« 2006年10月 | メイン | 2006年12月 »

2006年11月25日

あー愛しのカップめん

あらかじめお断りしておきますが、これは私の話ではありません。

某NGO団体のMさんご夫婦の話で、彼らはバングラデシュの地方
に赴任されています。

ダッカでも日本食っぽいものを食べるための食材調達に苦労する
(昔に比べれば全然揃いますが)ので、地方ではなおさらです。

そうなると、日本から持ってきたあるいは何らかのかたちでいた
だいた日本食はとても貴重です。

Mさんのお家には、どこからかいただいた赤いラベルのうどんの
カップメンがひとつだけあったそうです。

Mさんのお連れ合いが一週間留守をする際に
「他の日本食は食べていいけど、あのうどんだけはわたしが帰る
 まで、絶対食べないでね!」
と念を押して出かけたそうです。

しかし、そのことをすっかり忘れたMさんは、お連れ合いがい
ない間にそのうどんを食べてしまいました。

帰ってきたMさんのお連れ合いは、カップめんがなくなっている
ことに気づき、大喧嘩になったそうです。

150円もしないカップめんで夫婦が大喧嘩。日本では考えられ
ないかもしれませんが、バングラだとそれも納得。

先月、Mさんのお連れ合いがうちに泊まりに来て、その話をす
ごく切実に語ってくれたので、思わずわたしのうちにあった同
じ赤いマークのうどんカップめん(唯一1個)をプレゼントしてし
まいました。

最近になって、あの赤いカップめんを太っ腹にもあげてしまっ
たことを心の中でちょっと惜しんでいます。。。

2006年11月23日

リキシャ通勤三日目

来年の総選挙を控え、現在バングラデシュでは野党側が
選挙管理内閣に出していた選挙管理委員会委員長の交
替などを訴え、抗議行動として道路封鎖を行っています。

先週も12日から15日まで行われていたが、わたしたちは
イショルゴンジ調査のため、その期間ずっと村に入ってい
たため、難を逃れました。

しかし今週20日から道路封鎖が再開され、今週予定され
ていた地方出張は中止となりました。

また事務所までの通勤も、大事をとってここ三日ほどリキ
シャで行っています。

ホルタルと呼ばれるゼネストの時もリキシャ通勤をしてい
るのですが、ホルタルの場合は普段リキシャが通れない
大通りも通れるので、30~40分ぐらいで事務所に着くの
です。

しかし道路封鎖の場合、警察の警備により通れない大
踊りもあり、そうなると迂回迂回で行かなければなりま
せん。

道路封鎖再開の初日は警備も厳しく、3回迂回させられ
事務所まで1時間半近くかかりました。
(帰りも同じぐらいかかりました)

二日目以降は警察側もリキシャに考慮しているのか、
大通りを通ることが出来、30~40分の乗車となってます。

面白かったのは二日目の朝に乗ったリキシャ引きが、
三日目の朝もわたしの家の前に現れ、ガードを通じて
「今日もモハマドプール(事務所がある場所)に行きま
 すか?」
と聞いてきたことです。

リキシャ引きにとっては稼ぎ時ですからね。
この状況、いつまで続くことやら。。。

2006年11月20日

やっぱり日本の歌が身にしみる!?

先週、イショルゴンジの調査で、評議員の中田さんと
東京事務局から次長の筒井さんがバングラデシュに
来られました。

調査の内容や報告については、近々会報などで報告
されると思うので、ここではお二人の駐在時代の話を
お伝えします。

お二人ともシャプラニールのダッカ事務所長を経験され
ています。中田さんは80年代後半に、筒井さんは同じ
く80年代後半に青年海外協力隊で入られた後、シャ
プラニールの駐在員として二度赴任されています。

中田さんが
「駐在時代、福澤さん(現シャプラニール監事)が送って
 くれた三橋美智也と美空ひばりのテープばかり聞いて
 いた」
と言うと、筒井さんは
「協力隊時代、企業で駐在されてる方の家に行ったとき
 紅白歌合戦のビデオを独りかじりつくように見て涙した」
とのこと。

そういえばわたしも、前ダッカ事務所長の白幡さんが送っ
てくれた去年の紅白のDVDを3月頃しんみり見ていた(特
にサブちゃんの歌に)のを思い出しました。

中田さん曰く
「日本にいるときは紅白なんてそんな意識してみないん
 だけど、海外で見るとちがうんだよねえ」
とのこと。

やっぱり日本の歌はわたしたちの心にしみるんでしょう
か!?