シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログネパールに2006年2月より赴任。よろしくお願いします。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
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2006年06月 | メイン | 2006年08月

2006年07月29日

 焼きとうもろこし

今日の夕方、下階に住む大家さんが「バヒニ(年下の女性に呼びかける時に使う言葉、妹という意味もある)!」と玄関から声をかけてくれた。屋上でとうもろこしを焼いているので一緒に食べようというお誘いだったので、すぐに私も上がった。

とうもろこしは今が旬。大家さんが慈しんで育てた庭のとうもろこしが見事に実っている。それを薪で焼いてたべていた。大家さんの息子2人、姪2人、ミリー、そこに私が加わって焼きたての熱々をご馳走になった。

とうもろこしパーティー.jpgとうもろこし.jpg

ネパールのとうもろこしは日本のものとは違って水分が少ない。歯ごたえがあって、噛むめばかむほど甘味がでてきて何もつけなくても十分おいしい。それに大家さんお手製の野菜カレーとキュウリのアチャール(和え物)もあったので、あっという間に2、3本と食べてしまった。道端でもとうもろこしを焼いて売っている(一本6ルピー)が、やはりとりたて、焼きたてのものはおいしい。

ミリーもお相伴.jpgそうこうしているうちに、1階に住むインド人(ナガランド)女性もやってきて、おしゃべりに加わった。「英語はダメなの」と言っていた大家さんも、照れながらも英語を織り交ぜ話をしてくれる。とうもろこしのシーズンが終わったら植えようと思っている野菜のこと、アメリカで働く夫のことなどなど。楽しいひと時だった。

ネパールの人たちの夏の家族団欒の一コマなのだと思う。ネパールの人にとっての焼きとうもろこしは、日本人にとってのスイカ、みたいな感じなのかな。

夕焼け.jpgしめくくりはやっぱり夕焼け。



投稿者: 藤崎 日 時: 19:02 | | コメ ント (1) | トラッ クバック (0)

2006年07月28日

 びっくりしたなぁ、モ~

牛たち1.jpg今朝、外出の用事があったのだが、予定の時間を過ぎそうになっていたので大きな通りでタクシーをつかまえようと走って出た。事務所の前の小道を曲がると、なんとそこには牛が2頭悠然と横たわっていた。

とても急いでいるにも関わらず、せっかくなので写真を撮ってみた。近くに牛追いの人も見当たらないので、きっと自主的に車通りの少ない道を選んで入ってきたのだろう。車通りが少ないとはいえ、曲がり角の直ぐそばに陣取っているので、突然車が入ってきたらひかれる可能性だってあるのに、まったくそんなことは意に介さないという風情。

牛たち2.jpg牛たち3.jpg

私の焦りぶりとは対照的に悠然と道に陣取る牛たち、どう、かなり素敵な風景では?

2時間ほど後、事務所に戻ってくる途中大きな通りでこの親子を再び見かけた。そして、その後事務所近くの裏道には、彼らの残し物が・・・。(写真は撮っていないので、自由にご想像ください)




投稿者: 藤崎 日 時: 22:59 | | コメ ント (4) | トラッ クバック (0)

2006年07月27日

 業界用語の謎

こちらで仕事をしていると東京事務所との連絡などを除いて、ネパール語と英語が中心になってくる。同じような仕事をしている人たちと話をしていれば自ずとテーマが限られてくるので、不自由なりになんとか会話が成立しているような気になってくる。

しかし、そういう状況の中でも相手の言わんとしている真意が分からず「うっ」と詰まることが結構頻繁にある。いわゆる業界用語を使われた時だ。エンパワメント(empowerment)、パーティシペーション(participation)、キャパビル(キャパシティ・ビルディングcapacity building)などはその代表的な例である。

エンパワメントは難しいので飛ばすとして(すみません)、パーティシペーションは「参加」、キャパシティ・ビルディング「能力向上」「能力開発」などと訳すことができるかと思うが、意味が広すぎて「誰」が「どうなること」を指しているのか良く突き詰めて考えると全く判らない。なのに、何かすばらしいことを語っている気分にさせてくれる便利で不思議な言葉たちに翻弄される毎日だ。

勉強不足を暴露するようで恥ずかしいのだが、ある経験をお話したい。

バングラデシュの駐在を終えてシャプラニールの東京事務所で勤務をしていた時のこと、ODA系某団体が主催するキャパシティ・ビルディングに関する3日間のワークショップに出席をした。アジア、アフリカ、ラテンアメリカからの出席者も多く、事例報告も全体の進行も英語で行われていたのだが、何が話し合われているのか全く理解できないまま初日が終わった。

勉強不足のせいか、はたまた英語の理解能力の不足のためなのか・・・理由も分からなくて、正直かなりへこんでしまった。さて、翌日。同じ会場へ足を運んだが、やはり理解できない。

2日目か、最終日だったか忘れてしまったが、いくつかのグループに別れてワークショップをすることになった。NGO関係者が多く集まったその分科会では、まるでソロモンの指輪(動物や植物の会話が理解できるようになる指輪)を手にしたかというくらい、全ての話が頭の中に入ってきた。

会議本体では、バングラデシュやネパールといった支援を受けている政府や関係機関の「キャパシティビルディング」、つまり日本などの支援国に対して透明性を確保し、かつ効率良く活動を進めるように能力向上させることがいかに大切か、ということがずっと議論されていたのだった。

それなのに私はずっと、バングラデシュの農村に住む女性や路上生活している子どもたちのエンパワメントについて考えながら、会議に出席していた。私にとってキャパシティ・ビルディングとは、どうやったら人間一人ひとりが人生について自己決定をできる(エンパワメント)ようになるために、必要な知識や発言力、経済力(キャパシティ)を得る(ビルディング)ことができるのだろうと考えていたのだから、話がかみ合わないのは当然のことだった。

英語、日本語、ネパール語といった問題ではなく、語っている相手の立場や背景、方法論、そして言葉の後ろにある意味を理解できていない自分を大いに反省した。

さてその大いなる反省の甲斐もなく、ネパールで再び私は????の嵐に巻き込まれている。

ライツ・ベースド・アプローチ(rights-based approach)・マンデイト(manndate)・モダリティ(modality)

皆さんも是非、これらの言葉をインターネットなどで検索してみて欲しい。言葉の指し示す意味の広さにきっと驚かれることだろう。

どれだけ時間がかかるか分らないが、どこかでまた目を覚ますような経験をしないといけないらしい。そうすれば、きっと血の通った言葉として自分なりの理解ができる日がくるだろう。




投稿者: 藤崎 日 時: 00:19 | | コメ ント (8) | トラッ クバック (0)

2006年07月24日

 西タライ(平野部)出張

ダキア(草編みかご).jpg7月21日から今日までネパール西部のタライ(平野地帯)に行ってきた。途中ハプニングにも見舞われながら、カトマンズから空路1時間、そしてジープで往復600Kmを4日間で疾走するというかなりダイナミックな出張となった。

ネパールは大きくカトマンズやポカラのある丘陵地帯(標高1,000~3,000m)ヒマラヤの山々も含んだ山岳地帯(3,000~8,000m)そして、インドとの国境に広がる平野地帯(0~1,000m)とに分けられる。カトマンズの標高は1,300m、盆地であるがゆえに一日の寒暖の差は大きいものの、夏は比較的涼しく冬もあまり気温が下がらず快適な気候である。一方、タライ地域は海抜が低いため夏の気温が高く、この時期の訪問はカトマンズ在住のネパール人に言わせると「うへー」となるような厳しさらしい。

しかし、今回の出張は、ポカラ訪問とならんで小松職員出張の大きなアジェンダであったので、暑さなどで躊躇してはいられない。前日になって行きのダンガディ行きのフライトがキャンセルになり、急遽ネパールガンジのチケットを取り直し、そのままの勢いで出張してきた。

タライ平原.jpg 定刻通りに飛行機が出発し、(予定していたフライトをキャンセルされたことも忘れ)幸先の良いスタートに満足し、空港に迎えにきてくれていたジープに乗り込んだ。途中に広がる平原の様子や国立公園(野生動物保護区)に目を奪われつつ約300Kmを移動、無事ダンガディに到着した。ホテルに荷物を置いてこの地域で活動するNGOを訪問した。

  1950年以前はジャングルばかりだったこの地域は、マラリアの流行地帯でもあったため先住民であるタルーと呼ばれる人たちが住み、その他の人々はほとんど居なかったという。しかし、その後マラリア蚊の駆除が進み、山岳地帯から多くの人々が入植するようになった。その結果、タルーの人々は土地を奪われただけでなく、(カマイヤと呼ばれる)債務奴隷のような形で代々地主の下で農作業に従事させられるようになってしまった。

2001年ネパール政府による解放宣言によって多くのカマイヤが債務奴隷の状態からは抜け出したものの、これまで長らく耕してきた土地や家から追い出される形となり、むしろこれまでよりも悪い状況での生活を余儀なくされるという皮肉な結果を引き起こしてしまった。解放カマイヤに対して配分される約束になっているはずの土地も、政府側の様々な手続きの遅れのため、全体の5分の1程度しか割り当てられていない。5年が経った今でも、仮住まいの生活が続いている元カマイヤたちが多くいるのだ。

つまり今回の訪問は、シャプラニールが活動をしたカマイヤ再定住キャンプの視察、カマイヤ問題に取り組むNGOとの面会、元カマイヤの人々の現状を知るというの主目的に加え、クラフトリンクで扱っている商品の生産者と会うことも予定されていた。移動距離もさることながら、訪問した団体の数、会った人々の顔ぶれも様々なので、この後何回かに分けて書いてみようと思う。(多分)

馬車・マヘンドラナガルにて.jpg こんなのにも乗ってみました



投稿者: 藤崎 日 時: 20:44 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2006年07月20日

 初ポカラ

ネパールの事をよく知らない人でもポカラという名前は聞いたことがあるにちがいない、そんなネパールを代表する観光地ポカラに行ってきた。

今週の月曜日から出張でネパールに来ている小松前カトマンズ事務所長(現クラフトリンク担当)と一緒だったので、すべて仕事のため。というか、今朝9時のフライトでカトマンズを出発したのに、午後3時にはまたカトマンズに居るという強行軍だったので、観光などは当然なし。

フライト時間は30分強、自宅を出発してから目的地到着までわずか2時間、バングラデシュでダッカからポイラ村へ出張するより近いじゃん、日本でいえば自宅から事務所までの通勤時間にちょっと毛が生えた感じ。座席が確保されているという意味では、通勤よりもかなりラクだったかもしれない。

WSDPP山並み.jpg飛行機の座席はすべて窓際、一番後ろだけがバスのように3人掛けになっていたのがおもしろかった。若干雲がかかっていたものの、飛行機から見た山並みはなかなかの眺め。気分だけでも観光客っぽくと、飛行機から何枚か写真を撮ってみた。

ポカラに到着したらすぐにWSDPP(The  Women Skill Development Project Pokhara)の事務所へと向かった。代表のラムカリさんやJOCV隊員の赤座さんなどに新しい商品を見せてもらったり、こちらの注文について確認をしたり。その後、生産者インタビューをするという小松職員をおいて、私は赤座さんにつれられて施設を見学をした。

WSDPPはもともとネパール政府が行っている女性向けプロジェクトだったのが独立したもの。この地域に住む女性たちがもともと持っていた織物の技術を使って、現代的な手工芸品を作ろうと常に努力をしている。しっかりとした織り、きれいな配色、機能的なデザインでヨーロッパを中心に人気が高い。次のカタログにはまた新しい商品が掲載される予定なので、是非楽しみにお待ち下さい。

WSDPP染色の様子.jpgWSDPP染めた糸を乾燥させる.jpg WSDPP織りの様子.jpgWSDPP完成品.jpg

ちなみに私、気がついたらWSDPPの商品6つ持っていた。かなりのWSDPP好きかもしれない。




投稿者: 藤崎 日 時: 20:26 | | コメ ント (1) | トラッ クバック (0)

2006年07月19日

 孤独の土地

私がネパール語を勉強していることは先日テレビ君が紹介してくれた通りだが、三年生の教科書というのは結構勉強しがいのあるもので、毎回2~30くらいの新出単語があって苦労する。30歳も後半に差しかかると、脳みそがだんだん言うことを聞かなくなってきて、たった今読んだ単語すら忘れ「あれ、どこかで習いましたっけ?」という情けないこともよくある。

先日のこと。パリジャットという女性文学者を取り上げた章でこんな文章がでてきた。

「パリジャットは花や植物が大好きで、子どもの頃は一人で庭や野原でよく遊んでいました」

ん?一人(エカント)?私の住んでいる場所の名前はエカントクナだけど、もしかして同じ単語?

先生であるアルチャナさんは、「そう、藤崎さんの住んでいるエカントクナはこのエカント(一人)から来ています」と教えてくれた。日本に留学経験のある彼女は日本人以上に美しい日本語を話す。特に敬語はすばらしいといつも感服している。親の代からパタンに住むという彼女曰く、私が住んでいる地域は今でこそ住宅街になっているが、かつてはカトマンズ郊外の誰も住まない淋しい場所だったということと、そしてこの単語がもつ別の意味、王様が一言「エカント!」と発すれば、付き人は即座に退場しなくてはいけない、そういうニュアンスを持っている言葉であることを教えてくれた。

ジャワラケル・昔.jpgエカントは一人もしくは孤独(孤高)、クナはすみっこ、コーナーという意味ということなので、エカントクナを日本語訳すると、孤独の土地とでもなるであろう。住宅の集まる現在の様子からは想像しがたいことである。

先日買ったネパールで発行されている英語の雑誌に、50年前のパタンの様子を収めた写真が載っていたのを思い出した。ミッション系の学校で英語を教えるためにやってきたというアメリカ人が撮影したもので、撮影場所についてキャプションがついているものの、あまりにも様変わりしているため、私にはどこなのか判別すらできなかった。

あと10年もすれば、カトマンズ郊外に広がる牧歌的な風景もなくなってしまうに違いない。日本では、開発や区画整理をしていくなかで古くから伝わる地名がどんどん姿を消しているが、ネパールでは同じことが起きないように祈っている。




投稿者: 藤崎 日 時: 21:24 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年07月16日

 偉大なり自然の力

このところ雨が続いて部屋の中がじめじめしていたのが、昨日と今日続けてお日様が出ていたのでなんとなく嬉しい。ここぞとばかり、家の窓を全開にして空気の入れ替えをした。

曇りが続くと何が悲しいって、シャワーからお湯がでなくなるのが辛い。日本であれば簡単に手に入るお湯も、ネパールでは結構貴重なのである。湯沸かし器を備えている一般家庭は恐らくわずか。電気もしくはガスを使う湯沸し器はぜいたく品、少なくとも我が家にはない。しかし、冬は東京並みに気温が下がるカトマンズ、水風呂なんて寒くてとてもじゃないが入れない。

そんな環境で皆どうしているかというと、屋上にソーラー温水器を備えて太陽に温めてもらった水でシャワーを浴びるわけである。左側の写真は、我が家の屋上にある温水器の様子。しっかりと南を向いて座って、なんとも頼もしい。屋上からあたりを見回してみると、ご覧の通りほとんどすべての家庭に温水器が備え付けられている。このおかげで温かいお湯を使うことができるという仕組み。

自宅屋上のソーラー.jpgご近所ソーラー.jpg

村では温水器はおそらくほとんど存在しないばかりか、自宅に水道が引かれていることもまずないので、人々は日中、共同の水汲み場で体や髪を洗っている。料理には薪かワラ、米の籾殻などを使用していることが多い。先日訪問したカブレでは、牛の糞を使ったバイオガスの設備をいくつかの家でみかけたが、設置のためにはまとまったお金が必要となるため、一般に普及しているとは言いがたい。それよりも、牛糞とワラを混ぜて乾かしたものも日常的に使う方が多い。

そんなことからネパールのエネルギー事情にちょっとだけ興味がわいて、手元にあったネパール政府の統計資料で調べてみた。エネルギー分類からして面白く、大きく分けて「伝統的エネルギー」「商業エネルギー」となっている。伝統的エネルギーには薪6590TOE、農業廃棄物(Agricultural Residue)320、動物の排泄物(Animal Waste)487の3つがある。村で見かけたエネルギーそのものだ。一方、商業エネルギーはというと石炭172、石油関連769、電気139となっており、圧倒的に薪などの伝統的エネルギー源に頼っていることが分かる。ちなみに使われているTOEはTon of Oil Equivalent(石油換算トン)石油1トンに等しいエネルギー量のことを示すそうだ。

一人当たりのエネルギー消費量についても調べたくなって、TOEをKwhやらGJやらに計算し直したりしたが、高校時代物理の成績が2だった私には、まったく歯がたたない。そこで、神頼みならぬインターネット頼みで検索してみることにした。すると、IAEA国際原子力機関にそれらしいページが見つかった。そのデーターによると、2003年度実績で日本が51,478Kwh、(ネパールがなかったので)バングラデシュ1,228Kwh、ついでの比較でアメリカ99,622Kwh。この数字を見てなにか感じるであろうか。

さて、私は明るいうちにシャワーでも浴びてきますか。




投稿者: 藤崎 日 時: 16:11 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年07月15日

 アンパンマン in カトマンズ

昨日、仕事からの帰り道近くのスーパーに寄った。探し物は「虎油」、タイガーバームが油状になったもの。タイガーバームと言えば、筋肉痛に使うというのが王道だけれど、痒み止めにも良く効くので愛用している。他にも眠気覚ましや、風邪を引いたときの喉の痛みや鼻詰まりにも効果的。フィールド出張にもこれ一本でOKという万能薬。

他にも何かないかとスーパーの中をぶらぶらしていると、なんとアンパンマンを発見。

アンパンマン.jpg アンパンマンの特徴を上手につかんでいるではないか。パンを手にして思わず微笑んでしまった。

作っているのは「まほろばパン」、子どもを対象とした音楽活動もやっているそうで先日も「まほろば鼓笛隊」の発表会があった。私は行けなかったが、なかなかの出来だったという話だ。

さて、今朝このアンパンマンをいただくことにした。可愛い顔をしているので食べるのは申し訳ない気もしたが、そういえばアンパンマンは困った人、おなかがすいた人に会うとほっぺを差し出してくれる優しい心の持ち主だったと思い出し、ありがたくご馳走になることにした。中はチョコあんで、懐かしい日本の味がした。

ちなみにアンパンマンのキャラクターの中で私が好きなのはメロンパンナちゃん。愛らしくも強い、私の理想の女性像。可愛らしく「メロメロパ~ンチ♪」と言いながら私もメロンパンナちゃんに近づく努力でもするか。




投稿者: 藤崎 日 時: 12:25 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年07月12日

 君はいったい誰なのだ?

1週間ほど前、虫に腕を刺された。最初は蚊だと思ってたかをくくっていたのだが、時間とともに痒みが増していく上に、刺された場所を含めて7、8Cm四方(もとい15CM四方)が赤く腫れてしまい、これはただ事じゃないと思い始めた。

ダニ?それともノミ?

せめても、と虫除けスプレーでも塗って寝てみたが効果なし。決定的な対策を打てないうちに、足(ひざから下)や腰のあたりなど他の場所も刺されてしまい大変なことになってきた。

私の肌はあまり強くない。日本でもシーズン初めだと、蚊に刺されただけで周辺5Cm四方が腫れあがってしまうこともある。そんな私が、初めてのネパールで、初めて南京虫(推定)に刺されたらどんなにひどいことになろうか想像もできよう。

ひょっとして南京虫?

インターネットで調べるうちに、数々の証拠(って刺された肌だけだけど)から、犯人像が浮かび上がってきた。しかしベッドの布団の間や洋服を見てもヤツの姿はない。布団を干そうにも、最近雨もしくは曇天続きであまり効果がなさそうだし、殺虫剤をまくのは体に悪そう。愛用のアイスノンで冷やして痒みと腫れを押さえ、今はじっと耐えるしかない。

名誉のために言っておくと、部屋は毎日掃除をして(もらって)いる。空気も入れ替えているし、シーツは洗濯して布団をきちんと干してもらっている。この前のカブレ出張で虫を連れて帰ったか、もしかしたらミリーからノミをもらったということくらいしか考えられない。いずれにしても必要なのはヤツを倒すこと。

来週幸い東京から出張者が来るので、実家に依頼したムシ対策グッズが到着することになっている。そうなれば、きっとヤツらを一網打尽に出来ると信じて、見えない敵に闘志を燃やしている今日この頃である。




投稿者: 藤崎 日 時: 19:17 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2006年07月10日

 カトマンズ事務所スタッフに女の子誕生

昨日の夜、産休に入っているカトマンズ事務所のスタッフ、スリジャナから携帯にメッセージが届いた。

「今朝女の子を出産しました」

予定より早く産まれそうということで1週間ほど前から入院して様子を見ていたので、2、3回お見舞いに行った。先週の木曜日も会いに行ったが、安定している様子だったので安心していたら、少し早めに産まれてしまったという次第。早速、別のスタッフと今日病院を訪れることにした。

スリジャナは少し疲れた顔をしていたが、私が昨日訪問したNFEクラスのことなどを話したら俄然元気を取り戻し、あれこれ質問をし、さらには彼女が担当しているクラフトの仕事についてもいくつかの指示をくれた。(スリジャナの不在中クラフトの仕事は私が担当することになっている)

しかし話をしている間中気になったのが、妙に厚着をしている彼女。外に比べて建物の中は涼しいとはいえ、昨日などは30度まで気温が上がっているのに、スリジャナときたらショールを羽織り、靴下を履いている。挙句の果てに、マチコ巻きのようにショールで頭を包もうとしている。あまりにも私が不思議そうな顔をしているのが分かったのか、理由を説明してくれた。

出産直後の母親の体が冷えることは、年を取ってから体の不調につながると考えられており要注意なのだそうだ。中でも頭は一番注意しなくてはいけない。体を温めるために、毎日2回からし菜油で全身のマッサージもするのだそうだ。ちなみに生まれたての赤ん坊も同じくからし菜油でマッサージをするという。赤ちゃんの肌も骨もまだ柔らかいから、頭の形だって変えられるのだそうだ。「整形手術みたいなものね」と言って、そばにいた人たちが笑っていた。

道理でネパールの人たちはみなすらりと伸びた脚をしているわけだ、なんて妙に私も納得してしまった。そういえば、バングラデシュの事務所でも小さな子どものいたスタッフが、冬は日光浴とからし菜油のマッサージをすることで赤ん坊が風邪を引かずに健康でいられるという話をしていた。

これもやはりバングラデシュでの話だが、冬場になると男の人たちがマフラーですっぽりと頭を覆っている姿を目にする。下は薄手のルンギをはいたり、はだしにサンダル履きでいても頭だけは重装備の姿は、微笑ましい冬の風物詩だった。風邪の邪気は頭(耳)から入ってくるものだと言われ、霧が出ると「頭を布で覆いなさい」と、皆真剣に注意してくれたものだ。

東洋医学の経絡(つぼ療法)でも風邪の引き始めには、首のマッサージや首を温めることで風邪を撃退できると言っていたっけ。日本からネパールまで、どこかできっとつながっているんだ。




投稿者: 藤崎 日 時: 20:40 | | コメ ント (2) | トラッ クバック (0)

2006年07月09日

 NFE(ノンフォーマル教育)クラス視察

カトマンズにいると、週末でも仕事絡みで外出することが結構多い。ワークショップ、記念式典だけでなく、パートナー団体から活動視察のお誘いを受けることもある。ネパールNGOの多くが土曜のみの週休一日制をとっていることもあるが、私としても気ぜわしい平日よりも、休日に足を運ぶほうがゆっくりと出来て嬉しいこともある。

NFE1.jpg 今日もそんな一日で、パートナー団体CAP-CRONが1週間前から始めた使用人として働く子どもを対象としたNFE(ノンフォーマル教育)クラスに誘われ、スタッフ二人と出かけることにした。講師役の女性の研修が完了していないため、本格的な授業ではなく、参加する子ども同士、そして子どもと講師が仲良くなるための時間という位置づけで、ゲームを交えて楽しそうに遊んでいる。

「あなたはスンタラ(ネパール語でオレンジ)、はいあなたはケラ(同じくネパール語でバナナ)、次スンタラ、はい君はケラ」

「さあ、ケラケラ*はこっちに集まってー、スンタラさんたちはあっちだよ」

輪になって座っている子どもたちをグループ分けするのでも、ちょっとした工夫で楽しくなるものだ。集まってきたのは10歳から17歳までの8名。くすくす笑いながら指示に従っている。その後、簡単なネパール語の教科書を使って簡単な読み書きを学んでいた。

NFE2.jpg 8名のうち、女の子が5名、男の子は3名いた。驚いたのはその中で3名がインドから来ているということで、ダージリンが2名、もう一人はネパール東部国境に接するシリグリという町から来ていた。初対面だったことと、既に始まっていたアクティビティを邪魔しないため、今日は詳しいことを尋ねるのはやめたのだが、家に帰ってきた今でもインドから来ている子どもたちのことがどうも気にかかる。

カトマンズに来て既に8年になるという女の子はもちろんのこと、こちらに来て6ヶ月という女の子もネパール語は理解できているようだ。しかし、反対にネパール語が流暢になればなるほど、自分の母語を忘れてしまうのではないかと心配になる。ネパールで生活するためには、ネパール語の読み書きが重要になるけのは事実だが、それだけで果たして良いのだろうか。かといって、子どもたちの母語で教育を行うだけの余力はないし・・・。私自身、どうしたらいいかの答えはないが、今度パートナー団体のスタッフを交えてよく話をしてみよう。

一つ歩みを進めるということは、新たな悩みにぶつかることだとつくづく実感した。

*ネパール語では複数形を表すのに名詞を重ねて表現する

2006年7月9日




投稿者: 藤崎 日 時: 23:13 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年07月08日

 わくわく一泊出張~写真説明編

何日か前に掲載した写真を出張の様子と共に説明します。

P6300005.jpg

これは出張のために手配した車。外国援助の象徴と揶揄されたこともあるトヨタのランドクルーザーだった。私とシャプラニールスタッフ(ゴパール)、そして案内をしてくれたネパールNGO、ECARDSのテージ氏のあわせて3名にはちょっと大げさな気もしたのだが、村に到着してからさすがランクル!と思わせる働きぶりだった。

カトマンズから約1時間、きれいに舗装された幹線道路から横にはいっていくと少しずつ道が悪くなってきた。出張の2日間は天候に恵まれたのだが、前日まで雨が降っていたせいで所々ひどい泥道になっていた。パリダカラリーも(きっと)真っ青というほど、ものすごい箇所もあってかなり気分が盛り上がる。

P6300011.jpg

右の写真は村に到着する前、朝食を食べたバネパという町での風景。女性たちが背負っているのは牛乳を入れた容器。何リットル入るのか確認し忘れたが、大きさから言って20~25リットルは入っているのではないかと思われる。

協同組合に卸しているのだという。女性たちが向かう先には、すでにたくさんの容器を載せたトラクターが待っていた。ちなみにこの時、朝の9時過ぎ頃だったと記憶している。

 

お母さんと子豚.jpg 最初に訪問したのは1年前に結成された女性グループ。サルダチョーク・クリショク・サムハ、訳するとサルダチョーク(地名)農民グループという意味になる。

24名のうち、3名を除く全員がダリット(指定カースト、いわゆる不可触民)という。月に10ルピー(約17円)を貯金して、その基金から緊急時にローンを貸し出すなどの活動をしている。ECARDSの発案で豚の肥育も始めたそうだ。ヤギなどの家畜は盗まれる恐れがあるが、穢れているといってカーストの高い人たちが豚を嫌う点を逆に利用しての活動である。子豚を受け取ったのはこれまでに20名、対象となるメンバーのほとんどが豚を肥育しているということだろう。

子豚だったのが自分の子どもを産んで元気に育っている姿はとても微笑ましかった。

メンバーの家を訪問させてもらった。リーダーのバピ・ビカさん。夫は鍛冶の仕事をしている。農作業に欠かせない鎌を作っていた。女2人と男1人の子どもがいる。バピさんも夫も教育を受けたことはないが、子どもたちはそれぞれ長女9年生、長男8年生(末娘の学年は失念してしまった)と学校に通っている。

 

バピさんと息子.jpg鍛冶の仕事.jpg 息子に仕事を継がせる?と質問すると「給料のもらえる仕事に就いてほしい」と夫が答えた。

ダリットの人々について私はまだ詳しく知らないが、鍛冶、洗濯、仕立てなど人々の生活に欠かせない職業であるにも関わらず、いわれのない差別を受けている状況に、なんともやるせない気持ちになった。

(写真左:バピさんと息子、手にしているのは夫が作った鎌。プレゼントしていただきました) (写真右:バピさんの夫、鍛冶の仕事を再現してみせてくれた)

 

山道1.jpg山道2.jpgその後、腹筋が痛くなるほど傾斜の厳しい山道を車で上ったり、さらに傾斜の厳しい場所は車を置いて歩いたりしながらいつくかグループを訪ねた。

地元の人にとっては歩きなれた道なのだろう。

子どもがサンダル履きで坂を駆け下りたり、飛ぶように上ったりしている中、ひ弱な都会育ちの私たちはあごを出しながら歩いた。

同行していたゴパールに、シャプラニールの農村プロジェクトであるオカルドゥンガの様子を尋ねると「もっとすごい」と言われ、かなりびっくりした。今の私が訪問するのは到底無理そうだ。

夜は村人の家に泊めてもらい、翌日再び3つの女性グループを訪れ話をきいた。ECARDSは農業系のNGOであるため、活動の中心は換金作物(オレンジやオフシーズン野菜)の栽培促進など、社会開発の側面が弱いことが気になったが、それでもグループに集う女性たちは「男たちに頼らないため」「行動の幅を広げるため」に活動をしていると元気に発言していたのが、とても嬉しかった。訪問したカブレという郡はカトマンズに隣接しており人や物の行き来が比較的簡単にできるという点で有利な地域である。女性が活躍する場が広がる可能性を強く感じた。

ジレルの女の子たち.jpg <番外編>

村からの帰り道、幹線道路まであとわずかという場所で人だかりを見つけた。着飾った男女が集まっている。お祭りかと思ったら、ミュージックビデオの撮影中という。私たちが足を止めた場所での撮影は終わってしまったが、記念撮影をお願いしたら快諾してくれたのでパチリ。

ネパール東部丘陵地帯に住むジレル(もしくはジリパ)というエスニックグループの人たちだそうだ。輝く笑顔にこちらまで嬉しくなってカトマンズへ向けて出発した。

2006年7月8日




投稿者: 藤崎 日 時: 20:32 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)
2006年07月08日

 国王誕生日(7月7日)が休みでなくなった日

モニタリングに来ていた坂口事務局長と白幡海外活動担当が一昨日、無事カトマンズを出発した。(カトマンズ発タイ航空が若干遅れたそうだが、まあそれは誤差の範疇ということで)そして昨日は国王誕生日。4月に新しいカレンダーが発表されたときは、祝日(政府関係機関や銀行などは休み)になっていたのが、つい数日前に「祝日にはしません」となってしまった。当カトマンズ事務所では年初にHoliday Listなるものを作成する。祝祭日は参考にするものの、祭りの多いネパールのこと、全部を反映するわけにもいかない。仕方なく4つのカレンダーを見比べて(結構祝日の解釈がカレンダーによって違うので)ああでもない、こうでもないと検討し、やっと2006年度の休みを決めた。

なのに、だ。私の苦労を水の泡にするかのような「国王の誕生日は国王と親戚だけで祝ってもらいます、祝日とはしません」というアナウンス。理由はなんであれ、もう決めちゃったものは変更しないと心に決めてスタッフにそう告げると「へっ?休みにするの?」

休みがそのままなのだからもっと嬉しそうにするかと思いきや、意外な反応が返ってきた。祝日全部を事務所の休みにしているわけではないのだから、逆に事務所独自の休みがあってもいいじゃないかという私の発想は彼らには通じなかったらしい。外国で仕事をするって難しいと思わせる、小さな出来事だった。




投稿者: 藤崎 日 時: 18:33 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年07月04日

 ネパール語によるネパール語のための通訳

P7040078.jpg藤岡ダッカ事務所長のブログにも書かれていたが、昨日から東京から坂口事務局長と白幡海外事業担当の2名がネパールを訪問している。主たる目的はパートナー団体の活動モニタリングということで、今日の午後カトマンズ郊外にあるネワール人が多く住むガムチャという村に行き、女性グループの活動を視察してきた。

ガムチャ村では、シャプラニールのパートナー団体SOUP(Society for Urban Poor)が約1年前から活動を行っている。女性グループメンバーは31名、農繁期の忙しい時期にも関わらず10名以上が私たちのために集まってきてくれた。グループで定期的に貯金を行い、そこで集められた基金からメンバーにローンを貸付ける他、プラスチックごみの回収や保健衛生ボランティアを通じた住民の健康改善などを行っている。女性グループの活動に触発され地元の若い男性を中心に構成されているグループも、献血や清掃活動など地域の環境改善に関わるようになっているという。

グループメンバーから話を聞くときは、同行したカトマンズ事務所スタッフ(ゴパール)が主に通訳を務めてくれるのだが、私も拙いネパール語で質問をしてみた。
「皆さんの中で結婚をしている人は何人いますか」
「子どもは学校に通っていますか」
「この地域では早婚の問題はありませんか」などなど。

しかし、メンバーの表情が「何を言っているのかわからん…」という感じで変わらない。

P7040079.jpgすると傍にいたSOUPのスタッフなどがネパール語で判りやすく言い直してくれた。まだまだネパール語が下手なのは自分でも十分承知しているが、ネパール語で話した(つもりの)内容を、再度ネパール語で翻訳されるのはやっぱり情けない。いつになったら通訳なしで直接話しをすることが出来るようになるのだろう。来週から再開するネパール語の授業は気合を入れて頑張ろう、と心に決めた雨期の晴れ間の午後だった。




投稿者: 藤崎 日 時: 22:02 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)

2006年07月03日

 インターネット復活!!

出張前日の木曜日から調子が悪かった自宅のインターネットが今日になってやっと復活した。
メールチェックなど必要最低限のことはダイアルアップで済ませたものの、ブログまでは
どうしても手が回らなかった。

そして、東京事務所からモニタリングのために出張者が今日から3日間滞在することになっている。
ということで、出張の話は今週末にでも改めて伝えすることにして、カトマンズに戻ったかどうか
ご心配してくださった方へ、お礼の意味もこめてカブレ出張で撮影した写真をアップします。
とりとめもなくセレクトしているので、深く考えずにご覧あれ。

では、答えは後ほど!!

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投稿者: 藤崎 日 時: 22:49 | | コメ ント (0) | トラッ クバック (0)
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