シャプラニール=市民による海外協力の会
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シャプラニールについて

藤岡ダッカ事務所長のブログ1998年から3年弱インドに住んだのをきっかけに南アジアとの縁ができ、引き寄せられるようにシャプラニールへ…。そして2005年5月からダッカへやってきました。最近の趣味は、そぞろ歩きを楽しむダッカ市民に混じり、サルワール・カミーズにスニーカーを履いて夕方の公園でウォーキングすること。バングラデシュの村や都市で今起こりつつある変化をなるべくコマメにお伝えしていきたいと思っています。どうぞよろしく。

特定非営利活動法人
シャプラニール=
市民による海外協力の会(地図・住所
〒169-8611
東京都新宿区西早稲田2-3-1
早稲田奉仕園内
TEL:03-3202-7863
FAX:03-3202-4593
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2008年04月13日

各地で稲刈り始まる

明日はポイラ・ボイシャキ(ボイシャク月の1日=ベンガル新年)。ベンガル暦ではこのボイシャク月からが夏です。ほんとに暦のとおりで、昨日あたりからぐっと暑くなってきました。日中の最高気温がラッシャヒですでに39度。ダッカでも最高気温は36度を超えています。夜中、家で温度計をふと見ると31度。ファンをまわしてもかなり寝苦しくなってきました。この暑さが肥やしにでもなるように、隣家の庭のマンゴーの実も日に日に育ってきています。

さて、夏を迎え、各地で稲刈りが始まりました。冬に田植えされ、灌漑で育てられた稲は今が刈り取りのシーズン。今年は幸い、まずまずの豊作のようです。テレビでインタビューされてた稲刈り作業中の農民たちもほんとに嬉しそう。これでやっとお米の値段が下がるかな。

今回の米クライシス、米が市場になくなったわけではなく、米の値段が高すぎて庶民が買えない、という危機でした。この背景には、洪水とサイクロンによる昨年の雨期後半の米の不作があったものの、米の仲買人が米をどこかに溜め込んでわざと市場に出さず、米の値段を思いのままに吊り上げている問題も大きいと言われています。

この国の物価はどこでどうなって決まっているのか?なんで農村の物価がダッカより高いのか?わからないことだらけです...。


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2008年04月10日

お米の行列に並ぶ子どもたち

昨日、私たちがダッカで実施している「家事使用人として働く少女支援プロジェクト」の活動地のひとつであるコライル・スラムに行ってきたプログラム・オフィサーのサイフルが、「いやー、やっぱり大変だ。ヘルプセンターの女の子たちもみんななんだか痩せちゃってるよ」と言いながら帰ってきました。

コライル・スラムのヘルプセンターに通う少女たちは、スラムの親元で暮らしながらパートタイムで家事使用人(お手伝いさん)の仕事をしています。その子たちにサイフルが聞いてみると、多くの子が朝早くから安いお米を買うためにBDRマーケットに並んでいると答えたそうです。

「何時から並んでるの?」と聞いたら、「朝5時から」というのは序の口で、「3時から」という子もいたとか。朝3時から並び続けてお米が買えたのは朝9時半だというのです。いまやBDRマーケットは需要に比べ供給量が大幅に足りなくなっているらしく、早くから並ばないとお米がなくなってしまうのだとか。ひとり頭5キロまで、ということになっていますが、実際計ってみると5キロより少ないといいます。場所によってはひとり2キロまでにしたところもあるようです。

おじいさんと妹と.jpg「ファテマもなんだかやせちゃったよ。朝からおじいさん、おばあさんと行列に並んでいるらしいけど。」とサイフル。ファテマというのは昨年の夏期募金のお願いのとき紹介した女の子(写真右)で、とても活発ではっきりものを言う子です。「お米の値段は高いし、仕事はクビになっちゃうし、これじゃ食べていけないよ。どうしたらいいの、サイフルバイ!」と訴えられてしまったそうです。中流階級の家庭も台所事情が厳しくなってきているので、パートタイムの使用人を辞めさせる家庭も増えてきているらしいのです。

サイフルがヘルプセンターに行ったのは午後でしたが、朝早くご飯を食べたきり、夜まで食べられない、という子が8人もいたとか。こんな状況になる前はスラム暮らしでもなんとか日に3度食べていた家族が、今は日に2度に切り詰めているというケースが少なくないことが実証されました。

育ち盛りなのにろくにご飯も食べられない少女たち。こんな状況が続くようであれば何か対策を考えなければ...。


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2008年04月08日

ジャガイモはあんたが食べなさい?

昨年の大洪水の影響で米はかなりやられたもののジャガイモは大豊作。ジャガイモが採れすぎて値崩れし、農民は泣きながら二束三文でジャガイモを売っています。

先週、軍のトップであるモイーン陸軍参謀長が「皆が米といっしょにジャガイモを混ぜて食べることを習慣づけるとよい。そうすれば栄養も足りるしジャガイモ農家も助かるし米不足にも対応できる」などと発言。なんだか日本の戦時中みたいな話になってきたな、と思っていたら、昨日のテレビのトークショーでジャーナリストのヌルル・コビール氏が「軍の大将がジャガイモを米に混ぜて食べよう、と提案しているが、軍人はこのご時勢でも特別価格で米や食糧を入手している。ジャガイモを米に混ぜて食べるのはまず軍から始めたらいかがか。軍人が得ている米を半分一般人に提供して、その分ジャガイモを混ぜて食べたらいかが?」と発言したそうで(私はその番組を見そびれました)、ダッカ事務所のスタッフたちが「あれはよく言ったよねー!」と喝采していました。今のバングラデシュで軍人の特権について正面切ってそういうことを言うのはなかなかできることじゃないようです。

バングラデシュの軍人は住居や子弟のための特別な(最高レベルの)学校、医療など、あらゆる面で特別待遇を受けているのは知っていましたが、米をキロ1タカや2タカで入手できるようになっているとは知らなかったのでびっくり。聞けばイギリス植民地時代のレートのままなんだとか。そりゃあひどい。

ヌルル・コビール氏は私も愛読している英字紙New Ageの編集長。思い切ったことを言うので、時に嫌われ、時に賞賛され...という評価のアップダウンが大きい人物ですが、やっぱりジャーナリストにはこういう人がいてもらわなきゃ。今後もぜひその勢いで行っていただきたい、と思います。

ちなみにジャガイモ提案をしたモイーン陸軍参謀長は今年の6月で定年退職の予定でしたが、「公の利益のため」ということで大統領が任期を1年延長しました。彼が次の大統領になる...といった噂は(本人は前から否定していましたが)これでとりあえずナシになるということですね。

今日もNew Ageは市場を視察したモイーン参謀長の、「危機がどこにある?確かに物価は上がってるが危機じゃない。危機はつくられたものだ」という発言を社説で批判していました。


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2008年04月06日

「静かな飢饉」か「隠れた飢え」か

木曜日、食糧・災害担当アドバイザー(暫定政権の閣僚にあたる)が、現在バングラデシュを覆っている食糧難について、「『静かな飢饉(Silent Famine)』とまでは言えないが、『隠れた飢え(Hiddne Hunger)』が広がっていると言えるだろう」と発言し、早速翌日の新聞には「『静かな飢饉』か『隠れた飢え』か、そんな議論をいくらされたって、すきっ腹は埋まらないんだよ!」という怒りの投書が載っていました。至極もっともです。

3月後半から全国的に計画停電が始まり、ダッカでもオフィスアワーの間、2時間は毎日停電しています。地方都市はもっともっとひどいようです。灌漑稲作に必要な田んぼの水を地下水から汲み上げる電動ポンプが止まらないように、電力供給は農村の夜間が優先されているとのこと。4月中旬から後半収穫予定という頼みの綱のボロ米ですが、ジナイダ、ジョソール、チュアダンガなど西部5県で稲が黄色くなり乾燥してしまう病気が広がっているというニュースもあり、心配です。

低所得者層が追い詰められていることを実感させるような出来事を見聞きすることが増え、ダッカ事務所周辺ではひったくり事件も頻発。なんだかとてもイヤーな感じです。暗くなってからリキシャで帰るのはなるべく避けたほうがよさそうです。


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2008年03月31日

お米クライシス

前回も書きましたが、物価の激しい上昇でBDRマーケット(準軍組織のBangladesh Riflesが運営する政府の“フェア・プライス”マーケット)に並ぶ人の列は日に日に長くなっています。昨日はダッカ事務所のドライバーのシポンもこう言っていました。「恥じることじゃないと思うから言いますけどね、アパ。うちの妻も今はBDRマーケットに延々と並んでキロ25タカの米を買ってますよ。僕が家で食べてるのもその米ですよ」

また、農村でもちょっとした異変が起こっています。都市の物乞いはコインをもらうのが普通ですが、農村の物乞いには人々はひとつかみの米をあげるのが普通だとのこと。それが近頃、米でなくコインをあげる人が増えているというのです。米の値段が上がり、米ひとつかみより1タカコインのほうが安くなるからだとか。米ひとつかみは何グラムか、自分の手で測ってみたところ、40グラム強でした。1キロ35タカの米なら40グラムで1.4タカ、キロ25タカならちょうど1タカです。村人たちの計算はなんと正確なのでしょう。

昨年相次いだ洪水、サイクロンという大災害の影響で米の収穫が落ち込んだ上、米の主な輸入先であるお隣のインドはバングラデシュの足元を見てかノン・バスマティ米(インドで高級米とされるバスマティ以外の米)の最低輸出価格を1トン650ドルから1000ドルに上げてきました。一般の輸入卸商人はこれではインドからの米輸入は実質考えられなくなった、というひどい高値です。もっとも交渉の結果、政府に直接売る場合の最低価格は1トン430ドル、ということになったので、それほど問題ない、とバングラデシュの農業省の役人は言っていますが...。

乾期の間に地下水をポンプでくみ上げる灌漑稲作で栽培され、今各地の田んぼで青々と育っているボロとよばれる米が収穫され、市場に出回るのは4月中旬の見込みです。国産の米が出回るその時になれば米の値段も下がるだろう、と言われていますが、もしそれでも下がらなかったら...そのときはいよいよ人々の怒りが噴出するかもしれません。

それを読んでかどうだかよくわかりませんが、バングラデシュ二大政党のひとつアワミ連盟は、拘禁されている党首シェイク・ハシナの解放要求と物価高騰への抗議のため、4月中旬に大規模なハンガー・ストライキを呼びかける予定とのこと。

4月中旬はベンガル暦の新年が始まる時期。果たしてこのベンガル正月、お米クライシスを脱して喜びの時となるか、それとも怒りの時となるか。


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2008年03月25日

ガイジンには見えないもの

物価の上昇が甚だしく、事務所のスタッフたちも、うちのお手伝いさんのイラも、口を開けばその話題です。以下は今日の事務所での会話。

プログラムオフィサーS「アパ、ぼくはここ3年ぐらい、同じ店で同じ品物がいくらしたか、主なものを記録にとってるんですけどね」
私「へー、そうなの」
S「ここ2、3年の物価の上昇率より、ここ2、3ヶ月の上昇率のほうが高いんだよ。とくに大豆油、米、玉ネギなんかね。」
私「ほんとに?そこまでなの?」
S「そうだよ。今日ジャットラバリ(ストリートチルドレンのプロジェクトがある場所)のBDRマーケット(政府の安売り仮設市場)でキロ25タカの米を買うために並んでる人たちを見たけどね(注:普通の市場ではいまやキロ32タカ以下の米を探すのは難しい)、もはや経済的下層階級の人たちだけじゃなくて、ミドルクラスの下のほうの人たちも並んでますよ。ぼくたちもいつ並ぶようになるか、って感じ」
私「…」
S「今日ジャットラバリから事務所までバスで帰ってくるとき、他の乗客の人たちの話も聞いてみたけど、みんなの心の中に怒りがたまってきてる感じだね。ちょっと前まではそこまで怒ってるのはロウワー・クラスの一部の人たちだけだったんだけど、それが確実にもっと上のほうまで広がってるね」
プログラムオフィサーP「そうだよ、アパ。いまこの国の状態はかなりヤバイよ。何かをきっかけに人々の怒りに火がついたらみんなどーっと道に繰り出してくるかもしれないよ」
S「エルシャドの頃なんかはねえ、学生たちがそういうリーダーシップをとったものだけど。いまの学生はそこまで熱くないからねえ」
私「そういうみんなの怒りがたまってきたヤバイ感じっていつ頃から感じてる?」
S「うーん、1月ぐらいからかなあ。ここ3ヶ月ぐらいだね。この物価上昇には僕たちぐらいのミドルクラスレベルでも確実に苦しくなったと感じてるからね。うちも下の娘の家庭教師はそれでやめたし(笑)リキシャやCNG運転してる人たちなんかどれだけきついか。でも政府は公務員の給料を上げることぐらいしか考えてない。政府は公務員のためだけにあるわけじゃないのに、他の国民はほったらかしだ。みんなそりゃ怒るよね」
私「そういえば、最近日雇い労働の相場が下がってるって聞いたけど、ほんと?」
S「ほんとだと思うよ。建築資材の値上がりで建てかけのフラットやビルの工事がいくつも中止になったりしてるからね。労働者のほうがいっぱい余ってるんだよ。そうなると賃金が安くても仕事にありつければ人は働くからね。賃金は下がるわ、物価が上がるわじゃ生活していけないよね」

うーん、物価上昇もニュースとしては見聞きしていますが、少々高くてもスーパーで買い物しちゃうガイジンに過ぎない私には、その苦しさは実感としてはあまり感じられません。巷の人ごみを見ても、みんなそんなに怒ってるようには思えず、いつもと変わらないのんびりした感じに見えてしまいます。でもうちのスタッフは皆、「かなりやばくなってきている」と言うのです。やはりバングラデシュ人の彼らには、ガイジンの私には見えない何かが見えているんじゃないかと思います。

これから次の選挙予定時期まであと約9ヶ月。波乱の山はいつ頃やってくるのか...。
そんな状況の中、明日は独立記念日です。


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2008年01月10日

選挙管理内閣5人交代、コンサルタント任命へ

8日夕方、選挙管理内閣の顧問(通常の内閣の閣僚にあたる)のうち、主だったメンバー4人が辞職したという情報が入ってきました。何があったんだろう、また国内が荒れるかな、大丈夫かな、とちょっと心配になったのですが、とくに治安が乱れることもなく4人は言葉少なく職務を去り、先月すでに辞任していた教育・文化担当顧問のポストも含め、9日、5人の新たな顧問が着任しました。辞めた顧問たちは「個人的理由での辞職」ということに表向きはなっていますが、どうやら問題発言や国民の不評などを理由に辞めされられたというのが本当のようです。

新顧問の顔ぶれのうち、特筆すべきはシャプラニールもメンバーになっているバングラデシュの教育関係NGOネットワーク、CAMPE(キャンペ)の代表、ラシェダ・チョウドリーさんがその一人に選ばれたこと。ラシェダさんは教育関係のNGOの会議などで、日本にも何度も訪問されている方です。

また、選挙管理内閣のフォクルウッディン・アフマッド主席顧問は、9日、6人から7人のコンサルタントを2~3日中に任命する、と発表。昨年の非常事態宣言→軍に支えられた現選挙管理内閣樹立から1周年を目前にして、にわかに大きな動きです。

非常事態宣言からちょうど1年目にあたる1月11日を、新たな顔ぶれで迎え、選挙実現までの継続を自信をもってアピールしたかったんでしょうね。

あとはこのコンサルタント・メンバーに誰が入るのか?注目です。


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2008年01月08日

年明け米パニック

バングラデシュでは年明け早々から米の値段が高騰し、1週間でキロ25タカの米が30タカ(1タカ=約1.7円)にまで上がってしまうような状況で、大騒ぎになっていました。2度の洪水やサイクロンで国内の米の生産が減った上、備蓄していた米が流されたり、大量の食糧救援が必要になったりで、米が足りなくなるだろうというのは皆が心配していたことだったのですが、ちょっと前まで政府はのほほんとしていたのです。

年明け早々からあまりのスピードで米価が急上昇し、国境警備隊(Bangladesh Rifles、BDRと略される)が直営する屋外マーケットに人々が早朝から長蛇の列をつくる状況が続いていました。ここ数日やっと政府がこの件についての諮問委員会を開いてタイやベトナムからの大量の米の輸入を決めたことを発表したり、市場の米価格を治安部隊が見回るようになったりしたため、昨日あたりからようやく米の値段が落ち着いてきたようです。

ちなみにバングラデシュ国境警備隊(BDR)は、主に国境警備にあたる準・軍組織なのですが、国境警備以外にも治安維持のための活動をいろいろやっています。現在は、その名も「オペレーション・ダール・バート(ダール=ダール豆、バート=米)」と名づけられた任務の一環として、米・ダール豆・食用油・塩などを安価に販売するBDRマーケットをダッカ市内の約200箇所で実施中。これは、物価の高騰で選挙管理内閣への非難が高まる中、断食月に入る直前の昨年9月1日から始まったもので、それほど質のいいものを売っているわけではないですが安いので、貧しい人たちは列に並んでここから米や豆などを買っています。

BDRマーケットでは1日に一人頭米3kgまでしか買えないことになっているので、年明けの米値上げパニックのピーク時には、貧しい女性たちが子どもを何人も連れて列に並んだりしていました。BDRの隊員は米を売った後、買った人の腕にペンで番号を書き込んだりします。同じ人が1日に何度も買えないように、です。

すでにインドの米は大量に輸入されていて、シャプラニールがサイクロンの食糧救援の際に現地パートナー団体を通じて配った現地調達の米も、かなりがインド米でした。これからベトナムやタイのお米が入ってきますが、果たして米パニックはおさまるかどうか。

政府はすでにサイクロン被災地の260万世帯にVGF(Vulnerable Group Feeding)カードを配って数ヶ月の米配給をすることになっていますが、これに加えてそれ以外の57万世帯の貧困家庭にVGFカードを配布し、5ヵ月の米配給をすることが発表されました。

カードを配った後で、米が足りなくなって配給が途中で滞る、ということだけはないようにしてもらいたいものです。


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2007年12月17日

首都での人災 ビル崩壊

サイクロン救援の努力が沿岸部の被災地で続けられているさなか、首都ダッカの中心部で12月8日に取り壊し中のビル内部が崩壊、少なくとも13人の作業員が死亡するという事故がありました。

事故があったのはRangs Bhaban(ラングス・ボボン)、ダッカに住んでいる人なら誰もが知っている有名な(悪名高い)建物です。その昔ハイジャック事件があった旧空港横の交通量の多いT字路に建つ22階建てのビルで、長い間揉めた末に違法建築のため6階以上の階を取り壊すべしという判決が出、今年8月上旬から取り壊し作業が始まっていました。

首都での高層ビルの取り壊しというのはおそらくバングラデシュでは史上初のことで、しかも6階までは残すという中途半端な判決が出たため、いったいどうやって取り壊すのか誰もが気になっていました。結局安い人件費で雇った大勢の作業員による手作業で取り壊しが進んでおり、私もしょっちゅうこのビルの前を通るので、そのたびに見上げながら少しずつ小さくなっているビルを確認していました。

外側から見ると中の様子はよくわからず、作業はずいぶんゆっくり進んでいるように見えていたのですが、ビル内部はすでにほぼ空洞になっていたようです。8日の土曜日の夜、内部で大きな崩壊事故が起き、何人もの作業員が中に閉じ込められました。今朝の新聞によると、これまでに5人の遺体が運び出されましたが、いまだに少なくとも8人の遺体が中に放置されています。遺体回収作業も危険性が高いため、遅々として進まないらしいのです。

今日は事故が起きて既に9日目。帰らぬ父を探しに農村から出てきた息子が、ビルの中の高いところに自分が父にプレゼントしたルンギ(腰巻)を見つけ、あそこに父がいると号泣したというニュースなども伝えられ、人々は憤慨しています。ビル取り壊しの危険な作業を行っていた人々の多くは、今年二度の洪水に見舞われた農村部で食べていけなくなり、危険を承知で働きにきていた出稼ぎ農民でした。防護服も訓練もなく、腰巻姿でビル取り壊し作業をしていたのです。ビル取り壊しの責任者である首都開発公社(RAJUK)は死亡した作業員の家族に補償金として10万タカ(約17万円)を支給すると発表し、これはおそらくこの国ではかなり高いほうなのでしょうが、それにしても貧しい人々の命の値段の安さに暗然とします。

ビルの取り壊しのみならず、建築現場でも作業する人々は命綱もなくあまりにも無防備な姿で働いています。写真でしか見たことはありませんが、チッタゴン港での船舶解体現場で巨大船を手作業で取り壊す人々も同様です。事故があっても声を上げる力もない貧しい遺族は補償金をもらってあとは沈黙するしかない、という状況です。政府や企業が末端の作業員の安全と生命にも責任をもち、それができなければ罰せられる仕組みがつくられなければ、これからも多くの命が奪われるでしょう。

サイクロンという大きな自然災害の被害者救済のため、日夜懸命な努力を続けるバングラデシュ人たちが大勢いる一方で、ビル取り壊しという危険な仕事を二束三文で貧しい出稼ぎ者たちにやらせ、何日も遺体を放置して平気な人々もいる。いたたまれない思いがします。


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2007年11月14日

村の物価

先週末、コミッラの村に行ってきた総務担当のスタッフが、「半年ぶりに行ったら村の物価が上がっていてびっくりしたよ」と言います。「牛乳がキロ55タカもした。尋常じゃないよ」と。ちょっと前まではせいぜい30から35タカだったそうです。ダッカで売っているようなパックされた牛乳は、だいたい1キロ40タカ程度。

私たちの活動地のひとつであるマイメンシン県のイショルゴンジ郡でも、パートナー団体COLIの代表のヌルル・イスラムが言っていました。「最近、イショルゴンジのバザールの野菜はダッカより値段が高いんだよ、アパ」

なんでこんなことになっているのでしょう?

うんと大雑把に言えば、かつては地産地消が主だったものが、ほとんどの野菜や物資がダッカ経由で外から来るようになったことが原因のようです。ダッカの卸売り市場の野菜がイショルゴンジまで来れば、輸送コストもかかり、ダッカより高くなるのは当然。今年は二度の洪水や大雨のため、多くの地域で野菜が育たずダメになったので、よけいこの傾向に拍車がかかっているようです。イショルゴンジの人々も、野菜や卵などを地元で売らずにダッカにわざわざ売りに行く人が増えています。

先に書いたコミッラの牛乳は土地のものですが、総務担当曰く、この地域では乳牛を育ててミルクを売る人が多かったのが、海外出稼ぎ者が増えて海外にいる息子などが外貨を送ってくるようになり、牛乳を売る人が減ったとか。「それで供給が減り、需要が増えたんだろう」と彼は言います。彼が行った村にはイタリアへの出稼ぎ者を出している家だけで13世帯もあったとか。「イタリア?マレーシアとか中東じゃないの?」と訊くと、「最近中東じゃ賃金が以前に比べて安くなってるし、アジアは出稼ぎ者への制限が厳しくなってきたし。一方でヨーロッパは前より受け入れ条件がゆるくなってるところもあるから、最近はヨーロッパが人気みたいだよ」とのこと。

もうひとつ気になるのは肥料の問題。同じくCOLIのイスラムが言うには、肥料は多く使えば使うほどいいと信じている農民がいまだに多く、やたらとたくさんの肥料を使うのだそうです。そんなに肥料を使ったらかえって土がダメになってしまう、と言っても、「肥料を売っている店の主人がこれぐらい使えと言ったんだ」と言い張り、なかなか聞かないそう。そりゃ売るほうは商売ですから、たくさん使えと言うでしょう。

バングラデシュでは肥料の供給不足がよく問題になります。昨日も肥料が足りないらしい、という噂に恐慌を来たしたラジバリの農民たちが、政府の農業担当官の家や、肥料を保管している店の倉庫を襲うという事件があったばかり。「でも皆が適量の肥料を使えばバングラデシュの肥料不足もそんなに深刻にならずにすむはずだ。みんな高い金を使って大量の肥料を使い、土をだめにしている。」農業を専攻していたダッカ事務所のスタッフもため息交じりにそう言います。

郡に配置されている政府の農業担当官には、私たちの活動の中でも貧しい農民たちへの農業研修の講師を頼んだりしており、そういった研修の際には、殺虫剤を使わなくても炭液でかなり虫が防げることや、肥料の適切な使い方なども教えてくれています。しかしいかんせん、こういった知識の普及がまだ足りなすぎるのでしょう。

殺虫剤や農薬、化学肥料の無茶苦茶な使い方が気になるバングラデシュの農業。ウビニクなど有機農業や輸入でない土地の種の保存の重要性を訴える活動をしているNGOもありますが、大半の農民はハイブリッドの高収量品種と化学肥料を使った農業以外に見向きもしません。

バングラデシュの一般消費者が食の安全や環境問題に目覚め、安全な野菜を求めるようになり、農薬や肥料の量を農民が気にかけるようになるには、まだだいぶ時間がかかりそうです。


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2007年10月27日

ダッカにはびこる新種の麻薬

このところ、「Yaba」と呼ばれる麻薬の錠剤がダッカ市内で大量に押収され、新聞の一面で報道されています。元々タイから入ってきていたらしいのですが、ダッカ市内でも大々的に製造していた人間がおり、今回逮捕されました。インターネットや携帯電話を使って手広く商売していたようです。

ダッカ事務所や私のメールアドレスにもどこで調べたのか怪しい薬の宣伝メールが毎日嫌になるほど届くぐらいなので、インターネットでのクスリ販売というのは世界的に相当広まっているのでしょう(もちろん日本でも)。今回ダッカで発覚したのもほんの氷山の一角なんじゃないかと思います。

このニュースが新聞やテレビをにぎわせるまで、Yabaなどという錠剤の名前は聞いたことがなかったのですが、ふと、そういえば2年ほど前、ストリートチルドレンのドロップインセンターで子どもたちと話をしていたとき、数人の子どもが、「最近、ミャンマーから新しい麻薬が入ってきているようだ。見た目は普通の飲み薬だけどかなりヤバイもので、飲み続けるとボロボロになってしまうらしい」と話していたことを思い出しました。あのとき子どもたちが言っていた薬がこのYabaだったのかも...。

ドロップイン・センターや青空教室では、子どもたちとスタッフとのミーティングの中で麻薬の怖さについて話し合うなど、常に麻薬の害について意識啓発を行っていますが、ここに来ている子どもたちは実際麻薬が飛び交うような環境にいるわけで、常習者のおとなの姿も身近に目にしています。ドロップインセンターに来ている子どもの中には、スラムに家はあるものの、親が麻薬中毒だったり、麻薬の売人をしていて子どもも商売に巻き込もうとしており、スタッフが目を光らせているようなケースもあります。

シャプラニールダッカ事務所のあるモハマドプール地区は、昔から様々なNGOの事務所の多いところなのですが、現在のダッカ事務所の真裏の建物には麻薬依存症の人たちの社会復帰を行っているNGOが入っています。ちょうど女子トイレの窓の向こうがそのNGOの施設なんですが、時々そこに収容されている人たちが皆で何か朗読していたり、歌を歌っているのが聞こえます。

仕事中、裏から楽しそうに歌っている声が聞こえてきたりすると、思わずダッカ事務所のスタッフが「本人たちは楽しそうだけど、今頃家族はどうしているのかねえ。まったく『あなたは天国、わたしは地獄』だよなあ」などと呟いています。夫が麻薬中毒で働かず、妻に暴力を振るう、という話は農村部の活動地でも時々耳にしますが、妻にしてみれば本当にぞっとするような地獄の日々でしょう。

人々の身体や心、家族を壊すような麻薬を大量生産して儲けようとしていたような連中には、厳罰を与えてもらいたいと思います。一部の麻薬が「痩せ薬」として、ティーンエイジャーの少女たちの間に広まっているという話も聞きます。スラムなどこれまで「麻薬危険地帯」とされてきたところだけでなく、一般の若者への麻薬についての啓発活動ももっと必要でしょう。


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2007年08月24日

外出禁止令、土曜日も「緩和」

明日25日土曜日も、朝6時から夜11時まで外出禁止令が「緩和」されることがニュースなどで流れています。「夜間のみ外出禁止」と言わずに、「早朝から深夜まで緩和」という表現をするところが戦略なんでしょうけど、なんだかもったいぶった感じですね。まあ要はおとなしくしている分には日中自由にしていいけど、何かあればまたすぐ強行手段をとる体制はくずしてないぞ、と言いたいのでしょう。

この知らせと同時に、今回の騒ぎで延期されていたHSC(12年生までの課程修了の共通試験)などの試験結果発表を26日(月)に行うことも流れているので、