年度末調整会議
今週は恒例の年度末調整会議。バングラデシュとネパール両国から駐在員3名が帰国して、次年度の計画と予算を集中して討議するハードな一週間だった。
現在、海外活動として取り組む事業はバングラデシュが五つ、ネパールが三つ、インドが二つ。その各々について懸案があり、次年度の見通しを議論していく。それに加えて、今年はバングラデシュで起こったサイクロンの復興支援活動についても議論した。3月以降、現場から上がってくる提案に従って組み立てていくことになる。
海外活動に加え、中期方針に伴う5カ年の活動計画について、全スタッフで話し合う日も設けた。活動ごとにシートを作るので、何十枚にもなり、一日の議論では深められないが、それでも全員で共有することは大切だ。夜は中田代表や大橋理事や下澤元事務局長を交えての懇親会。二次会はなかったが、あるスタッフとワインバー、ラーメン屋とはしごして深酒となってしまった。反省……。
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K_a_Z
2008年03月01日 15:20
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1961年生。中国留学時に天安門事件に遭遇したことが海外協力に関わったきっかけ。91年からシャプラニールの活動に関わり、手工芸品、広報、財務の各部門を経て現在は事務局長。本業の傍ら、地元の西東京市で障がいを持つ子どもたちの学びの場を考える会「
藤崎カトマンズ事務所長の
子どもたちもほとんどが学校へ行っているようだし、都市近郊ということもあるのだろう、ある程度の経済状況は保たれているようだ。青年のリーダーは大学に通っているとのことだった。
都市部から車で20分もかからない郊外ではあっても、さすがはネパール、きれいな山並みに棚田が映えていた。
2005年に実態調査を行い、苛酷な労働環境や雇用主からの暴力など、看過できない状況が明らかになった。
プロジェクトの詳細は、いずれ藤岡ダッカ事務局長が書いてくれるだろうが、それにしてもこの集合住宅、写真だけ見ると日本の団地のよう。自治会もあるらしい。少女たちはすぐ裏手にあるスラムから通っているケースが多い。私たちが付近を歩いていると、ちょうど少女が赤ちゃんをバギーに乗せて散歩していた。
大河が流れるバングラデシュでは、中洲といっても半端な大きさではない。左の地図の右上の赤丸がノルシンディ、左下がダッカになるが、ノルシンディの近くの河に大きな中洲があるのが分かるかと思う。一般的に中洲には病院などの公的施設が少なかったりして経済的貧困の度合いが強いと言われている。
道が細かったりするので、移動は現地スタッフのバイクに二人乗りすることが多い。普段、バイクに乗ることがないので、振り落とされないように必死にしがみついている。分かりにくいが右の写真の前に走っているのが同行した白幡職員。
女性グループのミーティングに参加した。彼女たちは最貧困層のグループとして、主に貯金とそれを担保にした融資を受けることで、小さな商いをしている。リキシャや荷車などを購入して夫がそれを使った商売をしている人、卵などを仕入れて売る人などそれぞれ工夫している。ただが貯金と融資と思われがちだが、少しずつ生活を変えていく一助には確実になっているようだ。とは言え、生活は厳しく、首都ダッカに子どもを使用人として働きに出している人もいた。



