シャプラニール=市民による海外協力の会
シャプラニール=市民による海外協力kの会
english page 携帯 地図 サイトマップ 検索
シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
メールでのお問い合わせ

 

 
 

メイン

2008年06月22日

100万人のたんざくアクションに参加しよう!

今日、G8サミットNGOフォーラムのウェブサイトを見たら、6月18日に首相との面会が実現し、569,367件のメッセージを手渡したとのこと。おお、面会時の写真の右手のほうで笹もって笑ってるのはシャプラニール元代表理事(現国際協力NGOセンター(JANIC)代表理事、シャプラニール理事)の大橋さんではないですか。珍しくスーツにネクタイですね。首相に手渡してるのはACEの岩附さんだ。相変わらず颯爽としてますね。

私も遅ればせながら今日書きました、たんざく。ついあれこれ書いて長くなっちゃったけど。

このたんざくアクション、サミット直前まで続けるそうです。まだ書いてらっしゃらない方、私たちのメッセージを直接G8サミット議長の福田首相に伝えるチャンスですから、ぜひご参加を。このサイトから参加できます。→100万人のたんざくアクション

サミットまでに100万達成して、首相にはその重みを感じながら議長としての役割を果たしていただきましょう。ほんのひと言のメッセージでも、100万集まれば大きな力です。


| | コメント (2) | トラックバック (0)
2008年03月08日

男性のみ参加の「女性への暴力反対行進」

約1ヶ月ご無沙汰してしまいました。やたら忙しかった2月が終わり、日本での会議を経て次年度のバングラデシュでの活動計画・予算もほぼ提案どおり承認され、ちょっとほっとしているところです。今月はこれからサイクロン被災地への出張もあるし、月末にはスタディツアーも来るのですが、気温も上がり、穏やかな日本の初夏のような気候になったこともあって、気分的にはややのんびりムード。でも今月中にダッカスタッフの人事考課と給与改定という仕事もあったな...。

さて、今日3月8日は国際女性デー。バングラデシュではこの日、様々なNGOなどが女性に関するイシューを取り上げた会議やキャンペーンなどを行います。シャプラニールでは今年とくにそういう企画はなく、今日は土曜でお休みなのですが、今朝新聞を眺めていたら目を引く記事がありました。

「酸による暴力(Acid Violence)根絶のための全員男性のデモ行進」というのがそれ。
バングラデシュでは今でも女性に硫酸などをかけて火傷を負わせ、時には死に至るという残酷な暴力が絶えません。新婚の妻が要求した持参金を持ってこなかったから、とか、結婚したかった女性が他の男性と結婚したから、など、当の女性にはまったく責任のない理不尽な理由で、女性に酸をかけて大怪我をさせる男が少なからずいるのです。被害にあった女性たちや、彼女たちを支える女性たちによる集会などはこれまでもよく報道されていましたが、全員男性による行進、というのは初めて聞きました。

企画したのは酸による暴力のサバイバー女性を支える活動をしている「Acid Survivors Foundation」と、社会的な活動に積極的なことで知られる新聞社「Prothom Alo(プロトム・アロ)」。
「酸を使った女性への暴力の加害者はほとんどが男性。だからこの暴力を根絶するには男性こそが立ちあがらなくては」とデモ行進の参加者の男性は記者会見で語ったそうで、バングラデシュにもこういった男性たちがいることに勇気づけられます。

この国際女性デーの「男性のみによるデモ行進」は国内の12の県で行われるとのこと。たくさんの男性たちが参加してくれるといいな...と思います。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年07月29日

政府、NGO局の通達撤回

7月20日のこのブログで書いた、「NGOは海外からの資金の50%をインフラなどの“目に見える”活動に使うべし」という通達が軍がらの指示に基づきNGO局から出された件ですが、その後、NGOの連合体であるFNB(Federation of NGOs in Bangladesh)と政府との話し合いなどを経て、NGO側が重大な懸念を表明した結果、26日に撤回されました。→新聞記事はコチラ

まあ、だいたい想定された成り行きではありましたが、とにかくよかったです。今後も政府や軍によるNGO監視の動きはいろいろ出てくることと思いますが、理屈に合わないことにはひとつひとつ説明を立ててNOと言っていくしかないでしょう。

ご心配おかけしました。とりあえずお知らせまで。


| | コメント (5) | トラックバック (0)
2007年07月20日

NGO活動にも軍介入?冗談じゃない

昨日と今朝の新聞に「NGO、海外資金の50%を目に見える開発に使うべく要請される」という記事が載りました。バングラデシュ政府でNGO関係の業務を管轄するNGO局から通達が出され、海外からの資金を受け取るNGOは、少なくともその50%を学校建設、道路補修、用水路などの「目に見える」開発に使わなければならない、というのです。

新聞記事によると、7月3日に非常事態宣言下の軍・警察の行政補佐活動をレビューする会議があり、そこで決まったことだと。NGOの活動がその日の議題のひとつだったというのです。今後軍・警察はNGOの活動、とくに人々の意識向上とかキャンペーンといった「目に見えない」活動を厳しく監視し、人々の役に立っていない活動は中止させると。

そんな通達はまだNGO局から届いていませんが、これが本当なら由々しき事態です。活動費の50%を彼らが言うとことろの「目に見える」活動、つまり道路や用水路のようなインフラ整備に使うことが義務化されたら、NGOはやってられません。「人々の役に立っていない活動は閉鎖」といっても、それをいったい誰が、どんな基準で判断するのでしょうか。NGO活動のアカウンタビリティはもちろん重要ですし、成果をいかに客観的に評価するか、というのも大きな課題ですが、建物や道路のように「(ハードが)目に見える」ことイコールアカウンタブルだというのはあまりに幼稚かつ見当違いな話です。

学校を建設するのも、道路や用水路を整備するのも、政府がやるべき仕事のはずです。この国では、政府がやるべきでありながらできていない仕事、とくにそのうち、教育や保健医療、貧困層の生活向上、といった仕事を、ずいぶんNGOが補ってきました。それをインフラ整備までNGOにやれというのでしょうか。それなら政府の仕事はいったい何だというのでしょう。

病棟はあるけれど医者が来ない病院、校舎はあるけれど教師が来ない学校、役場の建物はあるけれど役人が来ない役所、そんなものがこの国にはあふれています。それをいかに機能させるか、お粗末な公教育や公共医療、人々に届かない公共サービスをいかに改善するかを政府は考えるべきです。こういったソフト面で政府の不足を補っているNGOの活動を制限し、ハードに資金を使うことを強要するなど、まったく現実のニーズに逆行しています。

軍主導の暫定政権の強引な「改革」、そのうちNGOにも手が伸びてくるかもしれないと思っていましたが、どうやらそのようです。もちろん、こんな通達が届いたらNGOの側も黙ってはいられませんし、NGOをパートナーとしている国際機関なども困ることになるでしょう。

暫定政権にはNGOの活動に口を出すより、腐敗しきったNGO局をなんとかしてもらいたいと思います。NGO局の役人に要求された賄賂を支払わないことで、今までどれだけ嫌がらせを受けてきたことか。

暫定政権になってからNGOで働く外国人職員に出されるビザ、通称Nビザの発行期間も大幅に縮められました。私は有難いことに4年のビザを持っていますが、後の駐在員がこんな長期のNビザをとれることは今後当分ないでしょう。3年駐在しようと思ったら、度重なるビザの更新の交渉にかなりのエネルギーを割かなければなりません。

通達が本当に届くのか、まだよくわかりませんが、シャプラニールのような海外NGOやそのパートナー団体が、ますますこの国で仕事がしにくくなることは確かなようです。


| | コメント (7) | トラックバック (0)
2007年03月26日

bracNetのチャリティ・セール

帰宅後ベンガル語TVニュースをつけて手抜きな夕食をとりながらぼーっと新聞を見ていた私。ふとある広告記事に目がとまって「おおっ!」と驚いてしまいました。その広告というのはこれ。

bracNetの広告.jpg

bracNet セレブの思い出の品セール 
あなたの好きなセレブの持ち物を買って、チャリティに参加しよう! 
アユーブ・バッチューのサイン入りギター!
アユーブ・バッチューがこのES-335チェリー・レッドを弾いてたの覚えてる?
今、このギブソン最高のセミ・アコースティック・モデルのエレキ・ギターがサイン入りであなたのものに! ほかにもたくさん・・・ www.bracnet.net

*アユーブ・バッチュー =バングラデシュの有名ロック・ミュージシャン

ネット上のチャリティ・オークションやチャリティ・セールは、日本や欧米ではもう珍しくもなくなりましたが、バングラデシュで見るのは初めて。bracNetというのは、バングラデシュ最大、かつ世界最大と言われるNGO、BRAC(ブラック)の“系列企業”のひとつで、インターネットのプロバイダー。BRAC本体は3万7千人以上の常勤職員を抱え、マイクロクレジットや教育プログラム、保健衛生プログラムなど大規模で質の高い活動をバングラデシュ全土で行っています。最近はアフガニスタンやスリランカでも活動を始め、「『南』出身の国際NGO」の道を歩みだしたところ。

それだけ大きなNGOなので、BRACそのものはチャリティ・セールの寄付など要らないレベルなんですが、サイトをみてみるとこのbracNet上のチャリティ・セールは、「独立戦争博物館」「身体麻痺者リハビリ・センター(CRP)」「アシッド・サバイバー・ファンデーション(顔や身体に硫酸をかけられた女性たちを支援する団体)」の3団体のためのファンド・レイジングなんですね。

品物を提供している有名人は俳優やミュージシャン、カリスマ美容師、詩人など。「50人以上のセレブが150点以上の品物を提供!」というから大したものです。値つけを担当する4人のうち2人はBRACの手工芸品部門、アーロンのショップ・マネジャーと商品管理マネジャー。企画の協力企業には人気のファースト・フード店や5つ星ホテル、協賛メディアにはこういった活動に熱心な新聞社やテレビ局、ラジオ局が並んでいます。

これ、どんなスタッフが企画したのかなあ。きっと若い人でしょうね。

前にも「汚職反対ロック・コンサート」や「我らバングラデシュ・バンド」のことを書きましたが、バングラデシュのNGO・NPOが国内の有名人や中流階級の若者などに働きかけて、活動に協力してもらおう、という企画が少しずつ出てきてますね。それもメディアを効果的に使ったものが目立ちます。企業の社会的貢献(CSR)もだんだん話題になってきているようですし。

以前は海外のドナーから資金をもらうことしか選択肢になかったのですから、これは大きな変化です。こういう「できることから始める協力」はシャプラニールがまさしく日本で呼びかけていることで、私も大いに関心のあるところ。

ウェブ上の有名人提供品のチャリティ・セール企画、目を留めるのはまだ都会の一部の層かもしれませんが、今後こういう動きがどんな広がりを見せるか、楽しみです。

シャプラニールももっとバングラデシュ国内で斬新な「市民巻き込み企画」ができるといいんだけどなあ。そういうところで日本と何かつなげられたら、すごく面白いんだけどー。

・・・こういう考えはもうちょと寝かせましょう。そのうち発酵するまで、ね。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年03月24日

次の世代の女性たちのために

今週は水・木と一泊二日でジナイダ県のWE(Welfare Effort)というNGOを訪問していました。ここはショリファさんという女性の代表が、結婚してジナイダ県に移り住んでから始めたNGOで、女性のエンパワーメントのためにとてもよい活動をしていると前から聞いていたので、一度活動を見せてもらいたかったんです。

女性人権委員たちのミーティング.jpg WEは、バングラデシュ内でもよく知られているAin o Salish Kendra (アイノシャリシュケンドロ)という弁護士さんたちがつくった人権保護や法的支援にとりくむNGOの協力を得て、女性たちに結婚や離婚などに関わる法律の研修をし、女性たち自身が地域の女性たちの問題解決に取り組む仕組みをつくっています。最末端の行政機関であるユニオン評議会の女性メンバーとも協力し、ジナイダ県内の弁護士さんたちの協力も得て、実際に早婚を未然に防いだり、夫の重婚で苦しむ女性の裁判を支援したり、と成果をあげています。

写真=木陰で行われていた女性人権委員のミーティング。活動費は皆の貯金でまかなっている。「私たちの地域の問題だから自分たちで解決するのは当然」と語るメンバーはとてもパワフル。男性二人はWEのスタッフ。

今回は、WEの事務所でちょうど行われていた3日間の女性の権利に関する法律研修、研修を受けて「女性人権委員」として活動する村の女性たちのミーティング、ジナイダ県内の弁護士連合会のミーティングなどを見せてもらいました。

研修を受けに来た女性たち.jpg
弁護士さんやスタッフの熱意にも感心しましたが、心を動かされたのは、「女性人権委員」になることを自ら志願して研修を受けに来た女性たちの声です。

女性たちの中には、自らも夫の重婚で苦しめられたり、持参金問題でひどい目にあった末、離婚した、という人が少なからずいました。その彼女たちが自分の苦しみを乗り越え、研修を受けてほかの女性たちのために活動しようと決意したのは、「自分が経験したような苦しみを他の女性に味わってほしくないから」「私たちの経験を生かして次の世代の女性たちにはもっと自分の権利を自覚して生きてもらいたいから」というのです。

写真=研修を受けに来た女性たち。中央の赤と白のサリーがWE代表のショリファさん。
  
日本もバングラデシュも女性たちの思いは同じだな、と思いました。
WEのショリファさんは言います。「朝から晩まで忙しくても活動を続けられるのは、女性たちの笑顔が見たいから。私たちのところに来て、泣いて打ちひしがれて自分の窮状を訴えていた女性たちが、少しずつ力を取り戻し、困難を乗り越え、他の女性たちの支援ができるようになっていく過程を見ると、活動してきてよかった、と思う。」

これこそ、女性のエンパワーメントだと思いました。結婚や離婚をめぐる不公正な仕打ちで傷ついた女性たちにとって、一番力になれるのは彼女たちの境遇に心から共感して協力を惜しまない女性たち。そして話がこじれた際には、法の専門家の支援も重要です。

弁護士会のミーティング.jpg今回の訪問中、村の女性人権委員たちのミーティングの中で、「13歳の女の子と16歳の男の子の結婚を親たちが進めようとしている。どうも男の子の親が女の子の親の財産を狙っているようだ。話し合いが最終段階に入っているようなので急いだほうがいい」というケースが報告されました。それを聞いたショリファさんとユニオン評議会の女性メンバーは女性人権委員数人とすぐにその女の子の家を訪ね、早婚をやめるようこんこんと諭しました。しかし、親たちが聞き入れそうにないのを見ると、ちょうどその日の夕方行われた弁護士会のミーティングでこのケースを報告。弁護士さんたちが双方の家を訪ねるか、警察官を送る、という方策をとることが決められました。

写真=ジナイダ県の弁護士会のミーティング

バングラデシュでは、法的に結婚が許されるのは、男子21歳、女子18歳ですが、結婚登録時に年齢をごまかしたり、登録そのものをしなかったりで、ほとんど無視されている状態です。しかし、きちんと手順を踏めば、法の力をもって早婚を事前に食い止めることもできるのだ、と目からウロコの思いでした。

「法律研修を受けた地域の女性たちの委員会→ユニオン評議会メンバーやWEスタッフのサポート→弁護士会、と何重にもサポートシステムができてるのがすごいですね。地域の女性たちにとってはとても心強いはず」と感想を言うと「そうね、これはジナイダ・モデルとして自慢できるかも」とショリファさん。

ショリファさん.jpg来週末、ダッカ郊外の研修施設で、ダッカ事務所のスタッフやパートナー団体のマネジャーたちを対象に2泊3日のジェンダー・ワークショップを企画しています。ファシリテーターはAin o Sailsh Kendraのトレーニング・チームにお願いしていますが、ショリファさんにもリソース・パーソンとして参加してもらい、WEでの経験を話してもらう予定。

シャプラニールの農村プロジェクトでも、ショミティメンバーへの女性の権利に関する簡単な研修や、早婚や重婚、持参金などに反対するキャンペーン・演劇などは実施していますが、もう一歩踏み込んで実際に苦しい立場にいる女性たちを周囲の女性たち自身が支援し、話がこじれたときは地域の弁護士の助けを得ることができるような仕組みをつくっていけないものか...と思案しています。

写真=WE代表のショリファさん


| | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年10月15日

今日の新聞

10月14日朝刊.jpg新聞広告.jpg

今朝の新聞の一面、こんな感じでした。(左)中面もいろんな企業が「おめでとう」の広告でユヌス教授の顔だらけ。ピザハットと最近バングラデシュに登場したばかりのケンタッキーまで...(右)

とにかくバングラデシュにとっては誇らしいことです。

最初にうまいアイディアを考えて実行した人はやっぱりエライ。
うまいアイディアはほっといてもみんなが真似をして広がっていきますしね。
「普及」しようと苦心しなくても...。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年10月13日

ユヌス氏とグラミン・バンクのノーベル賞受賞

P1010589.jpg夕方CNNをつけたら、ムハマド・ユヌス氏と彼の創設したグラミン・バンクのノーベル平和賞受賞が決定した、というニュースが飛び込んできました。バングラデシュのテレビはこういうときにパッとニュース速報が出るとか、特別番組に切り替わるなどということはないので、定時ニュースの時間にならないと、いつもどおりドラマとかクリケットをやっています。大ニュースなのにね、とほほ。

もっともずいぶん前からユヌス氏は何度もノーベル賞候補になって、今年こそは...という報道もあったから、バングラデシュ人はみんなそれほどびっくりしないでしょうけど。何はともあれ、ユヌスさん、おめでとうございます。

私はユヌス氏とお会いしたことは一度しかありませんが、シャプラニール自体は代表理事はじめかなり以前からのおつきあいがあります。冒頭の写真は彼の自伝(英語版)の表紙ですが、この写真そのままの、「顔に力のある」方で、笑みをたやさず冗談を交えつつエピソード満載に語るその話術は、人を逸らすことがありません。NGOのリーダーには「こういう人を惹きつける表現力」が必要なんだよなあ、と納得。

もっとも、ユヌス氏ご自身は、「グラミン・バンクはNGOじゃない。損を出さずにサステイナブルなビジネスを通して社会を変革する組織だ」とおっしゃっていて、確かにいまやグラミン・バンクはマイクロ・クレジットのみならず、繊維産業、通信産業、エネルギー産業などなど様々な事業を行っているバングラデシュ随一のコングロマリットといっていい状態。(グラミンのHPで、Grameen Family of Enterprisesというページを見てみてください。)ちなみに今私が使っている携帯も、Grameen Phoneのものです。

私がお会いしたときはちょうどサッカーのワールドカップが盛り上がってバングラデシュ中が各国の旗だらけになっていた頃で、ユヌス氏が「ワールドカップがもうちょっと後にあればなあ、これからやろうと思っている『モンガ(*注)をなくそうキャンペーン』で貧しい女性たちが縫った旗を売るという手があったんだがなあ」とつぶやいていらしたのが印象的でした。元々経済学者ですが、いつもこんなユニークなアイディアを考え続けているビジネス・センスのある人だからこそ、グラミン・バンクをここまでにしたのでしょう。

(*注)モンガ=農作業が少なくなくなる時期に他人の農地で働く農作業労働者が収入を得る手段を失い、何日も食事ができないような飢餓状態になること

1983年にユヌス氏がグラミン・バンクを創設し、マイクロクレジット(無担保で小規模な資金を貧しい人に貸し付け、少しずつ返済してもらうシステム)を開始して成功して以来、バングラデシュ中の多くのNGOがこのシステムを取り入れ、いまや全国どこにいってもマイクロクレジットを行うNGOの看板が立ち、どんな田舎でもこのシステムを知らない人がないほど広がっています。

女性ショミティ.jpgシャプラニールは最初は皆が飛びついたこのシステムの導入にかなり慎重で、小規模な資金を村人に融資する際は、従来どおりショミティというグループに対して、共同の投資のため・共同管理・共同返済ということでお金を貸していましたが、個人単位で借りたいという住民のニーズ、グループ単位で貸すと、それを投資したもの(灌漑ポンプ、家畜など)からメンバーが被る利益にどうしても差が出てしまったり、お金の管理で問題が生じやすいこと、一括貸付・一括返済は貸す側にとってのリスクが大きいこと、などの理由から、今は農村の3つのパートナー団体すべてが主に女性のショミティメンバーを対象としたマイクロクレジットを行っています。貯金やローンの返済分を集めるのはショミティのミーティングの時にフィールド・スタッフが行いますが、貸すのも返すのもメンバー個人単位。同じショミティの中にも「私は2千タカ借りて山羊を飼うの」という人もいれば、「私は今度は5千タカ借りて小さなお店をやるわ」という人もあり、「私は今のところ貯金だけしてローンはやめとく」という人もいる、という状況です。

写真=女性ショミティのミーティングで貯金やローン返済のお金を集める農村パートナー団体のスタッフ

バングラデシュにはそれまで行っていた他のプログラムを全部やめてしまってマイクロクレジットだけに絞ったり、最初からマイクロクレジットだけをやる団体が非常に多くなり、団体間の競争が激しくなっています。そうなってくると、貧しい人の自立のためのマイクロクレジットなのか、貸す側が儲けることが最優先なのか、わからないような団体が増えているのも事実。当初はグループのメンバーになって3ヶ月はローンを出さない、とか、貯金が一定額貯まるまではローンを出さない、というNGOが多かったのに、最近はメンバーになって翌週にはローンを貸すところが増えています。

最初に貸すローンの上限額も上がる一方。借りる人にとっては有難いでしょうが、返済できないリスクは高くなります。ある団体で借りたローンが返せず、ほかの団体で借りたお金で返す、という多重債務状態に置かれる人も出てきています。また、貸す側にとっては多く貸して利子も多くついてきたほうが儲かるわけですから、貧しい人のためのマイクロクレジットと言いながら、貸し付け対象者の基準がどんどん緩くなり、実際には最貧困層には見向きもせず、ある程度お金のある農民にしか貸さない団体も多くなっています。

広い場所に家が点在し、交通も不便な大河の中洲(チョール)のような場所は、マイクロクレジットをやるNGOが入ったものの、うまくいかなくて引き上げてしまった、というケースもよく聞きます。人口密度が高くて交通が便利なところのほうが、ローンを貸したり返済したりする対象者へのアクセスが効率よくできるわけです。チョールみたいなところはその反対でマイクロクレジットには非効率。こういう地域では教育や保健衛生にも遅れが目立ち、NGOの活動のニーズは高いのに、NGOがあまり入ろうとしないのはそういう理由もあります。

一歩間違えると本来の目的から外れかねず、いろいろ議論のあるマイクロクレジットですが、貧しい人たちが自分の力で貧困から脱出するために大きなチャンスとなるのは事実。しかしバングラデシュのように団体間の競争が激しくなり、悪徳団体も現れて玉石混交状態となると、その中で生き残っていくのはNGOにとっても大変ですし、村の貧しい人たちも、地域によっては複数のNGOからアプローチされ、その中から安全なNGOを自分で「選ぶ」必要が出てきます。政府が法律で厳しく規制をかけるという「マイクロクレジット規制法案」もだいぶ前から話題に上っていますが、どうなりますやら。

シャプラニールから独立した農村パートナー団体が、地域のニーズに即した活動を持続的に行っていける組織になるには、マイクロクレジットをどう扱っていくかもひとつの大きな鍵。経済分野が不勉強な私にとってはどちらかというと苦手な分野ですが、もっとマイクロクレジットについて勉強し、バングラデシュ内のマイクロクレジットの動向にも気を配り続けねば...と思っています。

続きを読む "ユヌス氏とグラミン・バンクのノーベル賞受賞" »


| | コメント (5) | トラックバック (0)
2006年07月06日

女性や子どもへの暴力のない社会のために

いま昼休みにこのブログを書いております。ダッカ事務所の昼休みは午後1時から2時。食堂でお昼を食べたあと、以前であれば庭に出てタイガーをかまったりするのがいい気分転換だったのですが、いまだに帰ってきません。悲しい。

さて、今日は都市事業担当のプログラムオフィサー、サイフルと一緒に、BNWLA(Bangladesh National Women's Lawyer's Association)という団体の代表のサルマ・アリさんを訪ねてきました。サルマさん自身もバイタリティ溢れる女性弁護士さん。この団体は代表も女性、メンバーの弁護士さんたちも全員女性で、女性に対する暴力への対応や政府への働きかけ、人身売買された子どもたちの救出などに携わっているパワフルな団体です。

私がバングラデシュに来てすぐの頃、新聞でよくこの団体やサルマさんの名前をみかけました。去年の今頃から数ヶ月にわたって、サウジアラビアでラクダのジョッキーとして働かされていたバングラデシュ人の少年たちが何度かに分けて100人以上帰国してきたのですが、彼らの帰国のために中心になって奔走した団体が、このBNWLAだったのです。

今日BNWLAを訪問した理由は、私たちが新しい現地パートナーNGOのフルキ(Phulki)と今年から始める、使用人として働く少女たちのプロジェクトの中で、少女たちへの法的支援が必要となった場合に、どんな協力が得られるか知りたい、とか、インドとバングラデシュの間の人身売買の問題についてどんな活動をしているのか知りたい、ということのほか、どんな分野にドナーが殺到し、どんな分野が必要なのに手付かずなのか、などについてサルマさんの意見を聞きたかったから。

人身売買の問題は非常に深刻。私たちもコルカタに出張したとき、あるNGOの施設で、バングラデシュから人身売買された少女たち約20名に会っています。彼女たちの帰還にもBNWLAは協力しています。この問題については実は海外の様々なドナーが注目しているようで、サルマさんも「みんな人身売買のことをやりたいっていうのよ。なんか競争みたいになっててうんざり」だそう。しかし、殺到しているのは既に被害にあった女性たちの支援であって、防止のための活動はまだまだ少ないようです。

スラムの少女たち.jpg

私たちがこれから行う使用人として働く少女のための活動も、「被害にあった子どもの救済」よりも、「子どもが被害に遭わないようにするための社会変革」を大目標にやっていきたいと思っているのですが、これはそう簡単な仕事ではありません。新たな悩ましい試行錯誤の始まりかも。 (写真=フルキとともに行った使用人として働く少女たちの調査で。スラムの少女たちに話を聞きました)

でもパートナーのフルキとも調査を行ったり話し合いを重ね、このプロジェクトのためのフルキ側の担当スタッフの顔ぶれも決まって、来週には結団式じゃないけどチームメンバーの最初のミーティングが行われる予定。まずは小規模なパイロットプロジェクトとしてですが、いよいよ都市新プロジェクトの始動!です。

社会の構造を変えていくような仕事はひとつのNGOでできるものじゃありません。既に様々なNGOや機関がそれぞれに努力しています。そんな中でシャプラニールが果たしていくべき役割は何なのか。

動きながら出会いながら時には失敗しながら考える、そのうちにもっとはっきり見えてくるはず。そう信じて進みます。

あら書いてるうちにとうに昼休みは過ぎてしまったわ。仕事に戻りましょう。


| | コメント (2) | トラックバック (0)
2006年06月13日

サッカーボールを見るたびに

今日の日本対オーストラリアの試合、残念でしたね...。バングラデシュ時間では夜7時からテレビ中継でした。ダッカの日本人会では「皆で楽しく観戦しながら日本を応援しよう!」という催しもあったようなのですが、私はあいにく朝からお腹をこわしていたので、梅干おかゆを食べながら自宅でひとりで見ました。

boll-4-800.jpg


今回のワールドカップのために用意されてるサッカーボールって何個ぐらいあるんでしょうね。

ぴかぴかのボールがテレビに映るたびに、思い出す少女がいます。

あれは前のワールドカップのときだから2002年。児童労働問題に取り組む日本のNGO、ACEのイベントで、ちょっとだけお手伝いしたことがありました。インドから招いた、小さい頃からサッカーボールを縫う仕事をしていた少女に、イベントの前後の時間付き添う、というものでした。私は当時インドから帰ったばかりでヒンディー語が少しだけ話せたので、ほかに通訳できる人がいない時間、少女を安心させるために一緒にいたのです。

その少女は視力を失っていました。年齢は10代半ばぐらい。家が貧しかったため幼い頃から暗い部屋でボールを縫い続け、目を痛め、ついに見えなくなってしまったのです。指や手のひらにも針を刺してしまった傷の痕がありました。

世界のサッカーボールの7~8割はインドとパキスタンで作られています。そしてインドではこの産業に従事しているフルタイム労働者の4割近くが5歳から12歳の子どもだということでした。
(この数字は4年前に聞いたものなので、今は多少変わっているかもしれませんが...)

目が見えず不自由ながらも、初めての外国、日本へ来た少女はちょっとはしゃいでいました。エレベーターのボタンを我先に押そうとしてキャッキャと笑うところなどは、子どもらしく無邪気でした。でもイベントで辛い経験を話すときはおとなっぽい顔になり、たくさんの人の前でもひるまずしっかりと話をしました。自分のような目に遭う子どもをなくしたい、と訴えていました。

多くのNGOや活動家たちが児童労働をなくす運動をしてきた結果、国際サッカー協会(FIFA)は1998年、児童労働でつくられたサッカーボールを主催する大会で使わないことを決めました。(ですから今ワールドカップで使われているボールも、おとなが縫ったボールのはずです。)


商売道具の袋.jpg

しかし、いまでも暗い部屋でサッカーボールを縫い続けたり、重いレンガを頭に載せて運んだり、家庭の使用人として朝から晩まで働いたり、裸足で古紙や鉄くずを集めたり...という児童労働をしている子どもが、世界には2億1千800万人もいます(2006年5月ILO発表。2004年時点の推定)。4年前より11%減ったとのことですが、それでも日本の全人口の1.7倍という恐るべき数字です。

写真=ストリートチルドレンのためのドロップ・イン・センターでゴミ拾いに使う袋を見せてくれる子どもたち。

今日6月12日は「児童労働に反対する国際デー」でした。日本でもいろいろ関連の催しが行われている様子。ぜひたくさんの人に参加していただきたいと思います。シャプラニールも児童労働をなくすために、ストリート・チルドレン支援や今年から始まる使用人として働く少女の支援活動を通じて努力していますが、これほど大きな問題は、世界中のNGOや政府や企業や個人が協力しなければ解決できません。

イベントに参加したりするのはちょっとね、とか、参加しそびれちゃった、という方。まず検索エンジンに「サッカーボール 児童労働」と入れて検索してみてください。きっと新しい発見がありますから。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年05月30日

埋めてもらえる権利

今朝、農村への出張に向かう車の中で、開いた新聞のある記事に目が釘付けになりました。「セックスワーカーたち葬儀の権利を要求」(Daily Star, May 29)という記事です。

全てのバングラデシュ国民は、それぞれの宗教にしたがって埋葬(ムスリム)されたり火葬(ヒンドゥー)される権利があると憲法にも書いてあるのに、セックスワーカーとして働く女性やその子どもたちは、死後その遺体が墓地に埋葬されることを人々が拒むというのです。

死んだ後まで差別されるとは。しかも子どもたちまで...と思うといたたまれない気持ちになりました。
ほんの5日前、チッタゴンで、現地NGO、YPSAが運営するセックスワーカーの女性たちのためのシェルターを訪問したばかりだったこともあります。

そこはごく普通の質素なフラットの一角。10代から40代ぐらいまで、10人ぐらいの女性がいました。数人の顔に何か諦めたような無気力な表情が浮かんでいること、顔にひどいあざがある人がいることに気づきましたが、話してみると皆人懐こい笑顔をみせる、どこにでもいそうな女性たちでした。

シェルターといってもこじんまりした部屋が2つとクリニック、2人のスタッフの事務所があるだけの小さなものですが、今まで雨の日もかんかん照りの日も路上で暮らしていた彼女たちには、安心できる居場所ができたこと、飲み水やバスルームがあることだけでもとても大きなことのようでした。2つある部屋のうち1つは眠るための部屋で、そっと覗くと赤ちゃんと一緒に眠っている女性が二人いました。

そこにいた女性の多くは子どもがいました。3人子どもがいるという女性は、子どもたちはなんとか学校に行かせているが、ここには大きくなった子どもは連れてこられないので、子どもを見てくれる人がいないのが困ると話していました。

「この中に以前、他人の家で使用人として働いていた人はいますか?」と聞いてみると、10代後半ぐらいの少女が手をあげました。仮に彼女の名前をミヌとしましょう。どうしてそこをやめたの、ときくとミヌは激しい勢いで話し始めました。

「私が働いてた家には雇い主の大きい息子がいたの。その息子が夜しょっちゅう私の部屋にちょっかいを出しに来るから、雇い主の妹にそのことを話したら、私が告げ口したことを知った息子が怒りまくってますますひどいことをするようになった。たまりかねて雇い主に何度も訴えたら、そのうち田舎から母が呼ばれて、私を村に連れて帰った。そうしたら村の近所の人たちが、この娘はもう傷ものだ、雇い主の息子の子どもを妊娠しているに違いない、というの。すぐ検査をされて妊娠してないことがわかったのだけど、皆私のことを汚れてるとかこの子をそばに置いてどうする気だとか親に言った。それを聞いて私は頭にかーっと血が上ってしまって、母のお金を2千タカ盗んで路上に出てきたの。今は親とも親戚とも近所の人とも関係ない。私はこの町でひとりで生きていく。それだけ。」

P1010527.jpg


日本でいえば高校3年生ぐらいの年でしょうか。気性の激しそうな、でも表情にはまだあどけなさの残る可愛い顔立ちの少女でした。

ミヌが路上に出てきてセックスワーカーとして働かざるを得なくなったのは、誰のせいでしょうか。彼女を慰みものにした雇い主の息子、無責任なことを言う近所の人たち、彼女を守れなかった親や親戚。しかし死後も埋葬を拒まれるほどの強い差別を受けて生きていかなければいけないのは被害者のミヌです。


写真=シェルターの女性たち。顔がわからないようわざと画面を荒くしています。

シェルターのあるフラットにほかの住民も住んでいます。日々出て行ってくれと苦情が寄せられ、対応が大変、とスタッフの女性たち。シェルターの運営だけでなく、自ら路上に出て行ってセックスワーカーの女性たちに語りかけ、警官に殴られたこともあるという彼女たちには頭が下がりました。

ミヌは今夜どこにいるのでしょう。彼女に私たちが直接何かすることはできないけれど、シャプラニールが今年から取り組むダッカで使用人として働く少女たちのためのプロジェクトでは、ミヌのような目に遭う少女を少しでも減らせるように力を尽くしたいと思っています。


*YPSAは時々情報交換したりフィールド訪問をさせてもらう「お友達NGO」のひとつです。シャプラニールのパートナー団体ではありません。


| | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年05月20日

ローカルNGOでは学びが少ない?

昨日、ダッカ事務所のプログラム・アシスタントの採用試験がありました。応募があったのは26名、書類選考で選ばれ、こちらから通知を出した11名のうち、実際に試験を受けにきたのは6名。(これはバングラデシュでは普通のことです。新聞広告には団体名を出さずに「日本ベースのある国際NGOがスタッフを募集しています...」という形で公募を出し、書類選考後の通知の際にはじめて団体名を知る、というパターンが多いので、その段階で気に入らなければ来ないのです。)

試験問題の中には、今回この職種に応募した動機を英語で書きなさい、というのもあったのですが、その回答を読んで気になったことのひとつは、2名が「今までバングラデシュのローカルNGOで仕事をしてきたが、学べることが少ないので、国際NGOで働きたい」と書いていたこと。

2名のうち面接まで残った1名は、ローカルNGOで何人も部下がいるようなコーディネーター職の仕事をしている女性でした。話を聞く限りでは、とてもやりがいのある仕事のように思えました。面接で、「国際NGOといったってうちはアクションエイドやケアみたいな大きな団体じゃなくて、ごく小規模な団体ですよ。しかも今回募集してるプログラム・アシスタントは、プログラム・オフィサーの補佐をする仕事で、あなたの下には誰もいないんですよ。それでもいいの?」と聞いたのですが、「それでもいい」と言うのです。

結局彼女は採用することになりませんでしたが、海外に本部のあるNGOへの憧れがローカルNGOスタッフには非常に大きいことをあらためて感じました。給与の格差の問題なども当然あるのでしょうが、彼ら・彼女らがローカルNGOのしごとを過小評価し、国際NGOを過大評価しているようにも思いました。

農村パートナーの事務所.jpg

シャプラニールは農村の地域活動センターを次々とローカルNGOとして独立させましたが、独立したパートナー団体の長がもっとも悩んでいることのひとつはこのスタッフ採用。フィールド回りを担当するスタッフはともかく、会計担当が辞めたりすると、後任をみつけるのに非常に苦労します。会計をきちんと学び、パソコン技能も十分あるような人は、農村に拠点を置くローカルNGOでは働きたがらないのです。(写真はわが農村パートナー団体事務所のたたずまい。)

実は今も農村パートナーNGO3団体の中に、「会計担当急募!」の状態にある団体が1つあります。そこにいい人がみつかるかどうか、私もダッカ事務所の採用の件以上に気を揉んでいるところです。


| | コメント (1) | トラックバック (0)
坂口事務局長のブログ
藤崎駐在員のブログ

小嶋駐在員のブログ



ストリートチルドレン支援に
ご協力を【詳細はこちら
ノースウエスト航空エアケアチャリティープログラム
バングラデシュ駐在員のブログ
 
 
©2006 Shapla Neer. All rights reserved 
| 個人情報の取り扱いについて | トップページ | 問い合わせ |