シャプラニール=市民による海外協力の会
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プロフィール
小嶋駐在員のブログ2002年4月よりシャプラニールのスタッフとなり、2005年の7月よりダッカ駐在員としてバングラデシュに赴任しております。前ダッカ事務所長の白幡さんとは全く逆でダッカへの赴任が決まってからひげを伸ばし始めたのですが、語学同様なかなか成長できないのが悩みのひとつです。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
メールでのお問い合わせ

 

 
 

小嶋駐在員のブログ

2007年11月14日

 出稼ぎ経験者とお茶を酌み交わす

以前このブログでも紹介していますが、PAPRIが活動している
ライプラ・チョール(中洲)へ行って来ました。

昨夜はチョール内の事務所に宿泊したのですが、夕方仕事がひ
と段落すると、事務所にいても電気がない(ここのチョールに
は電気が通っていないため、バッテリーを使用するか、一部お
金持ちは自家発電を使用)ため、夕食までの間。近所の紅茶屋
に紅茶を飲みに行きました。

バングラデシュの紅茶屋(チャドカン)は、日本の居酒屋のよ
うに、男たちがお茶を飲みながら(中にはお茶も頼まずに)何
時間も談笑しているのですが、その中に入っていくと隣に座っ
た30代後半の男性から

「アニョハセヨ!」
と声をかけられました。

話を聞くと、韓国の某電機メーカーの工場(ソウル)に数年前
まで出稼ぎに行っていたとのことで、今も親戚が韓国にいると
のこと。
(わたしを韓国人だと思ったとのこと)

「この地域は韓国への出稼ぎが多いの?」

「いや。韓国は少ないね。多いのはサウジ(アラビア)とマレ
 ーシアかな」

「出稼ぎに行く際には相当お金が要ったでしょう?」

「うん。土地を売ってそれを用意したよ。向こうで稼いだ金で
帰ってきた後にまた土地を買ったけどね」

家族を残しひとり出稼ぎに出ていたと言っていたので、韓国
の生活についてちょっと意地悪な質問をしてみると、なんと
図星だったようで、それを聞いた周りにいた全員が苦笑して
いました。
(どんな質問かはあえてここでは書かないことにします)




投稿者: 小嶋 日時: 22:29 | | コメント (4) | トラックバック (0)

 

2007年11月05日

 若者はダッカを目指す

先週のSTEP日帰り出張の中で、少女グループのメンバーに
質問する機会がありました。

いろいろ質問の中で、「将来結婚したら、どこに住みたいか?」
という質問に対して、そこにいたメンバーのほとんどが

「都市に住んでみたい。ここは働く機会も限られているから」
とのこと。

「都市って、マニクゴンジ(県庁所在地)?それともダッカ?」
という質問には

「マニクゴンジはすぐそこだし、何もないでしょう。やっぱり
ダッカに住みたい」
とメンバーのほとんどが同意見でした。

また、昼食時、STEPのスタッフたちからこんな発言が。

「この辺(ポイラ事務所周辺)はダッカからそんなに遠くない
から、家族をむらに残して、ダッカに出稼ぎに出て、週末に
バスで戻ってくるっていう人、最近多くなっているよね。そ
れと、子どもたちがダッカに出てしまい、老人だけが住んで
いる家族も増えてきているよね」

「マニクゴンジ(県庁所在地)もダッカに近いから、みんなダ
ッカに行ってしまい、幹線道路だけどあそこ(マニクゴンジ)
で立ち寄らないよね。だから食堂やお店がほとんどないんだ。
大きな会社や工場が出来て、そこで働く人が沢山いれば食堂
なんかも出来るのだろうけど」

考えてみれば、ダッカから日帰りで取材をして帰って来られる
地域ですから、彼らが言うことも頷けます。

関東の田舎(東京から電車で約1時間半)出身のわたしとして
は、何だか自分の田舎を見ているようでした。




投稿者: 小嶋 日時: 23:59 | | コメント (2) | トラックバック (0)

 

2007年11月02日

 はじめて橋を渡り、ミスティを購入

先週STEPのポイラ事務所に幾つかの取材を兼ねて日帰り出張
してきました。

いつもはギオールまで車で行き、そこから川を船で渡り(乾期
は川底に仮設された道を車で横断)、そこからリキシャに乗る
のですが、川に橋が架かり車でポイラ事務所まで行けるように
なったことに驚き。

といっても、まだ橋と道を結ぶ坂道が工事中で
「これ、ほんとに車で行けるの?」
という感じでしたが、馬車が通っていることを確認した上で渡
り、無事にポイラ事務所に到着。

STEPのスタッフ曰く
「バイクや馬車は通っているけど、車であの橋を渡ってこちら
 に来たのは初めてじゃないかな!?」
とのこと。

「そうか!うちの車が初か。じゃあミスティを買わなきゃ!」
(お祝い事や初めての出来事があるとこちらでは習慣として
ミスティ(甘いお菓子)をみんなに配ります)

ということで、テロスリーのバザールにあるミスティのお店
(ここのは昔から甘過ぎず美味しいと評判)に注文。

STEPのスタッフと昼食後にミスティを食べました。

勿論ダッカ事務所用も購入。次の日ダッカスタッフもお茶の
時間に食べました。




投稿者: 小嶋 日時: 13:37 | | コメント (1089) | トラックバック (0)

 

2007年10月26日

 朝の散歩

9ヶ月になる息子が、こちらに着てから毎朝5時半(早いときには朝
のアザーンの頃)頃に目覚めます。

1時間ぐらいは寝床におもちゃを置いて一人で遊ばせる(親二人は半
分夢の中)のですが、それにも限界があり3ヶ月ぐらい前から7時前
にわたしと息子が朝散歩に出かけ、その間に妻が息子の朝飯(離乳食)
を準備するという日課になっています。

毎日と言いたいところですが、雨の日や前夜雨が降った日は足元が悪
く、抱っこして歩くのにリスクがあるためお休み。またわたしが二日
酔いや前の日のみ過ぎた場合は起きられずに中止。そしてデング熱に
かかってからの2週間はお休みという状況でしたが、それでもこの3
ヶ月間の7割ぐらいは朝の散歩をしています。

わたしのアパートの近くには、ダッカには珍しい綺麗な(夕方になる
とカップルがベンチに座っている)公園があり、その中の大きな池の
周りの歩道を一周して家に戻るのが定番のコース。

公園までの道のりでは、ガートやドライバー、使用人としてそれぞれ
の家で働く人たちがリキシャや自転車あるいは徒歩で通勤している
様子が見られます。公園の中では散歩やマラソンをしているベンガル
人やダッカ在住の外国人。中には週に一度公園で太極拳もどき(先生
らしき人が上半身裸で気合入ってやっているのでちょっと近寄りがた
く何をやっているのか聞けていないのですが)を行っているベンガル
人の集団も横目でちらりと拝見。

気のせいかもしれませんが、イード以降公園を散歩するベンガル人
の数が増えているように感じるのですが、もしかしたらイードで美
味しいものばかり食べ過ぎたから運動しよう!と日本人が正月明け
に思うようなことを彼らも考えたりするのでしょうか?

元来ぎりぎりまで寝ているタイプなので、こうした風景も息子がダッ
カに来なければ見られなかったわけで、家族に感謝しなければならな
いのですが、それにしても毎朝眠いです!
(こういう事を書くと相方から「あなたは夜中の授乳をしていないん
 だから、十分熟睡出来ているでしょ!」と言われそうですが。。。)




投稿者: 小嶋 日時: 14:46 | | コメント (1) | トラックバック (0)

 

2007年10月19日

 イードとドゥルガプジャ

今年のバングラデシュは、14日(日)からイスラム教のイード休暇
そして21日(日)がヒンドゥー教のドゥルガプジャがあり、12日
(金)から21日(日)までの一週間とちょっと、お休みモードにな
っています。

イスラム教徒はイード休暇に、ヒンドゥー教徒はドゥルガプジャ休暇
に日本のお盆や年末年始のような自分たちの出身地に帰省していくと
いう光景が見られ、普段渋滞のひどいダッカが閑散とした雰囲気とな
ります。

ところが、最近その帰省についても状況が変わって来ているようなん
です。

「自分たちは高校まで育ったところだから愛着があり、親や親戚も住
 んでいるから、イード(ヒンドゥー教徒はプジャ)に帰省するのが
 楽しみだけど、子どもたちはダッカで生まれ育っているから、あま
 り田舎に行きたがらないし、それに休み明けに子どものテストも控
 えているから、今回は自分だけ行くか、家族と一緒に行くとしたら
 早めに切り上げて戻ってくることになるだろう」

このような発言を同僚やベンガル人の知り合い数名から休暇前に聞き
ました。また「イード休暇の時期はバスのチケットも取りにくいし、
値段も高いから帰らない」と言う人たちも見かけました。

日本のお盆や年末年始のように、ベンガル人のイードの過ごし方も徐
々に変わっているのかもしれません。




投稿者: 小嶋 日時: 12:18 | | コメント (0) | トラックバック (0)

 

2007年10月10日

 ダッカの売春産業

イスラム教徒が9割以上の国で!?と思うかもしれません
が、ここダッカでも売春産業が存在します。

わたしが毎日使う通勤路の縫製工場が立ち並ぶ場所には、
ベンガル語や英語でHOTELと書かれた所謂売春のため
の連れ込み宿がいくつも存在します。

また夜にアパートの近くのレストランで食事をした後、
ひとりリキシャに乗って帰宅しようとすると、リキシャ
をこいでいる男性から
「ボス、女性はいりませんか?いい子知ってますよ」
と声をかけられたりします。

さらに売春する女性自身が夜街角に立っていて、直接声
をかけられたこともありました。
(勿論、無視してリキシャに乗って帰りましたが)

彼女たちが売春をするようになったきっかけはさまざま。

田舎から縫製工場で働くために出てきて、最初は親戚の
家や女工同士が一緒に住むアパートで暮らします。そん
な彼女らに「縫製工場よりももっと稼げる場所があるよ」
と声をかけて来る輩がいて、その誘いに乗って住処を変
えて売春をはじめてしまうパターン。

夫が働かなくなり、あるは借金をつくり、どうしようも
なくなって家族を養うために仕方なく売春をはじめてし
まうパターン。

母親が売春婦で、その娘が10代になった頃には売春を
取仕切る連中に手懐けられ、いつの間にか売春婦にさせ
られてしまうパターン。

彼女たちは一日に何人もの男性と相手をしなければな
らす、そしてそこで稼いだお金も売春を取仕切る連中
にことごとく吸い上げられてしまうという過酷な状況
です。

また彼女たちの子どもがいた場合、親が売春婦だとい
うことでいじめにあったり、さらに娘なら上記のよう
な危険な目に合わされています。

世界最古の職業とも言われ、世界中どこに行っても存在
するといわれる売春。ここバングラデシュでもこの職業
自体が無くなるということはおそらく無理でしょう。

だとしたら欧米の一部が行っているような国がきちんと
産業として認め、そこで働く女性たちに対してヘルスチ
ェックなどきちんと保護する政策をとるほうが現実的な
のかなあと考えたりもするのですが、それもこの国では
限りなく不可能に近いのかなあ~。




投稿者: 小嶋 日時: 10:39 | | コメント (0) | トラックバック (0)

 

2007年09月27日

 デングにかかってさあ大変

7月に高熱を出して一瞬デング熱かと思ったのですが、単なる
ウィルスで終わり、駐在員生活も大きな病気をせずに終わるな
あ~と踏んでいたのですが。。。

先週16日(日)に高熱を発し、19日にそれがデング熱である
ことが判明してしまいました。

歴代の駐在員がかかり、最悪バングラ国外の病院への輸送も考え
られる病気でしたが、幸いなことに出血性ではなかったため、一
週間寝ているだけで何とかなり、今週から職場に復帰することが
出来ています。
(と言っても、さすがにまだ本調子ではありませんが)

食欲というのがやられるらしく、さすがに今回は4日ほど何も食
べられなくなり、気づいたら少し痩せました。また肝機能をやら
れたようで、復帰してからも事務所のカレーが妙に辛く感じ昼飯
も思ったほどまだ食えていないという状況。

相方には、痩せてあなたの長い意味での健康にはよかったんじゃ
ない!と言われましたが。。。もう懲り懲りです。




投稿者: 小嶋 日時: 21:17 | | コメント (5) | トラックバック (0)

 

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