シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログネパールに2006年2月より赴任。よろしくお願いします。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
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2006年08月29日

 見事?な連携プレー

今日、東京事務局の杉山職員がバングラデシュからカトマンズに到着の予定だった。飛行機到着は12時とのことだったが、念のためビマン・バングラデシュ(航空会社)のオフィスへ確認したところ、1時間程度遅れる見込みだという。

出発の時間を少し遅らせ、昼食をとってから空港へ向かった。私が到着したのは飛行機が着くはずの1時10分を少し過ぎていた。出迎えの人たちが待つ場所で、空港のモニター画面を見るとビマンはまだ到着していない。そこで持参した資料を読んで待つことにした。

1時間経過。バンコクやデリーからの乗客が次々出てくるのに、どうも様子がおかしい。モニター表示も1時10分のままなので、ビマン・バングラデシュのオフィスへ電話をすると「こちらには情報がないので、空港の担当者に連絡してくれ」と携帯電話の番号を教えてくれた。改めて空港職員に電話をすると「悪天候のため飛行機はダッカに引き返しました」と言われた。なぜ? どうして来ないの? 確かに2時過ぎからものすごい雨が降っていたが、他の航空会社は到着しているじゃないか。

それより今日飛行機がカトマンズに来なかったら、杉山さんはダッカ空港に取り残されてしまうで。あの混沌とした空港に1人捨て置かれたら心細くて大変だ。そこで、ダッカ事務所の藤岡事務所長に国際電話をした。

これこれしかじか、と状況を伝え、万が一の場合はダッカ空港へ迎えの車を送れるようにという話をして、私は事務所に戻ることにした。事務所に戻り、インターネットを立ち上げると、すぐに藤岡さんより連絡が入った。ビマンの飛行機はダッカ空港へ到着し、天候の回復を待っているところだという。カトマンズの空を見上げると、さっきより青空が広がっているので、もしかしたらもう一度こちらに向かってこれるかもしれないという予感がした。

1時間半ほどの間、「飛んだ?」「まだ」という会話を続けていると、飛行機が再びカトマンズに向けて出発したというニュースが藤岡さんから入ってきた。念のため、カトマンズのビマン職員に電話をすると「あと15分くらいで到着しますよ」とのこと。空港まではタクシーで約30分、今事務所を出ればいいタイミングで着けるので、そのまま空港へ向かった。

待つこと15分・・・、出てきたー!

飛んでしまえば1時間ちょっとの距離なのに、杉山さんは10時間くらいかかってカトマンズに到着した。当の本人は「どこかに一度着陸して待たされたんですけどね、あ、ダッカに戻ってたんですか」と、いたってのんびり。歩いてきたほうが早かったかもね(ウソ)、なんて思いながらタクシーに乗り込んだ。

しかし、今日は、本当に携帯電話やインターネットの便利さがありがたかった。これらがなければ、空港で待つこと6時間、なんてなりかねなかったもんなあ。 いやいや、そんなことありえないか。




投稿者: 藤崎 日 時: 21:24 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月28日

 南アジア競技大会

8月11日から始まった南アジア競技会が今日終了した。文字通り南アジアの各国が集まり、球技、武道(テコンドー、空手など)陸上などを競い合う大会で、今年はスリランカで実施された。

治安上の不安を抱えつつも、無事に終了し閉会式の様子をネパールのニュースでも流していた。新聞のスポーツ欄でも大きく取り上げられ、ネパール選手が今大会初の金メダルを取ったときは一面トップを飾るほどの盛り上がりぶりだった。

表彰式では優勝者の国の国家を演奏していた。先日大家さんに招かれて夕食をとりながら競技会の生中継を見ていた時、ちょうどテレビではバングラデシュの選手が表彰され、「アマール ショナル バングラ、アミ トマエ バロバシ…」と馴染みのある国歌の演奏が始まった。が、いつまでたっても終わらないうえに、微妙なアレンジがされていて、メロディーを追うことも出来ない。他の南アジアの国の国歌と比較したわけではないが、きっと一二を争う長さだったろう。

ところで、ネパールでは4月の民主化運動の後、国名から「Kingdom」(王国)が削られる事が決まり、省庁の表示や町に掲げてある標語などありとあらゆるものが書き換えられていた。国歌の変更も議論され、新しい国歌を募集したところかなりの数の応募があったと新聞で読んだ。しかし新しい国歌が決まったというニュースは聞いていない。

はて、どうなったのだろう?と思っていたら、メヌカ(大家)さんが、今回の競技会のために国歌「もどき」を作り選手団をスリランカに送ったのだと教えてくれた。そんなものか、という思う一方で国を代表して争う選手にとっては、国歌を演奏するという行為には特別な想いがあるのだろうとも感じた。

今、世界中で紛争が頻発している。国と国だけでなく、国内の紛争でも多くの無辜の命が失われている。偏狭な愛国心ではなく、もっと大きな「愛」が世界中に広がって、一日も早く平和が訪れ、皆が誇りをもって国歌を聞くことのできる社会が来る事を祈りたい。




投稿者: 藤崎 日 時: 21:33 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月26日

 雨ニモマケズ

夜半からかなり雨が降っていた。今年は8月に入って雨が少なく、カトマンズでは例年の降雨量の3分の1程度しかいという記事が少し前の新聞に載っていたが、ここ数日まとまった雨が降ったので農家の人は多少は息がつけただろうか。

そんな雨にもかかわらず今日は朝早くから多くの女性が寺院に詣で、祈りをささげたようだ。ネパールのテレビでもその様子を生中継していた。夕方から外出した時も、赤い衣装に身をつつんだ女性たちをたくさん見かけた。きっと楽しい時間を過ごしたのだろう。そんな今日のTeejの様子をごらんになりたい方はこちらをどうぞ。

Teejはヒンドゥ教の神シヴァ(三最高神の1人で破壊をつかさどる)の妻パルバティが、シヴァの心を射止めるために断食と瞑想を続けたという故事から来ているらしい。ちなみに頭が象の姿をしているガネシャはシヴァとパルバティの子どもだそうだ。




投稿者: 藤崎 日 時: 23:03 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月25日

 明日は女性のお祭りTeej

大家のメヌカさんに誘われて夕食をごちそうになった。明日はTeej(ティージ)という、女性のお祭りで、その前の日に親戚や知人が集まって食事をすることが多いのだという。メヌカさんは夫、息子2人の4人家族だが、夫はアメリカで仕事をしているので普段は息子2人と姪1人の4人で暮らしている。

P1010043.jpg今日は家族に加え、姪と甥2人も加わり賑やかだった。夕食はいつもの主食ご飯ではなく、米の粉で作ったほんのり甘いドーナッツのような揚げ物、小麦で作った揚げパンだった。それに鶏肉のカレー、ジャガイモのカレー、豆やキュウリなどの和え物と、最初の一皿だけでもボリューム満点。それに加えて米と牛乳でつくったお粥とヤギ肉のカレーまで出してくれたので、えらい満腹になってしまった。

Teejはもともとバウン(ブラミン)チェットリの間で行われ、ヒンドゥー教の女性たちは一日断食をして夫の健康や長寿を願う。未婚の女性も良い配偶者と出会えるようにと、やはり祈るのだそうだ。シアワセの象徴である赤いサリーを身につけ、寺院に詣で、歌い踊り明かすという。主要な寺院は祈りをささげるための女性の姿が引きもきらない、しかも明日はテレビでその様子を中継するのだ。

私はと言えば、健康や長寿を祈る相手もいないし、良い配偶者にも興味がないので明日は一日ゆっくりと自宅で過ごすつもりにしている。そんなことを言ったら、うちのスタッフは目を丸くして驚いていたが、まあ、世の中にはいろいろな価値観があるということで。



投稿者: 藤崎 日 時: 23:15 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月21日

 なんとか落ち着いたものの

昨日の夜、政府が石油製品の値上げを撤回するという発表をした。よって、一連の抗議行動はとりあえず収束したが、一夜明けた今日、町のガソリンスタンドは夕方になっても長蛇の列が続いていた。

大騒ぎをしていたのに翌日には普通の生活が戻っているというのも不思議なもので、私には良く理解ができない。とりあえず互いに言いたいことを言い合って、どこかで折り合いを見つけるというのはネパール特有のやり方なのかもしれない。今回は政府が折れたが、根本的な問題が解決したわけではない。

次の展開はというと、値上げ検討委員会を設置するのだそうだ。4月の民主化運動以降、数多くの特別委員会がつくられている。汚職不正追求、軍の不法行為追及、憲法改正までの暫定憲法設定委員会などなど。進捗についてはあまり報道されていない。これをどこからか横槍が入って仕事が進んでいないのかもしれないという憶測をすること事態、ネパールの今を象徴している。しかし石油製品値上げ検討委員会は、モノがモノだけに再び「火」がつく恐れがあるので、このまま茶を濁すわけにもいかないだろう。でも、もうタイヤを焼くのはやめてよね。




投稿者: 藤崎 日 時: 22:33 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月20日

 騒ぎは今日も続く

市販のパンがあまりおいしくないこともあり、こちらに来てから時々ホットケーキを焼くことがある。ミューズリーを混ぜて作ると、体に良さそうな感じがするので、今朝もそのバージョンでいくことにした。卵を溶いていたら、あ…小麦粉がなかった。他の準備は出来ているのでこのまま引き下がるのは癪にさわる。

実は今朝、パートナー団体JAFONの代表レワットから電話があって、ガソリン値上がりの抗議運動が昨日より激しくなっているらしいので出来るだけ外出はしない方がいいと言われていた。近くまでだし、新聞買いがてら外の様子を見てこようとポケットに小銭を入れて、カメラを持ってでかけてみた。

燃えるタイヤ.jpg家のそばの商店はほぼいつもどうり営業している様子だが、20m位先には燻っているタイヤが3つあった。このあたりもデモ隊が通りすぎたのだろうか。しかし道理で、朝起きたら家のなかが煙臭かったわけだ。<写真はジャワラケルの先で燃え盛っていたタイヤ>

いつもは車通りの多い道は歩行者天国状態だった。時折バイクもみかけるが、ごくわずか。少し先のジャワラケルのロータリーでは警察が道路を封鎖していた。そこから東のラガンケル方面を望むと、100mほど先では黒々とした煙をあげている。人が集まっている姿は見えず、ハンカチなどで口や鼻を押さえながらタイヤの間を歩いてくる人もいたので、特に危険はなさそうだがそれ以上近づくのはやめておいた。この近辺の商店はシャッターを閉めている店がほとんど、危険を感じたらすぐに店を閉められるように、下のほうだけシャッターを開けている店もあった。

半分シャッターを閉めた商店の様子.jpg 再び家のほうに戻ってくると、大八車に大きなかばんを沢山乗せている白人女性を見かけた。これから空港へ行くのだという。無事に到着して飛行機に乗れるといいのだが。

その後、事務所スタッフと電話で話をした。彼曰く、政府の対応次第ではますます激しくなる可能性もあるだろうとのこと。とりあえず今日は一日自宅でおとなしくしているしかなさそうだ。ホットケーキも無事焼けたし、さっき買った新ショウガを使って甘酢漬けでも作ってみようか。




投稿者: 藤崎 日 時: 12:03 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月19日

 この国が目指す先にあるものは

さっき、友人から電話があった。夕食を一緒にしようと約束していたので、それに関することかなと思ったら、外が大変なことになっているというお知らせだった。実は昨日、ネパール政府が発表したガソリンなどの一斉値上げに対する抗議デモが、カトマンズのあちこちに出ているのだという。空港に友人を迎えにいこうとしたある人は、タクシーがつかまらず結局バイクで空港へむかったと、友人は言っていた。

インターネットのサイトNepalnews.comで調べてみると、確かに全国規模で騒ぎが広がっている様子が報道されていた。ガソリンがから67.Rsから84.25Rsへ、ディーゼルが52Rsから59.08Rs 灯油は46Rsから52.41Rs、確かにかなりの値上がり率だ。しかも、アナウンスのあったその日の夜から適用するというのは、ちょっと無理がある。

ネパールでは乗用車を持っている家庭は限られている。ある程度の収入がある人は、バイク(二輪車)を乗用車の感覚で使っている様子で、2人乗り、3人乗りはごくごく普通に見受けられる。時には先頭にお父さん、子ども、お母さん、また子ども、とサンドイッチ状4人乗りを目撃することも結構ある。ガソリンがいきなり25%も値上がりしたら、家計を圧迫することは必至だ。けれどもそれよりも深刻なのは灯油の値上がりではないかと思う。なぜなら、貧しい家庭では料理をする時に灯油を使っているからだ。この調理台、写真を撮っていないので説明が難しいが、キャンプなどに使うコンロを想像してもらうと判りやすいかもしれない。

一昨日は9月1日からの計画停電が発表された。エネルギー資源をほとんど持たず、外からの供給に頼らざるを得ないネパールにとって、石油価格の高騰は国の命運をも左右する可能性もある。かといって、デモや投石、タイヤに火をつけるなどの暴力的な手段で解決する問題とは思えないのだが、今のネパールではこういう形でしか市民の声が表現できないということなのだろうか。

4月の民主化運動以来、ネパールではいかに民主主義を政治や国の制度に浸透させるかという議論が続けられている。ただその議論も「憲法改正のための議会選挙実施」とか「共和制実現」など上滑りなものばかりで、貧困や様々な不平等など今のネパールが抱える状況を理解したうえで、どのような国めざすのかというヴィジョンはおろか、実質的な議論は全くなされていないと言っていい。そんな時に抗議デモのニュースを聞いても虚しさが募るだけだ。




投稿者: 藤崎 日 時: 14:56 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月18日

 どうにかしてー

ただいま10時24分である。

仕事を終え8時近くに自宅に戻ってくると大変なことになっていた。かつて「隣のギター小僧」で書いた家で大パーティーの真っ最中。大音量でヒンディー語の曲をかけ、ホー!とかヒョ-!とか叫んだり、指笛で応えながらパーティーの参加者が踊り来るっているらしい。

ネパールの人は夜が早いという通説はウソだったのか?!と思うほど、10時をすぎても皆ノリノリの様子。日頃はとても大人しい感じのネパール人、だからこそこんな場面では日頃の鬱憤を晴らそうと豹変してしまうのかもしれない。

それにしても何のパーティーなのだろう。結婚式のシーズンじゃないし、今年は雨期の降雨量が少なくて、早くも9月から計画停電が始まるという発表があったばかり。もしかしたら雨乞いのイベントなのかもしれない。そうでも思わない限り許せないほどの大音量。12時までには終了することを祈るばかりだ。

ご報告(2006年8月19日)

途中からギター弾き語りに代わったものの、マイクを使いダンスミュージック並みの音量で、昨日12時過ぎまで続きました。もう二度とやらないで欲しいっ。



投稿者: 藤崎 日 時: 22:19 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月16日

 ああ言えばこう言わなくちゃ

9月に入ってから来客の予定が2組ある。大学時代からの友人、そしてバングラデシュの友人夫婦が上旬から中旬にかけて私の家に滞在する予定なのだが、困った。というのは、3月にこの場所に引っ越してきたものの、自分のベッドルーム以外、家具がまだほとんど入っていないからだ。あと2週間しかない。どうしよう。

最初にやらなければ最後まで手付かずのままという自分の性格が判っているのに、「まだ必要ない」「雨が降りそうだから」「今日は休み優先」と延び延びにしていたツケが今になって急に回ってきたというだけなのだが、実に懲りない性分の私。

そこで今日はお手伝いの女性ジョティに来てもらい、まず物置状態になっているゲストルームを片付けることにした。来客があることを知っていた彼女、実にてきぱきと仕事を進めていく。ヒンドゥの神様クリシュナの誕生日で事務所が休みだった私、手持ち無沙汰だったので荷物を動かした場所を掃除機をかけようとするが、「私がやりますから」と取り上げられてしまった。ますます手持ち無沙汰になって、家に持ち帰った書類を読み始めてみたがどうも集中できない。そりゃあそうだ、他人が仕事をしているのに自分だけリラックスするなんて標準的(?)な日本人のワタクシにできるわけがない。どうしよう?

実はこれまでも部屋のサイズを確認し、だいたいこれくらいとサイズを紙にまで書いてみたことだってあったのだが、一人だとあれこれ理由(上記参照)を見つけては、先延ばしにしてきた。そうだそうだ、そうなのだ、こんな私でも連れがいればさすがに行かないわけにはいかないだろうと思い、ジョティに買い物に付いてきて欲しいとお願いした。そしてジョティは快諾してくれた。

木の家具は気に入ったものを作るとなると時間がかかる、しかも重くて一人では運べない(模様替えができない)ということを既に学んでいたので、今回は籐の家具を選ぶことにした。幸い、事務所に近いクプンドールの周辺には籐家具屋が集中しており、乗り合いバスを使っても自宅から20分で行ける。いくつかの店を回ってサイズや値段を聞いてみた。

そのときのジョティが圧巻だった。「これいくら?もっと安くならない?」「あっちの店ではもっと安かったわよ」から始まり、値段が下がらないと見ると「この人(私のこと)まだ家具必要だから今回安くしておいたらまた来て買うわよ」と畳み掛ける。店員が「安くなれば品質も当然落ちるけど」と言うと、「友だちにも宣伝してくれるし、客が増えるんだから安くしてあげてよ」と応酬する。結局30分くらいやり取りしていた。結局、セミダブルベッドと簡易クローゼット2点で2550ルピーということで決着した。もちろん最後は私が「それでよし」と一声上げたが、それ以外私の出る幕はなかった。値段交渉をすること自体は決して嫌いではないのだが、今日のジョティを見ていたらこれまでの私のやり方は生ぬるかったということが良く判った。

明日天気がよければ家具が搬入される。次は布団一式と布団カバーを作らなければいけないが、もう任せる人は決まっている。それは君だ、ジョティ!




投稿者: 藤崎 日 時: 19:35 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月13日

 握手するべきか否か

ネパールの挨拶は、胸の前で両手を合わせて「ナマステ」もしくは「ノモシュカール」と言うのが一般的である。

ちょっと外国人慣れしている相手から握手を求められることがあるが、私は大抵にっこり笑って「ナマステ」と応えるだけにしている。バングラデシュで、女性は握手したくなければにっこり笑うだけでヨロシくて、決して失礼にならないと学んだからだ。イスラム教徒が多いかの国では、異性が肌を触れ合うことはめったにないということもあるのだろう。しかし同じ南アジアのネパールも基本的には同じ路線なのではないかと思うのだが、初対面で「にっこり」をお返ししてもなお執拗に握手を求めてくる人(例外なく男性)に、困ってしまう場面が少なからずある。

相手が親しい人だったり、思わず握手を求めたくなるような状況(すばらしいスピーチを聞いた後など)であれば自然に手を差し出していることもあるし、なにも全く握手を拒否しているわけではない。

身構えすぎと言われればその通りかもしれないが、おそらくネパール人女性に対してはやっていないだろうことを、外国人に求めているのがどうしても腑に落ちないわけだ。これってジェンダーロールにとらわれているってこと?それともただの嫌なヤツ?




投稿者: 藤崎 日 時: 20:35 | | コメ ント (3) | トラッ クバック (0)

2006年08月12日

 暑さ寒さもパンチャミまで

ネパール暦と西暦が掲載された暦.jpg 暦(カレンダー)は生活や仕事には欠かせないものだ。

8月○日はパートナー団体との打ち合わせ、△日はNGOネットワークの会議、×日は祝日で事務所が休み、などなど。しかしネパールではその暦が1つならず、2つ、3つ以上存在しているので、混乱することが多々ある。ここでは、私たちにとってなじみの深いグレゴリオ暦(いわゆる西暦)ではなく、人々はネパール暦を基本に生活をしている。ネパール暦は太陰太陽暦といって、月の満ち欠け周期に季節循環を複合させたものなのだそうだ。ちなみに今日、西暦2006年8月12日はネパール暦では2063年サウン(4月)27日に当る。

月の満ち欠け周期は29.5日、1ヶ月を29日(小の月)ち30日(大の月)として作られたのがイスラム暦に代表される「太陰暦」である。ただ、この太陰暦、一年が354日しかないため、季節の巡りとは一致せず毎年約11日ずつずれてしまう。だから「暑い時期にラマダン(断食月)が当ると大変なんだよねえ」なんて事を、ダッカのスタッフが言っていたわけだ。ちなみに私がダッカに駐在していた時は、ラマダンが比較的涼しい11月頃に当っていた。日中の気温が35度以上になる4月や5月だったら、日の出から日の入りまで水すら口にできない生活は確かに大変だろうと思う。

右下の小さな数字が西暦を現す.jpg 一方、「ネパール暦」では、4月の中旬から一年が始まる。月によって28日だったり32日だったりして(しかも毎年変わるらしい)やっかいだが、微妙な(?)調整の結果、季節の巡りと暦が連動するものになっている。年度初めに事務所休日を決める際、まず西暦とネパール暦を比較できる一覧を作り、その上に祝日をのせて決めるという至極面倒な作業をしなくてはいけなかった。そのときは単に面倒としか思わなかったものの、ネパールでの生活をしていく中で、少しずつそのリズムのようなものを理にかなったものとして体感し始めている。

ナガ(蛇の神様).jpg 少し前のことだが、7月30日にナガ・パンチャミというお祭りがあった。蛇の神様を祀る日で、雨をコントロールし、邪悪なものを追い払う力を持っていると信じられているらしい。ナガは蛇、パンチャミは満月もしくは新月から数えて5日目の月を指すのだそうだ。

先日スタッフに「最近ずいぶん朝晩涼しくなってきたね」と話しかけると、ナガ・パンチャミから暦の上では秋になり、実際気候の変わり目にも当るのだと教えてくれた。つまりこれから秋、そして冬を迎え、再び2月のパンチャミ(スリ・パンチャミ)頃から春の兆しが現れて暖かくなっていくのだという。

最近ネパールは、ヒンドゥを国教としない世俗国家宣言がなされたばかりだ。それに続いて、ヒンドゥ色の濃い祝日の見直しを求める声も聞こえてきている。ネパールの人たちが決めることであって、私はその是非を論ずる気はないが、長い時間の中から生まれてきたネパール固有の暦として残ってくれたらいいなと個人的には思っている。

「○月×ガテ(ネパール暦の「日」を表す言葉)に会議をするのでお越しください」と言われると、対照表を引っ張り出して確認しなくちゃいけないのは、実際面倒だけど。




投稿者: 藤崎 日 時: 14:52 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月07日

 週末のお楽しみ

金曜日に3日間の出張から戻ってきた。盛りだくさんのスケジュールだったので疲れ果てて、メールチェックもそこそこに寝てしまった。

ら、土曜の朝からインターネットがつながらない。最初はラインはつながっていたが、メールを受信しようと思っても、普段の100倍くらい時間がかかる。コーヒーをのみながら様子を見ていたが、とうとう途中で接続すら切れてしまった。最悪だったのは、先週の月曜あたりから自宅電話がつながらなくなってしまっていたこと。

インターネットプロバイダとの契約では、ケーブルからの接続ができない場合でも、ダイヤルアップ(電話を通じて)で同じ時間帯の利用が可能となっている。もちろん電話代はかかる。しかし、これがダメでもあれがある、という選択肢があることが肝心なのに、それがきかないとなってはお手上げだった。

そこで、週末のもう一つの楽しみである映画(DVD)を見ることにした。バングラデシュ駐在時代には見向きもしなかったのに、帰国してからヒンディ映画の面白さにはまってしまった私にとって、ネパールは天国のような場所。仕事の帰りにDVD屋をのぞいては、おもしろそうな映画を買っては週末に見ている。

安物DVDだと英語字幕が入っていないことが多々あるが、そんなことはあまり気にならない。ラブロマンス、コメディ、社会派、歴史ものなどなどジャンルが多種多様なので従って楽しみ方もいろいろある。例えば衣装。都会の若者を主役にしたものであれば、洗礼されたファッションが目の保養になるし、村を舞台にしたものはバングラデシュの生活を思い出して楽しめる。

コルカタを舞台にしたギャング映画Companyでは、女性たちがベンガル地方特有の木綿のサリーを着ていたのには感心した。これで、時代考証ならぬ地域考証の確かさが判るというもの。大好きなMain Madhuri Dixit Banna Chahti Hoonは、既に10回以上は見ただろうか。

Iqbal.JPG 最近のお気に入りはクリケットをテーマにしたIqbal。インドやバングラデシュの国民的スポーツといっても差し支えないクリケットが大好きな聾唖の少年が、様々な困難を乗り越えて最後はナショナルチームメンバーに選ばれるというストーリーで、見ているだけでハッピーになれる映画だ。

1850年代のベンガル地方を舞台にしたMangal Pandeyは、「セポイの反乱」を題材としている。私も世界史でも習った記憶があるが、同じ事件が現代インドでは第一次独立戦争として捉えられており、その口火を切ったマンゴル・パンデイが英雄として描かれていた。誰から見た出来事として描かれるかで、これだけ視点が異なるものかということを実感させてくれた映画だった。

ネパール語が習得できたら、次に目指すはヒンディ語!と心に誓う次第である。




投稿者: 藤崎 日 時: 22:21 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年08月01日

 国境で私も考えた

道路封鎖による車の列.jpg先日、西部タライ(平野部)に行ったときの話。

2日目、移動に使おうとしてた道路(ハイウェイ)で事故があり、道路は村人によって封鎖されバスやジープなどが20台以上が立ち往生していた。実は1週間ほど前にも、同じハイウェイ沿いでバイクが子どもを轢いて死なせるという事故があったそうだ。警察はそのひき逃げ犯を捕まえたものの、裏取引かなにかの結果逃がしてしまったのだという。そういう伏線があったため、今回の道路封鎖は簡単に収まりそうもなかった。

なにしろ、天下のUNICEFの車でさえ通してもらえなかったということで、単なる外国人でしかない私たちに対する特別措置も期待できそうにもない。車の中にいても暑いので、他の車の乗客たちと事態の進展を道端で待っていた。

そこに中年の女性が一人近づいてきた。その彼女が口にしたのはヒンディ語。「暑いね」くらいなら理解できるが、それ以上は難しい。すると、私たちと同行していたジープのオーナー、ペラペラとヒンディ語で返事をしている。当分開く見通しはないよ、とでも言ったのかもしれない。長期戦になると考えてか彼女は私たちから離れ、屋根のあるバス停みたいなところに移動していった。 (以下、マウスのポインタを写真にのせてください、写真の名前が出てきます)

これがネパールインドの国境だ!.jpg 国境を越える牛たち.jpg 3日目、マヘンドラナガルという町から乗合いタクシーで国境に行き「ちょっとそこまで買い物に」という感じの家族連れや、家路を急ぐ牛たちに混じって国境を越えてみた。

4日目、ネパールガンジという町のホテルでも、当然のようにヒンディ語で話しかけているインド人客とそれに当然のように応えるホテルスタッフを見かけ、自分がインドにいるような錯覚に陥った。

ネパールとインドの間はオープンボーダー、人や物の往来は基本的に自由(パスポート不要、ビザももちろん必要なし)だから国境でのチェックは当然なし。一見とても便利で合理的に見えるものの、一方で国力の差によって引き起こされている問題が多くあるような気がする。オープンボーダーであることだけが理由にはならないと思うが、人身売買はその代表的な例ではないかと思う。

  こっちはインド.jpg あっちはネパール.jpg

今回訪れたマヘンドラナガルの国境には、マイティ・ネパールというNGOのオフィスがあった。人身売買に関する様々な活動を行っている団体で、身売りされそうになっている女性や子どもを国境で発見して保護したり、時にはインド・ムンバイ(ボンベイ)の売春街で働かされている女性や少女を救出する活動も行っている。つい先日、マイティ・ネパールのスタッフとある会議で同席したが、全国で700名のスタッフが働いている言っていた。つまりは、それだけスタッフが必要なほど問題が深刻なのだということを改めて実感した次第である。人身売買についてはいずれブログで書いてみたいと思う。



投稿者: 藤崎 日 時: 21:29 | | コメ ント (1) | トラッ クバック (0)
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