賊は涼しい夜を狙う
それはちょうど1週間前、3月29日のこと。夕方5時半ごろからダッカでは約5ヶ月ぶりに大雨が降りました。激しい雷と叩きつけるような雨はなかなか止まず、バチバチと音を立てて大粒の雹も降りました。ちょうど仕事を終えて人々が帰宅する時間だったので多くの人が足止めを食いましたが、それでもなんとか皆が雨の中家に帰りつく頃、ダッカの町は早くから人通りが少なくなりました。大雨と雹が降った後なので、ホコリも洗い流され、空気はすーっと涼しくなりました。
その夜、午前3時ごろ。私が住むラルマティア地区の7階建てフラットの駐車場に、塀を乗り越えて5-6人の賊が押し入り、6台の車からスティアリングやカーステレオなどのパーツを盗んで立ち去りました。ガードマンの手首を縛り、口にテープを貼ってナイフで脅しての犯行でした。
朝になって犯行が明らかになり、フラット住民は大騒ぎ。脅されて縮こまっていたガードマンは賊の手引きをしたと疑われて泣きの涙で弁解。車のパーツを盗まれる事件はダッカでは珍しくもないこととはいえ、さすがに集団犯に6台いっぺんにやられることはそうそうなかったようで、うちのフラットは不名誉にもテレビニュースにまで出てしまったのでした。
狙われた車は新車や高価な車ばかり。私は自分の車は持っていないので(持ってたとしてもボロ車だったでしょう)被害はありませんでしたが、後から大家さんの妹(国際航空会社勤務・30代後半)の4ヶ月前に買ったばかりの新車も被害に遭ったと聞きました。保険に入っていたので修理費は出るそうですが、ピッカピカのブラン・ニュー・カーだっただけに一家で大ショックだったそう。
ふむ、それにしても...と私は思ったのですが、暑さが和らぎすーっと涼しくなって人々がぐっすり寝入っている夜を狙う、というのは盗みの王道ですな。私の愛読書・鬼平犯科帳にも、盗人の秘伝の書きつけに、「一、家やしきへ忍び入るには、やしき内の人のねむりふかければもっともよし。(中略)夏去らむとして冷気きたるころこそ、つとめばたらきにはもっともよし。」などとあったりするんですが、これって時代と場所を越えて共通なのね。さらに言えば、「人を殺傷せず、証拠を残さず、朝まで気付かれず、盗られて困らぬ人から盗る」というのは、かなり「本格の盗人」と言えましょう。感心している場合じゃないですが...。賊らは下見もしていたに違いありません。夕方のあの大雨の最中から、「よし、狙うなら今夜だぜ」「おう」などと示し合わせていたのでしょうか。
我がフラットではその後、多少セキュリティも厳しくなり、夜はガードマンが二人になったようです。フラットの自治会長の話によれば、賊に乗り越えられた塀とフラットの間の隙間も金属の柵で埋めるそう。
今回は自分の住むフラットとはいえ、被害にあったのは「他人さまの車」のみで怪我人もなかったので余裕でブログに書いたりしてますが、これがもし事務所でウチの会のだいじな車をやられてたりしたら、逆上して「おのれにっくき賊めが!」などとわめいていたことでしょう。
うちの事務所にはタイガー2号という、夜よく吠えて近所から苦情が来るわ、飛びついて言うことを聞かぬわ、というちょっとおバカな犬がいるんですが、事務所のガードマンがうちのフラットの事件の話を聞いて、「夜タイガーがいることでどれだけ心強いか」と真剣に言ってました。そっかタイガーもあれでちゃんと役に立っていたんだね。
ダッカ在住の皆さま、暑い日々の合間に急にすーっと涼しくなった夜は要注意です。鍵をしっかり二重にかけましょう。いい車をお持ちの方はとくにお気をつけて。

タイガー2号。とろいクセに屋根の上が好き。一度落ちて腰を打った。おバカな子だねほんとに。
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1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

土曜日、ノルシンディ県のメグナ川の中洲の砂地を歩き回っていたら、ブチっと音がしてサンダルのベルトの止め具(ゴム製)が切れました。駐在直前に購入し、フィールド用サンダルとして愛用していたECCOのウォータースポーツ用サンダル。しっかりしていて滑らないし水洗いできるので、砂地、泥道、水の中、と、この3年半どんな悪路でも頼りにしてきたのですが、ついに寿命。左の止め具が切れたと思ったら同じ日のうちに右も切れてしまいました。







事務所の向かい側の建築資材の山の上に、少年が二人腰掛けていました。ひとりはルンギ1枚をたくし上げて短パン状にして着ただけ、もうひとりはシャツとジャージのズボンをはいていますが、このズボンは片足が長ズボン、片足が短パン、という状態になっています。
親戚だからといって子どもによくしてくれるとは限りません。子どもを使って稼ぐことしか考えていない人もいます。この子も、ドロップイン・センターに通い続けることができれば、勉強したり他の子どもと遊ぶこともでき、困ったことがあったときには、センターのスタッフに相談することもできたはずなのですが....
あんまりひどいので、スタッフに見せて「これどうしたらいいと思う?」と聞くと、「うわっ、なにそれ、アパ?!虫の毒が回ってるんじゃない?それはもうサブロン・クリームを塗らなきゃだめだよ」ですと。
そこでふと、前回も腫れたけど、ここまでひどくなる前に治ったよな...あれはなんで治ったんだろ?と考えてみたら、あ!とタイガーバームを塗っていたことに気がつきました。そういえば、今回、キンカン、ムヒ、ウナコーワ、サブロン・クリームは全滅だったけど、タイガーバームはまだ試してなかった。
以前、この
昨夜、私はもう一人、べつの赤ちゃんのお祝いに行ってきました。訪ねた家はミルプールにあるバングラデシュ人の友人、ディプとジュムルの家。彼らは夫婦とも別々のNGOのスタッフとして働いています。ちなみにベンガル人は皆小さい頃から本名以外にニックネームを持っていて、ディプ、ジュムルというのも彼らのニックネームです。
その夜、集まってきたディプの親戚にはいろいろな人がいました。クルナからやってきたディプの伯父さん、伯母さんはバングラデシュの独立直後から戦争孤児たちのための孤児院を立ち上げ、今もたくさんの孤児院や学校を運営しているNGOの創設者。PKOでイラクに行っており、数日前に帰ってきたばかり、という叔父さんもいたし、その息子は私もCDを持っている人気ロックバンド、BLACKの元キーボーディストだったのにはびっくりしました。(彼らはギターとキーボードを持ってきており、私がリクエストした曲をその場で演奏してくれました)
孤児院の子どもを家族に迎えたことを心から歓び、親族が一同に集まって夫婦と子どもを祝福し、彼らの未来のために真剣に祈る姿にはとても心を動かされました。決してお金持ちではない、中流階級の一家です。クルナの伯父さんはパーキンソン病を患っているし、ディプのお母さんも入院しているしで、いろいろ大変そうなのですが、赤ちゃんは「灯火」という名前のとおり、皆の心を明るくしてくれているようでした。
前にもご紹介した隣家のお手伝いの少女、ナシマがいなくなりました。田舎の村に返されたようです。数日前から、台所の窓の向こうにナシマの姿が見えないな、とは思っていたのですが、このところだんだん肌寒くなって窓を開けっぱなしにする気候でもなくなっていたし、私も出張したり風邪を引いて寝込んだりしていたので気がつかなかったのです。
午後の陽だまりの中、庭先のバケツで赤ちゃんに行水させる若いお母さん。ちょっと逆光で陰になってしまいましたが、親子の顔かたちがよく似ています。髪の分け目につけた赤い粉はシンドゥールと呼ばれる既婚ヒンドゥー女性の印です。
このニセ札がどこからどうやって入ってきたのかわかりませんが、なんだかちょっとヘンな気がして銀行に持っていってみたら、本当にニセ札だったんだそうです。500タカ札はバングラデシュのお札の中では最高額紙幣なので、お釣りでもらうものではなく、両替でつかまされた可能性大。銀行では当然取り替えてくれず、本当ならそこでシュレッダーにかけるところだったのですが、「上司に証拠を見せて事情を説明しないといけないから」と言って、そのまま持って帰ってきたそうで。(難なく持って帰れちゃうところが銀行も甘いなあと思うけど)




