、医療活動を行っている船で今はクル
ナに停泊しています。
（昨年10月まではPAPRIの活動地ノルシンディ県に停泊していま
　した）

ボンナちゃんは、生まれつき左足の踝から下が普通と逆方向にな
ってしまう（すみません、日本での病名が分かりませんでした）障
がいを抱えています。

また彼のお父さんも生まれつき同じ障がいを両足に抱えています。

PAPRIのスタッフは１年半ぐらい前に同じ村で活動する少女グル
ープのメンバーから、彼らのことを聞き、彼らの家を訪問して症状
など聞き、PAPRIの障がい者のリストに登録し、手術する機会を
待っていました。

PAPRIのスタッフによると、この手術は生まれてから２～３年以
内に実施するのが効果的で、大人になればなるほど手術は難
しくなるそうです。

先月11日、同じ症状の2名の子どもと一緒にPAPRIスタッフが
同行し、ジボントリが停泊するクルナに向かい、手術を実施。

わたしが訪ねたときには左足にギブスをはめて固定し、くるぶ
しより下も通常の方向を向いていました。

26日には術後の経過を診断するため、再びPAPRIスタッフとと
もにクルナに向かうそうです。

こうした活動は、家族が手術代を含めた諸費用としてPAPRIか
ら無利子で1,200TKを借りることで実施しています。

同行したPAPRIのスタッフからは
「地域には手術すれば直る障がいを抱えた人々がたくさんいる。
　そうした人々全てにこういう機会を与えてあげたいが、PAPRIに
　も限界がある。今はマイクロ・ファイナンスなど自己資金からこ
　うした無利子で貸しているが、これだとほんとに一部の人にし
　か実施できないんだ」
と話してくれました。

シャプラニールの活動にも限度があり、すぐにはこの要望に答え
られないのですが、こうした活動を支援出来る方法を何とか編み
出せないものかと考えてしまいました。

もうひとつ、非常にプライベートなことで質問しづらかったのです
が、お父さんは生まれつき足に障がいを抱え、しかも両親は結
婚前に亡くなっています。

バングラデシュで障がいを抱えた人への偏見は存在します。
（例えば身内に障がいを抱えた人や子どもがいてもそのことを
　隠して表に出さないなど）

さらにバングラデシュの結婚は、特に村では親も含めた親族
同士の合意によって成立するため、大変失礼な考えなのです
が、結婚に母親の親族などから結婚に対して異議などが出な
かったのか？という疑問です。

失礼とは思いつつこの質問をすると
「確かに相手の親族から多少そういうことはあった。けど、人物
　を実際見てくれて、そういう人たちも最後には納得してくれた」
と笑顔で答えてくれたお父さん。

自己満足で本当に申し訳ないのですが、お父さんの答えに何
だかほっとしました。
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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/01/post_11.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Sat, 27 Jan 2007 12:51:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本からの知らせ（私事で恐縮です！）</title>
         <description>今回は私事の文書で、恐縮です。
（スミマセン。っていうか、わたしの場合時事ネタよりもいつも
　身の回りの話題ばかりですが）

11月からバングラデシュで単身赴任の生活となったのですが、
実は相方が出産のために日本に一時帰国したからなのです。

先週はじめ、相方から出産のため病院に入院するという連絡
が入りました。

最初、1日も経てば「産まれた！」という連絡が入るだろうとたか
をくくっていたのですが、なかなか産まれず三日が過ぎの木曜
日（18日）、バングラデシュ時間の午前中にようやく「産まれた！」
という連絡を受けました。

正直、この三日間、いつ連絡が入るかとあまり深い眠りにつけ
ませんでした。
（といっても、しっかり寝床には着いていましたが）

母子共に健康という知らせを受け、正直ほっとしました。そして
三日間頑張った相方に感謝です。

報告を受けたのが職場だったため、同僚のベンガル人からも
お祝いの言葉＆握手を求められました。

わたしもこちらの習慣に習い、ミスティと呼ばれる健康にはもの
すごーく悪いであろう甘いお菓子を同僚に振舞いました。
（子どもが産まれたり、結婚が決まったり、子どもがテストでよい
　成績を収めたりと身の回りでよいことがあると、ベンガル人は
　みんなにミスティを振舞うんです）

その後、わが子の画像＆映像が、義妹によってメールで送られ
て来たため（４～5年前までは考えられないことですよね）、同僚
と一緒に見ると
「オジマ・バイ（さん）に似てるよ！」
との全員の感想。

わたしは特にそうは思わないのですが、週末暇さえあればその
画像と映像を見ているという早くも親バカ振りを発揮しています。</description>
         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/01/post_10.html</link>
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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 11:14:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>思い通りにはならない！？</title>
         <description>年末年始がコルバニイード休暇と重なったため藤岡所長
同様日本に一時帰国しました。

限られた期間での帰国だったため、わたしは最短時間で
日本との行き来が出来る香港経由のドラゴン航空を初め
て利用しました。

年末、日本へのフライトは非常に順調で、ダッカ空港から
約１３時間で成田に到着。内心「おっドラゴン、早くていい
じゃん！」と思っていました。

ところが、年明け、帰りの便が香港に着いたら
「本日、霧のためダッカ行きの便はキャンセルとなりました」
との空港職員からのアナウンス。

次の日の朝の便に変更との説明を受け、香港（中国）に入
国し、空港に隣接したホテルに宿泊。

と、ここまでは「まあしょうがないなあ～」と思うぐらいだったの
ですが。。。

翌朝、空港で出国手続きを済ませ、ゲートに行き出発を待って
いると
「ダッカ行きの便は夜７時に変更になりました」
とのアナウンス。

仕方なくまたまた香港（中国）に入国し、隣接ホテルで待機。
夜になってようやく便が飛び立ち、ダッカへ。

機内アナウンスの「あと２０分ほどでダッカ空港」の説明
に、「あ～これでやっとダッカに着ける」と思っていました。

とっところがです。

１０分後、機長から
「霧によりダッカ空港に着陸できないため、当機はこれよ
りバンコクに向かいます」
と乗客の誰もが耳を疑うアナウンスが鳴り響きました。

バンコクに到着後も、予定外の便のため受入の準備が出
来ず、結局、機内から降りることが出来たのは着陸して２
時間後。

しかも、空港近くのホテルが一杯で宿泊出来ず、空港か
ら１時間近く車で移動した以前の空港の近くのホテルに
チェックインできたのは早朝５時過ぎ。

スタッフからの「お昼１２時半にはホテルを出て空港に向
かいます！」との説明を半分眠りながら聞いてました。

その後、夕方４時にバンコクを飛び立った便は、ついにと
いうかようやくというかダッカ空港に到着。着陸した際、
乗客から拍手が沸きあがりました。

同じ便に乗り合わせ、二日間行動を共にしたダッカ在住の
日本人の方が
「これほどダッカのお家に帰りたいと思ったことはない！」
との名言を残されてました。

ダッカ到着後は、藤岡所長のブログに記載の通り、道路
封鎖にはじまり非常事態宣言、総選挙の延期そして新選
挙管理内閣発足とバングラデシュの情勢も日々動いてお
り、地方出張などのスケジュールが変更になったり、スケ
ジュールそのものが立てられなかったりの日々。

「予定は未定。」「人生は思い通りにならない。」
この２つの言葉をここ１週間でとても実感しています。


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         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2007/01/post_9.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Sun, 14 Jan 2007 23:08:20 +0900</pubDate>
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         <title>マイ・リキシャ再び</title>
         <description>先週の木曜日（21日）はホルタル（ゼネスト）でした。

道路封鎖同様、ホルタルの日はリキシャで30～40分
かけて通勤するので、アパートを出てリキシャを探そう
とすると。

見たことのあるリキシャ引きが近づいてきました。
そうです。三週間前の道路封鎖の際に二日間利用し
たあのリキシャです。

彼はにやっと笑いながら
「モハマドプール（事務所のある場所）ですね」
と言ってきました。

わたしが乗車すると
「今日はホルタルなんで、リキシャが必要だろうと思
　って待ってたんです」
との事。

事務所につくと
「仕事が終わるのはこの前と一緒ですか？」
と言われ、仕事が終わって事務所を出るとちゃんと待
っていました。

これから道路封鎖およびホルタルの際は、しばらくこの
リキシャでの通勤になるかなあ～。
（リキシャを探し、値段交渉せずに済み、さらに事務所
　までの道も知ってる分、わたしにとっては楽ですが）</description>
         <link>http://www.shaplaneer.org/ojiblog/2006/12/post_7.html</link>
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         <category></category>
         <pubDate>Mon, 25 Dec 2006 18:48:36 +0900</pubDate>
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