海水が飲料水に?
今回のサイクロンAilaの被害で、南西沿岸部を今後サイクロン被害から救うには、2つのことについて対策がされなければ根本的解決にならない、延々と同じこと(サイクロン→高潮被害→緊急救援→救援物資・とくに飲料水が足りない→汚れた水を飲んで下痢蔓延)が繰り返されるだけ、ということがはっきりわかりました。
その2つとはズバリ、「高潮を防ぐ堤防」と「飲料水確保」です。
5月29日のこのブログに「塩水から簡単に短時間に、大掛かりな装置も使わずに塩を抜く方法があれば、ずいぶん多くの人が助かるのに...。でもそんな方法があったら人類はとっくに海水を飲料水にしてますよね。」と書いたんですが、その後「海水淡水化」で検索したら、ドバーっと日本国内の海水淡水化プラントやら、淡水化装置の情報が出てきました。
Wikipediaの「海水淡水化」の項によると、海水の淡水化で実用化されている方式には「多段フラッシュ」という蒸留法と、逆浸透膜(RO膜)を使って圧力をかける「逆浸透法」ってのがあるそう。そして、この海水淡水化用の逆浸透膜をもっとも多く製造している国は日本であると推定される、と。
知らなかった...こんなに実用化されていたとは。日本のプラントが中東やら地中海やらにどんどん輸出されてるんですね。それに福岡には海水淡水化センター(まみずピア)なんて立派な施設もある。こういう施設がバングラデシュ沿岸部にもあれば...。
そして6月4日の東京新聞にこんな記事が。
海水から飲料水、自然の力で 民活機構など横浜・山下公園で実験
山下公園なんかでやってないで、今すぐバングラデシュに持ってきてシャトキラで実験して!と叫びそうです。この移動式ってのがいいじゃないですか。でも高いんだろうなあー。それに壊れたらそう簡単には直せないよね、きっと。でもこれ実用化されたらほんとに助かりますよ。1日1500人分の飲料水が作れたらたいしたものです。シャプラニールに1台もらえませんかね...。
今日のDaily StarにもBUET(バングラデシュ工科大学)の先生がこんな記事を書いていました。
この記事でとくに私が目を止めたのは、「政府は塩水を淡水化する装置を災害対策として導入すべきだ」という部分。私は全然知らなかったんですが、
「2004年のインド洋津波被害の際、インドのタミール・ナド州では飲料水源が高潮のため汚染された。その際、タミール・ナド州政府の要請に応え、Tata Projects Ltd.が1時間に3500リットルの水がつくれる移動式の塩水淡水化装置を設置した。この装置は今も活用されている」
んだそう。で、
「食糧・災害対策省(バングラデシュで災害対策を担当する省)はディーゼルエンジンで動くこういう装置を沿岸部に設置すべきだ」
と。...賛成!救援のたびに毎回ミネラルウォーターを運んだって、全然需要に足りないし非効率でナンセンスだ。インドでTataが作ってるなら、日本やアメリカ製のを買うよりずっと価格もお手ごろなはず。それを買えないものかバングラデシュ政府よ。
中東ではもっと大掛かりな塩水淡水化装置が使われているそうですが、それは蒸留法が多いそう。これには多大な電力が必要だからバングラデシュには適さないでしょう、ですと。その通りですね。バングラデシュでもっともこいういう装置を必要としている地域はほとんど電気通ってないですしね。
このBUETの先生の記事、もうひとつ気になることが書いてありました。曰く、南西沿岸部シャトキラ付近で堤防が壊れやすくなっている理由のひとつは、エビの養殖のために塩水を引く無数のプラスチックのパイプが堤防を通っていたからだ、と。
約20年前から始まり、南西沿岸部で拡大しつつあるブラックタイガーなどのエビの養殖は、バングラデシュの貴重な外貨収入源のひとつですが、土壌や水の塩害とそれによる生態系の破壊という深刻な影響を地域に及ぼしています。
サイクロン、塩害、エビの養殖...バングラデシュ南西部の人々の生活向上について考えていると、「水」をめぐって繋がっている様々な問題の連鎖がみえてきます。
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1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。







サイクロン被害でたくさんの人が亡くなったショロンコラ郡を訪れて、何度も耳にした言葉があります。
第三次救援を実施中のゴパルゴンジはバゲルハットよりかなり内陸に入ったところで、ゴパルゴンジ県内でも北部はほとんど被害がなく、南部のトンギパラ郡、コタリパラ郡などで強風による被害がありました。今回救援を行っているコタリパラ郡の中でも南部の3つのユニオンでとくに被害が大きくなっています。サイクロンの進路と地図を見比べて見ると、おそらく南から北上してきたサイクロンはこのコタリパラ郡南部あたりで北東に方向を変え、コミラ方面に抜けたのではないかと思われます。
ショロンコラ郡のサウスカリ・ユニオンでは、すでに被災者にVGFカードが配布されていました。「明日あたり最初の米の配布があることになっている」と昨日聞いたので、今日配布があったかもしれません。1度にお米が5Kgもらえます。
短期間に住宅を再建するにはトタンが便利ではありますが、ショロンコラでの救援のパートナーであるJJSのスタッフたちは、「サイクロンの危険のある場所でトタンは配るべきじゃない。トタンの家を100つくるなら10でもコンクリートの家を作ったほうがいい」という考えだと言っていました。その家がいざというときには近隣の人々のシェルター代わりにもなるからです。
サウスカリ・ユニオンのバレッショル河畔に住むサラムさんの一家は両親と弟家族と一緒に暮らしていましたが、このサイクロンでサラムさんの父や弟をはじめ、家族8人を失いました。サラムさんの一番下の娘はまだ2歳。水が来たとき、サラムさんはこの小さな娘を抱えて外に出、木につかまろうとしました。水の中でしっかり木につかまることは両手があいていないとできません。結局サラムさんは娘の服の襟を口でくわえ、噛み締めて持ち上げながら木にしがみついていました。小さな娘はそのおかげで助かりました。
救援物資は送料や手間を最低限にするためにも、なるべく現地に近いところで調達するのを原則としているのですが、今回ビニールシートと毛布については、被災地近くの都市では手に入らないことがわかったため、ダッカで購入しました。
今回最初に立てた予算では、毛布1枚350TK(約560円)で計算していたのですが、1枚250TK(約400円)でカラフルな大判の毛布を買うことができました。厚みがあり、家族4人ぐらいが十分身体にかけて寝られるぐらいの大きさのものです。


