シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
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2008年04月23日

4度目の夏

「暑い...」口に出したところで涼しくなるわけではないとわかっていても、思わずボヤいてしまいます。4月後半に入り、バングラデシュの一番暑い時期に突入です。とくにここ数日はダッカの最高気温が人間の体温と同じぐらいまで上がり、日に5-6時間の停電が続き、仕事を終えて家に帰るともう汗だくです。

ダッカ事務所にはIPSという大型バッテリー装置があり、停電してもしばらくはこれで最低限の電気は使えるのですが、この3日間のように午後2時間半とか3時間連続して停電してしまうと、IPSも切れてしまいます。蛍光灯が消え、かろうじてパソコンだけがついている薄暗い部屋で暑さにあえぎながら仕事をしていると、水槽の上に口を出してぱくぱくしている魚になったような気がします(実際息苦しいし)。毎日この状態の中、集中力を持続させるのはなかなか困難...。でも事務所の電気をまかなえるような発電機(ジェネレーター)は値段も高いし、毎日使うとガソリン代がすごいことになるだろうし、とりあえずは耐えて頑張るしかない、という状況です。

しかし新聞報道によるとバングラデシュにはもうあと1か月分しか石油燃料の備蓄がないそうで、政府は緊急ファンドからの支出を決めたりして石油確保に奔走しているようです。なんだかもうギリギリの自転車操業、という感じ。まだ夏は長いのに今からそんな状態でどうなるんだろ。

わが事務所や私の家のある地域では今のところ水の問題はありませんが、ダッカ市内の多くの地域で水道の水も来なくなり、電気はないわ、水は出ないわで大変です。このような状態の中、下痢も広がっており、ダッカにある国際下痢研究所(通称:下痢研)付属病院に4月1日~18日の間に入院した人は7千人だとか。しかしこれも悲しいかな毎年この時期には同じように繰り返される出来事です。(去年かおととしの今頃のブログにはたぶん似たようなことが書いてあるでしょう)

日本では今頃風薫る5月、爽やかな新緑の季節なんだろうなあ...。は~(ため息)。夏は嫌いじゃないのだけれどダッカで迎える4度目の夏、これまで以上にしんどいような気が。これは年齢のせいか、それとも駐在最終年にして片付かない課題が頭上に重たく積みかさなってるせいなのか。

この間、コルカタとダッカを結ぶ汽車(モイトリー・エクスプレス)がやっと走り出したり、イスラム原理主義者たちが政府の女性政策に反対して国立モスク近辺でデモを繰り返し、警官隊と衝突したり...とバングラ情勢についていろいろ書くべき出来事はあるのですが、暑くて脳みそが働かないのでまた今度。


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2008年03月22日

蝉の季節、ツアー到着

バングラデシュではもうかなり暑くなっていて、日中の気温は30℃を超えています。おととい農村に行ったら、蝉がジージー鳴いていました。こちらへ来てからあまり蝉の声は聞いた記憶がなく、バングラデシュは洪水が多いから蝉が少ないのかしら、などと思っていたら、今年はいつになくたくさん蝉が鳴いています。もっとも、蝉の声を聞いたのは洪水の少ないマイメンシン県だったので、他の地域では少ないのかもしれません。日本の真夏の蝉よりちょっとおとなしい鳴き声です。

日本で「もうすぐ桜前線が...」などと言っている季節、バングラデシュでは蝉の声。これからどんどん暑くなり、湿度も上がっていきます。エアコンを使うようになると停電も増えるでしょう。でも今はまだ暑さ・湿度も不快なほどではなく、夜の風も気持ちよくて、いい季節です。

ちなみに蝉はベンガル語で「ジージーポカ」と言います。ポカ=虫、なので、蝉の名前は直訳すれば「ジージー虫」。うーん、なんてわかりやすいんだ。それからゴキブリは「テラポカ」です。「テール」が油の意味なので、直訳すれば「油虫」。そのまんまですね。

果物の旬は今、スイカです。フットボールのような俵型のスイカがあちこちで山積みになっています。

今日の午後、スタディツアーの一行が到着しました。今日オリエンテーションをして、明日はダッカのストリートチルドレン支援活動と家事使用人として働く少女支援活動を見ていただき、あさってはクラフトの生産者を訪問、しあさってから農村3日間、そのあとはダッカ市内観光と振り返り、という日程です。

私が参加するのは初日と最終日だけで、同行は日本から引率してきた小嶋・元駐在員と内山・現駐在員の二人。農村の夜は村芝居も予定されています。1週間、毎日カレー味ベンガル料理の日々になりますが、参加者の皆さんにはお腹に気をつけて、昼は蝉が鳴き、夜は蛍が飛び交う3月のバングラデシュ農村を満喫していただきたいと思います。

よい出会いと発見がありますように。


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2008年01月23日

冷えてきた...

前回のブログで「今年はあんまり寒くない」と書いたばかりですが、今日はなんだかずいぶん冷え込んできました。20日過ぎに寒波が来る、という予報は本当だったようです。とはいってもダッカではたいしたことないんですが、夕方事務所に電話をかけてきた北部のラルモニアハット県のNGO関係者の話では、今日の最低気温は6度だとか。サッシもじゅうたんも暖房もお湯シャワーもない家で6度、というのは相当寒いですよ。

去年寒波の救援で毛布を配った人たちはどうしているだろう、と思います。ガイバンダ県の堤防沿いの掘っ立て小屋のような小さな家で、ひとりで暮らしていたお年寄り。3人の子どものうち2人が小児麻痺で足に障害があった貧しい一家。寝る直前まで焚き火の前を離れられないと言ってたおばあさん。毛布かぶったってあれでは寒いだろうなあ...。

外で風の音がしています。明日の朝あたりかなりの冷え込みになるかもしれません。布団屋さんには悪いけど、これ以上寒くなりませんように。


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2008年01月21日

ダッカの布団屋さんピンチ

内山駐在員のブログにもありましたが、この季節、ダッカと農村部の温度差はかなり激しいものがあります。内山さんが紹介していたイショルゴンジ郡への出張は私も一緒に行ってたんですが、フリース、厚手のカーディガン、ショール、靴下など持っていっていたにもかかわらず、最近寝不足続きだったのもたたって、風邪引いて洟ずるずるで帰ってきました。(そこは気合で一晩で直しましたけどね)

ダッカは都市熱による温暖化で、10年ぐらい前にくらべてかなり冬の気温が上がっているそうです。それで商売に直撃を受けているのが布団屋さん。先日英字紙Daily Starのダッカ版に出てたんですが、伝統的なお布団(日本の綿の布団と似たようなものです)の売り上げがめっきり落ちてるんだそうです。理由のひとつは以前に比べて暖かくなり、冬でも厚い布団がいらなくなってきたから。もうひとつの理由はフリースなどの安い毛布が出回るようになったからです。布団は洗えないけど、毛布は洗えますしね。

ダッカは圧倒的に暑い季節のほうが長いので、その間布団屋さんは黙々と布団を作りためて冬を待つわけですが、冬になっても布団が売れないので商売あがったりです。昨年のように異例の寒波が来ると、大半の人は困るんですが、布団屋さんにとってはビジネスチャンス。今年はそれほど寒くないので、あまり売れないでしょう。

果たして10年後、ダッカの布団屋さんは何件生き残れるか...。そういう事態になってます。


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2007年11月15日

大型サイクロン接近

大きなサイクロンがバングラデシュ南部沿岸地域に接近しています。バングラデシュには気象上の危険を知らせる10段階のシグナル(10が最強)があるのですが、モングラ港できのうは4だったシグナルが、今日は10に上がりました。コックス・バザール、チッタゴン付近で9。めったに出ない最大級の危険シグナルです。

今日の昼ごろまでには沿岸部が直撃を受けるとみられており、昨日から沿岸部の住民にはラウンドスピーカーなどで避難を促す呼びかけがされ、多くの人々がサイクロンシェルターなど安全な場所に避難しています。沿岸部では暴風が吹いており、チッタゴンの空港も今朝になって一時閉鎖。ダッカでも空はどんよりと暗く、朝から断続的に雨が降り、不気味な感じの風が吹いています。

ところで当地の英字新聞には「ハリケーン接近」と書かれているものと、「サイクロン接近」という表現が両方見られるのですが、インド洋付近で発生したやつはサイクロンと呼ぶんじゃなかったっけ?ウェブでちょっと調べてみても、いまいちハリケーンとサイクロンの違いがよくわかりません。

1991年に巨大サイクロンが南部沿岸地域を直撃した際は、14万人が命を落とす大災害となりました。あれから16年、いくつものサイクロンシェルターが作られ、事前に危険を知らせ避難を呼びかけるシステムもかなり改善されたはずなので、かつてのように多くの人が命を落とすことはないはずですが、それでも直撃となると大きな被害が予想され、心配です。

バングラデシュでは季節の変わり目にあたる3月、11月ごろがサイクロン被害の多い時期です。船が転覆したりすることも多いので、この季節の南部への船旅はとくに要注意。

今年は二度の洪水、サイクロン来襲、と自然災害の当たり年になってしまいました。被害が最小限に食い止められることを祈ります。


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2007年09月24日

コルカタ水没アゲイン

またコルカタに来ています。前回7月に来たとき、大雨でコルカタ中が水浸しになり、泊まっていた宿も浸水して大変だったんですが(その時のブログ→「コルカタ水没」)、今回もまたほぼ同じ状況が繰り返されています。

今回の宿泊先は前回浸水した宿から避難した先で、ここは大雨の時も大丈夫だと思っていたら、さにあらず。空港から水浸しの町を迂回してタクシーでたどり着いてみると、宿の前は膝下ぐらいまで水が溜まっています。部屋は5階なので問題ないものの、服は膝までびしょぬれ。悪天候時に愛用している水中スポーツ用サンダルを履いてきたのは正解でした。

テレビをつけるとニュースがずっと大雨特報なのも前回と同じで、なんだかデジャヴのよう。そのテレビもそのうちパスンといって消えてしまいました。

雨季のコルカタってこんなにしょっちゅう浸水してるのか?と思って、現在コルカタ在住のシャプラニール元インターン、Wさんに「ねーこの前来たときもこんなだったけど、あれから今日までこういうことって何度かあったの?」と訊くと、「ないですよお。藤岡さんが前に来たとき以来ですよ。連れてきてくれましたねえ~、嵐を」だって。とほほ、そんなもの連れてきたくないのに。

だいたい3ヶ月に1度程度来るだけなのに、いつも私がコルカタに来ると何かトラブルに当たってしまいます。ゼネストがあって車が燃やされてるのを見たり、浸水したり、飛行機の問題で1日足止めを食ったり。過去5回の訪問でのトラブル的中率は100%で、いつも「行きはよいよい、帰りはこわい」なのが特徴。つまり、トラブルで来られなくなるのではなく、帰れなくなる傾向があるのです。インドに引き止められてるんだと思うようにしていますが...。

この天気で行動スケジュールも大幅に乱れてしまいそう。ちゃんと目的達成して元気でダッカに帰りたいものです。


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2007年08月03日

今年の洪水

1ヶ月前ぐらいまで、「今年の洪水は例年並で、大きな被害はないだろう」という予測が一般に語られていたのですが、どうもその予測は大きく外れてしまったようです。7月中旬から降り続いた雨のため、バングラデシュ北部を中心に川の水位が危険水位を大きく超えて溢れ出し、洪水の状況が悪化しています。
3日ほど前が満潮だったので、北部ではその後少しずつ水位は下がっているようですが、ポッダ(ガンジス)、ジョムナー、ブラフマプトラといった大河が軒並み溢れ、洪水はだんだん下流に下りてきて、おとといあたりから私たちの活動地のひとつ、マニックゴンジ県周辺もいっきに水が来て、パートナー団体のSTEPから緊急状況報告がきています。

緊急救援を行うかどうか検討するタイミングなのですが、私は今日から一時帰国。正味1週間程度の短い帰国ではありますが、帰るのを遅らそうかどうか洪水の救援経験豊富なスタッフたちに相談したところ、「連絡さえとれれば大丈夫だよアパ、それより早く行って早く戻ってきてもらったほうがいい」とのこと。確かに大洪水になれば長丁場になる可能性もあります。とくに水がなかなか引かなかった2004年の洪水時には、数ヶ月救援・復興活動が続きました。今年もそうなる可能性もないわけではありません。

後ろ髪引かれる思いですが、小嶋駐在員に現場を見にいってもらうよう頼み、救援を行うことになった場合の段取りを確認し、これから出ます。日本に着いてからも電話やメールで毎日ダッカとやりとりすることになるでしょう。途中バンコクでは、つい数日前まで一緒にダッカで会議をしていた中田代表、坂口事務局長、白幡駐在員がネパールから戻ってきて落ち合う予定。バンコクから成田までは同じ飛行機です。キーパーソンは揃っているので、洪水の救援についてバンコクの空港で相談することにしましょう。

11日、シャプラニール東京事務所のそばの早稲田奉仕園で、ダッカで昨年から始めた家事使用人として働く少女の支援活動についての報告をさせていただくことになっています。おいでいただける方とは、そこでお会いしましょう。


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2007年07月09日

コルカタ水没

P1020769.jpgちょっとご無沙汰している間、インド西ベンガル州のコルカタへ出張しておりました。

ところが...。私たちが着いた日の前々日ぐらいから降り続いているという雨のせいで、コルカタ市内はあちこちで道路に水が溜まり、道路だか川だかわからないような状況。タクシーで夜ゲストハウスにたどりつくと、宿の前の道はふくらはぎぐらいまで水がたまっています。仕方ないので、ずぼずぼと水の中を歩いて宿へ。宿に着いたらバチバチっと音がして電気回線がショート。これを宿の人が直している間にも、水はヒタヒタと高さを増し、夜中には泊まっていた1階の部屋にも水が入りそうになり、3階へ緊急移動することに。

P1020765.jpgこの宿、1階、2階がゲストハウスで、3階がオーナーの自宅。私たちが緊急に泊めてもらった部屋も、それぞれオーナー一家の私室だったのでした。私が泊めてもらった部屋は、数年前に亡くなったオーナーのおばあちゃんの部屋だったそうで、50~60年前のものと思われるセピア色の写真が壁にいくつも飾られ、壁際には古い足踏みのシンガー・ミシン。緑地に白い花のモチーフが入った床のタイルも、アンティークな感じで、雰囲気のあるお部屋でした。

せっかく親切に精一杯対応してもらったのですが、宿の前の水は増す一方。これでは外に出られなくなってしまうので、翌日には街の中でも少し高いところにある別の宿を探して移動。深いところでは腰の高さまで水が来ている道を荷物を持って移動するにはリキシャ(コルカタでは人力車をさす)のお世話になるしかすべがない、という状況でした。

P1020774.jpg出張中毎日雨が降り続き、二日目の夜からは私も同行のダッカ事務所のスタッフも熱を出してフラフラ。頭が痛い、関節が痛い、と二人してグチリつつ、雨の中パソコンを背負ってよろよろとパートナー団体ポリチティ(家政婦として働く女性たちを支援)とのミーティングに向かったのでした。4月に開所したばかりのポリチティのドロップイン・センター兼事務所も浸水しているのでは...と心配したのですが、なんとか無事。しかしスタッフたちの家にも水が入って大変、とのことでした。最終日の夜いっしょに食事したもうひとつのパートナー団体、DRCSC(環境教育活動を実施)代表のオルデンドゥさんは、「6月末と今回の雨と洪水で活動地の農民の多くが田植えの時期を逃した」と心配されていました。

植民地時代の建物の多くをそのまま使っている古い町コルカタは、旅行者にとっては風情のあるところですが、住んでいる人には大変。下水設備なども古いままなので、これほど人が増えた今ではどう考えてもキャパシティ・オーバーです。ポリ袋などのゴミが下水道を詰まらせることや、コルカタの周囲の湿地が急速に開発されて、大規模なニュータウンが次々に建設されていることなども、問題の原因としてあげられています。

昔はこんなことなかったのに...とぼやいていたゲストハウスの人たちも、これではお客を逃してしまって気の毒。コルカタ市中に大勢いる路上生活者の人たちにいたっては、いったいどこでどうやってこの雨をしのいだのか、想像を絶するものがあります。コルカタの都市問題の深刻さを垣間見た出張でした。


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2007年06月17日

湿度90%の日々

湿度が90%を超える日々が続いています。
木のドアは膨らんで閉まりにくくなるし、箪笥の中の服まで湿っぽくなるし、髪は跳ねるし、肌はべとつくし...で、仕事を終わって帰るととにかくシャワーだ!という感じ。
保湿化粧水まったく必要なし。この季節、わたしは「ヘチマコロン」以外、使う気になれません。
今のところまだカビの被害はないですが、もう少したつと、「ああっ、こんなところにカビが!」というショックに見舞われることになるでしょう。

新聞に出ていた気象予報によると、今年の冠水状況は例年並かそれより少し多いぐらいになるだろう、とのこと。ひたひたと水が大地を覆う季節ですが、予報通りなら大洪水の心配はなさそうです。(当たるかどうか、まだわかりませんが...)

このところ、ダッカのスラムへは何度も足を運んでいるのですが、農村部へしばらく行けていないので、ダッカを出て田舎に行きたくてたまりません。出張してきたスタッフたちに様子を聞きつつ、水嵩の増した川をノウカ(小舟)が行き交う雨季の農村部の風景を思い浮かべています。

「書を捨てよ、街へ出よう」と言ったのは寺山修司でしたが、「パソコンを捨てよ、村へ行こう」というフレーズが時々頭に浮かんできます。

来月はコルカタやバングラ農村部への「出張集中月」になる見込み。村では蛙がぴょんぴょん跳び、夜は蛍が乱舞するのも見られるはず。それまでいましばらくダッカで頑張りましょう。


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2007年06月13日

チッタゴン地すべり死者100名以上に

チッタゴンの地すべり災害の死者は、今日の午前中の段階で118名にのぼっています。今も救出活動は続いており、この数字は残念ながらまだ増えてしまうでしょう。

崩れ落ちた丘の土砂で運河や側溝が埋まり、チッタゴンの町もあらゆるところで麻痺状態になっているようです。チッタゴン港からの荷の輸送にも影響があるでしょう。

おととい「目先のことしか考えない開発に腹が立つ」と書きましたが、実際は「開発業者や土砂業者などが好き勝手に丘を削り、行政もそれを放ったらかしにしてきた」というのが実情のようです。役所には当然こういったことを監視すべき役目の人がいるはずですが、何もしてこなかったか、業者とつるんで儲けていたか、ということなのでしょう。テレビの環境専門家の談話では、丘を削ったり土砂を運び出したりすることを規制する法律を新たにつくるべきだ、という話も出ていました。甚大な被害が出てからでないと問題にしない、動かない、とは、人間とはなんて愚かなのでしょう。

人のことばかりはいえません。「いよいよこれはまずい」という状態になってから「なんとかしなきゃ」と動き出すのは私たちの仕事にもあること。日々の仕事に追われたり、以前から続いてきた仕事に疑問を持たず、惰性で繰り返すようなことをしていると、そういう状況に陥ります。

崖が崩れる前に防ぐこと。崩れるずっと前にその危険性を見通して必要な対策を実行すること。
言うのは簡単ですが、実はそう簡単にできないことです。「崖」はどこにあるのか。いつも気をつけていないといけません。


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2007年06月11日

チッタゴンの地すべりで64人死亡

今日、バングラデシュ南東部のチッタゴンで、大雨による地すべりのため、少なくとも64人が死亡、今も救出活動が続いている、というニュースが入ってきました。シャプラニールとも友好関係にあるチッタゴンンのNGO、YPSAも緊急救援にあたっています。

チッタゴンの丘陵地帯では、樹木の伐採や丘陵そのものを削り取って土砂を運び出す、といったことが近年無計画に行われており、地すべりの危険が増大していることが以前から指摘されていました。やはりこうなってしまったではないか!と目先の利益しか考えない開発に腹が立ちます。

ここ1週間ほど、毎日激しい雨が降り、北部でもブラフマプトラ河やメグナ河の水嵩が急激に増しつつあるとのこと。こちらは北西部の友好団体、GUKからレポートが届いています。シャプラニールの活動地では、洪水常襲地のマニックゴンジ県含め、今のところ洪水の被害はありませんが、北西部やインド北部で大雨が振り続けば、今後洪水になる恐れはあります。

この大雨の天気はまだ1週間は続きそうだとのこと。ダッカ市内もあちこち水浸しになり、スタッフの通勤や移動にも差し障りが出ています。

涼しくなったと喜んでいる場合ではないようです。いよいよ災害シーズンの幕開け、です。

追記:今朝の新聞によると死者は80人を超えてしまいました。地すべりの被害としては近年最悪の事態となりました。(6/12)


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2007年05月30日

オーバーヒート

このところとにかく暑いです。うちは最上階で非常に暑いとはいえエアコンがあるからいいものの(停電すると止まりますが)、家にエアコンなどないスタッフたちは夜眠れなかったりして苦労しているようです。

我が事務所の一番の下っ端である雑務係のトゥトゥールは、数人の弟、妹、昨年結婚した妻とまだ1歳にならない娘とで、狭い窓のない家に住んでいます。窓のある家に移りたいけど、ダッカは家賃が高いので、難しいと。「扇風機はあるんですけど熱い空気をかきまぜてるだけ(笑)夜、娘の額から汗がたらーっと流れて、ぐずってるのをみると、引っ越したいなあと思うんですけど...」とトゥトゥール。

受付係のアシシは、入院中の子どもの手術のため妻が病院に泊り込んでいて、彼自身も朝病院から通勤してきます。「お金があればいい病室に入れるんでしょうけど、すごく高いから無理。泊り込んでる妻のほうが病気になりそうで...」という状態。大部屋の病室には当然エアコンなどなく、付き添いのためのベッドもないでしょう。そんな状況で子どもにつきそうお母さんは本当に大変。

近所で火事があったというのはプログラムオフィサーのサイフル。「びっくりしましたよ、夜中の3時に消防車が来てね。近所のお年寄りが水をくみ上げるポンプのモーターをつけっぱなしにして忘れてたらしい。暑いからオーバーヒートして火が出たんですね。みんな寝静まってる時間にけっこう燃え広がってしまって大変でしたよ。」

この暑さのためか、私たちが支援しているストリートチルドレンのためのドロップイン・センターや青空学校に来る子どもたちも相次いで発熱。ひとりが治ればまたひとり、という感じで、何人か立て続けに倒れたようです。きのう担当プログラムオフィサーのサイフルと小嶋駐在員が打ち合わせにいったところ、子どもたちはだいたい快復していたそうですが、今度は青空学校の担当マネジャーで自ら教師役もするティトゥさんが熱をだしてヨロヨロだそう。

この暑さ、まだまだ当分続きます。食物も傷みやすく下痢が蔓延し、身体の弱ったお年寄りや小さな子どもにはとくに厳しい季節です。


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2007年04月30日

青いマンゴーの季節

バングラデシュに来てすぐの頃、まだ家も決まらず、しばらく事務所の2階に住んでいました。事務所の向かい側の家には大きなマンゴーの木があり、この季節にはたくさん実をつけます。夕方ざーっとスコールが来ると、ベランダに出て涼みながら、青いマンゴーが雨に打たれるのを眺めていました。たまに雹が降ることもあり、空から落ちてくる氷の塊と青いマンゴーの取り合わせに、異国情緒を感じたものです。

あれからもう2年か。早いなあ...。

Image006.jpg今年はマンゴーの生り年みたいで、ダッカ市内で見かけるマンゴーの木にも、青い実がいっぱい生っています。この季節の楽しみは、ダール豆のスープに青いマンゴーを入れて煮込んだもの。煮込まれて透明になったマンゴー、梅干並に酸っぱいですが、夏バテ防止に効果がありそう。我がダッカ事務所でも私が美味しい美味しいと言うせいか、3日続けてこれが出てきました。

写真=青いマンゴー入りダールスープ。こんなアルミの器じゃあんまり美味しそうに見えない?みんながここからよそって食べたあとだしね...。

青いマンゴーは酸味が強く甘くありませんが、これをアチャールという漬物にしたり、唐辛子やにんにくと混ぜてサラダのようにして食べたり、といろいろな楽しみ方があります。とくに女の人が好きみたい。女性のほうが酸っぱいものが好きな人が多いんでしょうかね?

黄色く熟れた甘いマンゴーが食べられるのは、まだ1ヶ月は先かな。少しずつ大きくなっていく青いマンゴーを見ながら、楽しみにしています。


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2007年04月28日

人が雷に打たれると...

この季節、バングラデシュでは雷がよく落ちます。日本でもゴルフ場などで人が雷に打たれる事故がたまにありますが、平らな大地が広がるバングラデシュでは、畑や田んぼで農作業中の人や、屋根に上がっていた人の上に雷が落ちてしまうことが多々あります。

今朝新聞を見ていたら、昨日バングラデシュ南西部のシャトゥキラ県で、田んぼで農作業をしていた人たち13人が雷に打たれ、病院に運ばれたが全員重症、という記事が載っていました。

それを読んで思い出したのは先週昼休みにダッカ事務所のスタッフから聞いたちょっと不気味な話。

スタッフA 「農村部の田舎ではね、時々雷に打たれて亡くなった人の遺体が盗まれることがあるんだ」
私   「遺体が?! 何のために?」
スタッフA 「んー、よくわからないんだけどね、雷に打たれると人間の身体の何かが変化する、という迷信があるらしいんだ。とくに脳みそが。」
私 「で、でもなんで盗むわけ?盗んでどうするわけ?」
スタッフA 「うーーん、それは僕にもわからないんだけど、盗まれるのは人間なんだ。牛とか山羊が雷に打たれてもべつに盗まれないみたい。」
私 「(半信半疑で他のスタッフたちに)ほんとなの、それ?みんなそんな話聞いたことある?」
スタッフB 「ある」
スタッフC 「僕もある」
スタッフD 「私もある」
その場のスタッフ全員「でも盗んでどうするのかはわからない」
私   「うー。(ますます混乱)」

農村部では病気になった人が借金して多額の治療費を払ってでも地方都市の病院まで行く、というケースがかつてに比べてずっと増えている一方で、今でもいろいろな迷信があるようです。人々に話を聞くと、症状によって、こういう場合は病院、こういう場合はコビラージュ(祈祷師)と使い分けているらしく、その判断基準は話を聞いてもどうもよくわかりません。彼らにとっては明確なものがあるらしいのですが。

雷に打たれた人については、アッラーの怒りに触れたのだ、と忌み嫌われる場合もあるそうで、こっちはまだ理解可能。でも遺体が盗まれるっていうのは気持ちワルイ。雷に打たれるとどうなるっていうんだろう?

今度村人と話をするとき、そんな言い伝えがあるかどうか聞いてみましょう。笑われるかもしれないけど。ついでに日本では「雷様におへそをとられる」という話があることも教えてあけましょう。


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2007年04月25日

雨期の到来

ナラヤンプールの雨.jpgベンガル新年を祝ってちょうど1週間、今年初めてのスコールがやってきました。21日、出張先のノルシンディ県のパートナー団体、PAPRIの事務所で、風が強くなってきたなあ、と思ったら、空がにわかにかき曇り、バケツをひっくり返したような雨が降ってきました。写真は大雨のさなかPAPRIのナラヤンプール事務所の中庭を撮ったもの。屋根から滝のような水が流れ落ちているのがわかるでしょうか。

バングラデシュの本格的な雨期は普通6月中旬から8月中旬ごろなのですが、1年を大きく雨期と乾期に分けると、4月半ばから9月ぐらいまでが雨の降る季節。ちょうどベンガル新年を境に雨期に入ったことになります。土地の暦というのはよくできたもので、最近多少の異常気象はあるものの、ベンガル暦で月が替わると本当に気候が変わるのがわかります。

21日の最初の大雨のあと、22日から今日まで3日間、日中は晴れたり曇ったりでしたが、夜は連続して激しい雨と風。なんだか二転三転して迷走中のこの国の政治状況を映しているかのよう。

ここ2、3日、すぐにでも出国するかと言われたカレダ・ジアは、サウジ・アラビア政府がビザを出すかどうか迷っているうちに当面出国しないと翻意したようだし、23日帰国予定だったシェイク・ハシナは英国航空が搭乗券を出さず足止めされたロンドンで、国際メディアに「建国の父の娘の私が帰国を阻止される理由がどこにあるのか」と訴え。強引な暫定政権のやり方に、内外からのプレッシャーが強まり、選挙管理内閣は苦境に陥っています。

私の周りの人たちの意見やテレビ討論などを見たところでは、中流階級の人々も、「選挙管理内閣は公正な選挙を行う準備をすることが本来の仕事。二人の党首を法的根拠もないまま海外送りにするのはやりすぎ。今の政府がやるべき仕事じゃない。物価も上がったまま下がらないし!」という論調になってきました。「パキスタンのやり方を嫌って独立したのに、パキスタンと同じことをしてどうする!」という意見もあったりして。有識者たちも連名で、「二人の党首から基本的人権を奪うことは民主主義への道にはつながらない」と声明を出しました。

まだどんでん返しの可能性も否定できませんが、暫定政権による二人の党首追い出し工作は未遂に終わりそうな感じです。カレダ・ジアの「軟禁」「海外送還」に関しては、最高裁がかなり強固に異議を申し立てていますし、英政府はロンドンでの二国間外務閣僚会談でハシナの帰国差し止めに疑問を呈しました。ここで内外の支持を失うわけにはいかない政府としては、作戦変更するしかないでしょうが、ここまでやったあとでどうやって繕うんでしょうかね。

明日誰の上に日が照るのか雨が降るのか、直前までわからないところは本当にバングラデシュの雨期の天気そっくりです。


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2007年04月06日

暑いんです

つい2~3ヶ月前に異常な寒さで寒波救援活動をしていたというのに、4月に入って猛然と気温が上がり、今週のダッカの最高気温は38度。まだスコールも来ないし、ダッカはほとんど風もなくてほんとに暑いです。この時期にここまで暑くなるのはこれもちょっと異常らしい。

1週間ブログ更新をさぼったのは、急に暑くなったのに合わせてなぜか自然に早寝になってしまったから。先週末はこちらの祝日もあって3連休で、その連休中に2泊3日で開催したスタッフ向けのジェンダー・ワークショップがとてもよかったので、その報告をぜひ書きたいと思いつつ、今日も寝てしまいそうです...。

P1020431.jpg暑いときは睡眠時間をしっかりとらないとバテるんですよね。頭で考えなくてもちゃんと気候に反応する身体はエライ。それともただ怠けグセがついてきただけかしら。

日本は桜が満開だそうですね。こちらはマンゴーの青い実が、梅かあんずぐらいの大きさになっています。この実が十分大きくなる頃、雨季が到来します。


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2007年02月18日

薬草の村

今日は久々に何も予定のない土曜日。夜、TVのチャンネル・アイで名物番組、「Mati o Manushi(土と人)」を見ました。これはタイトルからも想像がつく通り農村のドキュメント番組で、いうなればバングラデシュ版「明るい農村」(ってNHKでずっと早朝やっていましたが、今もあるんでしょうか)。シャイク・シラーズという、これまたバングラデシュでは有名なTVディレクター兼レポーターが、国中の様々な農村を訪ねて行っては、そこで働く農民たちにインタビューする、という番組で、見ると何かしらいつも感心するような発見があります。元々バングラデシュ国営放送で1980年代半ばからやっていた長寿番組だったのですが、今はケーブルTV局のチャンネル・アイに移っています。バングラデシュの農業に革命的な影響を与えた番組だと言われています。

このシャイク・シラーズという人は、がっしりした体躯にシンプルなシャツとズボン、日に焼けた顔に地味な眼鏡、というおじさんなのですが、農村の家々や畑や茶店、ときにはズボンの裾を捲り上げて田んぼの真ん中までマイクを持って入り込み、実に気さくにうまく農民たちの話を引き出すのです。バングラデシュの農民にとっての知名度は、グラミン銀行のユヌス氏より上でしょう。

今日の番組のサブタイトルは、「薬草の村」でした。ナトール県のある村からのレポートだったのですが、ここは村中の人々がアロエやニームなど、様々な薬草を栽培しているのです。元々は村に住むコビラージュ(まじない師)が治療に使う薬草を栽培していたのが始まりで、彼に倣って村中が薬草栽培を始め、今は「薬草の村」として有名になり、ダッカやチッタゴンなど国中から商人が買い付けに来るようになったのだとか。このコビラージュはほとんど学校教育も受けていない人なのですが、彼が始めたこの村の薬草栽培は今は国の研究機関からも注目されるまでになっているんだそうです。

茶店でシラーズ氏を囲んだ村人たちは、薬草栽培はいい商売になるのだが、マーケティングのルートが確立していないことや、自分たちの知識が足りず、クオリティ・コントロールが十分できないのが問題、と話していました。農民たちがまったく自分たちだけで試行錯誤しながら工夫して、国中からバイヤーが来るまでにしたというのはすごいことだなあ、と感心しました。

開発に携わる人間は、下手をすると地域の人々が持っている存在的な力や知恵を軽視し、知識や技術は外から持ち込むもの、と考えがちですが、もっとこういう地元住民が自力で成し遂げた成功例に学ばないといけませんね。

前にこの番組を見たとき、シラーズ氏は日本の農村を取材していました(この番組は時々海外取材もあるのです)。日本の農協のシステムをレポートし、日本でもバングラデシュでするのと同じように畑に立って農家の人にインタビューしていました。シラーズ氏曰く、バングラデシュでは流通のシステムが十分整備されておらず、農作物の価格の調整も不十分なので、農民が不利な立場に置かれている。国がしっかり施策をたてるべきだと。

マイク片手に国中歩き回り、土とともに生きる人々の声を聞き、農村の生活向上のための提言を続けるシラーズ氏の姿を見ると、この国のメディアの良心を見るようで、なんだか元気が出てきます。


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2007年02月13日

春の始まり

ベンガルの暦の上では今日から春。一年で一番寒いマグ月が終わり、ファルグン月が始まる今日は、「バシュンティ・ウトゥショブ(春祭り)」と呼ばれ、女性たちは黄色い服を着て春の到来を祝うことになっています。気温はかなり上がってきたとはいえ、朝などまだ少し霧が出ていて、いかにも「春が来た!」という感じになるのはまだ少し先になりそうですが、しばらく暑くも寒くもない爽やかな気候が楽しめます。

今日は私もコルカタで買った上から下までまっ黄っきのサルワール・カミーズを着てきました。昨年入った若い女性スタッフのイルシャトも黄色の上下。(彼女はわざわざ昨夜電話をくれて「アパ、覚えてる?明日は黄色い服だよ!」とリマインドしてくれました)

男性たちはとくにいつもと変わらぬ服装ですが、朝リキシャで通勤の途中、すれ違う女性たちの服装をみると、半分ぐらいの女性は黄色い服を着ていました。全部黄色の人もいれば、どこかにワンポイントで黄色が入った装いの人も。こういう風に季節に合わせた色の服を楽しむ文化っていいな。

大学のキャンパスでは、朝から文化イベントが行われ、女子学生たちは黄色いサリーに髪にも黄色の花をつけて着飾り、「キャンパス中黄色」になるんだそうです。

4月中旬のベンガル新年、「ポイラ・ボイシャク」には、赤と白のサリーを着るのが習わし。去年は家で寂しく指をくわえてたけど、今年は紅白のサリー着てお祭りに行きたいな。このベンガル新年が来ると、いよいよ夏。一年で一番暑い季節の到来です。


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2007年01月09日

寒いんです

一時帰国から戻ってやっぱりバングラデシュはあったかいと思ったのもつかの間、毎日霧が立ち込め、薄ら寒い日々が続いています。ダッカは都市熱もあるのでだいぶましだと思うのですが、今日の私のかっこうも長袖のサルワールカミーズの下に長袖の肌着(いわゆるババシャツ)を着て、カーディガンを着た上、ひざ掛け代わりにショールを持参、という状況。

新年早々の1月4日ごろから今年は強い寒波が来て、北部では38年ぶりに最低気温摂氏5度を記録しました。日本の寒さからしたら「たいしたことないじゃない」と思うかもしれません。でも、セーターの1枚もなく、暖房も一切なく、家もすきま風だらけで、ろくな布団もなく、お湯を浴びることもできず、その上ろくに食べるものもなかったら?これは死活問題です。

実際、この数日だけで、北部を中心に寒さのために118人の死者が出ました。ほとんどがお年寄りや子どもです。気象予報では1月中にまだまだ寒波が来るらしく、心配です。


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2007年01月06日

一時帰国・プラゴミの山に愕然

2007年がスタート!皆様お正月はいかがお過ごしでしたか?
昨年シャプラニールをご支援くださった皆様、このブログを読んでくださった皆様、ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いします。

さて、年末年始ちょっとこのブログもご無沙汰してしまいましたが、それというのは今年はイスラム教の犠牲祭(コルバニー・イード)が偶然にも元旦に重なり、ちょうどダッカ事務所のイード休みが正月休みと同じ時期になったので、日本に一時帰国していたんです。約1週間の休みが終わって、今日ダッカに戻ってきたところです。イスラム暦は新月から始まる太陰暦で、毎年10日ぐらいずつ前にずれていくので、今回みたいに犠牲祭が元旦と重なるようなことは単純に計算しても36年に1回あるかないかの珍しいことです。

元旦に日本人がおせち料理やお雑煮を食べてるちょうどそのとき、バングラデシュの人たちは牛や山羊をさばいてみんなで分けて食べてたわけです。面白いですよね。

さて、前置きが長くなりましたが、今日書きたいのはイードのことじゃないんです。ゴミのことです。
今回日本であらためてどうしたものかと思ってしまったんですが、日本で暮らしてるとどうしてあんなにゴミが出るんでしょう。とくにスーパーで買い物すると肉や魚のトレーやら野菜の入ってる袋やら、プラスチック・ゴミが大量に出てしまいますよね。

シャプラニールでも「レジバッグを使わずにジュートのマイバッグを持とう!」というキャンペーンをやってますが、レジ袋をたとえ使わなかったとしても、それ以外のプラゴミが...あまりにも多すぎる。いくらリサイクルしたとしても限界があるし、帰国したら本腰入れてプラゴミが出ない暮らしを考えないと...とつくづく思いました。

ご存じの方もあるかと思いますが、バングラデシュではポリ袋禁止なので、そのへんのお店で買い物をしたとき入れてくれるのは古新聞などいらない紙でつくった紙袋だし、スーパーでもうすーい綿の布袋やネットの袋に入れてくれます。野菜や果物はそのままの形で積まれていて、それを紙袋に入れてもらえばいいし、肉や魚も2重にした紙袋でそんなに困ることはありません。余計な包装がないからここではほんとにゴミはちょっとしか出ないんです。新聞の折り込みチラシやダイレクトメールもほとんどないので、紙ゴミも少ないですしね。

農村部の卸売り市場などを見ていると、野菜や果物は蓋がついた大きな籠に入れてトラックに詰まれるか、唐辛子などの小さいものはジュートの大きな袋に詰められて輸送されています。輸送中に傷むものの割合は日本に比べたら多いかもしれないし、確かに日本のようにプラスチック容器にパックされていたほうが衛生的ではありますが、バングラデシュ方式でも、実際のところ消費者としてはそんなに困らない。慣れちゃえばこんなものかな、って感じです。

ゴミを本当に減らそうと思ったら、便利な生活の何かを犠牲にしないとやっぱり無理ですよね。日本もゴミを出してからリサイクルするだけじゃなくて、ゴミの出ない生活をもっと真剣に考えるべきところに来ているんじゃないかと思います。

そんなの商売にならないよ、と言われるかもしれないけど、ポリ袋やプラスチック・トレーをできる限り使わないエコ・スーパーマーケット、できないもんかなあ。自分で袋やタッパーを持っていけば割引してくれるような。私の日本の家の近くにもあるけれど、同じ屋根の下に個別の肉屋さんや八百屋さんが入ってるような市場っぽいところならできるんじゃないかしら。そういうところを行政が「エコ・マーケット」として認定して、なんらかの形で優遇するとか...。

きのう成田空港へ向かう成田エクスプレスの中で、そんなことをぐるぐる考えていました。


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2006年12月02日

稲刈りの季節

稲刈り.jpg昨夜インドからダッカへ帰ってきました。

インドの西ベンガル州でも、バングラデシュでも、今は稲刈りの季節。

たわわに実る稲穂と刈り取られた後の田がモザイクになっている光景に、夕陽がさしていたりすると、いいなあ、これぞ黄金のベンガルだよねえ、と思います。

牛.jpg気温も24~25度とだいぶ涼しくなってきて、インド・西ベンガル州の農村では、牛もご覧のようなジュートのコート?を着せられていました。

日本はもうすっかり寒くなって町にジングルベルが流れている頃でしょうか。忘年会なんかもあったりして。

やっと過ごしやすくなってきましたねえ、などと言い合っているダッカでは、どうも師走の実感が湧きません。

でも今年ももうあと1ヶ月もないんですね。

すっきりした気持ちで年が越せるよう、もうひと頑張り。


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