シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログネパールに2006年2月より赴任。よろしくお願いします。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
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2006年11月30日

 カトマンズ事務所スタッフ紹介1

ブログに登場するのに良く知られていない、そんなカトマンズ事務所スタッフを今日は紹介したい。

初回は「カトマンズ事務所スタッフに女の子誕生」「お食い初め」などで既にお馴染み(?)のスリジャナ・シュレスタ。本人が書いた英文に私の訳をつけました。

P1010601.jpgNamaste! I'm Srijana Shrestha, working in ShaplaNeer since 2004 as Program officer. My background is Masters in Sociology from Tribhuwan University, Kathmandu. I have responsibility for child project and craft link section working with 8 different partners of ShaplaNeer. About my family I have little baby girl "Shubhani"and stay with my in laws together. My husband is a civil Engineer, also interested in the development field and contributing in the social work after his Masters in Sociology.

ナマステ! 私はスリジャナ・シュレスタです。2004年からプログラム担当として シャプラニールで働いています。カトマンズにあるトリブヴァン大学で社会学(修士)を修めました。今は、子ども支援プロジェクトとクラフトリンクのパートナーである8団体と一緒に仕事をしています。家族は最近生まれた娘シュバニと夫の家族と暮らしています。夫は土木技師として働いていますが、彼もやはり社会学を修め、開発の分野にも興味を持っており、社会福祉活動にも積極的に携わっています。

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スリジャナに娘が生まれたと聞いたとき、とても嬉しかった。さばさばしたところがとても魅力的な彼女に似た女性に育ってほしいなあ、と思ったのを覚えている。折に触れて自宅に招ねかれ、ネワールやネパールの行事を体験させてもらっているうちに、彼女の親戚ともすっかり顔なじみになってしまった。彼女には公私ともどもお世話になりっぱなしである。



投稿者: 藤﨑 日 時: 21:46 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2006年11月28日

 ストーブ登場~カトマンズの冬支度~

しばらくブログの更新に間があいてしまった。ここで紹介したいような出来事はたくさんあったものの、仕事が立て込んで、家に帰るとくたくたになってしまい、必要最小限のことしかしていなかった。(ちなみにブログの更新はいつも自宅でしているのであります)

さて、昨日は月曜日。恒例の週一回の朝会で、あるスタッフが「かなり寒くなってきたけど、いつからストーブを使っていいかな…?」と聞いてきた。11月になって朝晩の気温がぐっと下がり、机にむかって仕事をしているとかなり冷える。湿度の関係か、はたまた家の作りの問題か、外は日差しがあって温かいのに室内はとても寒い。会計担当者のアナンダと私のいる部屋は日差しが入るのは朝の1時間くらいなので、昼以降はますます気温が下がってくる。

実は私もそろそろ限界を感じていた。木綿の大判ショールはかなり前からひざ掛けとして使っているし、先週は自宅からフリースを持って行った。通勤途中で売っていた温かい室内履きも購入した。昼食後は日差しの入る大部屋で日向ぼっこもしてみたが、部屋に戻って仕事を始めると急速に体が冷えてくる。何かと理由をつけて調理をしている台所で温まっているのも、スタッフの手前限界がある。

そして昨日、灯油ストーブを使い始めることを決めた。

しかし、問題なのは最近(というか、またまた)ガソリンや灯油が不足してることだ。11月に入って石油製品を運搬するトラックの運転手のストライキが3週間ほど続き、先週はガソリンスタンドでは長蛇の列が出来ていた。1週間ほど前にストライキは中止されることが決まったというが品薄感は今もある。しかも、12月に入ると計画停電が始まるという報道もあったばかりだ。暑くて暗いのは我慢できるが、寒い上に暗いなんてまっぴらだ。そうは言っても仕方ない、電気、ガス、灯油など複数の暖房を確保して備えるしかないのかな。




投稿者: 藤﨑 日 時: 19:51 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2006年11月20日

 お食い初め

家族の写真.jpg以前このブログでカトマンズ事務所スタッフのスリジャナに女の子が生まれたことを書いた。先日土曜日にシュバニと名づけられたこの子のお食い初めに招かれた。4ヶ月を過ぎるとお食い初めの儀式を行うそうだ。朝8時からのセレモニーは親族だけで行い、夕方5時から友人などを招いての会食をするという。8時から始まる第1部に誘われた時には、ちょっとひるんだが「なかなか見られないから」と言われ、すっかりその気になった。

<家族で記念写真。一番左とその隣がナラヤン・スリジャナ夫妻。シュバニを抱いているのはナラヤンの妹。>

スリジャナはネワール民族(カトマンズ盆地を中心に居住する、カトマンズ・パタン・バクタプールはそれぞれネワールの王朝であった)ではあるものの、ネパール西部のブトワールという町の出身である。従ってお食い初めに関しても、カトマンズ盆地のネワールとは細かいところは異なるらしいが、誕生から思春期、結婚、老年期、そして死までの間に多くの祭礼を行うネワールのそれに同席できるというのは貴重な経験だ。

ヒンドゥ寺院にて.jpgさて、若干(?)遅刻して私が到着したのは8時45分、スリジャナ自宅(マンション)の屋上にしつらえたヒンドゥの祠で皆がプジャ(お祈り)をしていたところだった。それから、お供物などを持って近くの寺院へ移動。ガネーシュの像にお供えものをし、線香を炊いた後、真鍮製の小皿に取った蜂蜜とヨーグルトを小さなスプーンで少量をすくってシュバニの口元へ。いきなり冷たくて味の濃いものを口に入れられたシュバニは、びっくりしてぐずりそうになっていた。記念すべき日を収めようとカメラ2台とビデオを使っていたのは、いずこも変わらないなと微笑ましく思った。

お食い初め一式.jpg自宅に戻り親族だけでのお食い初めの始まり。スリジャナの弟に抱っこされたシュバニに、親戚1人ずつがプジャを施し食べ物を食べさせるのだ。プジャはまずシュバニの足を清めるところから始まる。その水を自分の口と頭に振り掛けた後、足におでこをつける。(ネパールや南アジアでは相手に対して最上の敬意を表す行為)その後、赤い粉と米を混ぜたもの(ティカ)をシュバニのおでこにつける。続いて右手の指で黄色い粉、ヨーグルトなどをちょんちょんと着け、さらにシュバニのおでこに。その後ヨーグルト・蜂蜜、ギー(牛乳から作った油)を小さなスプーンですくってシュバニの口につける。最後に、ご飯、12だか14種だかのおかずを金のコインで救ってシュバニに食べさせ(る真似だけ)、プレゼントを渡して終了。親戚といっても20人以上集まっているので、これだけの事をやろうとするとかなりの時間がかかる。オシメを交換したりミルクを飲ませたりしながらのなんとものんびりした進行で、始まりから2時間くらいかかっただろうか。最後はシュバニは寝てしまっていた。

<お食い初めセット。これにおかずとご飯をもった大皿が加わる。>

その後、屋上にしつらえたテントで親戚揃っての昼食会を終え、シュバニじゃないが私もすっかり疲れてしまい一旦自宅に戻ることにした。

その後5時に再びスリジャナ宅へ。自分の手持ちの服の中ではパーティー仕様になっているサルワールクルタ(バングラデシュ製)を来て訪問。友人知人が順番にプレゼントを渡し、屋上で夕食を食べては解散。親族で行うセレモニーと比べると、パーティーはあっさりとしているのがネパール流。おしゃべりはしないのが食事のマナーであるここでは、みな黙々と食べており、食事が終わると三々五々帰っていくので私たちもそれに習って帰宅した。

私もお祝い.jpg この日一番活躍したのはスリジャナの夫の母、つまり義母さんだった。スリジャナは日頃から「伝統や格式には疎い」と自称しているだけあって、義母の指示に常に頼っていた。そんなスリジャナも子どもが成長するに従っていろいろな祭礼のやり方を学んでいくのだろう。こうやって伝統が受け継がれていくのだなあ、としみじみ感じたお食い初めであった。

<私も見よう見真似でプジャをさせてもらいましたが、疲れたシュバニはご機嫌ナナメでした>



投稿者: 藤﨑 日 時: 20:24 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2006年11月16日

 ワンパクぼうず・その2

今日はほぼ定時(5時)と同時に事務所を後にした。今カトマンズは日の入りが5時10分くらいなので、あたりはほの暗くなっていたが、例のワンパクぼうず4人組が前からやってくるのが見えた。気になるんだけど、どう声をかけたら良いのか判らないのだろう、ただニヤニヤしながら通りすぎる彼らに私からちょっかいをかけてみた。といっても通りすがりに1人のお腹をくすぐっただけなのだが、狙い通り反応した。(この「こちょこちょ」、バングラデシュでもネパールでも効果抜群。大抵これをきっかけに子どもたちと何かしらの交流を始められる)ワンパク君の1人が、駆け戻ってきてこう言った。

ワンパク君「ねえねえ、名前何ていうの?」(英語)

私「私はユキコ。君たちこそ何ていうの?」(英語)

大きめワンパク君「ぼく○○タパ」 

中くらいワンパク君「ぼくは○○タパ」

小さめワンパク君「○○タパ!」

私「へえー、みんなタパって言うんだ」(ネパール語)*

大きめワンパク君「だって3人とも兄弟だもん!それよりさぁ、ネパール語判るの?」(ネパール語)

私「だいたいね。ネパールもう長いからね(えへん!)」(ネパール語)

ワンパク君「バイバイは日本語で『さよなら』っていうんでしょ、先生が教えてくれた」(その他一同、尊敬の眼差し)

私「良く知ってるね。じゃあ用事があるから、そろそろ帰るね。『さよなら』」

帰る道々、あの子たちがいつも仲良く遊んでいるわけだと納得。そして何故だか3匹の熊が出てくる絵本の話を思い出した。あ、でもあの中で一番大きいのはおとうさんだったっけ?しかし、あんなワンパクが3人もいたら、さぞかし家の中は賑やかだろうなと、お母さんにはちょっと同情。きっとお母さんも強くたくましい人なんだろうけど。

もっと仲良くなれたら、家まで押しかけてみようと思う。家族の様子を見るのが楽しみだなあ。

*残念ながらワンパク君の名前は聞き逃してしまいました。ごめんね。




投稿者: 藤﨑 日 時: 21:32 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年11月14日

 ベンガル語ドラマがおもしろい!

ネパール語の放送局にはネパールテレビ(NTV)、メトロ(NTV2)、カンティプールテレビの他、ケーブルを通じて配信されるイメージチャンネル、ネパールワンなどがある。ケーブルをつなげている我が家では、NHK,、BBC、CNNの他、インドの放送局多数を視聴することが出来る。こちらに来た当初はもっぱら英語のニュースとヒンディの音楽番組ばかりを見ていたが、ここしばらくベンガル語放送を見ることが多くなった。

ETV(バングラ)はコルカタを中心に放送されている局で、夜の時間帯はドラマが充実している。意地悪なおばさまたちにいじめられる薄幸の女性、そこに理解ある男性が現れこれですべて丸く収まるかと思うと、事態は急展開…。畳み掛けるように起きる出来事を、はらはらドキドキしながら、時には一緒に涙ぐみながら見ることもしばしば。メーグ(雲・女性の名)、ブリシュティ(雨・同じく女性の名)、アカシュ(空・男性の名)など、天候や自然にちなんだ名前が多く出てくるのも面白い。タイトルに「ココノメーグ・ココノブリシュティ」(ある時は曇り、ある時は雨)とついているものまである。

2年以上前のこと。シャプラニールの東京事務所がある早稲田奉仕園で、就学前のアジアからの留学生が日本語を学んでいた。その中にはバングラデシュの人たちも10数名もいて、私がベンガル語で話しかけたことから仲良くなり、昼休みなどおしゃべりをすることが多かった。台風が通過した翌日、歩くのも大変なくらい強い風が吹いていたある日のことだ。ベンガル人のある男性が「いやー、日本に来てこんなに良い日和は始めてだ。電車に乗らず一駅歩いて楽しんだよー」と言った。彼曰く「美しい風」が吹いているのだという。

会議など人が集まる場では、クーラーがガンガンに効いているような場所であってもファン(扇風機、特に天井についている特大のもの)は欠かせない。人一倍寒がりの私は上に羽織るものを用意していなければ、寒くて中座するするという羽目になるのもしばしば。(これはネパールでも経験済み)空気が動かないことに対して一種の嫌悪があるのではないかと思っている。そんな彼らだ、風には独特の美学があるのだろう。そんな先入観も手伝って、ドラマのテーマもさることながら登場人物や題名につい注目してしまう。

そのせいか、今日は会議中についベンガル語を口走ってしまった。「さあ終わりましょう」と言ったつもりが、みんなキョトンとしている。何回か繰り返した挙句、相手に「何語?」と指摘されて始めてベンガル語を話していたことに気がついた。ながら学習というのがあるが、ネパール語でもその効果が現れることを期待して、そろそろチャンネルを変えるとしましょうか。




投稿者: 藤﨑 日 時: 20:23 | | コメ ント (6) | トラッ クバック (0)

2006年11月10日

 それはもはやネパール語ではないのでは・・・

2ヶ月に1回パートナー団体に活動紹介文を書いてもらっている。隔月発行のシャプラニールの会報「南の風」に載せるためのものだ。先週3つの団体からの原稿が届いた。2つは英語で書かれていたが、働く子どもを支援するCAP-CRONのものだけネパール語だった。そこで担当するスタッフ・スリジャナにまずは口頭で内容を教えてもらうことにした。

スリジャナ「簡単なネパール語を使うからね、いい?」

私「了解」

スリジャナ「(前略)…こういった子どもたちのビヘービヤーをローカルのピープルは、グッドなチェンジだと言っている*。…(後略)」

私「ふむふむ」

スリジャナ「どう?だいたい判った?」

簡単なネパール語というよりこれはほとんど英語だ、いくら私でも判るって。バングラデシュでもそうだったが、ネパールの人、ある程度教育を受けた人たちの会話にはかなりの頻度で英語の単語が入ってくる。日本語も最近はカタカナが氾濫しているが、名詞に限らず動詞も使うネパール語にはかなうまい。

慣れないうちはそれに助けられることも多かったが、最近はそれがアダになっている気がする。仕事に直結する単語が増えてこないのである。カトマンズで仕事をしている限りはいいが、問題はフィールドに出た時。子どもや村人と話をするには英語は禁物なのだ。結局そばにいるスタッフなどにネパール語→ネパール語の通訳をしてもらわなくてはいけなくなり、時間もかかるし相手の集中力も途切れてしまう。

実はダサイン前からネパール語の勉強をサボっている。先生が忙しくなってしまったのがその理由だが、せめて独学でも再開しようと思っている。そろそろ本当に「簡単なネパール語」の話が判る程度にはならないとね。

*全部日本語にすると「こういった子どもたちの振る舞いを、地元の人たちは良い変化だと言っている」となる。




投稿者: 藤﨑 日 時: 21:34 | | コメ ント (8) | トラッ クバック (0)

2006年11月 8日

 和平合意

以下事実関係や表現などに誤りがあれば、ご指摘頂きたい。

集まった人々.jpg 表層的な理解しか出来ていないためこれまで政治的な話は避けてきたが、どうしても避けられないくらい歴史的なことが昨夜実現した。主要政党とマオイストとの間で和平協定が調印されたのである。1996年マオイストによる人民戦争が始まって以来、治安部隊とマオイストの衝突の中で実に1万人以上の命が失われてきた。政府の力が及ばない(この表現は正しくないかもしれない)農村部で影響力を伸ばし、その大部分がマオイストのコントロール下にあったと言っても過言ではない。武器を持って半ば強制的に人々を動員してきたそのマオイストが、今回の和平協定で政党として正当性を得たわけである。

<写真は今朝の市民抗議の様子>

直接間接の圧力はあっただろうが、ネパールが他国の仲介を得ず自力で和平合意にこぎつけたことは評価すべきだが、今の状況を見ていると手放しで喜ぶ気にはなれない。例えばマオイストによる「税金」や寄付金の徴収、警察行為を含めた法執行。金曜日にカトマンズで行われる大集会のためにカトマンズ盆地外から動員された人々へ宿や食事を提供すること。拒否すれば記録されるため、後々のトラブル(報復)を恐れて人々は断ることができない。武器がなくても人を動かす方法を知っている彼らが表舞台にでてきたらどういうことになるのか、考えるだけで不安になる。

集まった人々2.jpg和平合意が調印された今朝、パタンではマオイストに抗議する市民のデモが行われていた。宿泊などの便宜供与強制に反対する人々がマオイストの事務所の前にかなりの数集まっていた。非暴力的な集まりだった様子だが、交通は完全に封鎖されかなりの時間影響がでていたようだ。とにかく、今回のことはマオイストに対して人々が全面的な支持をしているわけではないという事でもある。

  <写真:マオイストの事務所の前に集まった人々>

帰宅する頃には渋滞もほぼ解消されていたが、10分ほど歩くと今度はマオイスト支援者のデモ行進にぶち当たった。デモ行進の後ろに車の長蛇の列ができていたのを見て、ほとほとうんざりした。日本でないのをいいことに日本語で大声で叫んでしまった。「もうっ、いい加減にしてよ!」なんだかんだ言っても、私はある時期がくればこの国を離れることになる。気になるのは私たちが支援している子どもたを含めたネパールの人々のことだ。子どもたちの未来はこの国の将来にかかっている。今回の和平合意が皆が希望のもてる新しいネパールへの第一歩となるよう心から祈るしかない。

スタッフなどからの情報によると、明日10日(金)に予定されていたマオイストの大規模集会は中止となった様子。通常業務ができることにほっとしつつ、集会に参加するためにカトマンズにやってきた人たちはどうするんだろう、と思ってしまった。



投稿者: 藤﨑 日 時: 23:20 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)

2006年11月 4日

 神様ごっこ

神様ごっこ.jpg昨日外出先から戻ってきたら事務所の前で子どもたちが遊んでいた。花や大きな葉っぱを用意して、なにやらゴニョゴニョと唱えている。

「何しているの?」と聞くと「ぼく神様だよ!」と一番大きな男の子が言った。その神様に女の子二人がお供えをしているところだったようだ。そばにいたチビくんは、神様の守護なのだそうだ。私も小さな頃はいろんな「ごっこ」遊びをしたけど、さすがに神様という発想はなかったような気がする。お供えものも凝っていて、親やきょうだいの様子を良く見ているのだろう。そこがいかにもネパールらしいなあと感心した。




投稿者: 藤﨑 日 時: 11:54 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)

2006年11月 1日

 今日はイモの日

P1010468.jpgここ数日、道端で野菜を売っている人の前に大量のイモが並べられているのを目にしていた。

秋だなあ、と思っていたら、今日の昼食にサトイモとサツマイモが出てきた。うーん、一体これはどういうことか?と思ってスタッフに聞いたら、なんでも今日はイモを食べる日なのだそうだ。ネパールでは、でんぷん類が豊富なイモは体を温めると考えられているらしい。日に日に気温が下がってくる今頃、イモを食べることで寒さに対して備えるという意味があるらしい。

P1010463.jpg写真は茹でたサトイモとサツマイモ。小さいながらもサツマイモは十分な甘みがあるし、サトイモは日本の味そのままである。味噌煮にしたらおいいしいだろうなあ、とカレーを食べながらぼんやりと考えていた。バングラデシュでもサトイモのカレーを良く食べたが、カレーの汁とイモのぬめりが程よく混ざってほんとうにおいしかった。

自宅に戻ってインターネットで調べたところサトイモの原産地はインド、ネパール、マレー半島付近と考えられており、縄文中期には日本に伝播していたという。 うーんそんなに歴史があるとは知らなかった。しかし、イモを食べる行事があるというのはこれは今からもっと寒くなりますよ、ということでもある。寒さに滅法弱い私としてはかなりユウウツなことだ。

P1010462.jpg

<写真は事務所での昼食の様子、スタッフが「食べるところを写してね」というのでパチリ>



投稿者: 藤﨑 日 時: 20:39 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)
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