シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
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2008年09月05日

6時10分の差し入れ

夕方自宅でパソコンに向かい、会報の特集原稿書きに苦しんでいたら、ジリリン、と家のベルが鳴りました。出てみたら昨夜私が家に招きいれもせずに追い返してしてしまったお隣さんちのお手伝いさんが、お皿に乗せたイフタールを持って立っていました。ちょうど6時10分、あと数分で断食明けを知らせる日没のアザーンが聞こえる、そんな時間です。

私が住んでいるフラットは1フロアに向かい合わせで2軒ずつ、4世帯が入っているつくりで、うちの向かいの家が以前このブログにも書いたお手伝いの少女ナシマがいたアメリカ帰りの若いビジネスマン夫妻の家、今回のこのお隣さんは玄関を出て左の隣です。30代前半ぐらいのご夫婦と6歳、4歳、1歳の女の子3人。旦那さんはテキスタイル・デザイナー、奥さんのファテマは今のところ主婦だけど、いつかNGOで仕事をしたい、という気持ちを持ち続けている人です。きのう私が「明日も家で原稿書きしなきゃいけない」と言ったから、ファテマは気をつかってイフタールだけ届けてくれたようです。そういえばファテマはショベ・バーラトの日にも差し入れしてくれたんだった。

ファテマのイフタールは2種類の揚げ物とターメリックで黄色く色づけたご飯、豆、わずかにご飯でとろみをつけたダールのスープ。ピンクの花模様のお皿に乗せたイフタールはとてもきれいでおいしく(せっかくなのでアザーンが聞こえるのを待って食べました)、食べ終わってしまってから「写真を撮っておくんだった」と後悔。

しばらくしてから、洗ったお皿を返すのと一緒に、買い置きしていたりんごジュース1パックと絵が可愛いと思って前に買った「ラマダンの祝福」という英語の絵本を持ってお礼に行きました。玄関から玄関へは7歩の距離。

「ゆうべはごめん」と謝ったら、「そんなのいいのよー。うちの子がどうしてもあなたんちに行くんだってうるさかったもんだからね」と気さくなファテマ。ジュースと絵本を渡したら「こんなことしないでいいのに...」と言いつつ喜んでくれました。

ファテマのお連れあいも出てきて彼らの居間でお喋り。「今どんな仕事してるの?」と彼に聞かれて説明していたら、使用人として働く少女のプロジェクトに興味を持ってくれました。「何か女の子たちに手仕事を教えられるといいよね。ぼくはテキスタイル・デザイナーだから、役に立てることがあったら言ってね」と真っ直ぐこちらを見て言ってくれました。「夕方家にいるときはうちにイフタール食べにおいでよ。きっとだよ。」とファテマ。

ロクに家にもおらず、あまりつきあいのよくないガイジンの私に親切にしてくれる隣人たち。本当にありがとう。あなたの家庭にますます幸せが来ますように。


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ラマダン4日目

9月2日からラマダン(断食月)に入り、今日が最初の金曜日。本当だったら今頃バンドルボン出張に行っているはずだったのですが、この仕事の担当スタッフの家族が入院したため、急きょ延期に。実現していたら18日間連続勤務、その間週末を潰して2~4泊の出張3回、というヤケクソみたいなスケジュールになるところだったので(ってこういう日程を立ててるのは自分だけど)、家で休めてちょっとほっとしています。でもこれでバンドルボン行きが遠のいてしまったなあ...。

去年の今頃、「今回はきっと駐在中最後のラマダンだからちっとは断食してみるか...」などと書いていたのですが、なんのことはない、またラマダンが巡ってきました。この時期、夕方6時すぎごろウロウロしていると、住んでいるフラットの管理人さんやご近所さんも「イフタール(断食明けの食事)食べていきなさいよ~」と誘ってくれます。実にオープン。

昨夜、8時ごろひとりで夕食を作って食べていたら、「ジリリン」と家のベルの音がして、玄関に出たら同じフロアの家の小さな女の子が。ドアの隙間から家の中に入って来ようとします。その子のお母さんも一緒に来て、「今日イフタールの時間にいるかなと思ってベル押したんだけど帰ってなかったよね?うちの子あなたとお話したいんだって」と。

バングラデシュ人だったら疲れていようが、寝巻き姿だろうが、「どうぞどうぞ」と招きいれて、お茶のひとつも出したでしょう。ラマダン中なのだから尚さら好意的に。

でも、昨夜の私はダメでした。先週末もボリシャル出張で休んでなかったし、疲れて早くひとりで休みたかったんです。で、「ごめん、また今度...」と迷惑そうな顔をしてしまいました。

その後ひとしきり自己嫌悪。わたしゃーなんて冷たいんだ。せめて子どもには愛想のいい一言でもかけてあげるんだった...。でも東京育ちの私としては、ようやく明日は久々の休みという疲れた夜、寝巻き姿でテレビ見ながらご飯食べてるときに、自分のプライベートな領域にいきなり入って来られるのはやっぱり辛かったりします。余裕がある日ならいいんですけどね。

バングラデシュの人だったら、疲れてたって、玄関口で迷惑そうな顔なんかまずしないでしょう。寝巻き姿だろうがご近所さんなんだから気にせず、「まあ入ってよ~、こんな格好でごめんね~。今ご飯食べてたとこだけど」と招きいれるでしょう。

こういうとき、底抜けにオープンなバングラデシュの人たちのホスピタリティには到底、「かなわない...」と自分の度量の限界を感じます。


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2008年08月16日

祝福と布告の夜

今夜はショベ・バーラト。アラビア語ではライラ・アルバラーアというそうです。ラマダン(断食月)が始まる前の満月の夜、ムスリムの人々にとっては聖なる夜です。バングラデシュでもムスリムの人々は一晩中礼拝をしてこの夜を祝い、翌日は亡くなった親族のお墓参りをします。甘いお菓子やパンをつくって、貧しい人たちに分け与えたり、断食をしたりもします。今日は朝から近所で牛を捌いている人を見かけました。午後にはお線香かロウソクのようなものを売っている屋台も出ていました。

先ほど見たテレビ中継では、国立モスクで祈りをささげる男性たちにインタビュアーが「何をお祈りしていますか」と尋ね、おとなたちは「来年安心して暮らせるように」「平和を祈りました」、子どもたちは「勉強がよくできるように」などと答えていました。

お墓参りをするというのでムスリムにとってのお盆みたいな日なのかなと思っていたら、ちょっと(かなり)ニュアンスが違いました。今夜は聖なる「祝福の夜」であると同時に、アッラーが生ける者すべての来年の運命を決める「布告の夜」なんだそうです。誰が生き、誰が死ぬのか。誰が罪に問われ、誰が許されるのか。そういったことが毎年この夜、神に決められるのだと。それでは確かに夜を徹して祈らずにはいられませんね。

私のバングラデシュ駐在の日々はいつまで続くのか、あとにどんな人が来るのか、来年どんなことがあるのか、そんなこともアッラーは今夜決めるのかな。

アッラーよ、どうか悔いのない日々を過ごさせてください。人々に役立つよい仕事をさせてください。離れて暮らす家族をお守りください。よい後任をみつけてください。バングラデシュにも、日本にも、他の国々にも大きな災害が起こりませんように。

イスラム教徒ではありませんが、思わずおごそかに祈りたくなる夜です。

参考文献:「イスラームを知る32章」ルカイヤ・ワリス・マクスウド著(明石書店)


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2008年04月14日

今日はポイラ・ボイシャキ

今日はベンガル新年、ポイラ・ボイシャキで休日。パソコンや携帯のメールで、「Shubha Nabhabarsha!(新年おめでとう)」のメッセージが飛び交っています。私の家の近所は学校が多いこともあって、外は朝からパレードや音楽行事などでにぎやか。太鼓を打ち鳴らし、張りぼての動物や幟のようなものをもった行列が家の前を何度も通っていきました。

P1000445.jpg

(写真=家の前を通っていったワニの張りぼて。でもなんでワニなのかなあ)

ほんとならちょっと外出して新年の賑わいを楽しんできたいところですが、私は風邪をこじらせてボロボロ。頭も重いし、食べ物の味もよくわからないから食欲もないし。5分おきにビービーと鼻をかみ、ビタミンCをとろうとひたすらオレンジジュースばかりを飲みつつ、ベッドの上で新聞の「ベンガル新年特集」と池波正太郎の「鬼平犯科帳」を交互に読んでいる状態。まさに寝正月、ですね...。

ベンガル正月の前日にはよくあることですが、昨夜は雷が鳴り響き、激しい風雨で家の窓がガタガタ揺れました。11月のサイクロン以来、こういう暴風雨が来ると飛び起きてしまいます。昨夜は幸い短時間で収まったようですが、収穫を目前にした稲がやられたところはないか気になります。


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2008年01月26日

ビッショ・イジュテマ初日で終了

昨日もお伝えした年に一度のイスラム教徒の大集会、ビッショ・イジュテマですが、冷たい雨の続く悪天候のため少なくとも3人の死者が出たため、日曜日に予定されていた締めくくりのお祈りを金曜の夜のうちに終え、1日で終了することになりました。

こんなことはビッショ・イジュテマ始まって以来だそうですが、これ以上お年寄りの巡礼者が亡くなったりしたら大変ですもんね。

ほんとバングラデシュにしては、ここ数日は寒い。私は今日一日腰にホカロン貼ってました...。


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2008年01月25日

今日からビッショ・イジュテマ

メッカへの巡礼、ハッジに次ぐ世界第2規模のイスラム教徒集会といわれる「ビッショ・イジュテマ(Biswa Ijtema)」が、ダッカ北方トンギ地区の河原で今日から始まっています。今年は本日1月25日から27日までの3日間。少なくとも世界58カ国から約300万人が集う見込みと言われています。

先週、マイメンシン県に出張したとき、会場の脇を通ったけど、すでにこの数百万人の人たちが集ってお祈りするための巨大なテントが用意されていました。でもほんとーに何にもない、だだっ広いだけの河原なんですよね。なぜここが聖地に選ばれたのかしら。

今朝の新聞記事によればセキュリティにあたる警察官や軍人など、治安部隊の人数だけでも12,000人。ほんとは今日、サイクロンで延期になっていたダッカ日本人会の運動会が予定されてたんですが、このビッショ・イジュテマに警官がみんな行っちゃって、運動会の警備には人を出せないということでまたまた延期になっています。この記事によると開始2日前の水曜日だけですでに53人のスリを捕まえたそうだけど、スリってそんなに早くからスタンバイしてるものなのか。

ビッショ・イジュテマの3日間、空港あたりから会場付近までのエリアはほとんど車の通行は不可能になります。とくに最終日の終了直後は参加者が大挙して移動するため、列車は屋根の上まで鈴なり、道路も歩行者であふれて大変なことに。この間、とくに初日と最終日はダッカより北方向への出張や、空港に行くことは避けるのが賢明です。

今日はこの冬一番の冷え込みの上、冷たい雨が降り続いて最悪の天候。会場となった河原もぬかるんでドロドロになっていて、巡礼の人たちはたいそう苦労しているようです。病人もかなり出るかもしれません。

世界各地からはるばるトンギの河原まで巡礼に来た人々の祈りがアッラーに届きますよう。


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2007年09月18日

3度目のラマダン

P1000194.jpg今月14日の金曜日から断食月(ラマダン)がスタート。今年は聖なる断食月の初日がお祈りの日である金曜に重なったので、この金曜日はどのモスクもお祈りの人々で大層にぎわっていたようです。

私にとっては赴任後3度目にめぐってきた断食月。今年は少しは断食してみようと思い、初日、日の出から日没まで食べずにいてみました。日ごろよく食べているので、食事をがまんするだけなら少々お腹はすくもののどうということはないのですが、水を飲まないのはかなりキビシイ。この暑い中、汗もかくし、水分をとらないと血液ドロドロになっちゃいそうなので、水は飲んでいいことにしようと勝手にルールを緩めました。イスラム教徒の皆さまからみればずいぶん軟弱な断食でしたが、それでも断食明けに食べた食事はおいしかったです。毎日する気はないのですが、ダイエットのため週末だけこの水分OKの軟弱断食をちょこちょこやろうかなと思っています。

写真は近所のモスクに出ていたイフタールの屋台。イフタールというのは断食明けの食事のことです。日没時のアザーンの声がモスクから聞こえてくると、それがその日の断食が明けるサイン。イスラム教徒はこの時間が来ると、皆、とるものもとりあえず水をのみ、家族でイフタールを楽しみます。イフタールは皆で分け合うことになっているので、貧しい子どもたちが袋を持って店などを回り、イフタールの残りものをもらっている姿もよく目にします。

断食月中は皆イフタールの時間までに家に帰るので、終業時間も1時間ほど早くなります。そのかわり、昼休みは30分のみ。イスラム教徒のスタッフはお昼を食べないので、駐在員とヒンドゥー教徒、キリスト教徒のスタッフだけが、ささっと食事します。断食月中一度は、わが事務所でもささやかなイフタールパーティをするつもり。その日は私も水も飲まずに完璧な断食をしようと思っています。


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2007年09月15日

ものもらい流行中

雨季も後半のこの季節になると"ものもらい”が流行り、目を赤くしている人が多くなります。我が事務所でもスタッフが順番に目を腫らし、感染するから...と数日休んだりしています。私や小嶋駐在員は今のところ無事ですが、今ひどい状況なのは雑用係のトゥトゥール。両目がほとんど開かない状態で悲惨です。

ここの人たちは皆(かなり教育のある人でさえも)、ものもらいは目をこすった手が触れたり同じタオルを使ったりして感染るだけでなく、「3度目と目を合わせると感染するから目を見ちゃいけない」などと言うんです。ウイルスが目から目へピューっと直接飛ぶイメージらしい。だから目が見えないように、とものもらいになった人は色の濃いサングラスをかけています。「見たからって感染するってもんじゃない」と私は主張しているのですが、あんまり受け入れられません。トゥトゥールも今黒いサングラスをかけてチンピラみたい(笑)。まあ、目の腫れた顔は人に見せたくないし、人の腫れぼったい目を見るとこっちの目も腫れてくるような気がする、というのは気持ちとしてはわかりますけどね。

スタッフの話によると、1971年の独立直後の洪水のあと、バングラデシュ人の9割以上がものもらいにかかった時期があったそうです。みんな一様に目を腫らしていたとか。その頃は今よりもっと栄養も悪かったでしょうし、衛生面の状況も悪かったので、あっという間に広がってしまったのでしょう。

洪水で汚水が溢れることがしょっちゅうのバングラデシュでは、皮膚病、眼病、下痢は今も多くの人が悩まされる病です。


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2007年08月30日

事務所の休日決めは気を遣う...

今日はショベ・バーラトというイスラム教の祝日で、政府はじめたいていの事務所はお休み。でも年度始めにつくった休日リストでは我が事務所は出の日にしておいたところ、朝のミーティングでスタッフの一人が文句を言い始めました。

「今日はイスラム教徒にとって重要な祝日。みんな休みなのにうちの事務所だけ出にするなんて!」

このスタッフは卒業した大学もイスラム系だし、事務所の中でもっとも敬虔なイスラム教徒なので、いつも休日リストをつくるときには、彼に意見を聞いています(実際にリストをつくるのは、ヒンドゥー教徒の総務担当と所長の私)。今年の分をつくるときもちゃんと相談して決めたのに、彼は覚えていない様子。

ショベ・バーラトの夜(前夜)は、敬虔な信者は一晩中起きていてお祈りをしたり、日中は断食をしたりします。夜中お祈りしていた人には、確かに翌日(イスラムの暦では1日は日没から始まるので、翌日といってもイスラム暦上は前夜と同じ日)に出勤するのはきついはず。それぐらいは私も知っていて休日リストをつくるとき確認したけど、それでも彼はこの日は出にしても大丈夫、と言ったはず。

口火を切った彼の言葉に乗っかって、他のイスラム教徒のスタッフも何人か「そうだ、今日はだいじな日だ」と援護射撃。ヒンドゥーのスタッフも、「そういえば今までショベ・バーラトが出勤日だった記憶はないな」などと言い出す始末。でもなんで今朝になって言うわけよ?休日リストをつくって配布してから9ヶ月もたっているんだぞ。もっと前に言ってくれれば他の休みと入れ替える方法もあったかもしれないけど、その日の朝出てきてから言ったってしょうがないじゃないか。

シャプラニールの規則では、金・土の週末休み以外のダッカ事務所の年間休日は20日間と決まっています。バングラデシュの国民の休日はもっとたくさんあるので、全部を休みにするわけにはいきません。また、ダッカ事務所の宗教別スタッフ構成は、現在イスラム教徒6名、ヒンドゥー教徒2名、キリスト教徒3名。このすべての宗教の休日に配慮しなければなりません。

毎年同じ日が休みなら簡単なのですが、ややこしいのは、年に2回のイードなどイスラム教の休日がイスラム暦を元にしているため、年々10日ぐらいずつ前にずれていくこと。通常はそれほど問題はないのですが、今年はたまたま前の犠牲祭のイードが年末年始にかかったため、1月から12月の間にイード休みが3回入ってくることになってしまいました。大型連休となるイード休みを削らないためには当然他の休みを削らなければなりません。それでめったに削ることのないショベ・バーラトの日が今年は出勤日になってしまったのでした。

スタッフ皆に気を遣い、事前に根回しもして休みを決めているこちらとしては、休みの当日になって「今日が休みじゃないのはおかしい、相談されてない」などと言われると腹が立ちます。つい、朝から「当日になって言われたってどうしようもないでしょうが!わたしゃちゃんとあなたたちの意見も聞いて決めたんだ。文句言うならもっと前に言いなさいよ!」と大きな声を出してしまいました。

朝はしばらくプリプリしていた私ですが、お昼時、プログラム・アシスタントのイルシャト(イスラム教徒)が自宅でつくってみんなのために持ってきたというハルワ(ショベ・バーラトのときに食べるお菓子。かぼちゃや人参などを使っていてやさしい味がする)を食べて、機嫌を直しました。イルシャトおいしかったよ。ありがとね。


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2007年04月28日

人が雷に打たれると...

この季節、バングラデシュでは雷がよく落ちます。日本でもゴルフ場などで人が雷に打たれる事故がたまにありますが、平らな大地が広がるバングラデシュでは、畑や田んぼで農作業中の人や、屋根に上がっていた人の上に雷が落ちてしまうことが多々あります。

今朝新聞を見ていたら、昨日バングラデシュ南西部のシャトゥキラ県で、田んぼで農作業をしていた人たち13人が雷に打たれ、病院に運ばれたが全員重症、という記事が載っていました。

それを読んで思い出したのは先週昼休みにダッカ事務所のスタッフから聞いたちょっと不気味な話。

スタッフA 「農村部の田舎ではね、時々雷に打たれて亡くなった人の遺体が盗まれることがあるんだ」
私   「遺体が?! 何のために?」
スタッフA 「んー、よくわからないんだけどね、雷に打たれると人間の身体の何かが変化する、という迷信があるらしいんだ。とくに脳みそが。」
私 「で、でもなんで盗むわけ?盗んでどうするわけ?」
スタッフA 「うーーん、それは僕にもわからないんだけど、盗まれるのは人間なんだ。牛とか山羊が雷に打たれてもべつに盗まれないみたい。」
私 「(半信半疑で他のスタッフたちに)ほんとなの、それ?みんなそんな話聞いたことある?」
スタッフB 「ある」
スタッフC 「僕もある」
スタッフD 「私もある」
その場のスタッフ全員「でも盗んでどうするのかはわからない」
私   「うー。(ますます混乱)」

農村部では病気になった人が借金して多額の治療費を払ってでも地方都市の病院まで行く、というケースがかつてに比べてずっと増えている一方で、今でもいろいろな迷信があるようです。人々に話を聞くと、症状によって、こういう場合は病院、こういう場合はコビラージュ(祈祷師)と使い分けているらしく、その判断基準は話を聞いてもどうもよくわかりません。彼らにとっては明確なものがあるらしいのですが。

雷に打たれた人については、アッラーの怒りに触れたのだ、と忌み嫌われる場合もあるそうで、こっちはまだ理解可能。でも遺体が盗まれるっていうのは気持ちワルイ。雷に打たれるとどうなるっていうんだろう?

今度村人と話をするとき、そんな言い伝えがあるかどうか聞いてみましょう。笑われるかもしれないけど。ついでに日本では「雷様におへそをとられる」という話があることも教えてあけましょう。


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2007年04月14日

ベンガル大晦日

明日4月14日はベンガル暦のお正月。だからつまり今日は大晦日。近くの女子カレッジの校庭で新年の文化イベントが行われているようで今日は昼すぎからずっと大音量の歌とタブラーやハルモニウム、バンスリなどの楽器の伴奏が聞こえています。年越し音楽祭という感じ。大晦日だから近所で紅白歌合戦をやっていると思えばいいのかな。

去年もそうだったけど、こういうときに独りでいるのは寂しい、というかつまんないですね。休みの金曜日で大晦日だというのに私が今日家でやっていたことといえば、新聞を読んでブログを書くこととまだ見てなかったホラー映画のDVDを観ること(続けて2回も観てしまった)。暗い...。

今年こそは赤と白のサリーを買って友達誘ってベンガル新年のイベントに行くぞ、と思っていたのですが、先月イスラム過激派JMBの爆弾犯人6名が処刑され、その報復テロがベンガル新年を狙ってあるかもしれない、という物騒な警告も出ていて人ごみの中に行く気もせず、今年もテレビ正月になってしまいそうです。まあ出かけたら出かけたで、あちこち交通規制もあって大変ですしね。

TVニュースでは日本の大晦日さながらに市場の生鮮市場で買い物をする人たちの様子が映り、新巻鮭ならぬバングラデシュの国魚イリッシュ・マーチの値段が、大きいもので一尾3千タカ(約5千円)にまで吊りあがった、とレポートされていました。確かに立派なイリッシュだったけど、ちょっと常識では考えられない高値です。ベンガル新年には素焼きの器でご飯の水漬けとイリッシュマーチを食べる、というのが定番らしいのですが、こんなに高くちゃ誰が買うんだろう、と思います。買いものに来た男性が「イリッシュを買いに来たんだけど、こんなに高いんじゃ山羊一頭買ったほうがいいよ」と言っていました。私もそう思う...。

もうあと20分で年明け。1年を振り返りつつビールでも飲むかな。


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2006年12月04日

民間療法

昨日、コトン、という感じで気温が下がりました。朝の通勤時、前日までと同様の夏服だった私は、ちょっと薄着だったかなと思いつつも、リキシャですれ違う人々があまりに大げさな冬服姿なのを笑っていたのですが、事務所で仕事をしているうちにだんだん寒くなり、喉が痛くなってきました。いやはや、笑われるべきは私だったのでした。

ダッカ事務所スタッフの中にひどい風邪引きが2人いたので(1泊出張で農村パートナー団体の事務所の宿舎に泊まったら隙間風がひどく寒かったのだとか)、彼らからうつったのかもしれません。週末休んでなくてやや疲れ気味だったのもまずかったかも...。

結局夕方にはこちらもすっかり鼻声の立派な風邪引きになってしまいました。

喉が痛いのには、大根を刻んだものに蜂蜜をかけてそのおつゆをすくって飲んだらなんだか少し効いたような感じ。あとはあったかいものを食べて風邪薬を飲んでひたすら寝るのみ。
私は滅多に熱を出すことはないので、今回も1日寝ればなんとかなるでしょう。

熱を出すと、バングラデシュでは仰向けに寝た人の頭だけベッドからはみ出させ(または椅子に座らせてぐっと上を向かせ)、下にバケツを置いて、額の上から水を手桶でざーざーかける、というかなり大胆な熱冷まし技が一般によく行われています。とにかく早く高熱を下げなければ、というときにはけっこう有効なようです。

昔住んだことのあるインドネシアでは、コインで肩や背中など、身体が真っ赤になるまでひたすら擦る、という民間療法もありました。私はやってもらったことはないけれど、試した人に聞くと、これも熱冷ましに不思議と効く、という話でした。

明日から3日間、東京とカトマンズからの出張者三人を迎えて初の駐在員合同会議。風邪はなんとか今日中に治したいもの。会議中のお茶はこちらで「アダチャ」と呼ばれる生姜入りのお茶にしてもらおうっと。

あと今夜試すべくは...卵酒かな。


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2006年10月17日

かき入れ時

断食明けのムスリムの大祭、イードが1週間後にせまってきました。この時期は日本のお正月のようなもので田舎に帰る人も多いので、わがダッカ事務所も前後週末合わせて9日間の連休となります。イードの前には皆田舎に持っていくお土産や、自分や家族の新しい服などの買い物をするので、道路やお店の混雑も今週がピーク。

イード前のこの時期、とくにかき入れ時を迎える商売にはこんなものがあります。

①仕立て屋さん
 新しい服の仕立てで大忙し。引き受けた仕立て物はすべてイード前に仕上げなければならないので、どこの仕立て屋も今は夜なべで必死で仕事をしています。私がちょっと前に頼んだ仕立物を「急がなくてもいいよ」と言ったら、仕立て屋の青年はすがるような目で「イードの後でもいいでしょうか?」と聞いてきました。相当仕事がたまってるんだろうなあ。

②床屋さん
 ベンガル人は床屋さんのことを「セルーン」と呼んでいます。要は「サロン」ですね。このセルーンも今はイード前に髪を整えてパリッとしよう、という人たちで混んでいます。この時期は料金もちょっと高くなるのだとか。

③カード屋さん
 イードのときには「イード・ムバーラク」と書いたグリーティング・カードをやりとりしたり、贈り物にカードを添えたりする人が多いため、イード前のこの時期はカードを売るお店もかき入れ時です。道端にカードの露店も出ます。

④ブティック
 ダッカにはサリーやサルワール・カミーズといった女性用の民族衣装を売るブティックがいろいろあります。安上がりなのはこういうところでデザインのアイディアを盗み、自分で生地を買って仕立て屋でつくることですが、ある程度お金のある人はブティックでのお買い物をエンジョイ。どのブティックもイードの時には「今年のイードファッション」と称して新しいデザインを発表します。

わが事務所に今年入った新人で、高級住宅街のダンモンディに家がある「お嬢」がいるのですが、彼女は、「イードのときにブティックを見てまわって気に入った服を買いたいけど、交通渋滞がひどくて何件も見るのは大変。だから先に雑誌で目星をつけてからお店に行くの」と言って、昼休みにファッション雑誌を見せてくれました。なるほどダッカのお嬢はこういう雑誌を参考にしてお買い物するのね。

イード休みに入ると、皆が一斉に帰省するので、バスも電車もフェリーも乗客満載でよろよろ状態になります。この時期は乗りすぎたバスがパンクしてひっくり返ったり、フェリーが沈没したり、という事故も度々起こります。ダッカのスタッフたち、皆無事に帰省して元気に戻ってきてもらいたいものです。

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2006年10月13日

ムスリムの「法事」

昨日パートナー団体のPAPRIで、先月爆発事故で亡くなった調理担当のスタッフ2人の追悼宗教行事に参加してきました。亡くなってからほぼ1ヶ月。本来はもう少し前にやるものだったらしいのですが、聖なる月である断食月にしたほうが意義深くなるということで、昨日行うことになったものです。

2人が亡くなったときは本当に辛くて、PAPRIのスタッフたちも相当落ち込んでいましたが、2人のお葬式のあとPAPRIの代表のバセッドが中心となって遺族とも誠意をもって補償の話し合いをし、通常の活動を続ける一方で事故の後処理や追悼行事をひとつずつこなしながら、少しずつ気持ちの上でも立ち直ろうとしています。

PAPRIのナラヤンプール事務所に行くと、中庭に大きなテントが張られ、一面に敷物が敷かれていました。前にモスクのイマーム(宗教指導者)や村の長老や有力者らしき人たち、亡くなったスタッフの男性の遺族がこちらを向いて座り、あとの男性は向き合う形で前を向いて座り、女性たちは横に別に用意された席に座りました。男性たちは金曜日の礼拝のときなどにかぶる白いキャップをかぶり、女性たちはサリーの端やサルワール・カミーズのオロナと呼ばれるスカーフを頭にかぶっています。私もオロナを頭にかぶって女性の席の一番前に座りました。

追悼の行事は夕方4時半すぎから始まりました。参加者は全部で200人ぐらいはいたでしょうか。前の中央に座るイマームの声に合わせ、皆が預言者ムハンマドの名前が入ったお祈りの言葉を節をつけて繰り返し歌うのですが、それは哀調をおびたメロディーで、男性も女性も声を合わせて静かに歌う様はとても厳かで美しいものでした。

数十分ほど歌のようなお祈りが続いたあと、一度立ち上がって皆で祈りを捧げ、その後イマームが「アッラーよ、事故で死んだ二人をあなたのそばに行かせてください」というような顛末を交えたお祈りをし、日も沈みかけた5時半ごろ、全員に紙袋に入れたイフタール(断食明けの簡単な食事)と水が配られました。

5時40分ごろ、アザーンが聞こえると、皆でイフタールを食べ、その後男性だけが中庭で全員西のメッカの方角を向いて祈りを捧げ、追悼集会が終わりました。

集会が終わったあと、PAPRIの代表やマネジャーたちと少し話をしましたが、皆少し肩の荷が下りた感じで、日本でいうと「これで四十九日も終わりましたね...」という雰囲気でした。 

ダッカ事務所は去年から今年前半にかけてはスタッフの結婚や出産などおめでた続きだったのですが、9月から10月にかけては、このPAPRIのスタッフの死亡事故があったり、ダッカ事務所のヒンドゥーのプログラム・オフィサーのお父さんが亡くなったり、私の義父が亡くなったりと、なんだか周囲でお葬式続きでした。

辛い時期ではあったのですが、バングラデシュのムスリムやヒンドゥーのお葬式や「法事」について見聞きしたり、日本のお葬式や法事のことをダッカのスタッフに説明したりする中で、興味深い発見もいろいろありました。

辛気臭い話ばかり続くのもなんですが、ヒンドゥーのスタッフに聞いた、彼の出身地の村でのお父さんの葬儀にまつわる話も興味深いものなのでそのうちご紹介します。


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2006年09月26日

ラマダンの皮肉

ラマダン(断食月)というのはただ断食をするだけでなく、道徳を守り節制に努め、神様のことを考える月、ということなのですが、この「節制」の部分は皮肉なことにだんだん逆の状態になってきている、と複数のバングラデシュ人ムスリムが自嘲的に言っていました。

日中は断食しているのだけれど、断食明けの食事や夕食がどんどん高カロリーになってきて、この期間はかえって太る、という話です。確かに、夕方6時前の日没の時間にイフタールを食べ、夕食は夕食で9時とか10時に普段より豪華なのを食べ、日が昇る前の朝4時半頃に起き出して断食前の最後の食事を食べ、また寝る...というライフスタイルは、ダイエットの理屈から考えると逆効果になりそうな気も。

断食明けのイフタールは地域によって違うようですが、バングラデシュの場合はどうも揚げ物と甘いものが多いんですよね。あれを食べ過ぎると確かに太りそうです。

毎週火曜日に新聞のおまけについてくる別冊生活情報紙を見ていたら、今回の特集は「低カロリーのイフタール・レシピ」でした。「今年こそはラマダンとダイエットを両立させて、すっきりボディでイードを迎えましょう」みたいなキャッチフレーズの下に、揚げ物をなるべ避け、野菜や果物を多くしたイフタールの作り方が並んでいました。たしか去年もそんな記事があったなあ。

断食明けのイードは皆が新しい服を買って一番おしゃれを楽しむ時期でもあるので、とくに女性はその前に太っちゃうとせっかくのお洒落が台無し、というのもあるんでしょうね。

また、「道徳」という面からみてかなりクエスチョンなのは、この時期にあちこちで行われるイフタール・パーティがかなり政治的に利用されていること。とくに今年は5年に一度の総選挙を控え、政治家たちのイフタール・パーティでは相当なお金が動くだろうという話。

ラマダン中に一度は5つ星ホテルにでも行って、最高級イフタール・パーティはどんなんだか、覗いてみますかね。


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2006年09月25日

今日からラマダン

今日から断食月(ラマダン)がスタート。ダッカ事務所の勤務時間も普段の9時~5時から9時~4時と、1時間終わりが早くなり、昼休みも30分短くなります。政府の役所にいたっては昼休みは15分で勤務時間は3時半までだそう。3時半を待たずに帰ってしまう人もいるらしく、午後の道路は早くから渋滞します。

4時過ぎると皆ささっと帰っていきます。お祈りをしたり、断食明けの食事の用意をしたり、買い物をしたり、皆急いで家に帰ってやることがたくさんあるのでしょう。

私も今日は5時に事務所を出ました。こんなに早く帰ったら持て余しちゃうなあ、と思いつつ。
帰り道にはたくさんイフタール(断食明けの食事)の屋台が出ています。おいしそう。市場も買い物する人でいつも以上にごったがえしています。今度そういう写真を載せましょう。

こういう、夕方ムスリムの家族たちが皆家に集って断食明けの食事を楽しむ特別な季節は、一人暮らしが本当につまらなく思えます。

今、17時45分ぐらい。あと10分でイフタールの時間を知らせる夕方のアザーンが聞こえるはず。
家の窓を開けると、イフタールの食事の匂いがし、シューッと圧力鍋の音がしたりして、近所の人たちがいそいそと支度をしている気配があります。テレビを大音量でつけている人もいます。アザーンを聞くためでしょう。(そうでなくてもそこら中のモスクから大きな音で聞こえてきますけど)

そういえばインド・パキスタン北部で大地震があったのは、去年のラマダンが始まってすぐのことでした。聖なる月が始まったばかりのそわそわした気分のときに、あの悲惨な地震は本当にショックでした。あれからもう12回目の新月が巡ってきたのですね。

被災した人たちは今頃どうしているでしょう。

あ、アザーンが響きだしました。


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2006年08月04日

コルカタの路面電車


今日は初めて動画を載せてみました。(動画を見るにはFlash Playerが必要です。⇒ダウンロードはこちら

この映像は、7月31日にコルカタ北部、College Streetの古本屋街付近で撮ったもの。路面電車に続いてインドでは今もうコルカタにしかない人力車が通ります。

この人力車、97年以降は新しい免許を出さなくなったので、今引いている人たちが廃業したら消えていきます。

なんだか仕事に関係ないことばかり書いているので、バングラデシュの仕事をほっぽって観光に行ってんのか?!と思われてしまうかしら。次はもうちょっとシャプラニールのインド・プロジェクトに関係のあることを書きます。


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2006年06月26日

続・布団の話

寝椅子専用布団.jpg

昨日注文した寝椅子専用布団、夕方取りにいったらばっちり完成してました。椅子に敷いたらぴったり!じいちゃん、グーだよグー!!

柄の選択肢があまりなかったので、いかにも敷き布団という感じですが、座ってみると大変快適。ちなみに、バングラデシュの冬用の厚手の掛け布団はほとんどが赤無地なんですが、敷き布団は縦縞(たまにチェックも)が普通で、いくつかの布から選べます。

布団の話ついでに、村に干してあったお布団の写真もご紹介。着古した綿のサリーを重ねて縫い合わせ、キルト状にしたもの。

村のお布団.jpg


何度も水をくぐったサリーは通気性がよくて気持ちよさそう。

こんな風に古い布を重ねて上からステッチを施したもの(カタ)が、今はハンディクラフトとしてシャプラニールも扱っているノクシカタの元祖です。このお布団は色柄ものの古いサリーに白糸で刺し子を施しただけのものですが、白地に様々な色の糸で生命の木や花、船、動物などの模様を刺繍したノクシカタは本当にきれい。母から娘へ、嫁へ、と引き継がれてきた素朴な伝統です。

カタを縫っている女性たちは安らいだ顔をしています。最近、ノクシカタを縫うバングラデシュの女性たちへのインタビューをまとめたブックレット(中森前駐在員の力作!同時にフェアトレードのこともわかる!)も出ましたのでぜひお読みください。

そうそう、昨年「愛・地球博」に出展した巨大タペストリーが、5月下旬から7月上旬まで、フェアトレードキャラバンで全国を回っています。今週は最後の目的地、沖縄へ行くはず...

元々白地が主だったノクシカタですが、今は黒地や赤地のものもあって、ペンケースや壁掛けなどかわいい小物がいろいろあります。(カタログはこちら)見るだけでちょっとほっとする、ベンガルの伝統をお手元にぜひひとつ。


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2006年06月25日

布団屋さん

P1010616.jpg

「どかっとくつろいで本が読める安楽椅子みたいのが欲しいんですよねー」と何かの弾みにダッカ在住会員のIさんご夫妻に話したら、「あ、それならちょうどいいのがあるからあげるよ。最近使ってないし。相当年期入ってるけど」とアンティークな籐の寝椅子をくださいました。Iさん、これ、まさしくこれですよ!私が欲しかったのは!!うれしいっ。

「これに敷くのはスポンジのマットじゃなくて『布団』のほうが断然いいよ」というI夫人のアドバイスに従って、家にあった普通のシングルサイズの布団をはめ込むように敷いてみたのですが、いくらバティックのカバーなど敷いてみても、なんだか居間に介護用ベッドを半分起こしたやつが置いてあるような感じになってしまいました。(写真)

うーん、座り心地はいいけど、ちょっとこれじゃあなあ。やっぱり椅子にぴったりサイズのやや薄めのお布団を作ろう!と今日は仕事から帰るやリキシャに乗って近所の布団屋さんに直行。

サイズを伝え、布を選んで布団を注文しながら、イスラム帽の似合うおじいちゃんの布団屋さんとよもやま話。もう暗くなってしまって写真も暗くて残念ですが、おじいちゃんなかなかいい顔してます。

P1010613.jpg

「いつからここで商売してるんですか?」
「この店はわりと最近だよ。まだ1年ぐらいかな。でもわたしゃ布団屋の商売は67年からやってるよ。」
「67年?それって独立の前ですよね」
「そうだよ。ニューマーケットの中に店があってね。そこでずっと商売してきたのよ。」
「あ、あとずっと聞きたかったことがあるんですけど、バングラデシュの掛け布団てどうしてみんな赤なんですか?」
「そりゃあんた、赤が一番汚れが目立たないからだよ。バングラデシュはホコリが多いし汚れるでしょう。布団は洗えないからね。今はまあ昔よりはずいぶんよくなったけどね。これに白い綿のカバーをかけたらきれいでしょ」
「なるほど...(たしかに垢汚れなんかは青より赤のほうが目立たないかも、と納得)」

「で、いつできます?私のオーダー布団?」
「明日にはできるよ」
「え?1日でできちゃうの?」
「できるさ。夕方とりにおいで」

というわけで、私の特注椅子用布団は明日には仕上がってくる予定です。楽しみ。


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2006年01月05日

牛糞燃料のいろいろ

先日チョール(中洲)にいったときの話の続き。

バングラデシュでも、インドでも、藁とまぜて牛糞を固め、乾かして燃料にする、という情景がよく見られます。これがまた地域によっていろんな形があって面白いんですね。

バングラデシュの農村でわりとよく見かけるのは、藁やジュートの芯(たぶん)の周囲にこてこてと牛糞をくっつけた「牛糞きりたんぽ」状のものです。
あとよく見るのは「牛糞おはぎ」みたいなのとか、「牛糞ピザミニサイズ」みたいなやつですね。

ところが、ライプラのチョールに行ったら、村の女性がしゃがみこんで、5人前ぐらいの「牛糞ピザ大」を作っていました。

牛糞ピザ.jpg


これは初めて見ました。写真じゃよくわからないかもしれませんが、相当大きいんですよ。おとなが両腕で輪をつくったぐらいの大きさです。

写真を撮っていたら、同行したダッカ事務所スタッフのサイフルも「アパ、その写真あとでちょうだい。ぼくもこんな大きいの初めて見た」だって...。        

この「牛糞ピザ」はよく乾かしたあと、ぱりぱりっと割って使うそうです。

(2006年1月5日)


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