シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログネパールに2006年2月より赴任。よろしくお願いします。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
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2006年10月30日

 ヤカン大作戦~カトマンズの冬支度

最近朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。ネパール気象庁によると、今日の最低気温は9.6度だったという。家の中にいる限りそこまでの寒さを感じることはないが、日中の気温が25度前後まで上がるので気温差への対応に苦渋する。昼間歩いていると汗ばむくらいなのに、室内はカーデガンや靴下が欲しいという状態だから、出勤前に何を着ていくか悩むようになってきた。

冬晴れと雪山.jpg最近は写真のような晴天が続いているのでソーラーで温めた湯はたっぷりあるはずなのだが、夜までには水道管の水がすっかり冷えてしまい、入浴しようと思ってもなかなか湯が出てこない。水不足が深刻な状況では、湯がでるまで流しっぱなしというのも気が引ける。巷にはガスもしくは電気温水器が売られているが、安全面でも心配があるし、これから停電が増えてくるという状況での実用性もイマイチ疑問が残る。他の人はどうしているのだろうと思って聞いてみると、ネパール滞在約3年のTさんはヤカンで湯を沸かして入浴しているという。 <遠くに見えるのは雪を頂いた山々>

早速私もそれを試してみることにした。ヤカンで沸かせるのは2L、それをバケツに移して水を加えるとぬるめのお湯で10L弱くらいになる。これだと髪や体をいっぺんに洗うのは難しいけれど、少なくとも寒さに震えなくてもすんでとっても楽。それに、自分が生活する時に使う水の量が判るというのも、ある意味新鮮だ。カトマンズでも自宅に水道が引かれていない家があることを考えれば、蛇口をひねれば水が出ること自体がありがたいと思う。



投稿者: 藤崎 日 時: 21:55 | | コメ ント (6) | トラッ クバック (0)

2006年10月25日

 踊った、踊ったー

ティハールの休みも終わり、今日から仕事が始まった。すっきりと晴れた天気で気持ち良く出かけたら、道行く車がとても少ない。半年以上ネパールに暮らしていると、外に出た瞬間外の雰囲気を感じられるようになってきた。お祭りで人が出払っているのとは違う空気があった。通りかかったタクシーの運転手同士がなにやら言葉を交わしているのに聞き耳を立てると、どうやらカトマンズのあちこちで交通が封鎖されているらしいことが判った。

空のタクシーに声をかけると「今日はもう車庫へ帰る」と言って乗せてくれない。乗客がいるタクシーの運転手が「クプンドールなら乗せていくよ」というので、便乗させてもらった。近くの交差点では人だかりが出来ていて、警官が車両にUターンをしろと指示を出している。仕方なく裏道を通って事務所に向かった。事務所についてラジオをつけると、朝10時までの時限交通封鎖だというので、いずれスタッフも事務所に来るだろうと思いながら仕事を始めた。

本当に良い天気で、一日遠くにヒマラヤの山々がその姿を見せていた。結局、交通封鎖は大きな混乱もなく終わったようだがカトマンズの人々はそれも見ずにタイヤを燃やして空気を汚しているのは悲しいが、これもネパールの現実である。

さて、仕事を終えた夕方。

今日は定時に事務所を出て自宅に戻ると、楽しそうな太鼓や歌が聞こえて来た。なんだ、なんだ?と思いながら家に着くと、前庭に人だかり。大家さんと同じマガールの人たちがマガールの歌や踊りを見せてくれていた。ティハールの間家々を回っているのだという。マイクやスピーカーまで持参していた。

マガールの踊りを見るのは初めてだったが、音楽も踊りも優しく控えめな感じで奥ゆかしさすら感じた。マイクを持った男性が次に踊る曲の説明などをしており「日本人のバヒニ(私のこと)のために」と言ってある曲を始めた。周りの雰囲気から察すると私も踊りに加わることが期待されているらしい。せっかくの配慮だし、どうせ辺りも薄暗いから見えやしないか。それにこういう時に加わらないのは、周りを興ざめさせるだけ、と踊りに混じった。最初はどうして良いか判らなかったが、何曲か続けて踊るうちに、コツがわかってきた。手の動きは沖縄の踊りのように柔らかく、その場で小さな円を描くようにしながら小刻みに足を動かす、という感じか。

傍から見たらきっと不恰好なのだろうが、楽しければそれで良し。小一時間ほど踊ったり、眺めたりしながら過ごした。最後に互いの健康を願い、来年もまたここで会うことを約束してグループの人たちは引き上げていった。



投稿者: 藤崎 日 時: 22:20 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年10月21日

 ティハール

ティハールの灯り.jpgカトマンズの町は今日、灯明やろうそくなどで飾られている。光の祭りとも言われるティハール(ディワリとも言う)がやってきた。家の内外をきれいに掃除し、赤・白・黄色の粉でマンダラを家の中に女神ラクシュミを導き入れ富と繁栄を祈るのである。

暗くなってからは子どもたちがグループを作り家々をまわっては歌や音楽を聞かせている。今日は夜中までこれが続くのだそうだ。大家さんが私のフロアにある小さなベランダにも灯明を飾ってくれたので、私も今晩は電気の灯りを極力消して、美しい祭りを楽しもう。




投稿者: 藤崎 日 時: 19:17 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年10月17日

 この依存心、何とかできないか

カトマンズ事務所では毎週月曜日の朝、会議を行っている。仕事にまつわる先週および今週の動きを各自が発表し、情報共有を行うのが目的である。私を含めて4人の小さな事務所ではあるが、いや、小さな組織だからこそ全員に同じレベルの情報が伝わっていることが大切だと思う。

さて、昨日の朝会でスタッフに喝を入れた。

これまでずっと気になっていたのだが、通常うちのスタッフは声をかけられるまで会議の席に着こうとしない。毎週月曜日9時30分からと決まっていても、だ。今週一週間の予定をホワイトボードに書き出すことが習慣となっているのに、ペンを持って日付を書き込もうとするスタッフもいない。いつも受身で指示を待っている態度に、昨日はとうとう堪忍袋の尾が切れてしまった。

小学生でもあるまいし、30~40代のスタッフに対して「これはみんなのための会議でしょう?時間になったら自発的に席に着けないの?いわれる前にできることはやろうと考えないの?」と言っている自分が一番辛いのだが、このままでは自分の精神衛生上良くないし、不満をためて後で爆発させる方が最悪とエネルギーを振り絞った。それを判ってか判らずか、スタッフの反応は「おう、そうかそうか。次からは私が書きます」とこんなもの。私が望むのは日付を書き込むとか、席に着くということではないのだよ。とほほ。

ありとあらゆるものがヒエラルキー(カーストや貧富の差、教育レベル、その他モロモロ)によって完全に支配されている社会では、考える頭を持つことがむしろ邪魔になることもある。出る杭が打たれぬよう、とにかくみんな用心深い。感じる力を持つことが危険だと体験的に知っているのかもしれない。悲しいことだが。

以前駐在していたバングラデシュでのこと。一緒に働いているベンガル人スタッフにチャンスをやろうとしたら「なんで私にあんな(全体会議で発表)ことをさせたんですか?他の部門はすべてマネージャーレベルがやっているのに、私に何か気に入らないことをしたとでも言うのですか!?」と詰め寄られたことがあった。周りの目もあるし、一担当者が会議で発表することは、彼女にとっては罰以外のなにものでもなかったのだろう。

しかし、私たちは社会の不公平を無くそうと活動しているNGOだ。社会的経済的格差をなくしていこうと、人々が自分の力で権利を獲得できるようにと支援をしている私たち自身が思考能力を持てなかったら、何の存在意義があるというのか。シャプラニールのホームページには「使命&基本姿勢」として以下の文章が掲載されている。

『すべての人が持つ「生きる力」を信じ、「自立への努力」を側面からサポートすることは、単にモノを配ったり、学校などの建物を建てたりすることよりはるかに忍耐が要ります。
少しずつ、失敗をおそれずに、人々のペースに合わせること、甘えのない心地よい緊張関係を続けていくこと。そして私たちの生活の在り方を考えること。シャプラ二ールのこれまでの、そしてこれからのモットーです。』

まずは自分が変わること、カトマンズ事務所のスタッフがそれに気付く日がくるのは、いつになるのだろう。ちなみに上で触れたバングラデシュ人スタッフだが、半年ほどの間で見違えるような変化が現れとても良い仕事をするようになった。時間はかかるだろうが、スタッフの能力を信頼し、自ら考え行動する場を与え持ち続けるしかない。私も自分に言い聞かせながら、相手のペースに合わせていこう。




投稿者: 藤崎 日 時: 12:17 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)

2006年10月16日

 心にとどめておきたい言葉

ネパールの各地で活動する女性グループが地域別に作っている連盟(フェデレーション)が全国レベルのネットワークを結成するという会に参加してきた。森林共同管理、貯蓄融資、収入向上、保健衛生など、それぞれの女性グループが関わる分野は様々であるが、王制か共和政化、それに伴う憲法改正という国の体制について議論がなされているものの、女性の声がそこに反映されてこないことに対して危機感を持った村の女性たちが立ち上がったのである。

名簿で参加者を確認.jpg この全国組織ははネパール語で「ハムロ・ファラメ・ムティ(以下ファラメ・ムティ)」と名づけられた。日本語に訳すると「私たちの鉄のこぶし」とでもなるが、この名前を選んだ理由は、後で今回の会議は3日間、ファラメ・ムティの会則作成、執行委員の選出、今後の活動方針の決定が予定されていた。

WATCH (Women Acting together for Change)というネパールのNGOが資金支援と当日運営のサポートを行い、企画と当日の進行はすべて女性グループの女性たちが行っていた。まず、開会の挨拶、ファラメ・ムティ結成の理由、そして主賓の挨拶と続いた。壇上の主賓が10人以上おり、それらのスピーチを聞いているだけで3時間以上過ぎてしまった。興味を引く内容もなくはなかったが、ファラメ・ムティについて説明をしたディパ・タパさんの話は力がこもっていて思わず引きずりこまれた。

実は彼女とは8月に、ネパール西部の平野部にあるルパンデヒ郡で一度会っている。地元の女性グループの議事録や会計などの事務作業を手伝っているという説明だったが、その時は特に印象に残るようなところもなかった。しかし今回の彼女はまるで別人だった。

女性の権利に関するポスター.jpg 「数多くのNGOや国際NGOが、女性の地位向上という名目で大きなお金を投じてきたにも関わらず、私たち女性に対する抑圧や差別はまったく軽減されていません。だから私たちは自らのこぶしを高く掲げ、鉄の意志を持って立ち上がるのです」

ファラメ・ムティの名前の由来はディパが言った通りだ。100名を超える参加者の前で臆することなく話をする彼女を見ていたらじわじわと感動が広がってきた。なぜなら彼女の言葉には「命」があった、「力」があったからだ。お仕着せではなく、自分で考えたことを表現している彼女を見て、これこそが本当のエンパワメントだと感じたからだ。 そうでなければ、NGOや国際NGOの活動が自分たちの役に立ってこなかったという発言はありえない。いかにそれが事実だったとしても、だ。

参加者の様子.jpgカトマンズ事務所では、現在農村開発の新しいプロジェクトを作成するための準備を進めている。決まっている事の方が少ない状態で、これから一ふんばりどころか三ふんばりくらいしなくてはいけない。ディパの言葉を思い出しながら、虐げられた人たち、女性たちのためになる活動を考えていきたい。

※会場が暗すぎてうまくディパの写真が撮れなかった。彼女の様子をお見せできなくて残念です。




投稿者: 藤崎 日 時: 18:49 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年10月14日

 元祖出会い系?

土曜日は休みなので、朝はゆっくりとすることが多い。仕事がなければ外出しないこともあるが、今日は野菜がなかったので、昼ごはんの食材購入も兼ねて買い物に出た。そのついでに新聞を買った。

日頃はあまり目にしない週末の新聞だが、時々眺めると面白くてどうしても目を通してしまうところがある。その一つが結婚相手募集のセクション。恐らく大抵の人はネパール語新聞に掲載しているのだろう、英字紙では1ページの3分の1程度しかないが、ここから「ネパール社会」が透けて見えると思うのは大げさだろうか。

Lagan Ganthoと題されたこの部分、ブラミン、チェットリなど属するカーストや、ネワール、タマン、リンブーなどと民族ごとに分かれている。そして、それぞれのセールポイントや相手に求める条件が掲載されており、結婚相手を探している人やその親にとっては非常に見やすい分類がされている。周りの人の様子を見ていると恋愛結婚も思ったより少なくないようだが、やはり結婚は親が決めるものという考えが一般的なネパールである。おそらく我が子の幸せな結婚を望んだ親が申し込んだろうなあ、と思わせるものも多く、とりわけ男性側からの掲載が多いのが興味深い。

どれを見ても必ず出てくるのは「美しく」「教育があり」「自分より若く」そして「理解のある」女性を求めていることだ。一体何を理解しろと言っているのかしら、と1人突っ込んでしまうが広告を掲載している方は至極真面目なのだろう。「結婚したら家庭に入り家事をすること」「家の年寄りの世話をすること」など、おいおいお手伝いさんを雇った方がいいんじゃないの、という酷いものもある。

一方、女性側からの条件で一貫しているのは「安定した(収入のある)仕事に就いていること」という1点に尽きる。

救われるのは持参金について少なくとも広告には何も書かれていないことだ。2年以上前になるが、仕事でスリランカに行ったことがある。日曜日の新聞はこの手の広告でちょっとした雑誌以上の厚みになっていた。スリランカはシンハラ人を中心とした仏教徒が多い国である。もともとヒンドゥ教徒の間から始まったと言われる持参金だが、彼の地では仏教徒を含めてものすごいことになっていたのに驚いた。土地、家付きは普通、ある親は娘と結婚してくれたら車も買うし、金も○○グラム(キロ単位だったかもしれない)持たせますと書いていた。そんなにまでして娘を結婚させたいのか、結婚させなくてはいけないのか、そんなに嫁※をもらうことは嫌なこと(もしくは負担)なのかと思って、同じ女性としてため息がでた。

誤解のないようにお願いしたいが、ネパールでもスリランカでも、バングラデシュでも、幸せな結婚生活を送っている人たちが多くいることを知っている。親が決めた結婚がいけないとも思っていないし、育った環境によって生活習慣が大きく異なるこれらの社会では、むしろ家柄や家族をあらかじめ知って結婚することが理にかなっている部分も大きいと思う。ただ、こういう制度が、女は美しく優しく、男は強く、というステレオタイプを再生してかつ補強していることはやはりいただけない。こんな事を感じるのは、私が微妙な年齢をとっくに超えてしまったからなのだろうか。

※使いたくない表現だが、実情を反映させるために使用した。お許しいただきたい。



投稿者: 藤崎 日 時: 21:10 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年10月12日

 ダサイン後

ダサインの間、すっかりブログの更新が滞ってしまいました。年にほぼ唯一の長期休暇だったので異国に行って羽を伸ばして帰ってきた(はずな)のに、10日のブランクを感じささせるのはネパール語が不自由になったくらいのもので今週からはどっぷりと日常に浸かって仕事の毎日。

不在中に事務所に届いた新聞を読んでいたら、カトマンズでは今年はヤギが例年のような高値にならなかったという記事を見つけた。マオイストの脅威を恐れ村を離れていた人々が、停戦および和平交渉が続き一応の平和がとりあえず戻ったと考えた人々がダサインを祝うために続々と村に帰っていったため、カトマンズでのヤギ需要が盛り上がらず、従って値段もそこそこに留まったというのだ。去年はネパールに居なかったし、ましてやヤギ一頭を買おうと思ったこともない私には実感するよしもないが、この記事が本当だとしたら興味深いことだ。

一方、休暇を故郷の村で過ごしたスタッフの話は、それほど楽観できるものでもなかった。確かにマオイストや治安部隊からのハラスメントには出くわさなかったものの、村の秩序が乱れ恐い思いをしたというのだ。酒に酔った若者たちが村の家々を訪れ「肉を食わせろ」だの「酒を出せ」と要求をして回わり、抵抗する人には暴力を振るうなどやりたい放題だったのだそうだ。

マオイストが政治の表舞台に出てきてから政治的には一定の方向に動きつつあるようにも見えるが、水面下では様々な勢力が影響力を広げようと動いている様子が感じられる。具体的な例は挙げられないが、社会が荒れていると感じることが多いのも事実だ。ネパールという国が最悪の事態を避けるだけの賢明さを持っていることを願わずにはいられない。




投稿者: 藤崎 日 時: 20:44 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)
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