特定非営利活動法人 シャプラニール= 市民による海外協力の会(地図・住所) TEL:03-3202-7863 FAX:03-3202-4593
2003年12月17日(水)「忘年会」 12/13(土)にシャプラニールの忘年会を行いました。今月で辞める岡山さん、吉澤さんの送別会も同時に行ったため、参加者がなんと50名近くに!!会場となった和民高田馬場支店では、事務局スタッフはほとんど座れない状況!!シャプラニールと辞められるお二人の人脈の凄さを改めて実感しました。当日は流れる司会のもと、ゲーム、下澤評議員のお二人に捧げる歌、お二人からの挨拶とあっという間の2時間でした。「いや〜、それにしても場を飽きさせない流れるような司会がすばらしい!」と誰も誉めてくれないので、この場を借りて自画自賛しておきます。その後2次会・3次会と深夜まで宴が続いたのは言うまでもありません。
2003年12月10日(水)「インターンを振り返って」 日産NPOラーニング第6期奨学生としてシャプラニールで働き始め、12月でプログラムの終了の時期を迎えます。これまでの半年を振り返りたいと思います。私はシャプラニールで主に全国キャラバンのお手伝いをしてきました。準備段階においては開催趣旨書の作成・関連団体へキャラバン受入要請の電話がけと企画内容の検討・スケジュールの組みたて・資料の発送作業などを行いました。事務的で機械的な仕事ばかりでしたが、いかに効率的に進めるのか自分で考える機会に恵まれ、そういった地道な作業こそが企画全体を支えていることの大切さを学びました。スケジュール表がだんだん埋まっていく過程において、自分の仕事が少しずつ反映されていることが嬉しかったです。また、実際にキャラバンのお手伝いで宇都宮まで同行したことは、地域交流で相互理解を深められたという点で貴重な体験でした。仕事に馴れて行くうちに、自分から仕事を見つけることを心掛けるようにし、「仕事に向かう姿勢」を自分なりに感じることができたと思います。シャプラニールの一員として仕事に対する「責任」というものを自覚することを学んだのは、非常に良い社会勉強になりました。卒業後は国内の金融機関に就職しますが、将来的には海外協力の分野に携わりたいと考えている私にとってシャプラニールでの体験は、一面ではありますが国際協力におけるNGOの役割を学べ、将来の目標に対する意識を維持・向上させました。「実践」の現場の一部を考察できたので、今後は「理論」というアプローチでも本を読んでもっと勉強してみます。もちろん、ボランティアという形でシャプラニールとも関わりを続けていきたいと思っています。
2003年12月3日(水)「生きざま」 一ヶ月地方巡業のキャラバン帰りの身ですので、一つ印象的なエピソードでも。11月14日、山口県の野島という人口200人ほどの小さな島で旧知の森法房さんが受入れて下さり、野島中学校で中学生を対象にお話をしました。講演後半、私の活動報告の話をさえぎるように、同席していた森さんが「岡山さんは昔どんな中学生やったん?、岡山さんはなぜ海外協力の道に入ったん?」と話の方向をぐいっと転換されました。私もそのまま答え、「魚を釣ったり飼ったりするのが生きがいの中学生で…」それまで何となく横でネパールの話を聴いていた一人の少年が円満の笑みでうん、うんとうなずきながら私の生い立ちに耳を傾けていました。ネパールの活動などよりも私という一人の人間が歩んできた道がどうだったか、その方がよっぽど中学生たちにとってはおもしろくて共感できるものではないかというのが森さんの意図でした。その夜も森さんとのお話する中で「生きざま」という言葉が何度も出てきました。本当に色々な思いをもらって野島を後にしました。自分の「生きざま」って何だったっけと、20代、30代の自分を振り返りながらあれこれ思う今日この頃です。
2003年11月14日(金)「日本はひろい!」 現在、バングラデシュとネパールの前駐在員2名が全国を講演で回る「全国キャラバン」を実施中です。先日、講演者の一人、岡山前ネパール駐在員のお供で関西を5日間程一緒に回りました。関西にはあまり行ったことがなかった自分としては、結構刺激的な毎日を送ることができました。その中で印象に残ったことと言えば、「うどんの汁の色が薄い!!」というあまりにも常識的なことでした。東京よりも西に住んだことがないので「うどんのおつゆが黒い」という認識が頭に刷り込まれていた自分にとって、結構感動ものでした。では、どこからうどんのおつゆの色は違うのか。皆さんご存知だとは思いますが、静岡県の掛川市付近と言われています。また、エスカレーターの立つ(歩かない人の)位置は一般的に関西が右、関東が左ですが、ではその境目はどこだと思いますか?某新聞によると東西の分基点は滋賀県だそうです。でも例外があり、京都の市営地下鉄は左が原則だそうです。関東と関西、同じ日本人でありながら違う文化を持っていることを、今更ながら実感している今日この頃です。
2003年11月5日(水)「inoriと2012」 さて問題。inori、2012とは一体なんでしょうか?実は私が持っているドメイン(インターネットのアドレス)です。現在http://www.inori.jpとhttp://www.2012.jpという2つのアドレスを持っています。(2つとも現在企画を考えているところです)inoriのサイトは祈りを伝える祈りで繋がるをコンセプトに人間の自然な行為である「祈り」に関するサイトにしたいと考えています。私の周りにはポエトリーリーディングや音楽関係のイベントを行っている仲間が多く、彼らに助けを借りながら一緒に作っていきたいです。2012はマヤ関連のサイトにしようと思っています。私はシャプラニールに入る前に中米諸国を旅して、自分でマヤ関連の手工芸品を仕入れて自宅で「東京マヤン」という店をやっていました。マヤ文明にはなぜか惹かれる部分があります。何故2012なのかというと、マヤ文明は1サイクル1,872,000日(5000年以上!)の独自の暦を持っています。、現在の周期は紀元前3114年8月11日に始まり2012年12月21日に終わります。この2012年にちなんで2012.jpというドメインを取りました。一体この運命の日に何が起こるのでしょうか?